多くの花形と花色のバリエーションがあるバラ。ロマンチックな景色を作る花々の魅力に加え、食に活用できるバラにも年々注目が集まっています。今回は近年日本に導入され、育て始める人が増えてきた「食香バラ(しょっこうばら)」について、バラ文化と育成方法研究家で「日本ローズライフコーディネーター協会」の代表を務める元木はるみさんに、最新情報を織り交ぜながら紹介していただきます。
目次
食香バラの故郷
「食香バラ」とは、観賞用のバラと異なり、飲食や香りに特化したバラで、その故郷は、中国山東省平陰県のバラの村「玫瑰鎮(めいくいちん)」です。
この村では、約1,300年も前の唐の時代から現在まで、食用、薬用のためにバラが栽培され、栽培面積3,500ヘクタール、バラの花の生産量9,000トン、バラ栽培に従事する農家は、3万戸に上ります。
中国でも特別な平陰県のバラ
中国ではバラを一般に「玫瑰」(メイグイ)といい、たくさんの玫瑰がありますが、「食」に利用する玫瑰として中国政府に認定されているのは、この平陰県の玫瑰だけです。
この特別な、平陰県の玫瑰と出会い、その魅力の虜となった浦辺苳子さん(現、中国平陰県玫瑰推広大使、株式会社Flos Orientalium代表)が、何度も平陰県まで足を運び、現地の方々との信頼関係を築き、やっとのことで、日本国内への平陰玫瑰を「食香バラ・千年のバラ」として、輸入し紹介されるに至ったのは2016年のことでした。
日本で育つ3品種の食香バラ
現在、平陰玫瑰「食香バラ・千年のバラ」は、日本に3品種紹介されています。
豊華(ほうか)
花弁が50枚ほどの重弁で、中輪の美しい花を咲かせます。一枝につぼみを多数付けますが、他のバラより少し早くから咲き始め、一気に咲くのではなく毎日1~2輪ずつ開花するので、春の間中長く楽しむことができます。
ダマスク香にスパイシーな香りと甘さが加わった、大変豊かで心地よい香りがします。
花弁はワックス成分が少ないため、とても柔らかく、美味しくいただけます。
紫枝(ずず)
‘豊華’より一回り大きく、セミダブル咲きとなります。春の一季咲きの‘豊華’とは異なる四季咲き性で、棘の少ない枝は冬には綺麗な紫色になります。
こちらもダマスク香に、スパイシー香が混ざる心地よい香りですが、甘さや強さは、‘豊華’のほうがより際立っています。
唐華(とうか)
昨年2020年の秋、日本に初めて紹介され、今年の春から苗の販売が開始された品種です。
純白の花弁は、爽やかで清楚な印象です。花は一日花で、咲いた翌日には散ってしまいますが、四季咲き性で、咲いた花をその日のうちに収穫すれば、豊かな香りと味わいがバラのある暮らしをより豊かなものにしてくれることでしょう。
食香バラを育てた私の実感
私は、2017年の春から庭で食香バラを育てていますが、このバラが自宅に来てくれたお陰で、さらにバラの用とや可能性が広がり、暮らしが豊かになったと実感しています。
食香バラが来る前は、どのバラが食べた時に苦みやえぐみが強いか、それとも少ないか、食して美味しいバラはどの品種なのか知るために、さまざまなバラの花弁を試食しました。お茶にして美味しい品種、ジャムなど火にかけて美味しい品種、火にかけると苦みやえぐみが強くなる品種、いくら火にかけても柔らかくならない品種、すぐ柔らかくなる品種……というように、その答えを出すための作業に長く時間を要しました。
しかし、食香バラは、ズバリ食べるためのバラ! 香りを楽しむためのバラですから、ワックス成分の少ない花弁は食べて美味しく、香りも豊かです。この食香バラがあることで、さまざまなお料理やお菓子にと、楽しみ方がさらに広がりました。
食香バラの育て方は?
食香バラの育て方については、基本的に他のバラと同じです。
ただ、気を付けたいことがあります。それは、せっかく食べられるバラですから、農薬をかけたり、化学肥料ばかりに頼って育ててしまうことは、避けなければいけないということ。
幸い食香バラは、病害虫の被害がほとんど無く、無農薬で育てることができます。そして、化学肥料ばかりを使用すると、苦みやえぐみが強く感じられるようになってしまいますので、冬に元肥を施す際や、春に追肥を施す際には、可能な限り有機質肥料で育てることをおすすめします。また、春に花が次々咲くことも考慮し、リン酸分も不足しない程度に施すとよいようです。
日本初の食香バラの農場を訪ねて
今年の4月、グランドオープンした群馬県「中之条ガーデンズ」では、食香バラの日本初となる生産農場が誕生しました。
さらに「中之条ガーデンズ」では、バラ好きには見逃せないローズガーデンがあり、約400種、1,000株を超えるバラたちが、7つのセクションに分かれて植栽され、6月には満開を迎えました。
ローズガーデンをデザインされたのは、空間デザイナーの吉谷博光さん、植栽を担当されたのは「横浜イングリッシュガーデン」のスーパーバイザーも務めるバラの専門家、河合伸志さんです。
一歩進む度に、テーマ毎に区切られたセクションのバラやさまざまな植物たちが生き生きと美しく出迎えてくれて、大変見応えがありました。
こちらでは、浦辺苳子さんや小杉波留夫さん(東アジア植物研究家・グリーンアドバイザー)による食香バラについての講演や、実際に農場で食香バラを摘み、蒸留やジャン作りなどのワークショップが開催されていました(2021年5〜6月の開催は終了しました)。
食香バラのジャン作り
中国では、果物と砂糖を混ぜ合わせ、発酵させたものを「ジャン」といいます。果物の代わりに食香バラを使用し、砂糖とよく混ぜ合わせて作るジャンは、ジャムのように火にかけることはしないので、食香バラの香りが揮発せず、ダイレクトに香りや味わいを楽しむことができます。
出来上がったジャンは、ジャムと同様、ヨーグルトに混ぜたり、紅茶に加えたり、またお料理に利用したりと、用途はさまざまです。私は、家の食香バラで、小分けにジャンを作り、そのまま冷凍保存し、バラの無い時期でもバラの香りや味わいがいつでも楽しめるようにしています。
今回参加させていただいたワークショップでは、作ったジャンや残りの摘んだ花をお土産に持ち帰りもできました。
翌日は、自宅に持ち帰った食香バラで、早速ローズシロップを作り、炭酸で割って、ローズドリンクをいただきました。
甘く豊かな香りが口の中に広がり、バラのある暮らしの豊かさを心から嬉しく思いました。
ぜひ、皆様も食香バラを暮らしの中に加えていただきたく思います。
また、バラが咲く季節が再び訪れたら、美しいガーデン散策も楽しみながら目を楽しませ、食香バラの歴史や文化を深く学べる群馬の中之条ガーデンズを訪れてみてはいかがでしょうか。
資料提供/浦辺苳子
Credit
写真&文 / 元木はるみ - 「日本ローズライフコーディネーター協会」代表 -
神奈川の庭でバラを育てながら、バラ文化と育成方法の研究を続ける。近著に『薔薇ごよみ365日 育てる、愛でる、語る』(誠文堂新光社)、『アフターガーデニングを楽しむバラ庭づくり』(家の光協会刊)、『ときめく薔薇図鑑』(山と渓谷社)著、『バラの物語 いにしえから続く花の女王の運命』、『ちいさな手のひら事典 バラ』(グラフィック社)監修など。TBSテレビ「マツコの知らない世界」で「美しく優雅~バラの世界」を紹介。
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