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プロが育てる“食べる花”が人気! 癒やしと彩りを食卓に|横山直樹さんの挑戦

プロが育てる“食べる花”が人気! 癒やしと彩りを食卓に|横山直樹さんの挑戦

クリスマスローズの育種で世界的に知られる横山直樹さんが、いま挑戦しているのは「食べる花=エディブルフラワー」。味にまでこだわり抜き、飾りではなく“料理の一品”として花の魅力を引き出す唯一無二の取り組みは、シェフや食べる人の心にまで届いています。その舞台裏と未来への展望を、じっくりとご紹介します。

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世界が注目する日本人花農家・横山直樹さん

横山直樹さんは、英国をはじめとする海外でも高く評価される、日本を代表するクリスマスローズの育種家・生産者です。美しく個性豊かな花を生み出すその技術とセンスは、長年にわたり園芸業界をリードしてきました。そんな横山さんが今、新たに取り組んでいるのが、「食べる花=エディブルフラワー」の生産。じつはこのエディブルフラワー、近年は世界的にも注目を集めている新ジャンルなのです。

横山園芸の横山直樹さん
クリスマスローズの育種家として世界的に名が知られる横山園芸の横山直樹さん。

ヨーロッパの高級レストランでは料理の主役として使われることもあり、アメリカではサステナブルフードとして、アジアでは見た目の美しさやSNS映えする食材として支持されています。しかし、日本国内ではまだ一般流通が限られ、扱っている農家も多くありません。そんな中、味・見た目・品質管理のすべてにこだわる横山園芸の取り組みは、先駆的存在です。

きっかけは、約10年前。オリンピック関連の依頼から始まったエディブルフラワーの栽培には、これまで培ってきた植物栽培とはまったく異なる挑戦が待ち受けていました。

食べて分かった、花の新しい表情

食用フロックス
ナデシコやフロックスなど、ガーデンで馴染み深い花々もエディブルフラワー。

最初の2年間は出荷できる花が一つもなかったという横山さん。それでも生産を諦めなかったのは、「花の味」という新しい価値に魅力を感じたからです。たとえば、マリーゴールドは柑橘のような爽やかさ、ストックやアリッサムはカイワレ大根のような風味、ランタナは南国フルーツのような甘みといった具合に、花にはそれぞれ個性的な味があるのです。

「ジニアは色のバリエーションも豊富で長く咲くけれど、実際食べてみたらものすごく苦かったのでやめました」と笑う横山さん。味を確かめ、選び抜いた40種類前後の花たちは、単なる“飾り”ではなく、味でも魅せる“食材”へと進化しました。

「かわいい」だけじゃない、栽培の苦労と工夫

食べることが前提のエディブルフラワーには、野菜と同等の安全基準が求められます。しかし、規定農薬がほとんど存在しないため、横山園芸では化学農薬を一切使用しません。

「ですから、最初は驚くほど虫の餌食になってしまって。花って本来は受粉のために虫を呼び寄せる目的で咲くわけですから、虫がくるのは自然なことなんですが、農薬を使わないとこんなに虫が来るのか、と改めて驚くほどでした」。

灌水
一苗ずつ手灌水をするスタッフ。

試行錯誤のうえ、虫を寄せ付けない工夫として、自然由来の忌避成分や送風機、虫取りテープ、人の手による日々の点検など、農薬に頼らず虫の被害を最小限に抑える独自の方法を確立しました。こうして、食用として安心して楽しめる、清潔で安全なエディブルフラワーが生まれています。

さらに、味と食感の追求のために、有用菌を多く含んだ土壌や資材を用い、花ごとに日照量や温度を微調整。通常、太陽をしっかり浴びた花は立派になりますが、食べるには口当たりが硬すぎることが。そこで、開花のタイミングを見計らって日照をコントロールすることで口当たりを柔らかに仕上げます。横山園芸のエディブルフラワーは、見た目に美しいのはもちろん、「口に入れたときに美味しい花」を育てるための工夫が、そこかしこに詰まっています。

ミニブーケ出荷に込めた美意識

「わあ、かわいい!」。出荷先でそんな声が上がる理由は、横山園芸のエディブルフラワーがまるで小さなブーケのように束ねられ、カップ型の透明パックに、立てて収められているから。しかも、切り口には水を含ませたコットンが添えられ、切り花の出荷と同様に鮮度が長く保たれるように工夫されています。

エディブルフラワー
カップに入ったエディブルフラワーは、そのまま飾っても可愛いミニブーケになっている。

こうした出荷スタイルを考案したのは、横山さん自身。じつは長年、アレンジメントや生け花の教室に通った経験があり、ブーケもお手のもの。「花の魅力をいろんな方法で発信できたらいいなといつも思っていて」と話します。 “花を育てるだけじゃなく、どう届けるかまで含めて花の魅力”という信念のもと、この出荷方法にたどり着きました。

ミニブーケを作る横山さん
ササッとパンジーのミニブーケを作る横山さん。超ミニサイズながら、茎をスパイラルでまとめてラウンドブーケに。

「ただ花首を並べるだけよりも、まず“かわいい”って思ってもらえることで、料理の発想が広がったり、食べてみたい気持ちにつながったりするんですよね」。その思いは、現在エディブルフラワーの生産・出荷を担当するスタッフたちにもしっかりと受け継がれています。

横山園芸のエディブルフラワー

ブーケづくりは、早朝の涼しい時間に咲き始めの花を選び、1輪ずつ丁寧に摘み取るところから始まります。花を傷めないようにすべて手灌水で育て、花粉が出る前のタイミングで収穫。スタッフたちは色合わせや花の高さを見ながら、直径10cm未満の小さな丸いラウンド型に、やさしく、素早くまとめます。

横山園芸のエディブルフラワー
ミックスブーケのほか、1種単品のブーケもある。

「ギュッと握ると花が傷んでしまうので、指先でそっと花茎を押さえながらラウンドブーケにするんです。最初は本当に難しくて。でも、かわいくできるとすごく嬉しいんです」と話すスタッフの姿には、作業の繊細さと楽しさがにじんでいます。

「このスタイルはすぐ真似されるんじゃないかなと思ったんですよ。でも実際、ここまで細やかにするのは、なかなかできないみたいで……」と横山さん。この小さなブーケには、誰にも真似できない“花への愛情”が込められているのです。

エディブルフラワーがもたらす、心の栄養

横山園芸のエディブルフラワー
エディブルフラワーで鮮やかに彩られた朝食。

横山さんがエディブルフラワーを通して実感しているのは、「花には、食べる人の心を元気にする力がある」ということです。

実際に食べた人から寄せられる声は印象的なものが少なくありません。

「少ししか食べられなくなってしまった今、食材を一つひとつ丁寧に選んでいます。そんな中で、まさか“花”が食卓に加わるなんて思ってもいなかった。でも、横山園芸のエディブルフラワーを見て、食べて、その美しさに元気をもらって、自然と食が進んだんです」

ある女性からのこの言葉は、今も横山さんの心に残っていると話します。

エディブルフラワー
青紫のビオラにはアントシアニン、黄色のカレンデュラにはフラボノイドといった成分が含まれる。

花の力は、気持ちを前向きにする“心の栄養”だけではありません。じつは近年、エディブルフラワーの「色素」は栄養価として注目を浴びています。たとえば、青紫のビオラにはアントシアニン、黄色のカレンデュラにはフラボノイドといった成分が含まれ、これらは強い抗酸化作用をもち、体の老化や炎症を抑える働きがあるとされます。
また、ビタミンCやカロテノイド、食物繊維なども種類によって含まれており、「美味しく食べられて、しかも体にもいい」という点で、ナチュラル志向の人々からの関心も高まっています。

バーベナ
クセがなく口当たりもやさしいバーベナ。花らしい形もかわいい。

「味にこだわっているからこそ、花の種類によっては“これは苦すぎて無理だな”というものもあるんです。でも、それだけに、ちゃんと美味しいと感じられる花があったときは、花の可能性がますます広がってワクワクします」。

花に味がする、というだけでも新鮮ですが、その一つひとつに「甘い」「柑橘のよう」「ミョウガっぽい」といった個性があり、味覚でも楽しませてくれるのが横山園芸のエディブルフラワーの魅力です。

エディブルフラワー
エディブルフラワーを飾ったミルクリゾット。

また、ある人はこう話します。「料理が得意じゃなくても、花をのせるだけでご飯がすごく映える! それに花びらを飾っていると、小さい頃におままごとで遊んだ時の感覚がよみがえって、すごく楽しくて」

日々の食卓に、花という新しい選択肢。それは、見た目の彩りだけでなく、心と体をそっと癒やす、植物の力そのものかもしれません。

“かわいい! 食べてみたい”が花への入り口に

現在、横山園芸のエディブルフラワーは都内のレストランやパティスリーで用いられているほか、イベントなどで流通しています。

「花って食べられるんだ! という驚きから始まり、何ていう花? というふうに、エディブルフラワーは会話にも花を咲かせ、これまで植物を育てた経験がない人にも、植物に興味を持ってもらえるきっかけになるんです。もっともっと新しい品種を増やして、花の魅力をいろんな形で発信していきたいですね」と横山さん。

その挑戦は、「花を愛でる」から「花を食べる」に広がり、「花で心を動かす」未来へと続いています。

横山園芸の横山さん
首に結んだタオルがトレードマークの横山さん。

※ご注意
本記事で紹介しているエディブルフラワーは、すべて食用専用として無化学処理で丁寧に栽培されたものです。
一般の園芸用の花は、観賞を目的として栽培されており、農薬や開花調整のためのホルモン剤が使用されている場合があります。
また、植物の中には毒性を持つ種類もあるため、食用と確認されていない花をむやみに口にすることは大変危険です。
安全のため、エディブルフラワーには必ず「食用」として販売・表示されているもののみをお使いください。

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