雪深い北海道の集落のはずれで、家族とともに森を育み、庭づくりをする山崎亮子さん。長い月日をかけて育ててきた庭は、車イスが必要となった今の亮子さんをやさしく包み、いつも希望を与えてくれます。「庭には人を前向きにさせる力がある」と、小さな森の中でガーデニングを楽しみ続ける山崎さんからの庭便り。
目次
森や野原を育てる庭づくり
私の家は、北海道の小さな集落のはずれにポツンと建っています。森にぐるっと囲まれて、葉が落ちた冬にならなければ道路から見つけることはできません。地域で暮らす人々と、ごく親しい人だけが知る静かで小さな森の家です。

自然の中で子育てをしたいと家を建て始めた時、ここは山の一角を石まじりの硬い赤土で雛壇状に整形した広大な伐採跡地でした。
家とその周囲を「小さな里山」に見立て、雑木林の育成と自然と共生する生活空間をつくることを目標にスコップを握ったのが、ガーデニングのきっかけです。
敷地周りの雛壇は自然に見える角度に盛り直しつつ、庭を“戸外の部屋”としてレイアウトしていきました。敷地の最も高い箇所は三角屋根の手作りの小屋(我が家では「ムーミンハウス」と呼んでいます)が建つ遊び空間、裏が畑、そして下の段は平らな面を広く残した広場。各コーナーは、ゆるやかに蛇行した道でつないでいます。
土手や敷地の境は、北海道に自生する野草を中心に植え込み、大切に増やしました。

一番大事にしてきたのは、庭の中とその周辺の森づくりです。
伐採跡地を自生種の雑木林にするために目をつけたのが、種をいっぱい含んだ森の土。
まだ幼かった子どもが、敷地の隣を流れる沢で遊ぶのを見守った帰り、子ども用のバケツに土を入れては土手にまき、芽吹いた苗木を間引きながら大事に育てて15年。今では若い森に育ち、小動物がご近所さんとして庭で暮らしています。
下の写真はエゾリス。長い冬毛が残る耳がウサギみたいで可愛いでしょ?

姿を見るたび、人間は大喜びです。
私はガーデニングは生きたアートだと思っています。基盤は命です。北海道という島が豊かだから、命も繋がります。
森をつくるのは大事(おおごと)です。最初は、素人が一人でできるものではないと思っていました。
けれども赤土の露出した山肌を前に何もせずにはいられず、行動に移すうちに、いつしか現実が夢に追い付き、日常となっている現在です。

どうか北海道の大地が、豊かな姿で未来に残りますように。
野原に加わったバラ栽培
野原をつくる一方で、少しずつバラも増えていきました。当初、私にとってバラはファンタジー。「花はどれも花でしょ」と無関心な夫を前に、数千円もするバラが欲しいなんて言いにくかったのに、ある日雑誌を手にした夫が「こんな風にバラが咲き乱れる庭が見たい」と言い出し、「えっ? 本気?」とポカン。
…でもね、見たい気持ちなら誰にも負けないよ(笑)。

野原にバラを植えてみたら、意外にもよく似合い、それからバラに夢中になりました。いいえ、夢中というより病みつきでしょうか。この‘ストロベリー・ヒル’も、その頃からの住人です。
草花に興味のなかった夫が、バラが咲くと喜んでくれるようになって、バラのおかげで庭の楽しみを共有できるようになりました。最初は、よく草刈りと一緒に花を刈られて、ムムッとなったっけ。

私の抱える病気のこと
写真からうすうすお気づきかも? と思いますが、今の私は、神経に影響が出る難病で身体が不自由です。
思えば、物心ついたときから歩き方も個性的で運動音痴だったのですが、そういう個性だと思っていました。まさか将来こんなことになるなんて。

今の私は、いったん力を入れると抜くのが難しい症状が強いため、歩くことはできるものの一歩進むごとに強ばってゆき、数十メートルほどで前に一歩も進めなくなります。
足だけでなく、腕や体幹にも似た症状があります。身体を曲げ続けられないので、イスで休むことすら苦痛です。排尿も難しく、常時カテーテルを留置。発音もぎこちなく、慢性呼吸不全にもなり始めています。
ほぼベッドで過ごす日々を変えてくれたのが、変化する体調に合わせてイスの角度も変えられる電動車イスでした。

ベッドを起こして横になるような角度を取れるので、庭で休むことも可能です。車イスが苦手とする砂利道などもグイグイ走るパワーがあり、タイヤが真下に付いているので、内輪差なく回れます。庭の小道をクルクル回れる、お気に入りの愛車です。

選び抜いた車イスのおかげで、私はベッドから脱出し、再び広大な土地を縦横無尽に駆け回るガーデナーに戻ることができました。
庭には人を前向きにさせる力がある
よく聞かれます…「なぜ、こんな状態で、そうまでして庭に出るの?」
私には素になる場所が必要だから、と答えます。
私の病は、いくつもの症状が複雑に絡み合い、未だ明確な診断には至っていません。
頼りの病院からもかつては冷たくあしらわれ、医療の証明がなくては福祉も受けられず、身内の理解も得られず、孤独のなかで苦しみました。終いには自分自身でも自分を疑う苦しい日々…。
庭は、そんな私に安らぎと希望を与えてくれる場所でした。

無心になって大地に向かうとき、他人の評価は意味を失い、私は何者でもなくなっていきます。気がつくと抜いた雑草の量に驚いたり、強風の後に森から芝にばらまかれた枝を拾う…といった、何ら評価もされぬことに「やったぞーっ!」と達成感を味わうのですから不思議です。
庭には人を不安や悲しみから解放し、前向きにさせる力があると思います。日光を浴びたり、反復運動をしたり…科学的にもストレスに強くなると証明されていることがいっぱい含まれているガーデニング。庭が私にとってより不可欠な場所になったのは、むしろ身体が不自由になった後だったように思います。
私の難解な症状に戸惑っていた身内も、医療や福祉も、次第に一緒に考え支えてくれるようになり、かつての辛い時間は日の光と風の向こうへ流れて消えていきました。

我が家のユニバーサルデザイン
…とはいえど、治療法はいまだ見つからず、車イスが不可欠であることに変わりありません。庭も車イスで走れる庭でなければ何も始まらないのですが、庭づくり当初の事情が功を奏し、我が家の庭は、結果的にユニバーサルデザインになっています。
というのは、土地と建物だけで資金を使いきってしまったため、庭づくりの手段は人力あるのみでした。当時元気だった私は、スコップで土を掘っては盛り上げるという土木作業に勤しむ日々。そんな私を見て、まだ小さかった息子とその友だちは盛大な泥んこ遊びと思って大喜び! 彼らとワイワイ一緒に遊びながら庭づくりをした結果、庭の間の小道は、おのずと子どもたちが一輪車を押して行き来できるだけの広さと斜度になりました。

その小道は、結果として杖歩行で足を引きずっていても、電動車イスで走っていても、不自由なく行き来できるようになっています。
「ユニバーサルデザイン」とは難しいものでも特別なものでもなく、世代や身体状況を超えて楽しむためのものだと実感中です。

庭の見回り、庭仕事は無意識なリハビリ
庭にいる私は、いつも自由です。
歩き方は「はさみ足」という麻痺特有の歩行にそっくりだそうです。速度ものんびり、のんびり。
けれども、庭には立ち止まって見たいものがたくさんあります。花が開いた…こっちにもツボミがある…あ、チョウチョが…。私のゆっくり歩くテンポが「ちょうどよい」に変わる瞬間です。
ですが、いくら車イスがあっても、家で横になっている時間のほうが長くなります。少しでも花に親しんでいたくて、大事にドライにしたり、インテリアに取り入れることもしばしばです。

上は、庭の花で作ったハーバリウム。アルケミラ・モリス、カンパニュラ、シロウツボグサ、バラ‘ルイーズ・オディエ’。わが庭の初夏の瓶詰めです。
毎日、こうして庭で過ごすことがリハビリとなっているように思います。動くと筋緊張が増して辛くなるとはいえ、動かなければ筋力はどんどん落ちてしまいます。
庭にいるときの私は、やりたいことがいっぱいあって、思わず知らずに動いてしまいます。もしかすると、それが一番よいのかもしれません。
家族と過ごす時間

「今年は花畑をいっぱいつくるぞ」
折しも夫が、となりで宣言しています。
「なんの花?」と聞く息子に「分かんないけど、ブワッと咲く綺麗な花」と夫。バラを植えようと言ったのも夫だったし、華やかなものが好きなのかも。
…ねえねえ、ダリアなんてどうかなぁ?
「毎年、あれやりたい、これやりたい…って言いながら、ほとんどやらずに終わるんだよね」。そう笑う息子は、アウトドア調理に夢中です。欲しい道具もあるみたい。
ガーデンライフが今年もまた始まりそうです。
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