厳しい冬の寒さに耐えながら花を咲かせるロウバイ、ウメ、サザンカ、スイセンを、「雪中四友(せっちゅうしゆう)」と呼ぶそうです。これらの草木は、私たち日本人にとっても新年を祝う縁起物として重宝され、その芳香も冬から春へと移ろう季節の風物詩として古くから親しまれてきました。今回は、そんな「雪中四友」のサザンカの代わりにツバキを取り入れた前田満見さんの春を待つ冬の暮らしの楽しみを教えていただきます。
目次
神々しいロウバイ

春のジンチョウゲ、夏のクチナシ、秋のキンモクセイと共に四大香木といわれるロウバイは、冬を象徴する香木です。
勢いよく真っ直ぐ天に向かって伸びた枝先に、薄黄色の小花を咲かせるさまは、冬ざれにやさしく光る灯火のよう。つぼみがほどけて漂う甘く清楚な芳香も、凍えた心身を温めてくれます。英名では「Winter sweet」だとか。何ともロマンチックで素敵ですね。

そんなロウバイを、わが家ではお正月の花材に好んで用います。仕入れ先は近所の生花市場。とはいえ、意外と流通が少ないうえに冬の花材の花形なので、タイミングよく手に入れられるかどうかは運次第です。なので、「手に入れられたら新年はきっとよい年になる」と、ちょっとしたゲン担ぎになっています。

ロウバイを器に活ける時は、真っ直ぐ伸びた凛々しい樹勢をできるだけ生かせるような大ぶりの壺に投げ入れます。1種活けでも十分見栄えしますが、葉っぱのないこの時季のロウバイは、器に活けると足下が空いてしまうので、常緑のマツやツバキを添えて根締めに。そうするとバランスがよく、薄黄色の花と深緑の葉が相まって季節感も増します。鮮やかな紅色のツバキが花開けばより華やいだ雰囲気に。ぐっと見栄えがよくなりお正月に相応しい迎花になります。

そんな迎花を、年神様を迎える玄関にしつらえると、日常とは異なるどこか神聖な空気が漂います。これが縁起物といわれる草木がもつエネルギーでしょうか。凛々しさと清らかさに心が洗われます。そのうえ、仄暗い玄関で目にするロウバイは、屋外で見るより色鮮やか。コロンとした小さなつぼみも蝋細工のように透け感のある花も、まるで黄金色の光の粒のよう。神々しいほどの輝きと辺りと包み込むような清楚な芳香を放ち、希望に満ちた新春へと導いてくれます。
故郷に想いを馳せるウメ

日本人にとってウメとサクラは、最も親しみのある花木。奈良時代から平安初期の頃までは、「花」といえばウメを指し、「花見」もサクラではなくウメだったそうです。サクラよりも主張することなくひっそりと奥ゆかしい香りを辺りに漂わせるさまは、「和」を感じられる日本の心そのものかもしれませんね。
じつは、高知の実家の庭には父が植えたウメの木が2本あり、年末になると、母がその小枝をお正月用のツバキやナンテンなの花材と一緒に段ボールに詰めて送ってくれます。まだつぼみも硬いそのウメを手に取る度に目に浮かぶのは、不自由な身体で長い闘病生活を送っている父と実家の家と庭を一人で守っている母の姿。側で支えてやれない不甲斐なさを心苦しく思う娘に、「心配しなくてもええよ」と語りかけてくれるような気がします。

そんな実家のウメだからこそ、ひと枝も無駄にすることなく愛でたいもの。それには、少ない花材でカットした花や枝葉も利用できる盛花が最適です。ちなみに、盛花とは「いけばな」で平たい広口の水盤と剣山を用いて花を盛り合わせる生け方です。なので、丈の短いウメには小振りの水盤を。そのほか、食器棚にある高台皿や浅鉢も意外とさまになります。
以前習った「いけばな」の型を基に、実家の庭の景色をイメージしながら日本スイセンやツバキ、サザンカなど清楚な草木をあしらい、仕上げに短くなった枝葉で剣山を隠すと、どの角度から見ても佇まいのよい盛花に。「いけばな」と言うにはおこがましいけれど、手に取る一輪一輪がより愛おしく、一つ一つの所作に心が安らぎます。まさに、「草木に癒やされ時間に磨かれる」。やっぱり「いけばな」はよきものですね。

さらに、残った花材を水を張った四角い浅鉢に短くカットして挿し、隙間にコケやヒカゲを敷き詰めると、まるで玉手箱のような花あしらいに。小さなウメのつぼみも花も、ツバキの花も手の中にすっぽりと収まってなんとも愛らしい。間近で見る表情にうっとりします。

また、この玉手箱は、手軽に移動できるのであちこちに飾って楽しめるのも嬉しいところ。型にはまらないこんな自由な生け方も、飾る場所や飾り方をアレンジできてよい気分転換になります。
暖房の効いた室内では、ウメのつぼみも1週間ほどであっという間に開花します。今年も、実家のウメの花の便りを待ちつつ、冬の名残りに漂うひと足早い小さな春の兆しを楽しみます。
ツバキに願いを込めて

寒風に晒されながら、艶やかな葉を纏い人知れず花を咲かせるツバキ。その名前の由来には諸説あり、厚みのある葉「厚葉木(アツバキ)」、艶のある葉の「艶葉木(ツヤバキ)」など、葉の美しさが名前の由来になっているそうです。また、寒さに負けない凛とした花と常緑の葉は「忍耐」や「生命力」の象徴。古来より邪気を払う「神聖な木」とされ親しまれてきました。

そんなツバキは、冬から春へ移ろうわが家の暮らしに欠かせない花木です。有難いことに、ツバキもたくさん実家から届くので、バケツに入れて庭にストックし必要な分だけ室内にあしらいます。瑞々しさを保つためには、外気に当てておくのが一番。そうすると春までしばらく楽しめます。

常緑のツバキは、先に話題にあげたロウバイやウメ、またボケなど、葉のない花木と相性がよいので、大胆に壺に投げ入れると自然に根付くありのままの姿を堪能できます。所々虫食い葉もあるけれど、それさえもよい風情に。枝の節々にふっくらと紅差すつぼみも奥ゆかしく、室内に居ながら澄んだ冬の空気に微かな春の温もりを感じます。

また、日本原産のツバキは、欧米では「冬のバラ」と言われ、とても人気があるのだとか。確かに、ツバキも一重咲きや八重咲き、牡丹咲きなど、10種類ほどあり、早咲きや遅咲き、さらに花の色も多彩。何より、1輪だけでも存在感のある優美な花姿がバラによく似ていますね。なので、合わせる花材がない時は、好んで一輪挿しでその美しさを堪能します。

それにしても、ツバキはガラスや陶器、骨董等どんな器に挿しても何と品がよいのでしょう。そのうえ、盛花、投げ入れ、掛花と、和洋問わずどんな空間にもさりげなく馴染み暮らしに華を添えてくれます。
そして、名前の由来になるほど美しいツバキの葉は、食卓に取り入れて季節感を味わいます。

例えば、お茶菓子に添える皆敷(かいしき)にすると、艶のある深緑の葉が菓子を引き立て、より美味しそうに見えます。また、しっかりと厚みがあるので箸置き代わりにも。ほどよい反りがいい塩梅です。こんなふうに一枚ずつ目にすることで、改めて端正な葉の美しさに気付かされます。

もう一つ、ツバキの葉を使ったこの時季に欠かせないのが椿餅。邪気を払う縁起のよい日本最古の和菓子だそうで、毎年節分か立春に手作りします。当日は、朝から餅米を蒸し、冷凍保存しておいた餡子を解凍しつつ、一枚一枚形のよい綺麗な葉をカットして丁寧に洗い乾かします。餅米が蒸せたら餡子を包んで、ツバキの葉で挟みます。

少し手間はかかりますが、キッチン漂う白い湯気と餅米の甘く香ばしい香り、ザルに整然と並んだ瑞々しい深緑の葉に、不思議と心が清められます。不揃いで見た目はいまいちですが、出来立ての風味は格別。「健やかな春を迎えられますように」と願いつつ、いただきます。
春へと心を誘うスイセン

古来より可憐な姿と芳香が、人々を魅了してきたスイセン 。特に日本スイセンは、雪に覆われた土の中でいち早く春の温もりを感じ花を咲かせることから、江戸時代までは「雪中花」と呼ばれていたそうです。
そんな日本スイセンが近所の花屋さんに並ぶのは、年末から2月上旬の一年で最も寒い時季。度々足を運び、1束ずつ購入してはさまざまな花あしらいを楽しみます。

例えば、1束をバサっと壺に挿したり、ウメやツバキなどの花木と盛花に。生き生きとした群生美や自然の景観を味わいます。また、特に気に入っているのが一輪挿し。一見簡単そうに見えますが、生け方次第で花の表情の良し悪しが変わるので、花付きや向き、葉の枚数や形まで細かく目を配ります。それにしても、スッと伸びた花茎と青磁色の葉、黄色い盃をのせた白花の何と清楚なこと。こちらまで背筋が伸びるような凛とした佇まいに惚れ惚れします。

そして、「日本スイセンには白い器」が、わたしのちょっとしたこだわり。白い器を雪に見立てると、積雪に咲く日本スイセン の風情を感じます。
仄暗い玄関にしつらえた「日本スイセンと白い器」は、まるで雪あかりのよう。冷たい外気から帰宅すると、ぽっと辺りを灯し、甘い香りを湛えながら「おかえり」と、温かく迎えてくれます。

冬ざれの庭では、ヒメシャラの足元で、スノードロップ(待雪草)が早々に目を覚まし早春の訪れを告げています。
待ち遠しいスイセンやチューリップの開花もあと少し。冬から春へと季節を繋ぐ草木を愛でつつ、春待つ時間を楽しみたいと思います。
Credit
写真&文 / 前田満見

まえだ・まみ/高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。
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