お正月の松飾りで使われる松に、「根引松(ねびきまつ)」と呼ばれるものがあるのをご存じですか。地に足がつくように、成長し続けるようにという願いが込められた「根引松」。その中でも、長年の研究によって唯一無二の美しい姿を与えられた特別な松があります。この松を次世代に繋げるために、デザイナーから松農家へと転身した若き生産者を茨城県鹿嶋市に訪ねました。

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日本有数の松の産地、鹿嶋の松

お正月の松飾りには、歳神様を家に迎え入れるという意味があります。松は常緑で葉を落とさないため、古くから梢に神が宿ると考えられており、神様の目印になるよう家の門に飾ったものが「門松」や「松飾り」です。松飾りには、生育5年ほどの若松を用いるのが一般的ですが、京都の旧家や社寺では、根がついたままの「根引松」を飾る習慣があります。根引松には「地に足がつくように」、「成長し続けるように」という意味があり、一年の初めに思いを新たにしたいという願いが込められています。

塩入さんの根引松の松畑。11月には収穫され、12月の松市に出荷される。

塩入一峰さんは、この根引松の生産を受け継ぐために、2016年、東京から茨城県鹿嶋市へ帰郷しました。鹿嶋は日本有数の松の生産地ですが、そもそも鹿嶋を松の産地へと導いたのは、一峰さんの祖父・塩入東一氏です。

「鹿嶋は海が近いので砂地が多く、野菜などの農産物を栽培するにはあまり適さなかったんです。戦後、この土地で何か生産して全国に出荷できるものをと、祖父がたどり着いたのが松でした」。

東一氏は砂地を利用しての松の生産を成功させ、鹿嶋を一大生産地へと成長させただけでなく、松の需要の裾野を広げるために日本花道大学を開設。松と同時に花木の消費拡大に貢献しました。一峰さんの父、塩入勝峰氏はその花道大学で、東流の家元として教鞭をとった後、30年以上松の生産を続けてきました。

塩入家のお正月の玄関。生け花では自然の風景に見立てて松が使われることも。

「けれども数年前の正月に帰郷した際、父がもう松をやめる、と。そこで僕は初めて、父がつくっている松がどんな松なのかを知りました。学生のときに畑仕事を手伝った経験はありましたが、肉体労働で大変という記憶しかなくて、僕は松農家を継がずに東京でデザインの仕事をしていました。ですから、松農家になろうなんて思ったことは一度もなかったですし、父もこれまで特に松のことを話すこともありませんでした」。

「福来三光松」と名づけられた三光松。縁起のよい鶴の首のような見た目から、福を招くようにと名づけられたこの松は、独自の技術で曲げられた、曲(きょく)といわれる独特の姿が特徴。

栽培技術によって生み出される「美」

短く整った葉を密に茂らせ、青緑色に輝く松。まるで腕のよい植木職人が丁寧に切り揃えたかのような美しさで、市場で高い評価を得る塩入勝峰氏の「根引松」。一般的な若松も根引松も同じ黒松のタネからスタートしますが、黒松は普通に育てていれば葉が長くなり、外側へ向かって開いてしまいます。しかし、勝峰氏のつくり出す松は葉が短く、葉と葉の間がつまって密になり、葉色は明るく、優雅な枝ぶりが特徴です。姿の違いは誰の目にも明らか。それは華道家でもある勝峰氏が、水盤という小さな世界の中での表現に見合う端正な形を求め、10年以上かけて確立した独自の栽培技術によって生まれた姿です。

「市場の方から、この松は君のお父さんにしかつくれない特別な松なんだと聞かされました。僕は東京でデザインの仕事をする中で、こだわりを持って何かをつくるということ、そしてそれが評価されるということがどんなに大変で、すごいことかを身をもって感じてきました。ですから、うちの松のことを聞いて、こりゃすごいことだぞと思ったのと同時に、父がやめたら10年以上かけて生まれたこの松が、世の中から消えてしまうということに衝撃を受けました」。

そこから一峰さんが父の松を継ごうと決心するまでには、それほど時間を要しませんでした。

普通に育った黒松。葉が長く暴れた印象で、葉色も塩入さんの松よりくすんでいる。
畑で丹精された塩入さんの根引松。葉が短くつまって端正な葉姿。葉色も鮮やか。

三代目の新しい提案

今、一峰さんはその独自の栽培方法を父から学ぶべく、松農家としての道を歩み始めたばかりです。

「農業自体が初めてなので、道具の使い方やロープの結び方といった基本的なことからスタートして、身体づくりも目下の仕事の一つ。筋肉がないと農作業ってできないんですよね。デザイン事務所にいた頃は細くて白かったですけど、今は筋肉がずいぶんついて日焼けもするので、久しぶりに会う友人たちからは逞しくなったね、なんて言われます(笑)」。

根引松はタネを播いてから5〜6年育てて収穫しますが、その間毎年抜いて新しい畑に植え替えます。塩入さんたちは、その畑を5〜6人で作業しています。一度植えたらそのまま育てる若松の栽培と比較し、根引松の栽培労力はとても大きく、一大産地の鹿嶋でも生産者は塩入さんだけです。

5月、タネから発芽したばかりの松の芽。ここから5〜6年かけて大切に育てられ、根引松となる。

「大変といえば大変な仕事です。植え替えもそうですが、この芽を伸ばしてこの枝は剪定してと、気候の変化に合わせてタイミングを見計らいながら5〜6年かけて一本一本思い描く形をつくっていくんです。でも、何しろ自然が相手ですから、予定調和とはいきません。雨が長ければ葉が伸びちゃうし、期待した芽が吹かないことだってあります。でもだからこそ、自分の狙い通りの姿になった時の喜びも大きいんです。一方で意図せず生まれた美しい一本を発見することもあって、そんなときもキレイだなぁってしみじみ感動します。出荷しないで手元に置いておきたいなんて思ったりすることもあるくらい(笑)」。

夕日に輝く松畑。葉がいっそう鮮やか。

一峰さんは生産だけでなく、若い人たちにも根引松の魅力を知ってもらうための新しい松飾りの提案も始めました。

「立派な門がなくても、モダンなマンションの室内などでも飾って楽しんでもらえればと思って。リースのようにアレンジして楽しむアイデアを提案していて、ワークショップも開催しています。お正月の松飾りは日本の伝統文化ですから、現代の生活に合わせて形を変えながらでも、残していけたら嬉しいですね。根引松をつくるということは、単に生産して出荷するという作業だけではなくて、文化の継承でもあると考えています。そういう仕事ができることを、僕は誇りに思っています」。

年末の贈り物にも。モダンな部屋にも似合う根引松の松飾り』でつくり方をご紹介しています。

塩入さんの松は生花店などで購入可能。

全日花菜 https://saltandpinetree.wixsite.com/home

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Credit


写真&文/3and garden

ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。

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