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ウクライナを故郷に持つ花クリスマスローズ20年の軌跡

ウクライナを故郷に持つ花クリスマスローズ20年の軌跡

今まさに花盛りのクリスマスローズ。皆さんの庭に育つガーデンハイブリッド(交配種)の多くは、ウクライナをはじめトルコ、ジョージアなどに自生する原種オリエンタリスを元に、交配・選抜が繰り返され生まれてきました。「貴婦人」と称され、春を知らせる特別な花として日本でも愛されてきたこの花のブームの始まりは、約20年前。その軌跡を、花の故郷を思いながら振り返ります。

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「クリスマスローズの世界展」特別企画で振り返る花の20年

クリスマスローズの世界展

愛好家の間では早春の風物詩となりつつある「クリスマスローズの世界展」が、2月、サンシャインシティで開催されました。記念すべき20回を迎えた2022年は、約3,000鉢のクリスマスローズが集結。この20年で素晴らしく進化したクリスマスローズの変遷を追う特別企画が展示されました。

クリスマスローズ
日本クリスマスローズ協会会員で愛好家の有島薫氏が育てた見事な鉢植え。

うつむきかげんに咲く楚々とした姿と、落ち着いた優しい色合い。日本人の美意識に沿うクリスマスローズは、じつは明治の頃より「寒芍薬(かんしゃくやく)」の名で茶席に飾られ、茶花として親しまれてきました。その後、人気に火が付いたのは、ちょうどガーデニングブームが起きた20年ほど前のこと。イギリスから持ち帰られたクリスマスローズがきっかけでした。

クリスマスローズ
野口一也氏から娘の貴子さんへ受け継がれた花郷園の展示。

日本クリスマスローズ協会の立ち上げ人の一人である野口一也氏が90年代に英国アシュウッド・ナーセリーなどから持ち帰った花々は、これまでの“わびさび”の世界観とは異なる華やかで豊かなバリエーションがありました。以降、日本ではアシュウッド・ナーセリーの輸入株を親株として交配・育種が熱心に行われ、多彩な花が生まれることになります。

クリスマスローズ ゴールドネクタリー

2000年にはアシュウッド ・ナーセリーがこれまでのクリスマスローズにはなかった「ゴールドネクタリー」と呼ばれる花を生み出しました。ゴールドネクタリーは花びらの中心部が黄色になるのが特徴で、この花を元に「ゴールド系」といわれる輝くような花色の新しい品種群が生まれていきました。

クリスマスローズ
左3つは野田園芸のゴールド交配系統。右は広瀬園芸の‘ソレイユ’。
クリスマスローズ
左上から時計回りに/ピンクフラッシュs.s。吉田園芸の‘ピエラ’。加藤農園の‘綾錦’。エム・アンド・ビー・フローラの‘ハニーワイン’。堀切園のニゲル‘ファルセット’。堀切園の‘SHIZUKA写楽’。

その後、小輪多花性や豪華なダブル(八重咲き)、血管のような筋模様のベイン、花弁の縁を糸でかがったようなピコティー、点々模様のブロッチ、フラッシュなどの花模様が生まれ、クリスマスローズは多彩さを極めます。

クリスマスローズ
左は吉田園芸の‘プリマネーヴェ’。通常のセミダブルより小花弁が多い。右上は2020年‘ハート利久’で最優秀賞を受賞した曽田園芸の‘桜利久’。右下はエム・アンド・ビー・フローラの‘ブラック・パール’。

2010年頃からは黒花、セミダブル (半八重)、芳香品種などさらに個性豊かに展開し、クリスマスローズの人気も加熱。冬から春を彩るガーデンフラワーとして、すっかり日本に定着しました。

とめどなくあふれる花弁に釘付けの最優秀賞花‘スーパーアフロディーテ’

クリスマスローズ

近年は、ダブルよりさらに豊かな花びらを持つ「超多弁花」「千重咲き」「万重咲き」といわれる花が登場し、注目を集めています。2022年の「クリスマスローズの世界展」新花コンテストで最優秀賞を受賞したのも、そんな花。加藤農園が作出した‘スーパーアフロディーテ’はゴールドの千重咲きで美しい整形弁を持ち、さらに花弁の透明感が評価され最優秀賞を受賞。これまでにも「千重咲き」「万重咲き」という花はありましたが、‘スーパーアフロディーテ’はシベがほとんどなく、究極に整った花形が今後の育種に新たな道を開く存在として専門家から期待されています。

クリスマスローズ
近年人気の超多弁花が注目を浴びる広瀬園芸の ‘クレオパトラ’。

素朴な一重の白花‘結絆乃(ゆきの)’が一般投票で1位を獲得

クリスマスローズ

一方で、来場者による人気投票で1位を獲得したのは、素朴な一重の花 ‘結絆乃(ゆきの)’。小輪多花の‘プチドール’や多弁花の‘プリマドレスシリーズ’といった名作を次々に発表している横山園芸による作出で、流行の多弁花とは対極にある花が人気を得たことに、クリスマスローズの幅広い人気を改めて感じます。株姿もまとまりがよく、早春の庭を上品に彩ってくれそうな品種です。その他のコンテスト花でも、楚々としたうつむく花に来場者から注目が集まっていました。

クリスマスローズ
木村陽子さん作出の‘春陽’。

クリスマスローズブームの源泉、原種の美しさ

クリスマスローズ・ニゲル
雪の中で花開くニゲル。

こうした多彩な改良種の一方で、根強く愛されているのが原種といわれる花々です。クリスマスローズの原種はヨーロッパ、西アジア、中国などに約20種類ありますが、代表的なものの一つがニゲル。真っ白な花をちょうどクリスマスの頃に咲かせ、「クリスマスローズ」という花名の由来となった原種です。原種の中でも非常に丈夫で、ニゲルとの交配種も生まれています。

クリスマスローズ・チベタヌス
原種のチベタヌス。

ニゲルとは反対に、育てるのが難しく上級者向けと言われているのがチベタヌス。難しいといわれながらも、この花に魅了される人が少なくないのは、その繊細な花姿によるものでしょう。絹のような、和紙のような独特な質感の花びらが、幼い子どもの頬のようにふんわり桃色に色づく様子は、他のクリスマスローズにはない魅力があります。チベタヌスは他の原種の分布域からは一つだけ切り離され、中国四川省に自生します。1989年に日本のナチュラリスト荻巣樹徳氏が発見するまでの間、標本に残る花のみがその存在の唯一の証拠で、120年もの間、誰も実物を見たことのない幻の花でした。自生地は標高2,000mほどで、夏でも涼しく、霧が生む空中湿度がその独特の花姿を形づくっています。会場にはチベタヌスの交配種も多数展示され、新たな花の展開に期待が高まります。

チベタヌス
左は日本チベタヌス協会の事務局を務めるZoony Gardenのチベタヌスの交配種。右はチベタヌスを親にした横山園芸の‘よしの’。
クリスマスローズ
サンシャインシティ「クリスマスローズの世界展」で展示された日本でのクリスマスローズの発展の歴史。スタートは原種オリエンタリス。

そしてもう一つ、日本のクリスマスローズブームの源泉となった重要な原種がオリエンタリス。花が大きく常緑で、株自体も比較的大型で丈夫な原種です。オリエンタリスは他の原種と交雑し合うことができ、その特性ゆえに、どの原種よりも交配に優れた花として選ばれてきました。現在日本でガーデンハイブリッドと呼ばれ楽しまれているクリスマスローズの多くは、オリエンタリスが元になっています。毎年次々に生み出される新しい花で人々を魅了し続け、一大ブームから今や早春のガーデンの定番となったクリスマスローズですが、オリエンタリスがなければ、このガーデン文化は生まれなかったでしょう。

クリスマスローズ
ウクライナのドニプロペトロウシカ州の教師が写したオリエンタリス系ダブル。2021年以前のものと思われる。Self-taught/Shutterstock.com

その原種オリエンタリスは、ウクライナやジョージア、トルコが自生地。庭先でうららかな春の陽を浴びて咲く花の姿と、今、この花の故郷を覆う惨状はあまりにもかけ離れています。これまでにもクリスマスローズの自生地は幾度となく戦禍にさらされ、原生地調査が大砲や戦車と隣り合わせで行われてきたこともあります。戦争は最大の環境破壊でもあり、人はこの花の美しさを追求する一方で、悲しい歴史も背負わせてきました。クリスマスローズの故郷が美しい春を迎え、花が人々の希望となることを祈るばかりです。

協力/クリスマスローズの世界展実行委員会事務局

Credit

取材・撮影・文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。

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