‘ドラキュラ’や‘ローブ・ドゥ・アントワネット’、‘ヌーヴェルヴァーグ’など、近年のパンジー・ビオラブームを牽引する名作を生み出してきた群馬県高崎市のサトウ園芸。
今年1月、代表の佐藤勲さんは農林水産祭で天皇杯を受賞し、名実ともに日本の育種界の頂点に立った。
しかし、その視線はすでに世界へ向けられている。
昨年、北米で「ジャパニーズ・パンジー」として紹介されたサトウ園芸の花に、250人以上の行列ができ、840個がわずか30分で完売した。
世界から熱視線を浴びるサトウ園芸のハウスを訪ねた。
目次
行列ができるサトウ園芸のパンジー・ビオラ

花びらの中で、色が揺れるように、光の角度によって、ブロンズにも、ラベンダーにも、金色にも見える。
画家も嫉妬するような花色。そして優雅に踊るドレスの裾のように、フリルの花弁がひるがえる姿。これらの花を生み出したのが、群馬県高崎市のサトウ園芸だ。

3月、そのハウスで見学会が開催された。
サトウ園芸の花を求めて、園芸店に行列ができるのは、もはや恒例だ。群馬県まで仙台から車を走らせてくる人、前泊して車中泊をする人もいる。見学会には、小学4年生の男の子も訪れた。夢中でカメラを構え、花を撮影する人々。感嘆のため息があちこちから漏れる。

「これはもう芸術品だね」
そう評されることが少なくないのがサトウ園芸のパンジー・ビオラだ。
この花を生み出したのは、花き園芸歴38年の育種家、佐藤勲さん。若い頃にアメリカ・デンバーで研修した後、「誰も作ったことのない花を作りたい」とオリジナルのパンジー・ビオラの育種に取り組み始めた。

しかし最初は、いいものが生まれなかった。作っては捨て、作っては捨てる。そんな試行錯誤の末に、8年がかりで誕生したのが、代表作パンジー‘ドラキュラ’シリーズ。そして次々に‘ローブ・ドゥ・アントワネット’、‘ヌーヴェルヴァーグ’などの名作がパンジー、ビオラブームを巻き起こしていった。

これらの花には、ある共通点がある。それは、一言では言い表せない色。青とも紫とも言えない。ベージュともピンクとも言えない。同じ品種名でも、株ごとに色が微妙に違う。海外の園芸ファンの間では、この色合いをこう呼び始めている。
“KUSUMI Color”。
日本語のまま、世界に広がり始めた言葉だ。
花を選ぶのは3人のガーデン愛好家
この花を形づくっているのは、育種家の佐藤さん一人ではない。その背後には、3人の女性セレクターの存在がある。

小林由起絵さん、橋本景子さん、兼岡美香さん。いずれも園芸業界のプロではなく、一般のガーデン愛好家だ。もともと3人は、サトウ園芸のパンジー・ビオラの熱心なファンだった。ハウスを訪ねたことをきっかけに、花のセレクトを任されるようになったという。
佐藤さんはこう話す。
「自分が選ぶより、庭好きの人に選んでもらった方が、みんなに喜んでもらえる花ができるんじゃないかと思ったんです」

実際、3人の審美眼は驚くほど鋭かった。
「自分では気づかない色の違いを見つけてくれるんです。この色とこの色の違いが、そんなふうに見えるのかと驚くこともあります」
花から「選ばれる」瞬間
選抜が行われるのは、毎年10月。3人は毎週末、群馬のハウスを訪れ、朝から夕方まで花と向き合う。どれも美しいからこそ、選ぶのは簡単ではない。

「それでも、遠くからハウスを見渡していると、ふと目に留まる株があるんですよ。まるで花から呼びかけられているような瞬間があるんです」と兼岡さん。

3人はそれぞれの感性で選ぶが、ときには3人全員が同じ株を選ぶこともある。そんな「スター選手」でも、必ずしも商品になるわけではない。3人が選んだ株の中から、さらに佐藤さんが株としての性質や生産の安定性を見極める。そして市場にデビューするのは、ほんの一握りだ。
ワクワクから責任へ
3人はもともと、愛好家として花を選んでいた。店でサトウ園芸の花を選ぶときのワクワク感には、他の花にはない高揚感があったという。しかし、セレクターとして選抜に関わるようになってからは、その気持ちに責任感が加わったと小林さんは話す。

「キレイなだけじゃなくて、いかにこれまでにない個性を見つけられるかが鍵」
その真剣な眼差しが、‘ローブ・ドゥ・アントワネット’誕生へと導いた。小林さんが発掘したその個性は、ブランドを代表する顔となり、今や海外で最も人気の高いシリーズになっている。

「花が好きで、自分たちのいいと思う花を一生懸命に選んでいたら、海外でも注目されるようになって。何が嬉しいかって、たくさんの人と感性を共有しあえることなんです。花って、言葉がいらないんですよ」と橋本さん。
美しいものに、心は共鳴する。その共鳴は今、海を越えて広がっている。
たくさんの人と育てるサトウ園芸のブランド
サトウさんは言う。
「自分が全部やろうと思わないほうがいいんです」
花を選ぶのは、3人の愛好家。品種名は、センスのいい花屋さんに任せる。宣伝は、愛好家やメディアが撮る写真が広げてくれる。
「人に任せることで、ここまで広がってきたんです」
しかし、その中心にはいつも花がある。その花を生み出したのは、38年花と向き合ってきた育種家の情熱に他ならない。

日本の園芸文化の中で生まれてきた花
パンジーやビオラはヨーロッパ原産の花だ。にもかかわらず、近年もっとも個性的な品種が次々と生まれているのは日本だと言われている。その背景には、日本の園芸文化がある。
日本では昔から、同じ植物の中に現れるわずかな違いを見つけ出し、選び抜き、美へと昇華させていく文化と技術が発達してきた。そして江戸時代には、朝顔や椿、菊などで多彩な園芸品種が作られ、殿様から庶民までが花の形や色の微妙な変化を楽しんできた歴史がある。

こうした「違いを見つけて愛でる」文化は、現代のパンジー・ビオラにも受け継がれている。均一ではない色。揺らぎを持つ花。一株ごとにわずかに異なる表情。それを「ばらつき」ではなく、「私だけの一株」として愛する文化が、日本にはある。
その楽しみ方は、江戸時代の園芸愛好家たちの感覚とどこか重なっている。サトウ園芸のパンジー・ビオラが海外で注目されているのは、単に珍しい花だからではない。そこには、日本の園芸文化が育ててきた「揺らぎを美しいと感じる感性」が宿っているからだ。
なぜ“青”は難しいのか
こうした複雑な色を生み出す過程では、植物としての難しさもある。パンジーやビオラの青や紫の色は、主にアントシアニンという色素によって生まれる。しかし、特に青の発色は繊細で、株の生育とのバランスが難しいという。

「きれいな青が出ると、根が弱いことがあるんです」と佐藤さんは話す。
根が弱い株は生産に向かない。そのため、どんなに美しい色でも商品化できないこともある。つまり、奇跡のような色が生まれても、それがそのまま世に出るとは限らない。
育種とは、美しさと植物としての強さの間でバランスを探る作業でもあるのだ。
パンジー・ビオラはブルーオーシャン
パンジーやビオラは、世界中で栽培されている花だ。一見すると、成熟しきった市場のようにも見える。しかし佐藤さんは言う。
「パンジー・ビオラはブルーオーシャンなんです」
まだ誰も見たことのない色がある。
まだ誰も作ったことのない花がある。

その可能性を信じて、佐藤さんは育種を続ける。そしていま、その花は海を越えた。2025年、サトウ園芸のパンジー・ビオラは北米でも販売が始まり、50の園芸店に並んだ。アメリカのパンジーインフルエンサーがサトウ園芸を訪れた際の投稿は300万回再生。アメリカのある店では、250人以上が行列を作り、840株が30分で完売した。
日本の感性が育てた「揺らぎの美しさ」は、いま世界中から熱い視線を浴びている。
「数年後には、日本のパンジー・ビオラがアメリカを席巻すると思っています」と佐藤さんは話す。

その言葉は、決して大げさには聞こえない。群馬のハウスから生まれた花が、静かに世界へと広がり始めている。
今、世界のどこかで誰かが、その花を前に、あなたと同じように感嘆のため息を漏らしているかもしれない。
Credit
取材&文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。「ガーデンストーリー」書籍第1弾12刷り重版好評『植物と暮らす12カ月の楽しみ方』、書籍第2弾4刷り重版『おしゃれな庭の舞台裏 365日 花あふれる庭のガーデニング』(2冊ともに発行/KADOKAWA)発売中!
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