日本庭園やイングリッシュガーデン、整形式庭園など、世界にはいろいろなガーデンスタイルがあります。歴史からガーデンの発祥を探る旅。第11回は、イギリスにある「ハンプトン・コート宮殿」の庭を中心に解説します。

スペインのアルバンブラ宮殿からスタートして、ヨーロッパの歴史とともに、イタリア、フランス、そしてオランダと、いろいろな庭を見てきましたが、いよいよナポレオンもヒトラーも渡れなかったドーバー海峡を渡って、イギリスの庭を見ていく事にしましょう。

今回はロンドン郊外、テニスで有名なウィンブルドンの近くにあるハンプトン・コート宮殿です。

ハンプトン・コート宮殿を正門からご案内

Photo/DemirOzyurt/Shutterstock.com

まずはハンプトン・コート宮殿(Hampton Court Palace)の全敷地を確認してみましょう。写真手前の広場に正門があり、建物の奥に放射状に広がるのが中央に大きなプールがあるオランダ式とも呼ばれる整形式庭園で、まっすぐ奥へと長いプールが続いています。毎年7月上旬に行われている大イベント「ハンプトン・コート宮殿 フラワー・ショー」は、このプールの周りで開かれています。

テムズ川河畔に沿って広がるハンプトン宮殿ですが、空から見ると写真右手が南側になり、テムズ川と微妙な角度で宮殿とそのまわりに庭が配置されている事が良くわかります。宮殿を東に抜けると大きなオランダ式ともいわれる整形式のグレート・ファウンティン・ガーデンが、まるで無限の広がりを持っているかの様に目の前に現れます。そして、その右側にはフランス式整形庭園が南側のテムズ川に向かって広がっています。川沿いには船着き場があり、下流のロンドン中心部(写真奥側)から船で来る事も可能です。

正面のトロフィーゲート。家紋にも見られる威厳あふれるライオンと一角獣が邪気の侵入をはばんでいます。

宮殿は、1521年に、イングランドの聖職者で政治家だったトマス・ウルジー氏によって建てられました。しかし、そのあまりの美しさにヘンリー8世が妬んだので、すぐに王のものとなりました。元々はイタリアルネサンスへの憧れのもとつくられた、チューダー様式とゴシック様式の入り交じった左右対称の幾何学的模様の宮殿で、幾度もの改築や改修が施されながら、18世紀にほぼ現在の形になりました。その後、1838年に大改修の工事が終わると、当時のビクトリア女王によって一般公開されるようになったのです。敷地内にある「プリヴィ・ガーデン」は、1995年の大改修工事により建設当時の形に復元されて現在に至っています。

庭は、宮殿の東側と北側に広がっていますが、東側の大きい場所から順に「グレート・ファウンティン・ガーデン」、テムズ川に向かって伸びる「プリヴィ・ガーデン」、その横、宮殿の南側に2つの庭「サンクンガーデン」と「ポンドガーデン」があります。宮殿の北側には「ローズガーデン」や「キングサリのトンネル」。さらには有名な「メイズ(迷路)」、高く刈り込まれた生け垣の迷路などが宮殿を取り巻くように配置されています。

庭園を散策しながら特徴をご紹介

きれいに刈り込まれたイチイは、デアーライン(家畜が下枝を食べたように刈り込むこと)と呼ばれる下枝の刈り込みによって、見通しと広がりを見せています。

シルバーリーフのシロタエギクと、紫花のヘリオトロープとを組み合わせた落ち着いた色合いで、フランスやイタリアの花壇植栽とはまったく違うテイストです。

宮殿から南に広がる「プリヴィ・ガーデン」

新興国イギリスの、イタリアルネサンスとフランス文化への憧れが顕著に現れた、見事なまでのフォーマルガーデンです。

この庭は1995年に再現されましたが、完璧なまでの幾何学的な左右対称庭園に、イギリスらしく両側は小高い土手により囲まれ、きれいにメンテナンスされたフォーマル庭園が俯瞰できるようになっています。左側の土手の上には5m以上の高いシデのトンネルがあり、あまりにも人工的な幾何学模様にイギリス人らしさが加味されているように思われます。

宮殿横に可愛らしい「ノットガーデン」とオランジェリー

草ツゲの緑のフレームの中は、ベゴニア・センパフローレンスによるはっきりとした色合いで、イタリアの庭を思い出させます。これも、ルネサンスへの憧れの表れなのでしょう。その奥にはオランジェリー(温室)があります。

大きく立派なオランジェリーの建物の前には、テンダーな植物(寒さに弱い植物)の鉢植え。これらの鉢はすべて冬前にはオランジェリーの中へ入れられて、寒さから守られます。

一番の見せ場「サンクンガーデン(沈床花壇)」

チューリップとパンジーが主役の春花壇。

オープンで広い「プリヴィ・ガーデン」は緑が中心でしたが、このサンクンガーデンは周りを高い生け垣で囲み、完全に周囲とは隔離された空間になっています。

春は、チューリップとパンジー、夏はサルビアやマーガレットデージー、シロタエギク、そして赤いゼラニウムとベゴニアでカラフルに植栽され、ここではイギリスらしい色とりどりの花が主役になっています。

隣のポンドガーデンでは、サンクンガーデンより一回り小さくて色合いもデザインもシンプルです。素敵な2つの庭が並んでいるのも何かもったいないような気がしますが、はっきりと生け垣で区切られているのはイギリスらしい庭の見せ方です。

世界最高齢のブドウの木は、1768年にケイパビリティー・ブラウン氏によって植えられたと伝えられています。イギリスの庭づくりを根底から変えた天才造園家であるランスロット・ケイパビリティー・ブラウン氏については、また今後ご紹介する予定です。

北側の園路には、ゴミ箱さえもブリティッシュグリーンにペイント。ご存知のようにイギリス人が大好きな色です。

イギリスらしい庭のデザインといえば、ボーダー花壇。冬の寒い西風から植物を守るレンガの壁(ウォール)に沿って手前に低い植物、奥へ高い植物を組み合わせて、細長く植物を配置する手法で、イタリアでは見られないスタイルです。さまざまな植物をパッチワークの様に組み合わせて植えていく、イギリスでは当たり前に見られる手法は、イギリス庭園史上もう一人の偉人として知られるガートルード・ジーキル女史が始めたもので、今もイギリスの花壇植栽はこの手法が基になっています。

日本でも憧れて育てる人が多いキングサリを、トンネルに仕立てた場所もあります。イギリスでも、なかなかここまで見事な景色はお目にかかれません。

ハンプトン・コート宮殿は、さまざまなタイプの庭や歴史が詰まっていて、一日いても飽きる事はありません。ある意味ここからイギリスの庭は始まったといってもよいでしょう。次回からは、今、ガーデニングの本場といわれているイギリスの庭巡りの旅を始めるとしましょう!

Credit

文/二宮孝嗣
長野県飯田市「セイセイナーセリー」代表で造園芸家。静岡大学農学部園芸科を卒業後、千葉大学園芸学部大学院を修了。ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、バクダットなど世界各地で研修したのち、宿根草・山野草・盆栽を栽培するかたわら、世界各地で庭園をデザインする。1995年BALI(英国造園協会)年間ベストデザイン賞日本人初受賞、1996年にイギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初のゴールドメダルを受賞その他ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール各地のフラワーショウなど受賞歴多数。近著に『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)。