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「お別れの花」人を想い、つなぐ花の物語

「お別れの花」人を想い、つなぐ花の物語

人はどうして花を供えるのか。なぜ花に思いを託すのか。誰にでも必ず訪れる別れのときに、逝く人と残される人を花がつなぎます。

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プリムラ

リビングの出窓に置いた夫の遺影に、毎朝コーヒーと花を供えるのが習慣になった。その花はたいてい家の小さな庭で咲かせている花々である。

香り高い百合だったり、美人な芍薬だったり、真夏は元気なひまわりだったりする。私の趣味で黄色いひまわりには、庭にやたらに繁茂するヤブガラシをぐるぐる巻きつけてみたりする。そのたびに写真の夫は、「オイオイ! そりゃ雑草だぞ」と微苦笑を浮かべているように見える。

庭に咲く花がなく、切り花も高い冬の時期、愛らしいピンクの「プリムラ」の小鉢を置いてみた。波打つピンクの花びらは、ロマンチックで可愛いものが大好きだった夫も気に入ってくれるだろう。

花を供えるときは、夫と会話しているような楽しい気分になる。

「お父さん、プリムラだよ。かわいいでしょ。もうすぐ春だよ」。

「はい、朝のコーヒー。いつも通りお砂糖2杯入れたよ」。

「この花1鉢250円。コスパがいいでしょ(笑)」。

同居の娘はそんな私の様子をみて、「お父さんが生きてるときより甲斐甲斐しいよねぇ」と笑う。本当にその通りだと思う。生きてるときにやればよかった。もっといろいろしてあげればよかった。ごめんね。

ヤグルマギク

volkova natalia/Shutterstock.com

亡くなった人に花を供えて悼むという習慣は、民族や宗教を超えて存在する。葬儀の際に供えられる花は、日本では一般的に白い菊が多いが、中国では白と黄色の菊だそうだ。キリスト教徒の場合は、故人の家に好きだった花を盛り込んだ小さなバスケットを送る習慣があるという。

イスラム教徒の場合はどうだろうか? かつて訪れたトルコのブルームスクは、壁面がチューリップやカーネーションなどの花がデザイン化された、青と白のタイルで覆われていた。荘厳で静謐な空間は壁面の花々のおかげか、どこか優しげな色を帯びていた。イスラム教徒の葬儀の子細はわからないが、墓地に花を供える習慣はあるようだ。

さて、歴史をひもとくと、古くはエジプトのツタンカーメン王の墓で、死者に供えた花が発見されている。発見者はイギリスのハワード・カーター。15年にも及ぶ長い発掘作業の後に、カーターはようやくツタンカーメン王の眠る墓に到達した。3,300年の眠りを覚まされることになった少年王は、まばゆく輝く黄金のマスクで覆われ、その額には一束の枯れた花が置かれていた。カーターはそのときのことを手記の中でこう振り返っている。

「横たわったこの少年王の額には、上・下エジプトを象徴する見事な象嵌(ぞうがん)の二つのシンボル――コブラとハゲタカ――があり、そして、おそらく、人間の素朴な感情をあらわすもっとも感動的なものは、このシンボルの周辺に、小さい花束が置かれてあったことだ。わたしたちは、この花束を、夫に先立たれた少女の王妃が、「二つの国」を代表した若々しい夫にささげた最後の贈り物と考えたい」。

カーターの心を最も動かしたのは、黄金のマスクではなく、枯れた花束のほうだった。

エジプトの王家の墓には、ヤグルマギクをはじめ、スイレン、ヤナギ、オリーブ、野生のセロリなどが入れられていた。死者に花を手向ける習慣は、3,000年あまり前から存在していたようだ。

ノコギリソウ

 kukuruxa/Shutterstock.com

では、一体最古の手向花(たむけばな)は、いつ頃? どんな花なのだろうか?

調べてみると、6万年前のイラク北部のシャニデール遺跡で、人骨とともに大量の花粉が発見されたという記事に遭遇した。人骨はネアンデルタール人。私たち現生人類とは異なる人種で、3万年以上前に絶滅したとされる人種だ。

発見された花粉を分析すると、ノコギリソウ、ヤグルマソウ、アザミ、マロウなど。花粉は遺体の胸元に集中して発見され、多くはハーブであることから、遺体の腐敗を遅らせ、よい香りで包む役割を担っていたと推測された。

彼らがどんな気持ちで花を供えたのか、私はわかるような気がする。亡くなった人にできることは、花を供えることくらいしかできない。せめて美しい花を。香りのよい花を。

ところが、その後の研究の結果、これらの花粉はネズミが運んだものであるという説が有力になってきた。が、まだ結論は出ていない。

私としては、ネアンデルタール人説を推したい。ネアンデルタール人は遺跡に残された状況から、傷ついた人、老人などを丁寧にケアしていたことがうかがえる人々だったからである。

芽だし苗

ON-Photography/Shutterstock.com

どうして人は、亡くなった人へ花を供えるのだろうか。

植物は長い進化の過程で、美しい色や甘い香り、花の奥深く湛えた蜜によって、昆虫や鳥を呼び寄せ、受粉させ、種を結ばせ、また、季節がめぐれば芽を出し成長するというメカニズムを獲得した。それは命の再生システムと言い換えてもいいかもしれない。花はその象徴的な存在だ。手向け花は、耐えがたい別れに、ひとかけらの希望を見出す儀式なのかもしれない。

早春の森を散歩すると、老木のナラの周りでどんぐりのタネが小さな芽を伸ばしていた。しっかりと地中に根を伸ばし、青空を目指し双葉を開く姿は、かわいらしくも力強い。

命の終わりは、確かに絶望だけではないのだと思える。

スノードロップ

Aleksey Sagitov/Shutterstock.com

今年は暖冬で、春の訪れが早い。庭の片隅に置かれた植木鉢の中から、スッと葉を伸ばしている植物に気づいた。日当たりのよいところに移動したら、ぐんぐん伸びて花を咲かせた。

スノードロップだった。先日珍しく降った雪の中で、しずくのような白い花を凛と咲かせていた。

「それはお父さんが植えたものだよ」と娘が花を見ながら言った。寝たり起きたりの日々のなか、買い物に行く娘に球根を頼んで、植えたのだという。

「お母さんスノードロップの花言葉、知ってる?」

聞かれて花言葉の本のページをめくる。

スノードロップの花言葉は、「慰め」と「希望」。

夫から私へ、最後の贈り物だ。

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