はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美の記事
-
ガーデン&ショップ
ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編
故ダイアナ元皇太子妃ゆかりのケンジントン・ガーデンズ かつてはハイド・パークの一部だったというケンジントン・ガーデンズは、18世紀前半に、現在の形に整えられました。南北に抜ける道を隔てて、東側がハイド・パーク、西側がケンジントン・ガーデンズ。合わせた面積は、ロンドン中心部の公園として一番の広さを誇ります。北側の地下鉄クイーンズウェイ駅から一歩入ると、とにかく広い! ケンジントン・ガーデンズは、園内に建つケンジントン宮殿に15年間住まわれた、故ダイアナ元皇太子妃にゆかりの深い公園です。子ども好きだった彼女を偲んでつくられた、ダイアナ・メモリアル・プレイグラウンド(12歳までの子どもとその保護者専用の遊び場)が近くにあるせいか、親子連れを多く見かけます。今回は訪ねることができませんでしたが、流れる川のような噴水、ダイアナ・メモリアル・ファウンテンも、園内の見どころの一つです。 広い園内に花壇はほとんどありませんが、花や葉の美しい低木や灌木が植わっています。もちろん、大きな木々もたくさん生えていて、この緑の景観を途切れなく守っていくために、綿密な植林計画が立てられています。2023年までに年30~50本ペースで植林を続けるという計画ですが、それだけのスペースがあることに、まず、驚きます。 園内に、貸自転車のドッキング・ステーションを見つけました。ロンドン交通局が運営する貸自転車のシステムで、市内中心部に750カ所のステーションがあります。そばにある機械を操作して、予約なしですぐに使える仕組み。交通量の多い市内の道路を走るのは旅行者にはかなり怖いですが、公園内のサイクリングなら楽しめそうですね。 ここではまた、身体の不自由な方が楽に園内を回れるよう、リバティ・ドライブというカート運行サービスが、慈善団体によって行われています(予約制)。 芝生の広がるエリアでは、リスに出合いました。19世紀後半に北米から持ち込まれた、トウブハイイロリスです。在来種の赤い毛皮のキタリスは、南イングランドではほぼ見かけなくなってしまいました。トウブハイイロリスはガーデナーにとっては害獣といわれ、そういえば、筆者もかつて鉢植えの苗を食べられてしまったことがありましたが、緑の中で遊ぶ姿は可愛いですね。 今も王室メンバーの住まうケンジントン宮殿 とうとうケンジントン宮殿までやってきました! 19世紀に大英帝国を躍進させたヴィクトリア女王(石像)の生家であり、現在も、ウィリアム王子とキャサリン妃のご一家や、先日ご結婚されたハリー王子とメーガン妃をはじめとする、王室の方々が住まわれています。宮殿の一部は一般公開されていて、王室の歴史を垣間見ることができます。 そして、こちらがケンジントン宮殿のサンクンガーデン! 噴水のある長方形の池を、花壇が幾重にも囲むつくりです。庭園の3辺は、シナノキの仲間を誘引したトンネルがあって、異なる角度から庭を眺められるようになっています。 春の花壇は、チューリップ、ストック、パンジーなどを使った、明るい植栽。暗いトーンのピンクのストックの上に咲く、白、黄、ピンクのチューリップがなんともキュートです。夏になると、ゲラニウム、ベゴニア、カンナといった、より色鮮やかな植物に変わっていきます。 2017年4〜9月の間、この庭園は、故ダイアナ元皇太子妃の逝去から20年を記念して期間限定でつくられた、〈プリンセス・ダイアナ・メモリアル・ガーデン〉として公開されました。白を好んだ元皇太子妃を偲んで、白いチューリップやバラ、ユリを中心に、スイセンやヒヤシンス、ワスレナグサなどを可愛らしく挿し色に使った、ホワイト・ガーデンでした。 先日ご結婚されたハリー王子は、この庭で婚約発表をされました。もしかすると、このカラフルな明るい植栽は、王子のご結婚を祝って計画されたのかもしれませんね。 ケンジントン宮殿への入場は有料ですが、このサンクンガーデンは無料で見学することができます。また、サンクンガーデンの東側にあるケンジントン・パレス・パビリオンでは、庭園を眺めながら食事やアフタヌーンティーを楽しむことができます。ぜひおしゃれをして、優雅な気分でお出かけください。 〈ケンジントン・ガーデンズ 庭園情報 2018〉 通年開園、6:00~日没まで(季節によって、冬の16:15から夏の21:45の間で変動します)。最寄りの地下鉄の駅は、ランカスター・ゲート駅、クイーンズウェイ駅、ベイズウォーター駅、ハイ・ストリート・ケンジントン駅。 *ケンジントン・パレス・パビリオンは、18世紀に建てられたオランジェリー(近年はレストランとして使われていた)が改修中のため、期間限定で設営されたレストラン兼イベント会場です。オランジェリーは2021年に再オープンの予定。 Kensington Gardens, London W2 2UH https://www.royalparks.org.uk/parks/kensington-gardens 併せて読みたい ロンドンの公園歩き 春のセント・ジェームズ・パーク&グリーン・パーク編 イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
-
ガーデン&ショップ
ロンドンの公園歩き 春のセント・ジェームズ・パーク&グリーン・パーク編
ロンドン最古の王立公園 セント・ジェームズ・パーク セント・ジェームズ・パークは、ロンドンにある王立公園として最も古いものです。周辺にあるのは、トラファルガー広場やナショナル・ギャラリー、ウェストミンスター大寺院といった名所や、首相官邸や国会議事堂をはじめとする官庁、そして、バッキンガム宮殿。まさにロンドンの中心地にあります。東京で言ったら、さしずめ日比谷公園といったところでしょうか。 実は、筆者はかつてこの近くにある職場に通っていたので、ここはまさに「庭」のようなもの。水辺があり、鳥やリスが遊ぶ公園を突っ切って、仕事のおつかいに出かけるのは、とても楽しいことでした。セント・ジェームズ・パークは美しく手入れされた花壇が多く、いつでも花が咲いているので、花の公園のイメージがあります。今回は、春の花木が迎えてくれました。 元々は湿地の荒れ野だったというこの場所は、16世紀前半にヘンリー8世によって鹿の狩場となります。17世紀前半には、ジェームズ1世によって、なんと、ラクダやワニ、ゾウといった珍しい動物が飼われていました。 17世紀後半、チャールズ2世の時代になると、再計画されて、ぐっと公園らしくなります。木々や芝生が植えられ、今の湖の原型となる運河がつくられて、市民も入ることを許されるようになりました。そして、19世紀前半、名建築家で都市計画を任されたジョン・ナッシュによって、公園は自然主義的な形につくり直されます。直線的な運河はより自然な形の湖になり、ゆるやかに曲がる小径がつくられ、伝統的な花壇は灌木の茂みに変わりました。今ある公園の姿は、その時の設計からあまり変わっていないといいます。ジョン・ナッシュ、偉大ですね! 園内には緑の芝生が広がる一方で、花壇もたくさんがあって、季節ごとに植え替えられます。春の花壇は、やはりチューリップが主役級。 こちらはコントラストのある、かなりパンチの効いた配色です。背景となる灌木の暗い葉色を意識しての花選びでしょうか。 観光客も地元民もほっこり 緑あふれる水辺 テムズ川の方向を見ると、緑の向こうに、観覧車のロンドン・アイが覗いています。都心にこんな豊かな緑があって、そのスペースが市民に開放されているというのは、さすが、園芸大国イギリスならではですね。 セント・ジェームズ・パークの中央には、運河からつくり変えられた細長い湖が伸びていて、この茂みの向こうも湖です。園内のカフェは、緑と水辺、そして、湖の噴水が見られるベストポジションにあります。朝8時から開いているので、まだ静かな時間に景色をゆっくり眺めながら、朝食を楽しむことができますよ。 水辺に生えるのは、白い小花を咲かせるワイルド・キャロット(ノラニンジン)とブルーベル。ずっと昔から自生しているような、ナチュラルな植栽です。 細長く伸びるセント・ジェームズ湖。コブハクチョウやカモなど、17種の水鳥の棲みかとなっていて、身近に観察できます。この時は見られませんでしたが、ペリカンもいます! ペリカンの飼育は、1664年にロシアの大使から贈られたことが始まり。以来、40羽の歴代ペリカンがここで暮らしてきたそうです。 広がる芝生の上では、人々がデッキチェアにもたれて日光浴を楽しんでいます。実は、このデッキチェアは有料で、1時間で£1.80(約270円)。腰掛けると、どこからともなく係員さんが現れて、しっかり賃料を徴収されるのでご注意を。 ザ・マルを通ってバッキンガム宮殿へ 公園を出て、北側には、アドミラルティ・アーチからバッキンガム宮殿へと続くまっすぐな道、ザ・マルがあります。王室騎兵隊の日々の交代ルートとなるほか、戴冠式や結婚式など、王室の重要な行事の際には、パレードのルートとして使われます。道の先に、遠く宮殿が見えます。 宮殿まで行くと、待っているのはメモリアル・ガーデンズと呼ばれる花壇です。1901年、ヴィクトリア女王の逝去を悼んで、宮殿前に金色の像が載ったヴィクトリア記念堂と、それを囲む半円形の花壇がつくられました。 冬から春にかけての花壇は、チューリップとストックを使った、赤と黄の華やかな植栽です。夏になると、真っ赤なゲラニウムを中心に、オリヅルラン、サルビアなどに植え替えられます。赤い花が選ばれているのは、近衛兵や王室騎兵隊の軍服に使われる赤に合わせるため。世界的に有名な衛兵交代には、そんな配慮があったのですね。 花壇のポイントに、トピアリーがちょこんと生えているのがキュートです。バッキンガム宮殿に向かって右手に、たくさんの大木が葉を茂らせるグリーン・パークが見えてきました。豪華なカナダ門を通って、入ってみましょう。 大木が緑の天蓋をつくるグリーン・パーク グリーン・パークには、見上げるような大木が立ち並びます。これは、ロンドン・プレーン(和名モミジバスズカケノキ)と呼ばれる、プラタナスの仲間。夏には大きな枝葉を広げて涼しい木陰をつくり、排気ガスの汚染物質を取り除くフィルターの役割も果たして、都市の環境保全に貢献しています。 ロンドンの公園に生える樹木の半分は、このロンドン・プレーンといい、まさに、この町を象徴する樹木です。成木は樹高30mというので、ひょっとしたら、まだ大きくなるのかも…! 芝生と樹木ばかりで緑一色。花壇や灌木の茂みはありません。このシンプルさがグリーン・パークの大きな魅力だと、わたしは思うのですが、では、この公園にはなぜ花がないのでしょうか? 一説によると、17世紀、多くの愛人を持ったことで知られるイングランド王、チャールズ2世が、愛人のために公園で花を摘んでいるところを、妻のキャサリン王妃に見つかって、公園から花を一切なくすよう求められたからだとか。 本当の話なら、面白いですね。もっとも、春だけは景色が変わります。木々の根元で25万本のラッパズイセンが咲いて、明るい黄色のじゅうたんをつくるのです。この春の風物詩は、訪ねた時には残念ながら終わっていました。 普段は市民の憩いの場であるグリーン・パークは、女王の公式誕生日を祝うパレードなど、国の特別な行事の際には、大砲で祝砲を撃つ会場として使われます。 バッキンガム宮殿のお膝元にある、個性の異なる2つの公園。ロンドンを訪れる際には、ぜひ立ち寄ってみてください。 〈庭園情報 2018〉 セント・ジェームズ・パーク 通年開園、5:00~0:00。最寄駅は、地下鉄セント・ジェームズ・パーク駅、チャリングクロス駅、ウェストミンスター駅。 St. James’s Park, London SW1A 2BJ https://www.royalparks.org.uk/parks/st-jamess-park グリーン・パーク 通年開園、5:00~0:00。最寄駅は、地下鉄グリーン・パーク駅、ハイド・パーク・コーナー駅。 The Green Park, London SW1A 1BW https://www.royalparks.org.uk/parks/green-park 併せて読みたい ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編 イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
-
ガーデン&ショップ
英国の名園巡り 侯爵夫人の人生の喜びが散りばめられた「マウント・スチュワート」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 マルチな才能を持った侯爵夫人 イーディス イーディスは父親譲りのポジティブな性質で、乗馬やヨットの旅を楽しむ、行動力のある女性でした。夫の第7代ロンドンデリー侯爵チャールズが政界に入ってからは、支援のために社交界で動き、また、第1次世界大戦時には、女性による後方支援部隊の統率役も担って、上流社会で影響力を持つようになります。一方で彼女は、庭づくりに加え、伝記や子ども向けの物語を執筆するなど、芸術性や文才にも秀でていました。5人の母でもあり、じつにエネルギッシュで、多面的な才能にあふれた人物でした。 朝日と夕日の庭 イタリアン・ガーデン イーディスは結婚当初、ヨットでスペインやイタリアへ旅し、また、持病の療養のため、夫と共にインドに長期滞在したこともありました。そうした旅先で目にした歴史的な庭園の数々が、彼女の植物や庭づくりへの興味を育てたといいます。 第1次世界大戦後の1920年、41歳の時に、イーディスは末娘となるマイリを期せずして身ごもり、その妊娠中に庭園の設計を始めます。それから始まる庭づくりの日々は、彼女にとってこの上なく幸せで、創造的な時間でした。 イーディスが最初に取り組んだのは、屋敷の南側、入り江を見下ろす斜面に広がるイタリアン・ガーデンです。子ども時代を過ごした思い出の場所、スコットランド、ダンロビン城の庭園に似せた整形式庭園(パーテア)が東西に2つ並ぶ構図に、彼女はイタリアで目にしたボボリ庭園のようなルネッサンス期の名園のエッセンスを加えました。 1921年、イタリアン・ガーデンは、熟練庭師と復員してきた21人の男性の力を借りて形づくられました。この庭はもともとローズガーデンとして計画されましたが、海沿いの土地にバラの生育条件が合わず、数年後にまた新しいカラースキームを考えることになりました。 イーディスは2つのパーテアのうち東側(写真左)を、中心から、鮮やかな赤、オレンジ、ブルー、シルバーと同心円状に変化する朝日のイメージで、また、西側は、深紅、薄ピンク、藤色、黄色、濃い赤紫色と変化する夕日のイメージでデザインしました。そして、英国に導入されたばかりの珍しく美しい異国の植物と、主流の宿根草や球根を合わせるという独自のスタイルで、植栽を構成しました。また、異国の花木をスタンダード仕立てにして、そこに新しいつる性植物を這わせるなど、見せ方も工夫しました。 イタリアン・ガーデンの東側には、動物などのセメント製のユーモラスな彫像が並ぶドードー・テラスと開廊(ロッジア)があります。絶滅した大型の鳥ドードーの像は、イーディスの父、チャップリン子爵を表現したもの。というのは、政治家だった子爵は、かつて風刺画でドードー(まぬけ)と揶揄されたことがあったのです。それを笑いに変えてしまう、イーディスのユーモアセンスが感じられます。また、ノアの方舟(アーク)は、アーク・クラブという、侯爵夫妻が主催した上流階級の私的な集まりを記念して置かれました。 イトスギの壁が印象的なスパニッシュ・ガーデン イタリアン・ガーデンの先に続くスパニッシュ・ガーデンは、スペインへの旅の記憶が詰まっています。インスピレーションの源となったのは、王族に案内されて訪ねたアルハンブラ宮殿やヘネラリフェのペルシャ式庭園です。両側に立つ印象的なイトスギの壁は、16世紀のベネチア人の旅人がヘネラリフェの庭へと続くアーケードを描写した記述をもとに、デザインされました。イーディスの構想通りに生け垣を仕立てられる、庭師の腕にも驚きます。 大好きな花が植わるサンクン・ガーデン 屋敷の西側にあるサンクン・ガーデン(沈床式庭園)と、その先につながるシャムロック・ガーデンは、屋敷の1階から見ることのできる唯一の庭です。サンクン・ガーデンの三方はパーゴラで囲まれていますが、イーディスは、そこに珍しい異国のつる性植物を絡めました。その内側に植わるのは、彼女が愛してやまなかったロドデンドロンとユリ。イーディスは香りのよい花が大好きでした。 イーディスにとって庭づくりは、知的活動と身体を動かすことの、両面の楽しみがありました。植物を育てること、そして、その場所にぴったりの植物の組み合わせを見つけることに、夢中になったのです。 イーディスは博識な知人に学んで、植物の知識を深めていきました。庭園のあるアーズ半島は、暖流のおかげで暖かい、地中海性気候の土地。イーディスはプラントハンターを支援して、似たような気候を持つ世界各地からたくさんの新しい植物を集め、この庭で実験的に育てました。 アイルランド神話の世界 シャムロック・ガーデン イーディスを魅了するものの一つに、アイルランド神話がありました。この庭では、アイリッシュハープをはじめ、アイルランドや神話にまつわるモチーフの、たくさんの小さなトピアリーが楽しめます。手前の、手の形をした花壇は、〈アルスターの赤い手〉という神話がモチーフ。セイヨウイチイの生け垣に囲まれた庭園自体も、上から見るとアイルランドの国花である三つ葉(シャムロック)の形を表しています。 他にも、イーディスが末娘のためにつくったマイリ・ガーデンや、大好きなユリを育てたリリー・ウッド、湖畔の墓地、それから、美術品がたくさん飾られた新古典主義建築の屋敷と、見どころがたくさんあります。北アイルランドの至宝を、ぜひ訪ねてみてください。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/ ナショナル・トラスト(日本語)http://www.ntejc.jp/
-
ガーデン&ショップ
英国の名園巡り 大邸宅のスケールを楽しむ「ブリックリング・エステート」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 英国史の舞台となった屋敷 ブリックリングの歴史は古く、11世紀には、ヘイスティングスの戦いでウィリアム1世に敗れた、イングランド王ハロルド2世の領主館がありました。16世紀には、ヘンリー8世の妻となったアン・ブーリンの父親が所有しており、アンはここで生まれたともいわれています。王室に近い貴族や主教など、ブリックリングは時の有力者の手に次々と渡ってきました。 現在見られるジャコビアン様式の赤レンガ造りの屋敷は、法律家で准男爵のヘンリー・ホバートによって、1619年から建てられたもので、ヘンリーの死後、地所はホバート家の親族によって受け継がれてきました。そして1940年、ブリックリングの最後の主であり、2つの世界大戦の間に政治家、外交官として活躍したフィリップ・カー、第11代ロージアン侯爵によって、ナショナル・トラストに遺贈されました。 ブリックリングの風景でまず目を引くのは、赤レンガの屋敷とシックなコントラストを見せる、堂々たるイチイの生け垣です。エントランスの生け垣は17世紀初めに屋敷が建てられて以来、400年にわたって引き継がれているもの。長い時の流れが感じられます。そして、庭園にチェスの駒のように点在するトピアリーも印象的です。遠目では可愛らしく見えますが、じつは大人が見上げるほどの大きさ。これほど立派なトピアリーには英国でもそうそうお目にかかれません。 ノラ・リンゼイが設計したパーテア 館の東側には、美しいパーテア(植物で幾何学模様を描く整形式庭園)が広がっています。19世紀後半には、大小80の花壇とトピアリーによって凝った模様が描かれていましたが、現在見られるデザインは、第11代ロージアン侯爵の依頼を受けて、1932年にガーデンデザイナーのノラ・リンゼイによって再設計されたものです。 ノラ・リンゼイは上流階級の出身で、独学で園芸知識を身に着けてデザインセンスを磨き、20世紀を代表するガーデンデザイナーとして活躍しました。彼女の友人には、名園ヒドコートをつくったローレンス・ジョンストンや、シシングハーストのヴィタ・サックヴィル=ウェストがいます。 ノラは、噴水を中心に、4つの大きな正方形の宿根草花壇を配置するという、ごくシンプルなデザインに変え、花壇をピンク、ブルー、藤色、白の花々で埋めました。時代の先端をだったその植栽デザインは、今でも古さを感じさせません。 咲き広がる春のスイセン ブリックリングの敷地には広い草地や農場があり、その総面積は2,000万㎡に及びます。屋敷から少し離れた野原のエリアは、春は黄色いスイセンで埋め尽くされ、人々が散策を楽しむ憩いの場となります。 小さな谷のエリアでは、冬はヘレボレス、初夏にはジギタリスが咲き広がって、人々を出迎えます。5月にブルーベルが咲く森もあって、一年を通じて、英国らしい季節の移ろいが楽しめます。 英国ナショナル・トラストでは、会員になって年間パスポートを手にすれば、何度でも庭園に入場することができます。こんなに美しい場所をいつでも楽しめるなんて、地域に暮らす人々が羨ましいですね。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/ ナショナル・トラスト(日本語) http://www.ntejc.jp/
-
ガーデン&ショップ
英国の名園巡り 英国で最も美しい風景式庭園「ストアヘッド」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 風景画さながらの美しさ ストアヘッドの門をくぐり、庭園に向かうと、そこには絵のように美しい景色が広がっています。ゆるやかにうねる緑の芝生の先で、風景の中心となるのは、穏やかに水を湛える湖。自然な佇まいを見せていますが、じつは、川をせき止めて人工的につくったものというから、驚いてしまいます。湖の周りには、針葉樹や広葉樹、さまざまな種類の大木が豊かに葉を茂らせ、その緑の中に建てられた古代神殿(パンテオン)が、景色に趣を与えています。 ストアヘッドを愛したホア一族 ストアヘッドの歴史は、1717年、銀行業で成功を収めたホア一族の2代目、ヘンリー・ホア1世が地所を買い取り、パッラーディオ様式の大邸宅を建てたことに始まります。 ストアヘッドの世界的名園を設計し、形にしたのは、その息子のヘンリー・ホア2世。彼は、1743年から30年余りをかけ、建築家のヘンリー・フリットクロフトとともに、湖を造成し、50人のガーデナーを使って植林するなど、ダイナミックな造園に情熱を注ぎました。 次に地所を継いだ、ホア2世の孫は、祖父が植えたモミの代わりにさまざまな広葉樹を植えるなどして、改良を試みます。こうして、ストアヘッドの屋敷と庭は、代々のホア一族によって愛されました。 永久の楽園と称される庭 17世紀まで、英国貴族の間では、フランスのベルサイユ宮殿に代表される、左右対称の整形式庭園が人気でした。しかし、18世紀に入ると、その幾何学的なデザインに堅苦しさを感じるようになったのか、より自然な趣のある風景式庭園を称賛する動きが起きます。ストアヘッドはその先駆的な存在で、1740年代に公開されると「生ける芸術作品」と絶賛を浴びました。 ヘンリー・ホア2世は、自らの土地に、自らの信条や願いを表現する景観を創ろうとする小さなグループ〈ジェントルマン階級のガーデナー〉の一員でした。彼は芸術に造詣が深く、イタリアへも旅しており、造園のインスピレーションを、17世紀フランス古典主義の巨匠、クロード・ロランやニコラ・プッサンの風景画から得たといわれます。ホア2世がここに創ろうとしたのは、画家たちの描いた理想的な風景、つまり、永久の楽園のような景色だったのです。 ストアヘッドの春夏秋冬 ストアヘッドの広大な庭に花壇はありませんが、湖の周辺では、早春のスノードロップから、春のラッパズイセン、初夏のブルーベルなど、季節の花々が咲き継ぎ、開放的な花景色が広がります。また、5月になると、木々の間でシャクナゲの類が鮮やかな色の塊となって、彩りを添えます。 メドウにワイルドフラワーが咲き乱れる夏は、芝生でのピクニックや、園内の散策を楽しむのに最高の季節。湖畔を一周すると、木々の間から次々と新しい景色が開けます。のんびりと思い思いのペースで巡るのもいいし、3月から10月にかけて行われている、ボランティアによるガイドツアーに参加するのもよいでしょう。庭園について深く知ることができる上に、絶景スポットにも案内してもらえます。 ストアヘッドでは秋の紅葉も見応えがあります。真っ赤に染まる北米原産のサトウカエデを皮切りに、日本のモミジやセイヨウシデ、セイヨウトチノキなど、多種多様な落葉樹が次々と紅葉して、庭園の景色を日々変えていきます。 そして、葉が落ちた頃にやってくる冬。静寂に包まれたモノトーンの世界も、格別の美しさを見せてくれます。
-
ガーデン&ショップ
英国のオープンガーデン 秋まで美しい、オーナメンタル・グラスがおしゃれな庭
ロンドン郊外、一軒家の庭 ここは、ロンドンから車で約1時間の、ハートフォードシャー州にあるドゥバート夫妻の庭。広さは1,300㎡ほど。夫のエイドリアンさんは1999年に退職すると、妻のクレアさんとともに本格的に庭づくりに取り組むようになりました。ガーデニングの本を読んだり、参考になりそうな庭を訪ねたり、2人は独学で試行錯誤しながら、腕を磨いてきました。 オーナメンタル・グラスとの運命の出合い 庭づくりを始めてしばらくしてのこと、ふらりと訪れたナーセリーショップで、エイドリアンさんは運命の出合いを果たします。彼の目を引いたのは、初秋の光と風を受けて軽やかに踊り、きらきらと輝く、イネ科のオーナメンタル・グラス。思わず見とれるエイドリアンさんに、店主は、有名なオランダ人ガーデンデザイナー、ピート・アウドルフの著書『Gardening with Grasses(グラス類を使ったガーデニング)』を見せてくれました。 アウドルフは、野趣あふれる宿根草やオーナメンタル・グラスを大きな塊にして植え、草原のような自然な景観をつくり出す、世界的なガーデンデザイナー。ロンドン五輪の、クイーン・エリザベス・オリンピック・パークの植栽を手掛けたことでも有名です。エイドリアンさんは、アウドルフの現代的なデザインにすっかり魅せられて、彼の設計した庭園をいくつも訪ね、ついにはオランダで公開されている彼の私邸まで訪ねて行ったのでした。 アウドルフ流の、野趣あふれる植栽 中央の広い芝生をぐるりと囲む長い花壇には、アウドルフの庭でよく見られる宿根草やグラスが、所狭しとばかりに植わっています。明るい花色の塊をつくるエキナセアやアスチルベ。それとは対照的に、長く花穂を伸ばすリスラム。エイドリアンさんのお気に入りの宿根草は、北米原産の香りのよいモナルダです。グラス類も背が高いもの、こんもりと茂るもの、葉のしっかりしたもの、フワフワしたものなど、形も質感もさまざま。それら多種多様な植物を、リズミカルにバランスよく植えているのが見事です。 日本人にとってはお馴染みの、ススキの生える景色を思い浮かべるとよく分かりますが、高さのあるグラス類は植栽に立体感を与え、庭づくりでとても重宝する植物。冬もそのまま立ち枯れて、味のある景色をつくってくれます。エイドリアンさんのグラス・コレクションは年を経るごとに充実。今年もペルー原産の新しい品種を取り入れました。 海外への旅もインスピレーションの源 中央の広い芝生と、ついたてのような立派な生け垣の緑は、花壇の植え込みを引き立てます。グラスをもっとたくさん育てるために花壇を広げたいと思うエイドリアンさんと、芝生を広く残したいと願う妻のクレアさんの間で、何度か攻防が繰り広げられたのだとか。 写真の奥、生け垣に囲まれた小さなスペースでは、旅好きな夫妻が北米や南米、アフリカ、アジアへの旅で見つけた、異国情緒たっぷりの植物を育てていて、趣の異なる空間となっています。この写真では見えませんが、なんとバナナも生えています。 10年間続けているオープンガーデン 宿根草が見頃を迎える7月、夫妻は2007年から毎年、NGSのオープンガーデンを行っています。2年に1度は10月にもオープンして、秋の景色を楽しんでもらいます。夫妻は2017年には約300人の、10年間の累計では約3,000人の訪問客を迎え、その入園料をチャリティに寄付してきました。 「私たちはオープンガーデンが大好きです。もし素敵な庭を持っているなら、少しの間、他の人と分かち合ってみるといいでしょう。地域活性のよい機会にもなりますよ。確かに疲れるけれど、深い充足感が得られます。それに、なんといっても、困っている人を助けるチャリティの資金集めに貢献できる。オープンガーデンは、みんなが幸せになれるのです」。 夫妻の充実したガーデニングライフは続きます。 『エイドリアン&クレア・ドゥバートさん夫妻の庭情報』はこちら。
-
ガーデン&ショップ
個人のお庭が見られるオープンガーデン・イギリスの賢い仕組み
英国ナショナル・ガーデン・スキームの物語 The Story of the National Garden Scheme 英国でオープンガーデンを始め、広めたのは、ナショナル・ガーデン・スキームという慈善団体です。 ことの始まりは1926年。当時、まだ今ほど一般的ではなかった、看護師という職業を支援する団体が、その育成と、引退した看護師の生活支援を目的に、特別な基金を立ち上げようとしました。資金を集めるにはどうしたらいいだろう? 委員会のメンバーが考えを巡らせていると、参加していた1人の女性に名案が浮かびました。 「あなたの素晴らしい庭をみんなに見せてください。そして、ささやかな入園料を集めて、どうぞ私たちに寄付してください」。それは、ガーデニング好きな英国人にぴったりの、じつにユニークな方法でした。こうして、全国の美しい庭を持つオーナーたちに向けて、オープンガーデンの呼びかけが始まったのです。 1927年、オープンガーデンを実行するために、慈善団体ナショナル・ガーデン・スキーム(以下、NGS)が設立され、初めての試みが行われました。呼びかけに応じ、イングランドとウェールズで公開された庭の数は609。〈1人当たり1シリング(英国の旧貨幣)〉の入園料から、総額8,000ポンドもの寄付金を集めることに成功しました。4年後にはスコットランドでも、姉妹団体スコットランズ・ガーデンズ(Scotland’s Gardens)による同様の活動が始まり、オープンガーデンは徐々に広まっていきました。 それから90年後の2017年、イングランドとウェールズで公開される庭の数は3,700に増え、また、2016年度の寄付金総額は、300万ポンド(約4億3200万円)という驚くべき額となりました。現在、それらの寄付金は、看護師の支援団体だけでなく、がん患者や在宅医療への支援を行う、いくつもの医療系慈善団体に贈られ、その活動を支える大きな力となっています。 NGSのオープンガーデンには、じつにさまざまな庭が参加しています。古城やマナーハウスなどの観光庭園もありますが、その多くは、オープンガーデンでなければ決して見ることのない、個人の庭。よそ様の素敵なお庭を覗ける、めったにない機会だからこそ、公開日には多くの人が集まります。ガーデンオーナーの多くは年に1度か2度の公開日を設けますが、1日で400人もの来訪者を迎えることもあるのだそうです。 NGSガーデンには、田舎にある広々とした変化に富む庭もあれば、ロンドンの町中にあるコンパクトな庭もあります。参加の審査基準に、庭の大きさは関係ありません。NGSは、「自分の庭を、質が高く、個性があって、興味深いと思うなら、ぜひ人々と庭を分かち合って、私たちの活動を手伝って」と、呼びかけています。大事なのは、見ごたえのある庭かどうか、なのです。 毎年3月になると、NGSからその年に公開される庭の情報を載せたハンドブックが発行されます。団体のイメージカラーである黄色の装丁から‘イエローブック’の愛称で親しまれているハンドブック。それを片手に、今年はどこに出かけようか、と思いを巡らせるのが、英国の庭好きたちの春の楽しみです。 NGSのオープンガーデンに参加する、つまり、イエローブックに載るには、地域を管轄するスタッフによる、なかなかに厳しい審査に通らなくてはなりません。英国のアマチュア・ガーデナーにとって、自分の庭がそこに掲載されるということは、大変な名誉なのです。 2017年は、NGSにとって90周年を迎えるメモリアル・イヤー。5月末にはイングランドとウェールズにある370の庭が一斉に公開される「アニバーサリー・ウィークエンド」のイベントが行われ、お祝いムードが盛り上がりました。驚くことに、その中には、写真のハイ・グラノー・マナーのように、1927年の第1回オープンガーデンを経験している庭が12もありました。脈々と続く、英国の庭の歴史が感じられます。 オープンガーデンで見知らぬ人々を庭に招き入れるのは、かなり勇気のいることですが、参加したオーナーの多くは、来訪者から感謝や励ましの言葉をもらって、大変だけれど素晴らしい経験をしたと、充実感を得ています。来訪者は庭を楽しみ、オーナーはやりがいを感じながら、寄付によって人々を助け、喜ばせる。庭が生み出すこの好循環は、まさに園芸大国イギリスならではの奇跡といえるでしょう。