花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載。今回は、中国で生まれ、ヨーロッパへと渡ってティーローズを生んだバラについて解説します。今井秀治カメラマンによる美しいバラの写真と共にお楽しみください。
目次
ヨーロッパへと渡ったチャイナローズ
前回『チャイナローズ~中国生まれのバラ』では、チャイナローズが中国から直接、あるいはインド経由でヨーロッパへともたらされたとお話ししました。じつは同じ時代、ティーローズの元となった品種も中国からヨーロッパへ渡っていました。
英国の植物学者C. C. ハースト博士(Dr. Charles Chamberlain Hurst:1890-1947)は、1941年に公表した論文『庭植えバラの起源と発展についての覚え書き(Notes on the Origin and Evolution of Our Garden Roses)』のなかで、4種のチャイナ元品種(The Four Stud Chinas)という項目を設け、ヨーロッパにおけるバラ育種の発展に強い影響をもたらした4種のチャイナローズについて論述しています。
ハースト博士はこの4品種から、鮮やかな赤、淡いイエロー、強く返り咲きする性質、ゆるやかにアーチングする枝ぶりなど、新しい性質がヨーロッパにもたらされたのだと結論づけました。
ここで取り上げられた4種のうちの2品種は、前回解説した‘スレイターズ・クリムゾン・チャイナ’と‘オールド・ブラッシュ’でした。2つの品種は、その後育種されたチャイナローズの元品種となり、また、‘ノワゼット’や‘ブルボン’という新しいクラスが誕生するきっかけにもなりました。
残りの2品種は、‘ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センティッド・チャイナ’(Hume’s Blush Tea Scented China)と‘パークス・イエロー・ティー・センティッド・チャイナ’(Park’s Yellow Tea Scented China)です。この2品種は大輪花・大型のシュラブまたはクライマーとなり、‘スレイターズ’や‘オールド・ブラッシュ’とは性質が大きく異なります。おそらく、ロサ・キネンシス(R. chinensis)と大輪花を咲かせる大型樹形のロサ・ギガンテア(R. gigantea)との交雑種であろうとされ、後にティーローズの元品種とみなされることとなりました。
ティーローズの元品種となったチャイナローズたち
‘ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センティッド・チャイナ’
(Hume’s Blush Tea-scented China)
大輪。とがり気味で形のよいつぼみは、開花すると20弁から30弁の花に。開花時は高芯咲きですが、咲き進むと丸弁咲きへと変化します。ミルクにピンク色をわずかに混ぜ込んだような淡いピンクの花色、ブラッシュ(刷毛ではいた)と表現するのにふさわしいと思います。
このバラは、イングランドのヒューム卿(Sir Abraham Hume:1749ー 1838)により、中国からヨーロッパにもたらされました。
ヒューム卿は、ロンドンの北郊外ハートフォードシャーを地盤とするトーリー党(現在の保守党の前身)の議員であり、夫人とともに熱心なバラ愛好家としても知られていました。夫婦は邸宅の庭園で育種も行っていたようですが、現在まで残された品種はありません。
バラに関する古い資料を読み漁っているといった印象を受ける、園芸研究家ブレント・C・ディッカーソンが転載している記述によれば、この品種がヨーロッパにもたらされた経緯について、主な説は次の通りです。
- 1808年、イギリスの東インド会社の代理店が広東のファン・ティー・ナーサリー(Fan Tee Nursaries)から入手し、ウォートルバリのヒューム卿へ送った。卿は夫人のアメリアに捧げ、‘ヒュームズ・ブラッシュ’(Hume’s Blush)と命名した。
- 1809年、イギリスのジョセフ・バンクス(Joseph Banks)が中国で入手して英国へ持ち帰り、コルヴィール(Colville)の農場で栽培されてから‘ティー・センティッド’(Tea Scented)という名称で市場へ出された。
なお、現在市場で流通している‘ヒュームズ・ブラッシュ’は早咲き、クリーム色のものが多く、旧来のものとは違うのではないかという説もあります。
‘パークス・イエロー・ティー・センティッド・チャイナ’
(Parks’ Yellow Tea-scented China)
中輪で花弁30前後、高芯咲きの花形。ミディアム・イエローとして登録されていますが、現在流通している株は、ライト・イエローと表現するほうが適切な、明るい澄んだイエローとなります。
1824年、イングランドのパークス(John Damper Parks:1792-1866)によって、ヨーロッパに紹介されました(”Transactions of the Horticultural Society of London”, 1826)。
しかし、現在流通している‘パークス・イエロー’もオリジナルではなく、以下でご紹介する‘フォーチュンズ・ダブル・イエロー’の実生種である‘フェー・オパール’(Fée Opale)ではないかといわれるようになりました。オリジナルは100年以上前に失われてしまったというのが真実のようです。
“バラのラファエル”と称賛される画家、J. P. ルドゥーテが画集『ショワ・デ・プル・フルール(Choix des plus belles fleurs:美花コレクション)』の中で‘ロサ・インディカ’(Rosa Indica – Rosier des Indes jaune)と題して残した美しいボタニカル・アートがあります。今までは、これがオリジナルの‘パークス・イエロー’ではないかとされることがもっぱらでした。
しかし、この画集の初版では同じ構図ではあるものの、白花の別品種だったので、実株を描写したものではないようです。この黄花のティーローズも、バラにまつわる秘密の箱に入れられてしまいました。
さて、実は‘ヒュームズ・ブラッシュ’と同じ頃に、中国からもたらされたティーローズがあります。これらについても、ここでご紹介しましょう。
‘ロサ・インディカ・マジョール’
(Rosa indica major)
大輪、25弁から35弁の丸弁咲きまたはカップ型となる花形に、淡いピンク、花心は色濃く染まることが多い花色。細めのつや消し葉を持ち、2.5~3.5mの高さに達する、一季咲きのクライマーです。
花色、花形はチャイナローズの影響が大きいです。しかし、大輪のクライマーであることから、チャイナではなくティーとされたり、‘ノワゼット’の元品種なのではとされることもあり、どのクラスとするべきか定まらない品種です。
由来ははっきりしていませんが、名称からインド経由でもたらされた可能性がいちばん強いのではと考えています。紹介された当時は‘ロサ・インディカ・マジョール’(インドの大輪バラ)と単純に呼ばれていました。
また、この品種の中国名は‘フン・チュアン・ロー’(粉妝樓;Fun Jwan Lo)だろうといわれています。現在国内で流通している‘粉粧楼’は、スペール・エ・ノッタンにより作出されたポリアンサの‘クロチルド・スペール’であろうと理解されていますが、中国由来の本当の‘粉粧楼’はこの品種なのかもしれません。
‘フォーチュンズ・ダブル・イエロー’
(Fortune’s Double Yellow)
大輪、セミ・ダブル、高芯咲きの花が春には株を覆い尽くすような、見事な房咲きとなります。全体に明るい色合いですが、イエロー、オレンジ、ピンクと、気候や温度などの環境により大きく変化し、必ずしもイエローにはなりません。ロサ・ギガンテアの強い影響を感じさせる、幅広の大きな深い色合いの葉。スルスルと直線的に枝を伸ばし、4.5mから時に12mにも及ぶ、バラとしては最大級になるクライマーです。イギリスのロバート・フォーチュン(Robert Fortune:1812-1880)が中国から持ち帰ったとものとされることから、彼の名が冠されました。
フォーチュンはスコットランド、バーウィックシャー出身。エジンバラ、ロンドンで園芸に携わった後、1842年、園芸植物蒐集の命を受けて中国へ派遣されました。
彼が果たしたもっとも大きな功績(?)は、当時禁輸されていた中国茶の苗木や種をひそかに持ち出して、インドのダージリンで栽培を開始させたことでしょう。当時、中国に独占されていた感のあった茶の生産(日本はまだ江戸時代で鎖国中)が打ち破られ、ダージリンは茶の大生産地へと発展することになりました。
また、フォーチュンは、プラント・ハンターとして数回、中国、日本を訪れ、牡丹、芍薬、ツツジ、菊など、ヨーロッパの人々にとって新奇な植物を多数持ち帰ってもいます。その一環として、1845年に中国からイングランドへ持ち帰ったのが、この‘フォーチュンズ・ダブル・イエロー’です。このバラは、中国で見出された園芸種の一つでした。
プラントハンターの冒険譚を描いた一冊
最後に、このロバート・フォーチュンの中国における冒険譚が詳しく語られた、『紅茶スパイ: 英国人プラントハンター中国をゆく』(サラ・ローズ(Sarah Rose)著 原書房刊)をご紹介しましょう。
英国はビクトリア女王の治世の時代、日が没することがない帝国として繁栄していました。この時代、フォーチュンは中国、インド、日本などを精力的に踏査し、英国へ数多くの植物を紹介しましたが、先にお伝えしたように、特にそれまで中国の特産品であった“高級茶”をインドで生産するため、中国から茶の苗木と種を盗んだことで知られています。
この本では、そんなフォーチュンのハラハラし通しの冒険譚が詳しく語られています。辮髪までつけて変装し、北方民族出身の高官だという触れ込みで、四川省などの山間地へ入ってゆくシーンなど、手に汗にぎる場面も少なからずあります。著者サラ・ローズさんのフォーチュンを見つめる視線は、ヤンチャ坊主を見守る母親のような温かみのあるもので、爽やかな印象を受けます。
プラントハンターの冒険譚は、それはそれで大変興味深いですし、彼らの活躍により後の時代、美しい植物を多くの人々が楽しめるようになりました。その功績を貶めるつもりは毛頭ないのですが、彼らはそこにある珍しい植物を掘り上げることにためらいはなかったのだろうか、心の隅に引っかかるような思いはなかったのかという疑問が湧くことがあります。
英国の東インド会社は、中国へアヘンを輸出し、帰り荷として茶を輸入していたのですが、利権の拡大を狙って自国の植民地であるインドでの茶の生産をもくろんでいました。探究心に富み、植物好きで冒険心あふれる青年が、そんな典型的な帝国主義政策の一端を担っていたという、歴史の1ページにも思いをはせながら読んでほしい一冊です。
併せて読みたい
・花の女王バラを紐解く「ヴィベール~もっとも偉大な育種家」
・カメラマンが訪ねた感動の花の庭。茨城「つくばローズガーデン」
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Credit
文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズアドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたい思いから、2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間運営。2010年春からは「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズアドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
写真/今井秀治
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