乙庭 Styleの建築と植栽のリノベーション1【植栽・後編】「6つの小さな離れの家」

撮影/浜田昌樹(KKPO)
分類の垣根を取り去った植物セレクトで話題のボタニカルショップのオーナーで園芸家の太田敦雄さんがお届けする連載「ACID NATURE 乙庭 Style」。2018年に建築賞を受賞した注目の建築家、武田清明さんとのコラボプロジェクトとなった、建築&植栽リノベーションの完成までのプロセスをご紹介します。
(前編はこちら)
目次
既存の樹木を足しも減らしもしない
「プラスマイナス0(ゼロ)」というコンセプト
普通、多くのデザイナーが、既存の植物を間引いたり、新しいシンボルツリーを入れたりすることを考える場面で、「既存の植物しか使わない」と決めた時点で、この案はとても個性的で強いものに感じられました。「古いものを新しい視点で再解釈する」という創造性を突き詰める提案です。

私が提案したコンセプトは、“プラスマイナス0(ゼロ)”と“民族の小移動”。
今回の改修では、密集した100本以上の樹木を、1本も減らしも増やしもせず、半数以上となる65~70本を敷地全体に移植・再配置することにしました。それにより、敷地奥の密植部分の密度を下げて回遊路をつくったり、新築される離れの周辺や、新しいアプローチゲートとなるかつての店舗部分のお出迎え植栽として、樹木たちに新たな活躍の舞台を用意しました。

同じ俳優陣を使って、全く違う舞台劇をつくり上げるイメージです。

植物があっちこっちに入れ替わる大移植手術ではありましたが、施主ご夫婦にとっても、今ある庭の木々が移動するだけで1本もなくならないという、意外ともいえるソフトランディング的な提案で、とても安心感があり、喜んでいただけました。

大きく育ち、入り組んで生えている既存樹木を、大きさや株張りの現調資料、写真を一枚一枚見ながらコーディネートし、新しい居場所を見つけてあげるデザインと施工のプロセスは、細かい判断力と想像力を要する、大がかりで難しい作業の連続でした。

しかし、私にとっても「古いものだけで全く新しい植栽空間をつくる。しかも何事もなかったかのように」という、全く初めての試みへの挑戦であり、とてもエキサイティングな経験となりました。
「6つの小さな離れの家」の植栽解説

敷地奥側の100本以上の庭木のうち、70本程度を慎重に選び取りコーディネートしながら、エントランスゲートとなったかつての店舗部分や水路脇、新築の小さな離れをめぐる動線上に移植することで、庭木が過密になっていた敷地奥も風通しがよくなり、木々を眺めながら回遊できる園路もできました。かつては足元をふさいでいたミョウガやヒガンバナさえも、なくなることはなく、新しい居場所へと移動しました。

元店舗部分の改修後夜景。かつて野菜などの貯蔵庫などに利用されていた地下室をむき出しにして、ガラスの上家が設けられ、地熱を利用した温室となりました。写真奥から手前にかけて、通りからのアプローチとなる動線に寄り添うように移植された樹木が配されています。

コンクリートで固められていた水路脇にも植栽スペースを設け、沢のような風景に。

母屋と「6つの小さな離れ」を結ぶ動線に沿って、新旧の建物を取り結ぶように既存の樹木が移植配置されています。あえて移植に見えないように、あくまでもさりげなく。

樹木が密集していた敷地奥も、多くの樹木を敷地内の別の場所に移植して間を透かすことで、離れから連続して回遊散歩ができる園路ができました。これで風通しも、日当たりもよくなり、日頃のお手入れも楽になりますね。ご一家皆さんで庭木を愛でて過ごせる庭園空間になりました。
樹木の移植をしつつ、地被的に生えていた、ユキノシタやシダ、自生的に増えているミヤマオダマキやミツバなども皮膚移植のように部分的に剥ぎ取って、敷地のいろいろな場所に散らすようなこともしました。


これら、その土地に育っていた植物たちは、通奏低音のように敷地全体の雰囲気に統一感をもたらしてくれますよね。
こうしてでき上がった植栽空間は、出演者が全く一緒なので、見方によっては「何事もなかったかのよう」に違和感のないものです。

全てが変わったのにあまり変わったように感じられないギミックのような仕上がりは、今回の設計で目指したところだったので、奏功したように思います。

しかし、手を尽くしましたが、弱っていて移植できず、撤去せざるを得ない樹が1本出てしまいました。
そこで私からのご夫婦へのプレゼントとして、既存の大きなブドウと呼応するように、日本で育種された赤ワイン用品種のブドウ ‘ヤマ・ソーヴィニヨン’ (Vitis ‘Yama Sauvignon’) の苗を1株、家の新たな門出の記念に植樹しました。プラスマイナス0(ゼロ)の完成です。

ブドウ ‘ヤマ・ソーヴィニヨン’ は、フランス・ボルドー地区の赤ワイン主要品種として名高いカベルネ・ソーヴィニヨンと、日本にも自生するヤマブドウ(Vitis coignetiae)との交配種。高温多湿な日本の気候環境でも育てやすい、画期的な赤ワイン用品種です。かつての防空壕を利用した「葡萄酒庫の離れ」の側に、まさに適役と思いました。

将来「屋外ダイニング」の上部にブドウが茂り、夏の日差しをやわらげる屋根となり、晩秋には庭の紅葉を眺めながら枝付きの干しブドウを直摘みで食べられるでしょう。
私がこの庭にただ一つ新しく植えた、ほんのささやかな筆跡です。

「古いもの、古くから知られていたもの、または誰の目にも触れてはいたが、見のがされていたものを、新しいもののように観察することが、真に独創的であることの証拠である。」
(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 哲学者 1844 – 1900)
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Credit

写真&文/太田敦雄
「ACID NATURE 乙庭」代表。園芸研究家、植栽デザイナー。立教大学経済学科、および前橋工科大学建築学科卒。趣味で楽しんでいた自庭の植栽や、現代建築とコラボレートした植栽デザインなどが注目され、2011年にWEBデザイナー松島哲雄と「ACID NATURE 乙庭」を設立。著書『刺激的・ガーデンプランツブック』(エフジー武蔵)ほか、掲載・執筆書多数。
「6つの小さな離れの家」(建築設計:武田清明建築設計事務所)の建築・植栽計画が評価され、日本ガーデンセラピー協会 「第1回ガーデンセラピーコンテスト・プロ部門」大賞受賞(2020)。
ガーデンセラピーコーディネーター1級取得者。(公社) 日本アロマ環境協会 アロマテラピーインストラクター、アロマブレンドデザイナー。日本メディカルハーブ協会 シニアハーバルセラピスト。
庭や植物から始まる、自分らしく心身ともに健康で充実したライフスタイルの提案にも活動の幅を広げている。レア植物や新発見のある植物紹介で定評あるオンラインショップも人気。
「ACID NATURE 乙庭」オンラインショップ http://garden0220.ocnk.net
「ACID NATURE 乙庭」WEBサイト http://garden0220.jp

図版&写真提供/武田清明建築設計事務所 武田清明
1982 神奈川県生まれ
2007 イーストロンドン大学大学院 修了
2008~隈研吾建築都市設計事務所 同事務所・設計室長
2018~武田清明建築設計事務所 設立
2018 鹿島賞:SDレビュー2018
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