はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美の記事
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ストーリー
2021年チェルシーフラワーショーが示すガーデンの未来
百年続く花の祭典 英国王立園芸協会(RHS, The Royal Horticultural Society)が主催するチェルシーフラワーショーは、世界的な園芸の祭典として、ロンドンのチェルシー王立病院を会場に、毎年5月下旬に開かれます。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)により、2020年はオンライン開催となり、2021年も5月の会期は延期されましたが、108年のその歴史で初めての、そして、一度きりの9月開催が実施され、再開を待ち望んでいた園芸ファンを喜ばせました。 例年の5月の会場は、初夏の到来を告げる華やかな色彩の植栽にあふれますが、今回は落ち着いた秋色のパレットに。秋咲きのアスターやダリア、サルビアといった花々や、オーナメンタルグラス、赤や黄の実を付ける木々、また、ハロウィンのかぼちゃも飾られ、チェルシーが初めて見せる秋の景色は、新鮮さを感じさせるものでした。 チェルシーフラワーショーは英国園芸界の動向が見られる一大イベントで、ファッションの世界でいえば、ファッションショーと見本市を兼ねたようなもの。時代の先端を行くガーデンデザインだけでなく、流行のフラワーアレンジメント、新しい園芸品種や園芸商品などの発表の場となっています。 ショーのハイライトは、会場に作られる展示ガーデンの数々。中でも、世界屈指のガーデンデザイナーたちが10×20mの大きな庭を設計し、たった3週間の工事期間でガーデナーたちと作り上げる〈ショーガーデン部門〉の作品には、毎年、注目が集まります。植物の選び方や組み合わせなど、取り入れたくなる新しいアイデアを見せてくれる展示ガーデンですが、今年は新しく、〈バルコニーガーデン部門〉と、鉢植えを駆使した〈コンテナガーデン部門〉という、都会の小さなスペースをデザインする2つの部門も設けられました。 新時代のガーデンに求められるもの 今、世界は、気候変動や地球温暖化、ミツバチなどの花粉媒介者を含む、種の減少や絶滅の危機といった、難しい問題に直面していますが、これらに対し、園芸界からもさまざまな働きかけが始まっています。また、「サステナビリティ(持続可能性)」の概念も浸透し、できるだけ環境に負荷をかけない資材を使うことや、栽培の方法が模索されています。 今年の特別展示ガーデン〈RHSクイーンズ・グリーン・キャノピー・ガーデン〉は、2022年のエリザベス女王在位70年を祝って、全国に緑の天蓋を広げようという植樹プロジェクト〈クイーンズ・グリーン・キャノピー〉の一環として作られました。さまざまな種類の21本の樹木が植わり、ワイルドフラワーが咲き広がる庭は、森林の環境を守る大切さを訴えます。また、同じく特別展示ガーデンの〈RHS COP26ガーデン〉は、2021年11月にスコットランド、グラスゴーで開かれた、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)を記念して、気候変動とガーデンの関わりをテーマに作られました。 時代の変化に伴い、求められるガーデンデザインも変わります。それでは、今回注目された〈ショーガーデン部門〉の受賞作品を見ていきましょう。 金賞&ベストショーガーデン 〈グアンジョウ・ガーデン〉 資金提供:中国、広州市 デザイン:ピーター・シュミエル、チン=ヤン・チェン 金賞、及び、ショーガーデン部門の大賞となるベストショーガーデンを受賞したのは、中国第3の大都市である広州市がスポンサーとなった〈グアンジョウ・ガーデン(広州市の庭)〉。この庭は、人と自然をつなぐ都市計画の大切さを訴えかけるものとなっています。デザイナーのピーター・シュミエルとチン=ヤン・チェンは、シンガポールの〈ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ〉をはじめ、都市部の景観設計で定評のあるグラント・アソシエイツに属する景観建築士。近年の世界的な気候変動や、種の絶滅の危機といった、現代社会が抱える問題に対応すべく、都市部の緑の景観づくりに取り組むエキスパートです。 北側に山、南側に珠江の水辺を持つ広州市では、山と水辺の緑を守りつつ、その間に位置する都市部にも緑の空間を設けるという、環境に配慮した緑化政策がとられています。この庭は、その広州市の在り方に着想を得てデザインされたもので、清浄な空気を生み出す森の谷間(山)、森の中の空き地(都市部に相当)、水辺という、3つのゾーンで構成されています。森の谷間から湧き出る水は、人と野生生物の集う森の空き地を通って、低地の水辺へと注ぎ込み、庭全体が清らかな心地よさに包まれています。 清浄な空気をもたらす森の谷間をイメージしたゾーンには、メタセコイアやヨーロッパカラマツなどの大木が立ち、シダなどの下草がふんだんに生えています。奥の塀は、スゲなどの植物で一面緑化されており、きれいな空気を生み出す仕掛けのある塀になっています。 高さ8.5mの構造物が目を引く、中央の開けたゾーンは、人々が集い、また、野生生物の棲み処となる場所。大小の構造物は、都市部のビルを連想させるものですが、編み籠のように透けていて軽いため、圧迫感はありません。構造物に使われている資材は、モウソウチクをラミネート加工で強化した竹材です。デザイナーたちは、生育が早く、環境への負荷の低いサステナブルな材料であるモウソウチクに注目し、取り入れました。 森の谷間から流れ出る水は、大きな池へと注ぎ込みます。池は庭全体の約1/3を占め、その水量はチェルシー史上最大とのこと。池には生い茂る植物で覆われた小さな島がいくつかあって、水面には淡い黄色のスイレンが浮かびます。 庭に生えるすべての植物は、空気や土、水の浄化を助けるものが選ばれています。緑の景色と生態系を守る都市づくりをすることは、人々の暮らしをよくすることにつながり、人は大きな益を受けることができる。これからの都市づくりの在り方を、このガーデンは象徴的に伝えています。 金賞 〈M&Gガーデン〉 資金提供:M&G デザイン:ハリス・バグ・スタジオ(シャーロット・ハリス&ヒューゴ・バグ) この庭は、都会の喧騒の中にある、人と野生生物が分かち合う緑の楽園として設計されました。緑の公共スペースというデザインコンセプトは、パンデミック以前に考えられたものですが、パンデミックによるロックダウンを経て、都会に緑の空間を設ける重要性に、より多くの人が共感することとなりました。 小さな公園には四方に入り口が設けてあり、そこから大小の敷石と砂利を組み合わせた小道によって、小さな池や、岩や植栽で仕切られたスポットへと導かれます。1人きりで静かに過ごすための空間があれば、数人で集うための空間もあって、そこには木の塊のような素朴な風合いのベンチが置かれています。 見る者の目を引くのは、上下しながら庭に巡らされている黒い配管です。これは、長さ100mのアート作品。町で見られる工業用の配管から着想を得たもので、実際に使われていた金属管が再利用されています。管の継ぎ目から、金色の液体が流れ落ちて池に注ぎ込んでいたり(液体のように見えるが実際は固体)、管の穴に鳥の巣が作られていたり。町の産業遺物も、何か特別な、美しいものに変えることができるという、デザイナーからのメッセージです。配管以外の資材も、可能な限り再利用品が使われています。 植栽は、心休まる、柔らかな雰囲気。日向のエリアでは、オーナメンタルグラスの軽やかな草穂に、黄花のソリダスターやセリ科の白花が明るさを添えています。半日陰のエリアは、白花のホワイトウッドアスター、紫のアスター、黄色く紅葉するアムソニアなどの多年草に、オーナメンタルグラスの取り合わせ。周囲を囲む木々は、都会の厳しい気候にも耐えられる、ヌマミズキやアキグミなどが選ばれています。この庭は実際に移設されて、地域の小さな公園として使われる予定です。 金賞&BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード大賞 〈ヨー・バレー・オーガニック・ガーデン〉 資金提供:ヨー・バレー・オーガニック デザイン:トム・マッシー(協力:サラ・ミード) 金賞に加え、一般による人気投票〈BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード〉のショーガーデン部門大賞を受賞したのは、〈ヨー・バレー・オーガニック・ガーデン〉です。この庭は、オーガニック認証を行う英国最大の団体、ソイル・アソシエーションによって認証を受けた、チェルシー史上初のオーガニックガーデンとして、歴史に名を残すこととなりました。ナチュラル、オーガニック、サステナブルという、時代のキーワードのすべてが当てはまる庭です。 スポンサーであるヨー・バレー・オーガニック社は、英国最大のオーガニックブランドとして、有機農法で牛乳やヨーグルト、バターなどの乳製品を生産、販売する会社です。サマセット州、ブラッグドンには、同社の農場に併設してオーガニックガーデンがあり、ヘッドガーデナーのサラ・ミードは、土壌の健康と生物多様性(バイオダイバーシティ)を促し、野生生物の生態を支える場所として、長年かけてこの庭を作り上げました。今回、デザイナーのトム・マッシーは、チェルシーでのデザインに、そのサマセット州の庭のエッセンスを詰め込んでいます。シラカバの林や宿根草のメドウ、メンディップストーンという特産の石材など、サマセットのオーガニックガーデンを象徴する要素が、美しく組み合わされています。 心地のよい、明るい森の景色を作るのは、シラカバやサンザシ、それから、セイヨウカリンなどの実を付ける木々です。その前には、ルドベキア、ヘレニウム、トリトマといった、秋咲きの黄色い花々が、オーナメンタルグラスの軽やかな草穂に混じって咲く、宿根草のメドウが広がります。そして、奥の錆びた鉄のタンクからあふれる水は、小川となって、庭の中央を流れていきます。 目を引くのは、庭の中ほどに吊されている、卵形のブランコのようなもの。これは、庭でくつろぐための場所であり、野生生物を観察するための場所でもあります。このオーク材で作られた「卵」は床がガラス張りになっていて、下を流れる小川を観察できる仕掛けがあり、手動で上下させることもできます。水は生き物にとって不可欠なものですが、水に呼ばれたのか、会期中に早速、トカゲが姿を現したそう。 また、庭のアクセントとなっているのは、真っ黒な木炭で作られた低い柵。これらの木炭は、会期後にサマセット州に持ち帰られ、土壌改良のためのバイオ炭として使われます。農薬も殺虫剤も使わないオーガニック栽培によって、安心安全な上に、こんなにも美しく心地のよい空間を作り上げたからこそ、人々の大きな支持が得られたのでしょう。 銀賞 〈フロレンス・ナイチンゲール・ガーデン〉 資金提供:バーデッド・トラスト・フォー・ナーシング デザイン:ロバート・マイヤーズ 〈フロレンス・ナイチンゲール・ガーデン〉は、架空の新しい病院の中庭として設計されました。この庭のスポンサーは、看護に関わる人々やプロジェクトを支援する、英国の慈善団体。2020年に迎えたナイチンゲール生誕200周年を記念し、現代の看護の基礎を作り上げたナイチンゲールと、現代医療において重要な役割を果たす看護職の人々を称える庭をつくろうと、チェルシーに初参加しました。この庭はパンデミック以前にデザインされたものでしたが、パンデミックを経て、英国では医療従事者に感謝する動きが高まり、図らずもタイムリーな意味合いを持つこととなりました。 庭のテーマは「自然を通じて育む」。ナイチンゲールは、療養において緑の空間が大切なことを知っていたといわれ、庭の緑が早期回復を促すという考えが、このデザインには込められています。ガーデンは病棟から眺められるように設計されており、同時に、患者が戸外で過ごすための場にもなっています。中庭を囲む3辺には、適度な日陰を作る木製のパーゴラが回廊のように建てられ、また、患者の移動を考慮して、床は平坦に、通路は幅広くなっています。木製の壁を飾るのは、ナイチンゲールが書いた手紙の文字で、庭を訪れる人に癒やしの力や看護の力を訴えかけます。 植栽は、落ち着いた色合いのナチュラルなもので、ブルーのアスターやエキナセア、サンジャクバーベナが、高さを印象づけるミスカンサス属のオーナメンタルグラスと風にそよぎます。常緑のセイヨウイチイの丸い刈り込みは、四季を通じて緑を保つ役割を果たしています。 この庭は一度解体された後、2022年に、ナイチンゲールにゆかりのある、ロンドンの聖トーマス病院に移される予定です。彼女が1860年に設立した世界初の看護学校は、この病院に付属していました(現在はロンドン大学キングス・カレッジに付属)。移設予定の場所は、現在、新型コロナウイルス感染症の対策に使われているそうで、パンデミックが収束して移設が行われれば、まさに記念碑的なガーデンとして親しまれることでしょう。 今回のショーガーデン部門の作品では、人々が自然と触れ合い、また、野生生物の棲み処にもなる「共有する庭」というコンセプトが注目されました。また、人々の「ウェルビーイング(身体的だけでなく、精神的な、社会的な健康)」を支える場所として、庭の果たす役割は今まで以上に期待されています。そして、庭は、よりサステナブルで、オーガニックなものへ。パンデミックを経たチェルシーフラワーショーからは、時代の変化が感じられました。 ●同時期に開催されたイベントのレポート記事『ロンドンの街が花々で飾られる〈チェルシー・イン・ブルーム〉』も併せてお読みください。
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アロマセラピー
ティートリーとユーカリの風邪対策ブレンド【おうちでアロマテラピー】
オーストラリア先住民の傷薬 ティートリー ティートリー(Melaleuca alternifolia)の名を精油としては知っていても、どんな植物か、姿を思い浮かべられる方は少ないのではないでしょうか。ティートリーはオーストラリア原産の、細い枝葉を茂らせる木で、先住民のアボリジニはその葉を砕いて傷薬として用いていました。驚異的な成長を見せる、力強い生命力を持つ植物です。 1770年、英国の海洋探検家キャプテン・クックがオーストラリアに上陸した際に、香りの強い葉をお茶にして飲んだことから、ティートリー(tea tree)と呼ばれるようになりましたが、いわゆるお茶の木とは異なります。 葉から抽出される精油は、抗菌、抗ウィルス、抗真菌(抗カビ)作用に優れ、風邪予防といえば、まず頭に浮かぶ精油です。また、免疫強化の作用もあるので、インフルエンザの予防にも向いています。子供や高齢者にも使える精油として、1本あると重宝します。 解熱に役立つユーカリ 一方、ユーカリはコアラの食べ物としてよく知られています。強い殺菌力があり、アボリジニの人々は感染症や発熱の際に、その葉を燃やして煙を吸入していました。 ユーカリの種類は600以上ありますが、精油によく使われるのは5種類ほどです。今回使うユーカリ・ラディアータ(Eucalyptus radiata)の精油は刺激が少なく、小さなお子さんでも使えます。解熱、呼吸器のケアに効果的で、鼻水や痰の切れをよくする作用もあります。 芳香浴レシピ:ティートリー2滴+ユーカリ・ラディアータ2滴+オレンジ・スイート2滴 6~8畳のディフューザー用のレシピです。ティートリーとユーカリのシャープな香りをオレンジの甘い香りが包み、お菓子のラムネのような香りなので、小さなお子さんでも受け入れやすいでしょう。 風邪やインフルエンザ予防に日常使いしてほしいブレンドで、特に、乾燥している朝や、外出から帰った時、人が集まる時に使ってみてください。 ティートリーとユーカリには、血液(静脈)やリンパ液の流れをよくする作用もあり、停滞気味の心身を活気づけたい時にも効果的です。香りが気にならなければ、寝る前に焚くのもよいでしょう。心身の疲れを取り去ってリセットし、新しい一日を迎えるのに役立ちます。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちら 『オレンジ・スイートのリラックス・ブレンド』 『ゼラニウムのクリスマス・ブレンド』 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記の取扱い時の注意をぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・原液を皮膚に付けない。付いたらすぐ石鹸で洗い流す。 ・飲用しない。目に入れない。 ・火気に注意する。 ・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 ・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 ・高齢者、既往症のある人は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿度を避け、火気のない冷暗所に保管する。 ・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。 ・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。 ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。 Photo/1) skyboysv 2) tamayura 3) janaph 4) pinkomelet /Shutterstock.com
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アロマセラピー
オレンジ・スイートのリラックス・ブレンド【おうちでアロマテラピー】
太陽の恵み 明るい香りのオレンジ・スイート オレンジ・スイート(Citrus sinensis)の精油は、オレンジの果皮から圧搾法で抽出したもので、親しみやすく、明るい香りです。多くの日本人にとって、みかんは子どもの頃から親しんでいるもの。皮を剥く時に弾ける、ぱっと華やぐような香りは、みなさんよくご存じではないでしょうか。まさに、あの香りです。原産地はインドや中国ですが、現在は、アメリカ、イタリア、スペイン、ブラジルが、主な生産地となっています。 オレンジ・スイートは、ほっとくつろぎたい時、安眠したいと思う夜に、ぴったりの精油です。また、胃腸の働きを助ける作用もあります。 【アロマレシピ】オレンジ・スイートのリラックス・ブレンド 明るい気持ちにしてくれるオレンジ・スイートと、鎮静効果のあるラベンダー(Lavendula angustifolia)は、相性のよい組み合わせです。ラベンダーは、心と体の緊張を和らげ、落ち着かせる効果があります。このブレンドは、寝る前に焚くと安眠に導いてくれます。ちょっとくよくよと気分が落ち込む時など、試してみてください。また、なんとなくおなかの調子が悪いとぐずるお子さんを寝かしつけるのも助けてくれます。はしゃいで興奮している小さなお子さんの寝つきにも効果的。しばらくするうちに落ち着いて、すっと眠ってくれます。 芳香浴レシピ: オレンジ・スイート3滴 + ラベンダー2滴 芳香浴にはいくつかの方法がありますが、日常的に行うには、火の扱いの心配がない、超音波式のアロマディフューザーを使うのがオススメです。商品によって対応する空間の広さが異なるので、使う場所に合わせて選んでみてください。使用後はよく乾燥させて、汚れを拭き取るのを忘れずに。そのまま放置しておくと雑菌が繁殖するので、注意しましょう。 精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。 飲用しない。目に入れない。 火気に注意する。 医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する 子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する 開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。 写真/1)VAlekStudio/2)ElenaGaak/3)hagiwara4)Nanako Yamanaka/Shutterstock.com
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ストーリー
ロンドンの街が花々で飾られる〈チェルシー・イン・ブルーム〉
2021年のテーマは「類まれなる旅」 2006年に始まった〈チェルシー・イン・ブルーム〉。2021年は、ロンドンのチェルシー地区とベルグレイビア地区にあるショップやレストラン、カフェ、ホテルなど、史上最多の70軒が参加しました。例年5月に開催されるチェルシーフラワーショーが今年は9月下旬に延期されたことで、こちらのお祭りも同じ時期に。初めて、秋を迎えるタイミングでのディスプレイ製作となりました。 2021年のテーマは、フランスの冒険小説『八十日間世界一周』にインスピレーションを得た〈類まれなる旅(Extraordinary Voyages)〉。近代化によって可能となった、豪華客船や豪華列車を使った遠方への旅。それが広まった「旅の黄金時代」に思いを馳せたテーマですが、コロナ禍を経て「旅」を求める今の気分にぴったりのテーマといえるでしょう。フェスティバルの中心となるスローンスクエアには、熱気球のオブジェが飾られ、街角にはピラミッドや自由の女神といった、世界旅行を思わせるオブジェも登場しました。 街角のオブジェや各店舗のフラワーディスプレイは、もちろん観覧無料。その多くがプロのフロリストによるスタイリッシュなものです。これらは英国王立園芸協会によって審査され、金、銀、銅などの賞が与えられます。また、一般の人々によるインターネットでの人気投票もありました。では、個性あふれるディスプレイを見ていきましょう。 〈ラベンダー・グリーン〉ベスト・フローラル・ディスプレイ賞 金賞に加え、最優秀となるベスト・フローラル・ディスプレイ賞を受賞したのは、キングスロードにあるフロリスト、「ラベンダー・グリーン」。かつてイギリスから世界中へと珍しい植物を探しに出かけたプラントハンターの船旅をモチーフに、舳先や丸窓、錨を置いて、ショップ自体を船に見立てています。エキノプスやデルフィニウム、スターチス、セダムなどを使った秋らしさも感じられるシックなディスプレイは、さすがお花屋さんといったところ。サステナビリティにも配慮して、植物は国内で栽培されたものを、また吸水スポンジは、玄武岩を主原料にした新しいオーガニック製品を使用しています。 〈デビッド・メラー〉金賞 代表的なカトラリーをはじめ、食器などのプロダクトデザインを手掛け、販売する「デビッド・メラー」は、かつてイタリアで行われた歴史的な自動車レース〈ミッレミリア〉をデザインモチーフに。色とりどりの花で、かの地の美しい町や村を駆け抜ける様子を表現しています。中央のキュートな車は、バブルカーの愛称で親しまれたミニカー〈イセッタ〉。1954年のミッレミリアには実際に数台のイセッタが参加して、そのカテゴリーの表彰台を独占しました。ミントグリーンの小さな車は、このディスプレイのために、クリエイティブ・ディレクターとカトラリー工場のチームによって修復されたもの。 〈NU〉金賞 ロンドン発のファッションブランド「NU」のディスプレイは、熱気球による観光が盛んなトルコの奇岩地帯、カッパドキアにインスピレーションを得たもの。ドライフラワーで作られた金色に輝く気球が、青いアジサイによく映えます。ファッションブランドとしてサステナビリティを重視するNUは、このディスプレイでも従来の吸水スポンジを使わずに仕上げるなど、環境への配慮を忘れません。 〈チェルシー・ジェネラル・ストア〉銀賞 食料品や日用品を販売するチェルシー・ジェネラル・ストア。6角形のアーチは、世界各国に由来する花々で飾られています。ゴクラクチョウカやヒマワリ、ランやアンスリウムを眺めていると、世界の旅への憧れが湧いてきます。 〈ジグソー〉銀賞、大衆賞次点 ファッションブランドの「ジグソー」が人々をいざなうのは、シャガールの青い絵画のような幻想的なシュールレアリスムの森。青く塗装された、はかなげなフォルムの木々は、実際に森に落ちていたものを使っています。また、足元を飾るアジサイの切り花は、そのままドライフラワーとして再利用できるという、サステナビリティを意識した姿勢が、ここでも見られます。 〈ラビット〉銀賞 モダンブリティッシュのレストラン、ラビットのディスプレイは、フルーツカクテルなどのドリンクをイメージした、カラフルなもの。ダリアやフルーツをあしらった、可愛らしくて元気の出るディスプレイです。 ここでもサステナビリティに配慮して、植物は英国内で栽培されたものを、資材はリサイクル可能なものが使われています。プラスチック製品や従来の吸水スポンジは、一切見られません。 〈ヴァード〉銀賞 デューク・オブ・ヨーク・スクエアにあるレストラン、「ヴァード」のディスプレイは、マルハナバチの旅がモチーフ。授粉に重要な役割を果たすマルハナバチの働きに感謝して、オブジェを花で形作りました。「ヴァ―ド」は、マルハナバチの保護活動をする〈バンブルビー・コンサベーション・トラスト〉に協力しています。 〈ザ・シー・ザ・シー〉銀賞 「ザ・シー・ザ・シー」は、モダンな高級鮮魚店。ミシュランガイドに掲載されている人気のシーフードバーと、デリカテッセンも併設されています。人々を海の冒険へといざなうのは、躍動感ある大波のディスプレイ。泡立つ波を表す白い小花や、うねりを感じさせる銀葉など、シンプルながら植物使いが巧みです。 〈レネレイド〉銀賞 フランスのコスチュームジュエリーブランド「レネレイド」のディスプレイは、蝶の舞うロマンチックなもの。明るいピンクやオレンジ、パープルの花やドライフラワーで、エッフェル塔も彩られています。この色彩は、展開するジュエリーコレクションの色調に合わせたもの。 〈サロン・スローン〉銀賞 美容室「サロン・スローン」のモチーフは、無人島の探検。ロンドンの街中に、ヤシの木やフルーツいっぱいのトロピカルな砂浜が出現しました。 〈モスコット〉銀賞 ニューヨーク発の眼鏡店「モスコット」が見せるのは、看板に合わせた元気なイエローのディスプレイ。店内には、ニューヨークのシンボルであるエンパイアステートビルと手押し車が飾られています。これは、5代さかのぼった創業の頃に、マンハッタンで手押し車に眼鏡を載せて売っていたというエピソードにちなんでいます。 〈スマイソン〉銅賞 王室御用達の高級ステーショナリー店、「スマイソン」。20世紀の初めに発売され、今も愛される〈パナマダイアリー〉は、当時の旅行者のために携帯に便利な手帳として開発されました。青と白のアジサイで表現した雲の上に、スマイソン・ブルーのギフトボックスを使った熱気球を浮かべて、同社のクラフトマンシップを祝しています。 お隣の高級宝飾店「カルティエ」は、フェスティバルには参加していないものの、赤やオレンジの豊かな秋色グラデーションが見事。 番外編 町中がお祭り気分 フェスティバルに参加していなくても、タイミングを合わせて素敵なフラワーディスプレイを施している店舗もありました。おしゃれなレストラン「アイビー・チェルシー・ガーデン」の外には、赤いキノコがニョキニョキ。おとぎの森に迷い込んだような、楽しいディスプレイです。夜になると、中央の三日月やキノコが光り、ますますファンタスティック。 パープルが効いたポップで可愛らしいディスプレイは、チーズやパン、ワインなどを売る、高級食料品店の「バーリー&セージ」。楽しげなマーケットの雰囲気を醸し出しています。 ベルグレイビア地区には、モコモコの木が出現。 こちらは、キュートなカップケーキが大人気のお店、「ペギー・ポーション」のチェルシー店。季節に合わせたディスプレイが評判ですが、この時期には、ピンクやゴールドのカボチャをあしらった、秋らしいゴージャスなディスプレイが。淡いピンクの壁に、ニュアンスカラーの配色がおしゃれです。 まるでクリスマス時期のディスプレイのように、街中が華やぐ〈チェルシー・イン・ブルーム〉。園芸大国イギリスの底力を感じるお祭りです。
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ガーデン&ショップ
一度はこの目で見てみたい! 英国の春を告げる スイセンの花景色
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 スイセンが咲いて、春が来る 英国の人々にとって、スイセンは春の兆しを告げるスノードロップに続き、本格的な春の到来を知らせる花です。ウェスト・サセックス州、ペットワース・ハウスの森に広がる、鮮やかな黄色のカーペットは、花たちが春の歓びを爆発させているかのようです。 スイセンと冬枯れしない芝生がつくる鮮やかな黄と緑のコントラストは、ロンドンの公園でも見られる春の風物詩です。街角のフラワースタンドでもスイセンの花束がたくさん売られて、人々はその元気な黄色を目にする度に、どんよりとした灰色の雲に覆われた冬の日々がようやく終わった、と実感するのです。 春を彩る花木のよきパートナー こちらは、ケント州にある世界的に有名な庭園、シシングハースト・カースル・ガーデンの果樹園。庭園の象徴である、古いレンガ造りの塔が背景にあることで、ロマンチックな雰囲気が漂います。写真のサクラや、英国で広く栽培されるリンゴなど、花木とスイセンの組み合わせは、英国の春の果樹園でよく見られるものです。 ウェスト・サセックス州にあるナイマンズのウォールガーデンで見られるのは、ピンクのマグノリアとの組み合わせ。優美で大ぶりのマグノリアの花と、フォーカルポイントとして置かれた石壺が、エレガントな景色を生み出しています。 園芸品種は2万7,000種! チェシャー州、ダーナム・マーシーの森では、ミニサイズの可憐なスイセンが咲き広がります。ここに腰掛けてしゃべっていたら、森の小人にでも出会えそうな、ファンタジックな風景ですね。 英国のスイセン協会(ダッフォディル・ソサエティー)によれば、植物学者によって見解は異なるものの、スイセンの種類は40種余りで、亜種を含めると200種余り。そして、登録されている園芸品種の数は、なんと2万7,000を超えるとか。確かに、英国の園芸百科事典では、バラには負けるもののクレマチス同様に大きく扱われていて、スイセンの人気ぶりがうかがえます。 スイセンの花は13の形に区分され、中心のカップ部が大きいものや小さいもの、花弁が反り返っているもの、八重咲き、房咲きなど、さまざまです。色は、白、黄、橙で主に構成されますが、同じ白でも純白からクリーム色まで、黄色もレモンイエローからはっきりした黄色まで、色調のバリエーションが豊かです。花形と花色の組み合わせによって印象はがらりと変わり、その花姿はじつに多様。清楚な白花と可憐な黄花、あなたのお好みはどちらでしょう。 翌年も咲く「復活」の花 こちらは、コーンウォール州のコーティールにつくられた、スイセンの小径。こんな素敵な花の小径なら、どこまでも歩いていけそうですね。このメドウでは、春になると、250種のスイセンが次々と咲き継いでいきます。 咲き終わっても翌年また芽を出して咲いてくれることから、スイセンは復活を象徴する花でもあります。コーティールのヘッド・ガーデナー、デイビッドさんによると、その「復活」の秘訣は、品種を混ぜないで植えることと、日当たりをよくしておくこと、それから、花後は葉が自然に枯れるまで放っておくこと。スイセンはあまり手をかけなくても再び美しい花を咲かせてくれる、優等生なのですね。 最後は、ヘレフォードシャー州、ザ・ワイヤー・ガーデンのロックガーデンという、ちょっと珍しいシチュエーション。斜面に咲くスイセンの黄色に、反対色であるクリスマスローズの紫が映える、野趣ある花景色です。 さて、春を呼ぶスイセンの姿はいかがでしたか。この春スイセンを見かけたら、ぜひじっくりと観察してみてくださいね。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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ストーリー
藍甕は生きている 京都のアトリエで、天然の藍染めを体験
京都の里山でものづくり 京都駅から山陰本線で1時間余り。観光名所の嵐山を抜け、保津峡の川下りの船を眺めながら電車に揺られていると、にぎわう京都の街から一転して、のどかな雰囲気の胡麻駅に着きました。 「東胡麻集落にあるログハウスだから『ごまろぐ』」と名付けられた、谷尾夫妻のアトリエ兼住居は、昔ながらの里山にあります。 谷尾允康(たにおみつやす)さんと妻の展子(のぶこ)さんは、お二人とも、京都生まれの京都育ち。かつては京都の町中にアトリエを構えていましたが、藍染めには欠かせない灰作りができる環境を求めて、この地に移ってきました。 允康さんのご実家は、絞りの着物を創作されていました。允康さんも3歳から家業を手伝い、そのため、絞り染めのキャリアはゆうに50年! 「70代の職人さんたちと話が合うんです」という、ベテランです。絞りの技術だけでなく、藍染めにまつわる深い知識も持っています。 一方、幼い頃から絵を描くのが好きだったという展子さんは、下書きなしで直接布に図柄を描いていくという、手刺繍の技を持つ人物。自ら染める藍染めの布も使って、味わいある布小物を作っています。 谷尾夫妻のブランド「嬉染居(きせんきょ)」の藍染めは、鮮やかで、軽やか。普段に使ってもらえるものをと、Tシャツやシャツ、かばんなどの布小物を、シンプルなデザインで製作しています。 着心地や使い心地を追求した品々からは、丁寧な手仕事のぬくもりが伝わります。 展子さんが手掛ける「こちょこちょ」ブランドのかばんやポーチは、野菜や、犬やフクロウといった動物などのモチーフがアクセント。どことなくユーモラスで、味わいのあるタッチが魅力です。 手仕事なので表情が一つひとつ微妙に違って、思わず見入ってしまいます。 展子さんの手刺繍は、下書きなしで、ひと針ひと針、布に描いていくというもの。写真や絵をもとに似顔絵を描く、似顔絵手刺繍はプレゼントに人気です。手刺繍ライブといって、会場でリクエストを受けて刺繍するというイベントも全国各地で行っています。 いざ、アトリエへ それでは、いよいよ藍染め体験へ。丘の上に建つアトリエに向かいます。 入ってみると、布を絞るためのローラーがセットされた藍甕(あいがめ)がありました。一石五斗(約270ℓ)という大きな藍甕が、藍の発酵液で満たされています。甕は4つあります。 藍甕は生きている これは、藍が建った時の様子。発酵液は、藍の葉を発酵、熟成させた「蒅(すくも)」に、「灰汁(あく)」、「日本酒」、「石灰」、「ふすま(小麦のぬか)」を加え、発酵させて作ります。発酵にかかる時間は、夏は1週間、冬は2週間ほど。染める準備が整った、この時の色とさまを、展子さんは「小宇宙のようで大好き」と言います。 藍染めには化学染料を使ったものもありますが、谷尾夫妻のアトリエでは、生きた発酵液を使っています。常温で染めるため、季節によって染まり具合は変わり、夏と冬では染められる色が異なります。また、接し方を誤ると、染まらなくなってしまうこともあるのだそうです。 「嬉染居」では、淡い色から、カラーNo.1~No.5と、5段階の色に分けて製作しています。一番淡いNo.1は甕覗(かめのぞき)と呼ばれる色。允康さんが好きなこの色は、発酵がゆっくりな冬にしか染められないそう。 私たちが訪れた11月は、No.2~No.4の色を染められるとのことで、濃いめのNo.4をチョイス。大人は木綿の大判ストールを、子どもは京鹿の子絞りの手ぬぐいを染めることにしました。 染めて、絞って、振る さて、体験レッスンの始まりです。京都市内の保育園児たちに藍染めを教えることもあるそうで、允康さんは教え上手。そして、相手が子どもでも真剣です。 まず、一晩水につけておいた布をローラーに挟んで、水気を絞り取ります。「指を挟まんように」と、先生がお手本を見せてくれます。 いよいよ染め。手ぬぐいを甕に沈めていきます。「ゆーっくり入れるんや」。 ゆっくり、一定のスピードで沈めます。 すべて沈めたら、「向こう行け、向こう行け」と、布を水に沈めたまま、泳がせるように回転させます。布がまんべんなく液に浸るようにするためですが、浮いてきてしまって、なかなか難しい。そして、水が冷たい! 5分間浸して、引き上げてみると、藍染めなのに茶色がかった緑! 海藻みたいな色です。 しかし、ローラーで絞って、「空気に当たるように」と、布をパタパタ振っていると、たちまち藍の色に変化。不思議です。緑色は、ほうれん草のアクと同じような、藍のアクのせいとのことで、後で、水で洗い流します。 さて、大人も大判ストールの染めに挑戦。ゆっくり沈めます。 手探りで布を向こう側へ送ろうとしますが、暗色の発酵液の中が見えず、大きな布をどう触っているのか分からなくなります。手探りで布を均一に扱うことが、とても難しい。ちなみに允康さんは、液の中でも布がどうなっているか分かるとのこと。さすがです。 引き上げてみると、こちらもやはり緑色! しかし、ローラーにかけたとたんに色が変化。ローラーの手前と奥で、もう色が違っています。 パタパタと振っていると、藍の色に。 「染めて、ローラーで絞って、パタパタと振る」。この作業を繰り返して、色を重ねます。2回目の染めです。展子さんがローラーを回しますが、これがじつは、結構な重労働。 さあ、3回目の染め。ちょっと板についてきたかな? なかなかしんどい体勢です。 染めるたびに、布の色が濃くなるのが分かります。 こちらは、最後の4回目の染め。 左は1回目で、右が4回目。色の違いは明らかです。 これで染め上がりましたが、集中力の必要な、なかなか大変な作業です。1枚の藍染めにどれだけの手間がかかっているのか、体感しました。 発酵液はだいぶお疲れの様子です。お世話になりました。 次は水洗いをして、アクを抜く作業に移ります。 現れる鮮やかな藍 染めたものを水洗いすると、水が一気に茶色に濁ります。この茶色い液が、アク。 2回目の水洗いは、ほとんど濁りません。発酵液の灰汁に含まれる物質の作用で、藍の色素は水洗いだけで定着します。仕上げにもう一度洗えば、もう色落ちすることはなく、他のものと一緒に洗濯機で洗っても大丈夫。日本古来の藍染めの、素晴らしい特徴です。 水洗いを済ませると、鮮やかな藍の色が現れました! 「とてもうまく染まっていますね」と、允康さんからお褒めの言葉が。藍をはじめ、自然の持つ力と、その力を引き出した先人の知恵に驚きを覚えた、染め体験でした。 将来的には、有機無農薬で藍を育て、その藍で作った蒅(すくも)で染めてみたい、という谷尾夫妻。お二人の熱心なものづくりの姿勢に、日本の手仕事の奥深さを感じた、豊かな時間でした。 Information 谷尾夫妻の天然藍染「嬉染居(きせんきょ)」 https://www.kisenkyo.jp/ 展子さんの手刺繍と天然藍染め「こちょこちょ」 https://store.cochococho.com/ 1組限定の泊まれるアトリエ「ごまろぐ」 https://ja-jp.facebook.com/gomalog.kyoto/ Credit 写真&文/ 萩尾昌美 (Masami Hagio) 早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。神奈川生まれ、2児の母。
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ガーデン&ショップ
イングリッシュガーデン旅案内【英国】バラエティーに富んだテーマガーデンをめぐる「コンプトン・エーカーズ」
庭づくりの夢を実現した実業家 イギリス南部のドーセット州にある「コンプトン・エーカーズ」の庭は、1920年代に、トーマス・シンプソンという地元の実業家によってつくられました。シンプソンの夢は、植物への興味を追求しながら、訪れた海外の国々を思い出す庭を、自らデザインしてつくるというもの。彼は、庭師と二人三脚でその夢を実現し、独特なデザインによる自慢の庭を一般に公開しました。 第二次世界大戦後は所有者が何度か変わり、庭園も戦争で荒れましたが、再び美しく復元されました。現在は、おしゃれなカフェやショップが併設され、結婚式場としても使われています。 訪れたのは、まだ肌寒い4月。庭めぐりの最初、入口の花壇で、淡い黄色のプリムラが出迎えてくれました。プリムラはイギリスの春を告げる花。絵本『のばらの村のものがたり』に描かれているのと同じ愛らしい花姿を目にして、なんだか嬉しくなります。 3つのイタリア風庭園 さて、庭めぐりは、円形の小さな「ローマン・コートヤード・ガーデン」から始まります。中心に据えられたロマネスク様式の小さな噴水を、ツゲの低い生け垣が丸く囲む、シンプルで静かな庭です。奥のアイアンロートの扉の向こうは、「グロット」と呼ばれる、洞窟を模した構造物になっていて、次の庭へとつながるトンネルのようになっています。グロットの暗がりを抜けると… 広々とした整形式庭園、「グランド・イタリアン・ガーデン」に出ました。グランドと銘打っているだけあって、壮麗な雰囲気。中央に運河のような細長い池が伸びています。 奥の、フォーカルポイントとなるドーム状のテンプルには、豊穣と酒の神バッカスの石像が立っていて、エレガントな雰囲気です。十字架形の池の中心には噴水が据えられ、スイレンも浮かびます。 池の脇に並ぶのは、端整に刈り込まれたセイヨウイチイのトピアリー。その後ろには、クレマチスの絡まる花綱が渡された石柱が並んでいます。夏になれば花綱からクレマチスが美しく垂れ下がり、涼しげな水音も響いて、ずいぶん印象の違う庭になるのでしょう。 「イタリアン・ヴィラ」と呼ばれる後ろの建物は結婚式場として使われていて、訪れた時も披露宴が行われていました(ウェディングケーキが見えています)。イギリスでは結婚式のできる観光ガーデンも多いのですが、花々に囲まれた美しい庭で挙げる結婚式は、きっと思い出深いものになりますね。 整形式庭園に色彩を添える花壇の植栽は、季節ごとに変えられるそうです。この時は背の低いプリムラやデイジーの間から、いろいろな姿のチューリップが花首を伸ばす、明るい色調の植栽。花の合わせ方が、日本とはまた感覚が違っていて面白いですね。 歩を進めると、隣には「パーム・コート」と呼ばれる、大小のシュロをセンターピースに据えた整形式庭園がありました。中央に伸びる花壇が、先ほどの細長い池と呼応するようなデザインです。背の高いシュロと、低いチャボトウジュロの植わる南国風の植栽は、英国の中でも温暖なこの地方だから可能なものです。株元に色を添える花々の植栽は季節によって変わり、夏には真っ赤な花が使われることも。情熱的な赤がアクセントに入ると、ずいぶん雰囲気が変わるでしょう。 それにしても、シュロを使った整形式庭園というのは、初めて目にしました。 自然を楽しむウディッド・バレー 周遊ルートの小道を進んでいくと、次は整形式庭園とは対照的な、自然の森を散歩するような「森の谷(ウディッド・バレー)」がありました。ウッドランド・ガーデンとは、ありのままの自然のような植栽を楽しむ庭のことで、この谷はそのスタイルでデザインされています。すべて意図的に植栽されているのですが、人為的なものを極力感じさせず、森のように見せるところがミソ。 ヨーロッパアカマツに守られて、セイヨウシャクナゲやツバキ、日陰を好む植物が植えられています。うねうねと曲がりながら小道が続く谷は、春はセイヨウシャクナゲのカラフルな花に彩られます。 谷には小さな滝があって、小川が流れ、小さな池もあります。樹木の天蓋が途切れ、陽光が差し込む開けた場所では、紫のフリチラリアや淡い黄色のプリムラ、ラッパスイセンなどが咲いて、春の野原のような植栽です。ガーデン写真で何度も目にしてきたフリチラリアを、実際に目にすることができて、感動のひととき。 森の谷の端には、子どもの遊び場のエリアと、小動物や蝶、昆虫、野鳥といった野生生物に良い環境を与えることを目的とした、ワイルドライフ・サンクチュアリもあります。私が訪ねた時も、英国で人気の小鳥、ロビンがちょうど遊びに来ていました。 野趣に富むロック&ウォーター・ガーデン さて、次は何が待っているだろうか、と歩を進めると、今度は岩と水の庭がありました。高低差のある岩場に高山性の植物を植えるロックガーデンは、19世紀後半に流行したスタイルです。この庭をつくるのに、他所からたくさんの岩が運び込まれたそうです。 英国で最大規模のロックガーデンと考えられていて、アルカリ性の灰色の石灰岩のエリアと、酸性の赤い砂岩のエリアに分かれています。 庭のところどころに、岩を組んだ小さな滝や、洞窟風の構造があって、中央の池に水が流れ込むようなデザインに。 ここには、スギやブナなどの樹木から、カエデやサクラ、セイヨウネズなど、300種を超える植物が植えられているとか。シンプソンはきっと、この庭で植物蒐集を楽しんだのでしょう。 周遊ルートにある、ひと休みできるカフェの前には、カラフルな植栽の花壇がありました。 チューリップやプリムラ、アネモネ、ワスレナグサなどの春の草花で、楽しいマルチカラーの植栽に。 ピンクに染まるエリカの谷 さて、次はどんな庭が待っているだろうと、小道を下っていくと…、現れたのはエリカの谷、「ヘザー・ガーデン」です。春の花盛りを迎えたエリカに埋め尽くされた景色に、思わず胸がときめきます。南西を向いた斜面はかなり斜度がありますが、斜面をうまく活用すると、こんなドラマチックな景色を生み出せるのか、と感心。シンプソンの頃には、「砂漠の庭(デザート・ガーデン)」だったそうですが、オーナーが変わった1950年代にヘザー・ガーデンとなりました。 日本だったら、さしずめ、エリカの代わりにツツジが植わって、ツツジ園となっているような形態の庭でしょうか。エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』にある通り、エリカは荒れ野に咲くイメージで、どちらかというと地味な存在。こんな素敵な庭景色をつくる素材になるとは知らず、新しい発見です。 調べてみると、ヘザー・ガーデンというカテゴリーの庭は意外と存在するようで、英国王立園芸協会の庭園、「ハーロウ・カー」にも、このような色とりどりのエリカが集められたコーナーがあります。日本でも、札幌の「百合が原公園」にヘザー・ガーデンがあるようです。ヨーロッパ原産のエリカは高温多湿の環境が苦手なので、冷涼な夏の札幌ならではの庭といえるでしょう。それにしても、コンプトン・エーカーズほどの広さを持つヘザー・ガーデンは珍しいようです。 一度下った谷を再び登っていくと、男女の銅像が置かれた石敷きのテラスに出ました。銅像は、詩人と百姓を表したものだそうですが、身分違いの恋を想像させるようなシーンなのでしょうか。ロマンチックな雰囲気のガーデン・オーナメントは個人的にあまり好みではないのですが、楚々としたエリカに囲まれた2つの銅像は、なかなか素敵です。 エリカの谷には、アクセントとして、つやつやした明るい黄緑の葉を持つ灌木や、レモン色の花を咲かせるアカシア・プラビッシマ、同じく黄色い花を咲かせるソフォラ・ミクロフィラ‘サン・キング’などの潅木が植わっています。エリカの紫やピンクの花色に、反対色となる黄や黄緑が映えて、互いを引き立て合う関係です。大きな常緑の樹木などもあって、高さにも変化を持たせた植栽となっていました。 静けさただよう日本庭園 周遊ルートを歩いていくと、今度は黄金色の竹がそびえるエリアに出ました。足元に咲くのは白いラッパスイセン。それぞれに馴染みのある植物ですが、この組み合わせはなかなか目にすることがないような。 アジアンな雰囲気になってきたぞ…と思ったら、日本庭園がありました。茅吹き屋根の門から入ります。 ちょうどツツジやシャクナゲが咲き始める頃合いでした。石灯籠もあって、なかなか立派な日本庭園です。英国ではいくつか有名な日本庭園がありますが、この庭がつくられた1920年代には、本格的なものはそう多くありませんでした。シンプソンは、ヨーロッパでも数少ない「本格的な日本庭園」を名乗るために、設計も造園も日本の業者に依頼し、東屋や石塔、石灯篭などは日本から輸入したそうです。 シャクナゲやツバキなどの植栽の間から飛び石のある池が覗く、絵になる景色。奥の滝からは水が流れ込んでいます。日本にいるようなホッとした気分になりますが、かつて日本を訪れたであろうシンプソンも、きっと異世界のようなこの庭を楽しんだのでしょう。 八重桜とモミジの取り合わせ。池には鯉も泳いでいます。近年、盆栽とともに、日本庭園が再び人気となり、英国では1993年に「ジャパン・ガーデン・ソサエティ」が誕生、2011年には慈善団体として登録されています。今後、海外から日本への観光客が増えるにしたがって、日本庭園の海外進出も一層進みそうですね。 コンプトン・エーカーズでは、いわゆるイングリッシュガーデンとは少し異なる雰囲気の、さまざまなスタイルの庭を見ることができました。英国のガーデンカルチャーは本当に奥深いものですね。 併せて読みたい ・ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編 ・イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
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ガーデン&ショップ
英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい屋敷と庭を訪ねます 時とまどろみに埋もれた庭 シシングハーストの庭園は、詩人、作家として活躍した妻のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、外交官で作家でもあった夫のハロルド・ニコルソンによって、1930年からつくられました。 庭園の設計は、夫ハロルドの担当。彼は、もともとあった古いレンガ塀を生かしつつ、セイヨウイチイの生け垣を間仕切りとして効果的に設計するなどして、個性の異なる庭がつながっていくようにデザインしました。そして、感性豊かな妻のヴィタは、夫のデザインした古典的でエレガントな枠組みの中に、色彩豊かでロマンチックな植栽を施しました。 1930年、ヴィタは300年間打ち捨てられていたシシングハースト・カースルに出合うと、一目で恋に落ちました。彼女の目には、廃墟と化していたエリザベス朝時代の建物が「眠りの森の城」のように映り、芸術家としてのイマジネーションをかきたてられたのです。「時とまどろみに埋もれた」場所。ヴィタはのちに『シシングハースト』と題した自らの詩の中でも、そう表現しています。彼女がつくり上げたのは、時の中に埋もれるような、秘密の花園でした。 色彩躍るローズガーデン 庭園のシンボルである塔(タワー)の下に広がる芝生から、脇にある小さなゲートをくぐると、その先にローズガーデンが広がっています。この庭が最も美しいのは、6月下旬から7月上旬。ヴィタが愛した数々のオールドローズが咲き誇る季節です。 ヴィタとハロルドが庭園をつくり始めた当初、バラは現在のホワイトガーデンに植えられていました。しかし、バラが増えて手狭になったために、1937年、キッチンガーデンとして使われていたこの区画に移され、新たにローズガーデンがつくられました。 ローズガーデンの構造の中心となるのは、長方形の庭のほぼ中央にある、「ロンデル」と呼ばれる円形の生け垣です。長い年月を経て厚い壁のようになったセイヨウイチイの生け垣は、小さな苗木から育てたとは想像もできないほど立派です。このロンデルからは四方に小径が出ていて、その一つは西の端にある、弧を描く石塀を背にした芝生のステージに行き当たります。ハロルドの設計した生け垣や芝生のステージには、どこか舞台装置のような趣があって、古典的なデザインながらも、ちょっとした驚きが隠されています。 ヴィタが庭づくりを始めた頃に心に描いていたのは、「バラやハニーサックル、イチジク、ブドウが揺れる」花景色でした。赤味がかった古いレンガ塀には、それらのつる性植物が絡まって、風に葉を揺らし、時とまどろみに埋もれる花園の雰囲気を生み出しています。 花壇では、こんもりと茂るように仕立てられた数々のバラの合間に、ピオニーやアリウム、アイリス、シュウメイギク、エレムルスといった宿根草や球根花が、ヴィタいわく「泡立つように」茂って、バラの美しさをさらに引き出しています。 20世紀のジャーナリスト、アン・スコット=ジェームズによると、ヴィタは「オールドローズの美しさや香りだけでなく、そのロマンに惹きつけられた」といいます。彼女は「長い歴史を持つバラ、例えば、17世紀にアラブ人によってペルシャからもたらされたであろう、暗い赤色をしたガリカ種のバラ」や、「‘カーディナル・ドゥ・リシュリュー’のような、過去の記憶を呼び起こすような名を持ったバラ」を好みました。ヴィタにとって、バラは美しいだけでなく、歴史を偲ばせ、詩作のイマジネーションを誘うものだったのかもしれません。 ヴィタは園芸の正式な教育を受けたわけではありませんでしたが、試行錯誤の中で自ら多くを学んだ、才能あるガーデナーでした。彼女が英国の新聞、オブザーバー紙に毎週書いていたガーデンコラムは人気で、亡くなる前年まで14年余りに渡って掲載されました。 ヴィタはむきだしの土が見えているのがとにかく嫌いで、その植栽スタイルは「どんな隙間にもどんどん詰め込む」というものでした。草花があふれるように茂って、きらめくような色彩と香りを放つ花景色を好んだヴィタは、完璧さを求めず、直感の告げるままに庭と向き合って、美しい植栽を生み出しました。 夕暮れ色のサウスコテージガーデン ピンクを基調としたロマンチックな雰囲気のローズガーデンとは対照的に、サウスコテージガーデンでは、黄色やオレンジの花々がハッとするようなまぶしさを放っています。 かつてこの庭は、単にコテージガーデンと呼ばれていましたが、ヴィクトリア朝時代に流行った、いわゆるコテージガーデン(田舎家の庭)のスタイルではありません。シシングハーストの他の庭と同様に、この庭にもヴィタとハロルドの洗練された美意識が感じられます。 庭の中央で目を引くのは、たっぷりとして丸みのある、やや不安定なフォルムをした、4本のセイヨウイチイのトピアリーです。そして、レンガや石を敷いたまっすぐな小径が、長方形の花壇を囲むように縦横に伸びています。 植栽のカラースキームは、黄、オレンジ、赤を中心としたもので、「サンセット」がテーマ。日本の夕暮れは茜色のイメージですが、ヴィタがイメージしたのはおそらく、温かみのある、黄金色に輝く光が降り注ぐような、イギリスの華やかな夕暮れだったのでしょう。 ヴィタの時代には、この庭の見頃は晩夏から初秋にかけてでしたが、現在は、春から夏をピークに、庭の楽しみが長く続くような植栽になっています。夏の花壇は本当にまばゆいばかりで、黄やオレンジの花色の魅力を再発見できます。 夏、色鮮やかに咲き誇るのは、インパクトのある花姿のトリトマやカンナ、それから、華やかなダリアです。バーバスカムが長い花穂を上に伸ばす一方で、クロコスミアはオレンジ色の花穂をゆらゆらと揺らします。 そしてそこに、スイートピーや赤いヒマワリ、ヒナゲシといった一年草が加わって、可愛らしさを添えています。 一方、春の庭は、夏と比べると、より温かみのあるトーンの花で満たされます。チューリップ、エリシムム、オダマキ、アークトチス(ハゴロモギク)が、穏やかに春の歓びを告げています。 ヴィタとハロルドは、地所内に点在する、エリザベス朝時代の4つの建物を住居として使っていました。庭園の入り口付近の建物には図書室と兼用の居間が、塔(タワー)にはヴィタの書斎がありました。ホワイトガーデン脇の家は子どもたちが暮らし、家族で食事をする場所で、このサウスコテージには、ハロルドの書斎と、2人の寝室や浴室がありました。それぞれの建物は、距離はあるものの庭によってつながれ、ヴィタとハロルドは生活の場が分散していても、気にすることはなかったといいます。 サウスコテージにあるハロルドの書斎やヴィタの寝室の窓辺からは、この明るい庭を見渡すことができます。ハロルドは、庭に置いてある石のくぼみで、夜の間に降った雨の量を調べるのを毎朝の日課にしていました。この庭は2人にとって、すぐそこにあった庭。最も身近で、日々の暮らしに深く結びついた庭でした。 併せて読みたい ・ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語 ・ナショナル・トラスト2018秋冬コレクション 英国有数の保養地 イングランド南西部を訪ねる ・英国の名園巡り、ビアトリクス・ポターの愛した暮らし「ヒル・トップ」
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ガーデン&ショップ
ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語
詩人のヴィタと外交官のハロルド この類まれなる庭をつくり上げたのは、詩人、作家として活躍した妻のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、外交官で作家でもあった夫のハロルド・ニコルソン。確かな審美眼を持ち合わせた2人は、設計や植栽に互いの個性を反映させながら、静かな美しさに満ちた庭景色を実現していきました。今ではよく見られる、白花で埋め尽くされたホワイトガーデンのスタイルも、彼らが始めたものです。 ともに貴族の出で、高い教養を持ったヴィタとハロルドは、若くして出会い、結婚しました。2人は因習にとらわれず、互いが恋人を持つことに寛容な新しい結婚形態を認め、それぞれ同性の恋人を持つこともありました。 ヴィタの恋人の一人は、作家のヴァージニア・ウルフでした。ウルフの小説『オーランドー』に登場する、性別と時空を超えて旅をする主人公は、ヴィタがモデルになっています。時に、恋人との恋愛に身を焦がすこともあったヴィタ。しかし、ヴィタとハロルドの2人はそれでも深く愛し合い、特に、シシングハーストの庭をともに創作することで強く結びついていたといいます。 廃墟との運命的な出合い 1930年のある日、ヴィタとハロルドは、廃墟と化していたシシングハースト・カースルに出合います。むき出しの土には、がれきの山が置かれ、15世紀末に建てられた歴史ある建物も、到底人が暮らせるものではありませんでした。16世紀のエリザベス朝にはイングランド女王を迎えるほどに立派だったマナーハウスは、18世紀には牢獄、19世紀には救貧院、20世紀には陸軍用地に使われ、打ち捨てられた存在になっていたのです。 しかし、ヴィタにとってこの廃墟との出合いは運命的といってもいいものでした。レンガづくりの古びた建物と、どこからでも見えるエリザベス朝時代の古い塔。彼女にはきっと、シシングハーストの未来にある、美しい庭景色が見えたのでしょう。「一目見るなり、恋に落ちた。私にはここがどんなところか分かった。眠り姫の城だ」と、書き残しています。 ピンクがかった古いレンガ塀を熱心に見つめながらヴィタがつぶやいた「私たちはここでとても幸せに暮らせるはずよ」という言葉に、当時13歳だった息子のナイジェルは驚きます。彼には、とてもそう思えなかったからです。 ヴィタとハロルドは、同じ年にシシングハーストの建物とその周辺の広大な土地を購入します。そして、契約を交わしたその日に、バラ‘マダム・アルフレッド・キャリエール’をサウスコテージの扉の脇に植えて、庭づくりの一歩を踏み出しました。それから長い年月を費やして、建物の大改修と庭の創造に取り組んだのです。 ハロルドによる古典的で優美な設計 庭の設計はハロルドが担当し、植栽は主にヴィタが行いました。ハロルドは、直線を用いた、古典的でありながらも洗練された構造を好みましたが、しかし、芝生や生け垣を設計通りに実現するのはとても難しいものでした。 また、図面と向き合い、難解なパズルを解くように何週間も案を練っているうちに、ヴィタが小径となるべき場所に樹木や灌木を植えてしまうこともありました。 ハロルドは伝統的な整形式庭園の様式を重視していました。「芝生は私たちのガーデンデザインの基本だ」。「よきイングリッシュガーデンの土台となるのは、水、樹木、生け垣、そして芝生だと、ガーデンデザイナーなら認めるべきだ」。彼はそう書き残しています。 かつて広大な鹿狩場を見渡すために建てられた塔は、屋上まで上ることができ、そこから庭園全体を見下ろすことができます。ハロルドがつくり上げた庭の構造を理解する、絶好のビューポイントです。 レンガ塀や生け垣で仕切られたガーデンは小部屋が連なるように配置され、ところどころに、高いイチイの生け垣に挟まれて一直線に伸びる‘ユー・ウォーク’の小径や、円形の生け垣といった、ダイナミックな構造がつくられているのが分かります。 シシングハースト・カースルの敷地は450エーカー(東京ドームおよそ39個分)という広さがあり、庭園は、森や小川、農地の広がる敷地の、ほぼ中央に位置しています。ケント州に生まれ育ったヴィタは、この地の森林風景を深く愛していました。庭が周囲の景色と一体となっていることは、2人にとって大切なことでした。 色彩が躍るヴィタの植栽 才能あるアマチュア・ガーデナーだったヴィタは、きっちりとした性質のハロルドとは対照的に、完璧を求めず、本能的に庭に向き合うタイプでした。植栽スタイルも、土が見えるのがとにかく嫌で「どんな隙間にもどんどん詰め込む」というもの。草花がこぼれんばかりに茂り、色彩があふれ出すような植栽を好みました。 中庭にあるパープル・ボーダーでも、ヴィタは巧みに色彩を操って、印象的な花景色をつくりました。紫色の花壇といっても、紫色の花ばかりではなく、ピンク、ブルー、ライラックといった色をうまく取り混ぜて、色彩の広がりを出しています。 ハロルドによる洗練された構造設計と、感性豊かで情熱的なヴィタの植栽。この2つの要素が相まって、他にはないシシングハーストの魅力は生まれています。 永遠に生き続ける花園 1937年、2人は初めて、2日間の一般公開を行いました。ヴィタはまた、1947年から亡くなる前年まで、英オブザーバー紙で〈イン・ユア・ガーデン〉という人気ガーデンコラムを毎週書き続け、ローズガーデン、サウスコテージガーデン、ホワイトガーデンといった、彼らが生み出した独創的なシーンは、時とともに知られるようになりました。 ヴィタは1962年に70歳で亡くなり、シシングハーストを息子のナイジェルに遺します。庭を分身のように思っていた生前のヴィタは、他人の手に庭を渡すことを頑なに拒んでいました。しかし、莫大な相続税を課せられたナイジェルには、周辺の農地を売って屋敷と庭だけを残すか、もしくは、英ナショナル・トラストにすべてを譲るかという選択肢しか残されていませんでした。 ナイジェルは、両親の手による偉大な創造物を、周辺の景色とともに守っていくよう英ナショナル・トラストを説得し、1967年、ついに地所を譲りました。それは、ヴィタの本意ではなかったかもしれません。しかし、彼女の愛した花園は、こうしてトラストによって守られ、生き続けることになったのです。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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ガーデン&ショップ
バラの庭づくり初心者が育んだ5年目の小さな庭
庭づくりのはじまりは2株のバラ 神奈川県藤沢市、一戸建てが立ち並ぶ閑静な住宅街に、Yさんの小さな庭はあります。玄関前の花壇を中心に、道路に面したスペースに鉢植えをたくさんレイアウトしたオープンなつくりで、バラの季節になると、道行く人はその美しさに思わず目を向けていきます。 Yさんのバラ物語が始まったのは5年前、新築の家に越して来た時でした。それまで園芸にはさほど関心がなく、庭植えが唯一可能な玄関前の花壇も、業者にお任せでした。しかし、そこに転機が訪れます。花壇に植わっていたコニファーを目にしたお母様が「コニファーは大きく育つから、この場所にあるといずれ困るはず」と、すっぽり抜いてしまったのです。 花壇にあいた穴に困ったYさんは、憧れのバラでも植えてみようかと思い立ちます。そして、バラ専門店の「京成バラ園」に赴いて、初心者でも育てやすい丈夫なバラを教えてもらいました。すすめられたのは、明るいピンクの‘バイランド’と、優美な白バラ‘ボレロ’。どちらも病気に強い四季咲きのフロリバンダ種で、コンパクトなサイズ感も玄関先のこの場所にぴったりでした。 ‘バイランド’は日当たりのよい花壇を気に入ってくれて、順調に育ちました。今もよく咲くその姿は、通りがかる人々に陽気に挨拶する看板娘のようです。白い‘ボレロ’のほうは、日当たりがよすぎたからか一時弱りましたが、郵便受け脇の半日陰に移すと健やかに成長するようになりました。 はじめの2株がうまく花開いたことで、バラは思ったよりも丈夫で、意外と簡単に育つのかな、と感じたYさんは、バラの世界にどんどん魅せられていきました。 赤いバラに心惹かれて庭づくり それからは気になるバラを、一つ、また一つと増やしていきました。玄関前の花壇にはスペースがなくなったため、鉢植えでの栽培も始めました。手塩にかけたバラがきれいに咲いた時の喜びと達成感を知ったYさんは、バラの栽培にますます熱中していきました。 ある年は、赤いバラに心惹かれて、赤いバラばかりを買い求めました。ドイツ語で「赤ずきんちゃん」という名の通り、赤いケープをまとったような愛らしい姿の‘ロートケプヘン’に、明るく華やかな赤が印象的な‘ジークフリート’。「赤いバラは、白やピンクの柔らかな色合いの景色を、ぐっと引き締めてくれるんですよ」と、Yさん。 家の周りをバラの回廊に 鉢植えの置き場所もなくなったので、今度は家の外周の地面を利用しようと土を耕し、つるバラを植え込んでアーチやオベリスクに立体的に仕立ててみることにしました。玄関脇から家の西側の壁沿いを彩るのは、フェンスに絡まる白バラ‘ブノワ・マジメル’と、ピンクの‘ビアンヴニュ’。柵の左側にあるお隣さんの花壇とコラボレーションしています。 家を囲む通路の幅は、わずか80㎝。隣家の半日陰になる場所ではありますが、Yさんの日頃の観察と手入れによって、バラたちはよく花をつけ、美しい花の回廊が実現しました。 鉢植えトラブルを乗り越えてバラの庭を充実 Yさんのバラコレクションは、5年の間に鉢植えは30株、地植えが20株、計50株を超すまでになりましたが、鉢植え栽培ならではのトラブルもいろいろと体験しました。ある時、6鉢のバラの様子がおかしくなりました。花が咲かず、シュートも出ず、葉にも元気がなくて、成長が止まってしまったかのよう。鉢から出してみると、なぜか土がドロドロになっていて、根腐れをしていると気がつきました。 さらによく鉢の中を調べてみると、各鉢に決まって2匹のミミズがいました。ミミズは益虫と思って当初は気づきませんでしたが、調べてみると、どうやらそのミミズが犯人。鉢にいたのは、庭の土を耕して土作りをするといわれるフトミミズではなく、頭の尖った細いシマミミズでした。 有機物を食べるシマミミズが、堆肥や肥料といった餌を求めて近くの鉢にもぐり込み、粘り気のある糞をして鉢土をドロドロにしてしまった、というのが事の真相。シマミミズは、ミミズコンポストに使うには最適ですが、鉢植えに入り込まれるとやっかいなことになってしまうようです。 バラが休眠期の冬になるとYさんは、被害を受けたバラの根や鉢をきれいに洗って植え替えをしました。虫が苦手だったYさんですが、いまや愛するバラを救うためなら、シマミミズやコガネムシの幼虫退治もできるように。美しく咲くバラの姿を求めて、手探りの試行錯誤が続きます。 バラの庭が広げてくれる世界 バラの季節になるとYさんは、次々と咲く花を惜しげもなく摘んではブーケをつくって、友人やご近所さんに贈ります。「庭咲きのバラは、いろんな色を合わせても不思議とうまくまとまるんですよ」とYさん。うっとりするようなブーケのおすそ分けは、みんなを幸せな気持ちにします。 庭作りを始めたことでYさんには、園芸の師匠と仰ぐご近所さんや、憧れのナチュラルガーデンを持つマダムといった、素敵な花友だちができました。最年少の花友さんは、近所に住まう幼稚園児の男の子。パンジーの押し花を教えてあげたり、一緒にローズマリーのハーブの香りを嗅いだり、小さな庭で花好き同士の楽しい時間が生まれます。Yさんにとってこの庭は、日々のささやかな幸せとみんなの笑顔を運んでくれる、かけがえのない空間です。 併せて読みたい ・平成園芸を彩った三種の神器「バラ」「クレマチス」「クリスマスローズ」 ・「私の庭・私の暮らし」インスタで人気! 雑木や宿根草、バラに囲まれた大人庭 千葉県・田中邸 ・バラの専門家が教える! 鉢植えバラの剪定方法