芸をする朝顔【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】
マンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。最初は何もなかった空間を、自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。
目次
7月のバルコニーに咲く朝顔の美
夏のバルコニーに初めて朝顔が登場したのは、10年ほど前になるだろうか。大輪の西洋朝顔が最初だった。バラの花が少なくなったところに咲く、白いパラソルがいくつも開いたような趣に惹かれ、朝顔という花を見直した気分だった。そのあと「かざぐるま」という、花の中にまた花が咲く変化朝顔の市販の苗をちょっとした遊び心で手に入れた。
そして今や定番になったのが、千利休ゆかりの朝顔。変化朝顔に興味を抱き、取材する中で、種子を分けてもらうことができた。利休の庭に咲く朝顔が見事だと聞きつけた太閤秀吉が早朝庭を訪れると、すべての花が切り取られ、一輪だけが残されていた、という逸話がある。その真意の解釈は多々あるが、おおむね秀吉の華美を戒めたものとされている。
利休ゆかりの朝顔という真偽は確かめようもないが、楚々とした姿が好ましく、他と交配しないようにその朝顔だけを育てるようになった。ちなみに利休の時代は青色の朝顔しかなかった。元来、その種子に下剤となる成分を有することから、奈良時代に薬草として渡来したものが園芸種になったのだという。
日比谷公園の展示で眺める変化朝顔
変化朝顔については、興味を持って資料を調べると、その様相は想像をはるかに超え、驚嘆させられるものだった。これが朝顔! という花姿が続々と登場。すっかり虜になって、実物を見に、東京千代田区の日比谷公園で開かれていた変化朝顔の展示会に出かけた。
展示会で出会ったのが、変化朝顔研究会の面々。高校生の頃から朝顔の交配を始めたという伊藤重和さんをはじめとして、研究会の方々から多くのことを教授された。また、伊藤さんの柏市にある農場で、多種多彩な花姿の撮影もさせていただいた。
江戸時代に流行した変化朝顔の愛で方
そもそも変化朝顔が多く生まれたのは江戸時代。珍花奇葉の朝顔が江戸の大名や商人たちを夢中にさせ、栽培した朝顔を互いに競い合う「花合わせ」が行われ、相撲番付ならぬ「朝顔番付」がつくられた。また、木版彩色刷りの『朝顔図譜』も出版され、今見ると、当時の交配における高等技術が偲ばれる。
変化朝顔は、いわば突然変異の産物なので、際立って変化したものからは種子が採れない。単純な変化のものからは種子が採れるので、それらの種子から突然変異に至った遺伝子の組み合わせを探り、変異する苗をつくり出す。4,000個の種子から、一つだけ思い描いた花が得られたという話も残されている。
そうしてできた朝顔の名前は、一見すると呪文のようだ。まず葉の色、葉の形、花の色、花の模様・形と、その名が連なったものが総合され、一つの名前となる。「黄斑入林風縮緬葉白地紅吹掛絞台咲牡丹」(きふいりりんぷうちりめんはしろじべにふきかけしぼりだいざきぼたん)というように。
珍花奇葉が際立つ朝顔を「芸をする花」と呼ぶ。最初にそのことを知った時、言い得て妙なことに感心した。鉢植えされた朝顔は観賞され、「今一つ芸が足りない」などと評されるのだ。
江戸時代から現代ヘと受け継がれる朝顔文化
こうした話を友人にすると、彼女が梶よう子さんの小説『一朝の夢』のことを教えてくれた。北町奉行の同心である主人公が幻の花色の朝顔を咲かせることに生涯をかける物語で、実在した商人や大名をモデルに、当時の変化朝顔をめぐる人間模様を、実に面白く描いている。
江戸の時代に多くの品種が生み出された変化朝顔は、今も脈々と受け継がれ、伝統文化の一つとなっている。研究会の方々は下町が第二次世界大戦の戦火に見舞われた際、種子だけを持って逃げ延びたという。そうした人々によって守られ、受け継がれた江戸の朝顔が、今日もまたさまざまな芸を見せてくれる。我が家に千利休の朝顔が咲き始めると、私もまた『一朝の夢』に思いを馳せるのだ。
Information
- 変化朝顔展示&大輪朝顔 共催展示会
2018年7月28日~8月3日 午前中開催 - 変化朝顔展示会
8月24日~26日 午前中開催
場所:両日とも東京・千代田区「日比谷公園」テニスコート場となり、陳列場。
併せて読みたい
・どんな花が咲くのかな? 変化朝顔のタネを播いて咲かせてみました
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「夏の収穫」
・夏の花といったらやっぱりコレ アサガオを咲かせよう
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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