はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
萩尾昌美の記事
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アロマセラピー
会えないあの人に安らぎの香りを届けて アロマ文香&しおり【おうちでアロマテラピー】
香りに親しんだ、古の暮らし 平安時代の昔から、香りは暮らしの中で愛されてきました。平安貴族は、空薫物(そらだきもの)といって、来客のために隠れたところで香をたいて、どこからともなく薫らせたといいますし、また、衣装には人それぞれの感性による香がたきこめられて、その香りによって、姿が見えなくとも誰がいるのかを知ったといいます。かの時代、貴族たちは香りをクリエイティブに楽しんでいたのですね。 その頃に生まれた、端午の節句の薬玉(くすだま)は、よもぎや菖蒲を編んだもので、不浄邪気を祓うために、すだれや柱に掛けられました。また、訶梨勒(かりろく)は、南方から伝わった薬効のあるカリロクの果実を魔除けに飾ったことに始まったもので、後に、この実をかたどったものを袋に入れて、邪気祓いとして柱に飾るようになりました。 これらは、現代に伝わる掛香(かけこう)の原形で、他にも、置き香や匂い袋など、加熱して楽しむ香とはまた違った魅力を持つ、香の形があります。香りの袋を飾ったり、身に付けたり、贈ったり。その楽しみは、今も暮らしの中に息づいています。今回は、そんなお香の文化から生まれた文香を、アロマテラピーにアレンジしてみましょう。 香り遊びを楽しんで 香りとの触れ合いは癒やしの時間。ぜひ、アロマ文香&しおり作りを楽しんでください。 文香やしおりに使う精油は、香りの留まりやすさを考えて、サンダルウッドやフランキンセンス、パチュリといった、木や樹脂などの重めの香りに多いベースノートと、イランイランやネロリといった、花の香りに多いミドルノートを中心に使うと、作りやすくなります。 柑橘や草、葉などのトップノートは、最初に香りが立ちますが、揮発が早いため、時間が経つと香りのよさがなくなってしまいます。トップノートは自分用に、例えば、しおりに使って、清々しい香りに包まれながら、読書を楽しんでみてはいかがでしょうか。 今回ご紹介するアロマ文香やしおりは、精油を垂らすだけの簡単なクラフトです。遊べる試香紙(ムエット)としても使ってほしいと思います。ここにご紹介する4種のブレンドレシピは、どれも心身のリラックスを促すもので、そのまま芳香浴レシピとしても使えます。自分が気に入った香りをあの人に贈ってもよし、あの人のイメージで香りを選んでもよし。いろいろと香りで遊んで、慣れてきたら、精油の1種類を変えたり、滴数を変えたりして、アレンジに挑戦してください。 大まかに覚えておくと便利な香りの使い方はありますが、あまりこだわらず、手持ちの精油を使って自由に香りをブレンドし、楽しんでみてください。使う人、一人ひとりにあった香りをブレンドできるところが、アロマテラピーの魅力です。 アロマ文香に向くサンダルウッド精油 AmyLv /Shutterstock.com ベースノートの香りの中でも、サンダルウッド(学名 Santalum album、和名ビャクダン、白檀)は、アロマ文香作りに向いています。ビャクダンの名で香木としてお香に使われているので、日本人にたいへん馴染み深く、穏やかで心安らぐ香りです。 南インド、ケーララ州のサンダルウッドの森。DSLucas/Shutterstock.com サンダルウッドは、熱帯アジアを原産とするビャクダン科の常緑高木で、はじめは自生するけれど、後から寄生根を出して他の木に寄生するという、半寄生植物です。インドでは神聖な霊木として、昔から珍重されてきました。 香木のビャクダンは、仏教の伝来に伴って、中国を経て日本に渡来したと思われます。日本では仏教の儀礼に欠かせない香りとして、焼香や線香の材料に使われ、また、常温でも芳香を放ち、さまざまな薬効もあることから、匂い袋や塗香(ずこう、塗るお香)の主原料として活用されています。木質が堅牢で緻密なので、上質な仏教彫刻や数珠の材料としても珍重されてきました。 サンダルウッドの花と葉。IamBijayaKumar/Shutterstock.com サンダルウッドの精油は、木部(心材)から水蒸気蒸留法で抽出されます。南インドの、マイスール(マイソール)地方のサンダルウッドからは、貴重な高品質の精油がとれるといわれますが、現在では野生絶滅の危険性が高い「危急種」として、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに載っています。そのため、手に入りづらくなったインド産(Santalum album)に代わり、香りと成分に違いはありますが、同じビャクダン属に分類されるオーストラリア産(Santalum spicatum)や、ニューカレドニア産(Santalum austrocaledonicum)の精油が使われることが多くなりました。 サンダルウッドの精油は、欧米の香水のベースノートとして欠かせないもの。アロマテラピーで使われる植物には、他にも絶滅が危ぶまれるものがあります。一滴の精油を大切に使いたいものですね。 アロマ文香の作り方 〈用意するもの〉 千代紙(10x10cmまたは 7.5x7.5cm)、化粧用コットン、各ブレンドの精油 〈作り方〉 千代紙を折る。たとう折り(祝儀袋の折り方)や、折り紙のたとう包みが最適。※文香にふさわしい、素敵な折り紙はいろいろあるので、工夫してみてください。 化粧用コットンを1/6サイズに切る(縦長に1/3、それを横に半分)。1枚に各ブレンドレシピにある精油を垂らす。この時、1滴、1滴、しずくの位置をずらすとよい(1カ所に重なると精油が染み出すのでご注意を)。 まっさらなコットン1枚を上に重ね、これを①の千代紙で包む(コットンの大きさや枚数は、適宜、調整してください)。 静けさの中の華やぎ ゼラニウムブレンド AmyLv/Shutterstock.com 精油: ゼラニウム(Pelargonium graveolens)…1滴 真正ラベンダー(Lavandula angustifolia)…1滴 サンダルウッド(Santalum album)…1滴 サンダルウッドの和の静けさ、芯の強さの中に、ゼラニウムの花の華やかさを、ふわりと感じる印象です。 インド産サンダルウッド精油の主成分であるα-サンタロールやβ-サンタロールは、心臓の働きを高め、血流を促します。不安な気持ちを落ち着け、心身の熱を持った状態を冷ますサンダルウッドと、女性の心強い味方、ゼラニウムを合わせて、ストレスから開放してくれる、清涼感のある香りに仕上げました。 ●ゼラニウムについて、詳しくはこちらをご覧ください。 秘めた情熱を伝える イランイランブレンド chatchawin jampapha/Shutterstock.com 精油: イランイラン(Cananga odorata)…1滴 真正ラベンダー(Lavandula angustifolia)…1滴 サンダルウッド(Santalum album)…2滴 南国の花、イランイランの情熱的な香りを、包容力のあるサンダルウッドが支える、大人の魅力たっぷりの香りです。秘めた情熱を思わせる香りは、時間が経つにつれて、温かさを持ったオリエンタルな香りに変わっていきます。男性にもどうぞ。 ●イランイランについて、詳しくはこちらをご覧ください。 アロマしおりの作り方 洋封筒の絵柄部分を切り取り、しおりに。透ける和紙を重ねました。 〈用意するもの〉 洋封筒くらいの厚さの紙(ケント紙、画用紙など)、お好みで和紙、化粧用コットン、各ブレンドの精油 〈作り方〉 適度な厚みのある紙を、しおりに適当な、好みの幅と長さの長方形で用意し、縦半分に折る(例えば、横4x縦11cmのしおりを作る場合、原紙サイズは横8x縦11cm)。袋状になるよう、脇と底の部分を紙用ボンドなどでのり付けし、しっかり乾かす。絵柄のある紙を使って、薄く透ける和紙をかけてもよい。 化粧用コットンを縦に1/3に切って、1枚の上に各ブレンドの精油を垂らす。この時、1滴、1滴、しずくの位置をずらすとよい(1カ所に重なると精油が染み出し、本に染みが付くことがあるのでご注意を)。 まっさらなコットン1枚を上に重ね、それを①の袋に差し入れる(コットンの大きさや枚数は、適宜、調整してください)。 上部に穴をあけて、リボンや紐を通す。 うっとりする花の甘さ リンデンブレンド 芳しい房状の小さな花、リンデンフラワー。Peter Turner Photography/Shutterstock.com 精油: リンデン(Tilia x europaea)…2滴 真正ラベンダー(Lavandula angustifolia)…1滴 フランキンセンス(Boswellia carterii)…1滴 甘いリンデンと静かなフランキンセンスを、ラベンダーが繋げるブレンドです。だんだんと香りが溶け合い、手紙が届く頃には、舶来ものの石鹸のような印象に。あどけない明るさと繊細な優しさがミックスされた、柔らかい香りです。洋風な香りなので、しおりに仕立ててもよいでしょう。 リンデンの並木。PJ photography/Shutterstock.com リンデン(和名、セイヨウボダイジュ)は欧州では街路樹として親しまれている樹木で、シューベルトの歌曲にも歌われています。 花から抽出されるリンデン精油には、あまり馴染みがないかもしれませんが、その香りにはジャスミンやローズにも負けない濃厚な甘さがあって、古きよき英国の、淑女のクローゼットを思わせます。印象深いノートは時間がたつと、ノスタルジックな気分を誘う、パウダリーな香りに変わっていきます。 リンデンのハーブティーは、リラックス効果があって眠りを誘うものとして、古くから愛されています。リンデン精油にも、血圧降下や抑うつ、鎮静などの作用があって、不眠の改善を助けます。日中の忙しさに影響され、興奮して眠れない夜に、このリンデンブレンドを枕元に置いてもよいでしょう。 爽やかで穏やか ネロリブレンド Olga Larionova/Shutterstock.com 精油: ネロリ(Citrus aurantium)…1滴 真正ラベンダー(Lavandula angustifolia)…1滴 サンダルウッド(Santalum album)…2滴 ほろ苦く、柑橘の爽やかさもありながら、華やかさを持つネロリ。ビターオレンジの花から抽出されるこの香りは、サンダルウッドとの相性も良好です。鬱々と落ち込んだ気持ちが穏やかに引き上げられて、安心できるような、男性にも好まれるユニセックスな香り。白い花をつけたビターオレンジの木が、風にそよぎつつ、すっくと立っているような、爽やかであり、穏やかでもある印象です。 ●ネロリについて、詳しくはこちらをご覧ください。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油は信頼できるアロマテラピー専門店で、実際に手に取り、購入しましょう。肌に合わない、気分が優れない、などと感じた時は使用を止め、医師にご相談ください。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。・飲用しない。目に入れない。・火気に注意する。・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。
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植物の効能
ラヴィンツァラと真正ラベンダーでインフル&風邪対策!【おうちでアロマテラピー】
マダガスカル生まれの精油 マダガスカル島の熱帯雨林。aaabbbccc/Shutterstock.com ラヴィンツァラという名前を、聞きなれない方も多いかもしれません。ラヴィンツァラ(学名Cinnamomum camphora ct.cineole)はクスノキ科の高木で、マダガスカルの熱帯雨林に生える固有種です。11月から1月にかけて花を咲かせ、実をつけます。「ラヴィンツァラ(Ravintsara)」とは、マダガスカル語で「よい葉」を意味し、現地の人々はその葉をお茶や湿布薬にして、健康維持や治療に役立ててきました。ラヴィンツァラの精油は主にマダガスカルの地で、水蒸気蒸留法によって枝と葉から採取されます。 少しややこしい話になりますが、植物としてのラヴィンツァラは、日本に生えるクスノキと同じ種に分類され、Cinnamomum camphoraという同じ学名を持ちます。しかし、その精油成分は大きく異なっていて、精油としては、まったくの別物になります。ラヴィンツァラの精油は、1,8-シネオールという成分を特に多く含んでいるため、Cinnamomum camphoraのケモタイプ(化学種)ct.cineoleとして区別されています。 *ケモタイプ(化学種)とは、同一学名の植物でありながら、土地や気候など生育条件の影響を受けて、含まれる成分の構成比率が著しく異なるもののことをいいます。野生に生育する植物に自然に起こり、その植物から抽出された精油をケモタイプと呼びます。 ラヴィンツァラの香りと作用 nitinut380/Shutterstock.com ラヴィンツァラの香りは、スーッとした清涼感のある、心や体に沁みとおるような香りです。ユーカリやティートゥリーなどのフトモモ科の香りに似ていますが、それらより穏やかで、香り全体の輪郭が柔らかく、甘さがあります。わずかに緑の葉も感じられるでしょう。包みこんでくれるようなホッとする香りで、気づいたらそばにいてくれる人のような優しさがあります。私たち日本人には馴染みやすい香りの精油といえるでしょう。 ラヴィンツァラの主成分は1,8-シネオールというもので、炎症を抑えて痰の排出を促し、免疫機能を活性化させる作用があります。また、その他の構成成分であるα-テルピネオールには、抗アレルギー作用や鎮咳作用などがあるので、ラヴィンツァラの精油は、風邪やインフルエンザ、花粉症の症状緩和に適しています。 優れた抗菌・抗ウィルス・抗炎症作用のあるラヴィンツァラには、心の不安を取り除いて鎮静させる作用もあります。また血流や体液の流れを促すので、肩こりや筋肉のこわばりを和らげます。 精油を選ぶ際の注意点 MAXSHOT-PL/Shutterstock.com じつは、ラヴィンツァラは長い間、ラベンサラ(学名Ravensara aromatica)と混同されてきました。ラベンサラは同じくマダガスカルを起源とするクスノキ科の野生種ですが、ラヴィンツァラとは異なる植物です。 日本の書籍では、ラヴィンツァラの精油名は、以前の呼び名であったラベンサラや、ラヴェンサラなどの表記が使われていることがあります。また、商品としても、ラヴィンサラ、ラビンツァラ、ラビンサラなどの表記が使われています。一方、ラベンサラの精油も、ラバンサラという表記で販売されていることがあり、非常に混同しやすい状況です。そのため、精油を購入する時は、ラベルや箱、成分分析表などで、精油の学名が自分の望むものと合っているかどうかを確認することが大切です。 また、話はそれますが、最近まれに、ラベンサラのアニサータ種(学名Ravensara anisata)の精油を販売していることがあるようです。しかし、これは発がん性のある成分を含み、アロマテラピーでは一切使用しないものです。 精油を使用する際には、学名を確認し、安全性にも注意する。このことは、豊かなアロマ生活を楽しむための大切なステップです。 日本のクスノキ beeboys/Shutterstock.com さて、ラヴィンツァラと同じ学名Cinnamomum camphoraを持つ、日本のクスノキにも目を向けてみましょう。クスノキ科ニッケイ属の常緑高木、クスノキ(樟、別名クス)は、中国や台湾、ベトナムなどの暖地から、日本へ進出したといわれています。関東以南から九州にかけての照葉樹林帯に生え、人々の暮らしに古くから関わり、活用されてきました。クスノキの木材、クス材は、耐久性に優れて虫に強いという特質から、社寺建築や仏具、タンスなどに使われてきました。飛鳥時代に彫られた仏像の多くはクス材といわれ、昔の人は木材の持つ特性をよく知っていたことが窺えます。 日本各地の神社では、樹齢を重ねたクスノキが御神木として崇められていることが多々あります。有名なのは、名古屋の熱田神宮の境内にある、樹齢1,000年といわれる「大楠(おおくす)」です。また、日本一の巨木は、鹿児島県の蒲生八幡神社にある「蒲生のクス」。このクスノキは、高さ30m、推定樹齢1,600年といいますから、その大きな姿と時の流れに圧倒されてしまいます。 クスノキの葉と、夏にできる小さな実。RUPENDRA SINGH RAWAT また、クスノキというと、ツンとする樟脳の匂いが思い浮かびます。クスノキの幹、根、葉を水蒸気蒸留し、冷却して取り出した結晶である樟脳は、衣類の防虫剤や香料として、それから、医療にも使われてきました。セルロイドの原料でもあったので、クスノキは有用樹木として明治時代に各地で盛んに植えられました。 クスノキには「楠」の漢字を当てられることが多いのですが、「楠」は中国では、同じクスノキ科の常緑高木であるタブノキのことを指します。クスノキの漢字は本来「樟」であると考えられ、そのため、クスノキの特徴的な成分であるカンファ―も「樟脳」と書かれるのでしょう。 マダガスカルのラヴィンツァラと、日本のクスノキ。精油の成分は違いますが、同じ樹木が異なる地で、それぞれ多岐にわたって利用されてきたことは興味深いですね。 インフルエンザ&風邪対策 芳香浴レシピ Africa Studio/Shutterstock.com ラヴィンツァラを中心にブレンドした、インフルエンザや風邪を寄せ付けず、また、その症状を和らげるための芳香浴ブレンドです。花粉症の、辛い鼻や喉の症状を緩和する作用もあります。 芳香浴レシピ (6~8畳用のディフューザーを使用の場合) ラヴィンツァラ(Cinnamomum camphora ct. cineole)または、ラヴィンサラ、ラヴィンサラ・シネオール(Cinnamomum camphora)…2滴ユーカリ・ラディアータ(Eucalyptus radiata)…2滴真正ラベンダー(Lavandula angustifolia)…1滴 *上記の精油 使用の注意:妊娠初期は使用を避ける。妊娠中期・後期の使用は可能だが、使用の際は体調に十分注意する。敏感肌の方は注意して使用する。なお精油全般に関して、高濃度の使用に注意すること。 スーッと鼻に抜ける爽やかな香りのブレンドです。第一印象はクールですが、しばらくすると身体がほぐれ、一息ついて、明るい気分に。家族や気のおけない友人のように、気軽に付き合えて、時には優しさをくれる香りです。 ユーカリ・ラディアータは、ラヴィンツァラと同じく1, 8-シネオールが主成分。自律神経のバランスを整えてくれる真正ラベンダーと合わせ、3種の精油の相乗効果で炎症を抑え、過剰な粘液を排出し、免疫機能を高めます。うがいや手洗いのように、日常的に使うことで、一層の効果が期待できそうです。 また、こわばった筋肉をほぐし、ストレスのたまった心やふさいだ気持ちを解放して、安眠に導きます。本来身体の持つ自然治癒力を引き出しながら、優れた癒やし効果もある、頼もしいブレンドです。 心身ともに疲れがたまった時や、疲労で眠れない夜、気持ちがふさぐ日、心に安らぎを感じられない日にも試してみてください。首や肩がこる時、筋肉がこわばっていると感じる時にもおすすめです。 人が集まる場所、人の出入りのある玄関先のほか、緊張をほぐすので、一人の部屋や寝室にも適しています。 お手軽ラヴィンツァラinマグ isleem/Shutterstock.com ラヴィンツァラ精油をより手軽に活用する方法をご紹介しましょう。風邪かな? と感じたら、ぜひ試してみてください。 精油: ラヴィンツァラ…1滴レモン…1滴 マグカップにお湯を入れ、ラヴィンツァラ1滴と、レモン1滴を落とす。マグカップをみぞおちの前で持ち、目を閉じて大きく深呼吸する。 これだけのことですが、鼻がスッキリ! 呼吸が深くなり、視界もクリアになるのを感じることでしょう。誤飲を避けるため、使い終わったマグカップはすぐに片付けてください。 *ラヴィンツァラ精油 使用の注意:妊娠初期は使用を避ける。妊娠中期・後期の使用は可能だが、使用の際は体調に十分注意する。 *レモン精油 使用の注意:敏感肌の方は注意して使用する。 お手軽ラベンダーチーフ Fuller Photography/Shutterstock.com もう一つ、ラベンダー精油の活用法をご紹介します。風邪やインフルエンザを患っている時や、疲れている時に、また、日常的な予防としてお試しください。就寝時にもおすすめです。 精油:真正ラベンダー…1滴 大判のハンカチやバンダナを三角に折って、三角の直角の角に真正ラベンダーを1滴落とす。カウボーイのように、三角部分を胸に垂らし、ゆったりと首の後ろで結ぶ。 簡単な方法ですが、動脈が集まる首や鎖骨周辺が布で温められることと、ラベンダー精油の効果で、とても癒やされます。体調の優れない時もこれならできるでしょう。 *真正ラベンダー精油 使用の注意:妊娠初期は使用を避ける。高濃度で使用すると覚醒して眠れない。 ラヴィンツァラを使った芳香浴をご紹介しましたが、ラヴィンツァラは使うたびにリフレッシュできて、飽きのこない香りです。どこか草木の息吹も感じられて、春の足音が聞こえてきそう。精油の力をうまく使って、春まで健やかに過ごしましょう。 ●『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油は信頼できるアロマテラピー専門店で、実際に手に取り、購入しましょう。肌に合わない、気分が優れない、などと感じた時は使用を止め、医師にご相談ください。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・ 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。・飲用しない。目に入れない。・火気に注意する。・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。
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アロマセラピー
パチュリの香りで瞑想を 【おうちでアロマテラピー】
深みがありエキゾチック パチュリ(別名パチョリ、学名Pogostemon cablin)はインドネシアやフィリピンを原産とする、シソ科の多年草。その精油は、インド、インドネシア、スリランカなどの熱帯の地域で産出されています。古くから風邪や腹痛の民間薬として使われ、また、その香りを虫が嫌うため、衣類の虫除けにも使われました。19世紀のインドでは、英国に送るカシミアショールの荷に、虫除けとして乾燥させたパチュリの葉を入れたといわれます。 パチュリ精油の抽出には、生の葉ではなく、摘んだ後に乾燥させたものが使われます。葉が乾燥し、発酵する段階で、独特の香り成分が生まれるためです。19世紀にパチュリがイギリスへ渡ると、乾燥させた葉がポプリの香りづけに用いられるようになりました。また、フランスでは精油が香水作りに用いられるようになり、現在でも、深みを与える香りとして、香水やオーデトワレのブレンドに重宝されています。1960年代には、パチュリの香りはヒッピーの間で人気となり、フラワー・ムーブメントを彩りました。 日本では藿香(かっこう)として 日本では、藿香(かっこう)の名でお香作りの原料として使われてきました。沈香や白檀のように、伝統的に使われてきたものなので、その香りをはっきり思い浮かべられなくても、実際に触れてみれば、きっと馴染みのあるものに感じることでしょう。 藿香(かっこう)というと、パチュリを原料とする「広藿香(産地の中国広東省に由来した名)」を指すのが一般的なようですが、他に、カワミドリを原料とする「土藿香」があります。カワミドリ(Agastache rugosa)は、日本や朝鮮半島、中国に自生する植物で、コリアン・ミントとも呼ばれ、四川料理や韓国料理では野菜として調理されます。パチュリとカワミドリはよく似ていて、歴史的にも混同されてきた経緯があります。 心を解き放つ香り パチュリの精油は1滴で十分香る力を持っています。しっとりとして、沈むような、深みのあるパチュリの香りからは、弦楽器の深い音や響きが感じられるようです。アロマテラピーでは、こんな風に香りを言葉で表現することも大切。香りを感じ、自分自身の言葉で香りのイメージを膨らませて、楽しんでみてください。 パチュリの香りには、抗うつ作用や鎮静作用があり、不安やストレスを和らげてくれます。緊張から解き放たれて、一息入れるようなイメージです。静脈やリンパの流れを促す作用もあるので、リラクゼーションに向いています。また、催淫効果も高く、フローラル系の精油と合わせれば、寝室の明るくて柔らかなムード作りに一役買ってくれます。ローズ、ジャスミン、イランイラン、ネロリなど、パチュリはどの花ともよく合います。 芳香浴レシピ パチュリ1滴+フランキンセンス3滴 6~8畳のディフューザー用のレシピです(フランキンセンスについては、こちらをご覧ください)。 これから訪れる秋の静けさに似合う、心をホッと落ち着かせてくれるブレンドで、瞑想にぴったりの香りです。パチュリとフランキンセンスのどちらにも鎮静作用があって、不安やストレスからの解放を後押ししてくれます。この香りを焚きながら、内面を見つめる時間を持ってみてください。このブレンドはまた、抗菌、抗ウイルス作用に優れるので、季節の変わり目の風邪の予防や症状の緩和にも役立ちます。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油は信頼できるアロマテラピー専門店で、実際に手に取り、購入しましょう。肌に合わない、気分が優れない、などと感じた時は使用を止め、医師にご相談ください。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉・原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。・飲用しない。目に入れない。・火気に注意する。・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。
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ストーリー
【2023年 英国チェルシーフラワーショー】今年の話題&ショーガーデン部門の注目作品を紹介!
国王の戴冠をお祝い フローリストによる花のインスタレーション。Photo: RHS / Sarah Cuttle 毎年5月末に、ロンドンのチェルシー王立病院を会場に開かれる、チェルシーフラワーショー(以下チェルシー)。英国王立園芸協会(以下RHS、The Royal Horticultural Society)が主催するこの花の祭典は、イギリスの園芸ファンが楽しみにしている園芸界の一大イベントであり、社交の場でもあります。全英、そして海外からも、ガーデンデザイナー、フローリスト、施工会社、種苗会社、園芸物資会社と、園芸に携わるトップランナーたちが集います。 会場を訪れたチャールズ国王とカミラ王妃。Photo: RHS / Oliver Dixon 昨年はエリザベス女王の即位70年のお祝いで盛り上がった会場でしたが、9月に女王が逝去し、今年のチェルシー開催は、チャールズ国王の戴冠式後というタイミングでした。RHSが時事を反映して製作する特別展示ガーデン(フィーチャーガーデン)では、国王の戴冠を祝うと同時に、長年RHSのパトロンを務め、ほぼ毎年欠かさずにチェルシーを訪れたエリザベス女王を偲ぶ庭がつくられました。 チャールズ国王のブロンズ像が飾られた〈RHSガーデン・オブ・ロイヤル・リフレクション・アンド・セレブレーション〉。Photo: RHS / Tim Sandall 3方向が閉じられた静かな庭では、国王が好む青や紫の花や、エリザベス女王が好んだという白やピンクの花々が彩りを添えています。チャールズ国王とカミラ王妃も会場を訪れて、この庭をはじめ、数々の展示ガーデンを視察しました。 子どもたちがチェルシーに初参加 学童たちのピクニックに参加したキャサリン妃。RHS / Oliver Dixon 今年はチェルシー史上で初めて、子どもたちが会場に招かれました。RHSは〈RHSチェルシー・チルドレンズ・ピクニック〉と題し、ロンドン市内の10の小学校に通う学童、計100人を展示ガーデンでのピクニックに招待。次世代を担う子どもたちがガーデニングを通じて自然に親しむ、そのきっかけとなることを願っての企画です。サプライズでキャサリン妃も参加し、彼らとのお喋りや、その後の虫探しを楽しみました。 それでは、世界トップクラスのガーデンデザイナーが大きなサイズの展示ガーデンを設計、製作する〈ショーガーデン部門〉の注目作品を見ていきましょう。昨年から続く慈善プロジェクト〈プロジェクト・ギビング・バック〉のおかげで、今年も多くの慈善団体がチェルシーへの参加を果たしました。〈プロジェクト・ギビング・バック〉や展示ガーデンの審査方法についての詳細は、『【2022年 チェルシーフラワーショー】3年ぶりの5月開催! 今年の見どころ&ショーガーデン部門解説① 』をご覧ください。 金賞&ベストショーガーデン〈ホレイショーズ・ガーデン〉 デザイン:シャーロット・ハリス&ヒューゴ・バグ(ハリス・バグ・スタジオ)資金提供:ホレイショーズ・ガーデン、プロジェクト・ギビング・バック Photo: RHS / Neil Hepworth 金賞(ゴールドメダル)及び大賞となるベストショーガーデンを受賞したのは、〈ホレイショーズ・ガーデン〉。デザイナーのシャーロット・ハリスとヒューゴ・バグの2人は、2021年に続いてショーガーデン部門の金賞を受賞。今回は大賞に選ばれました。 受賞を喜ぶデザイナーのシャーロット・ハリス(中央)とヒューゴ・バグ(右)。Photo: RHS / Oliver Dixon 17歳の少年から始まった活動 〈ホレイショーズ・ガーデン〉とは、英国各地にある脊髄損傷を治療する専門病院に、入院患者が過ごすための庭を作ろうと活動する慈善団体です。2012年のソールズベリーを皮切りに、これまで英国各地にある6つの病院に、団体名と同じく〈ホレイショーズ・ガーデン〉と呼ばれる美しい庭の数々をつくってきました。チェルシーで発表されたこの庭は8番目となるもので、2024年にイングランド中部の町、シェフィールドにある病院、プリンセス・ロイヤル・スピナル・インジャリーズ・センターにつくられる庭の中心部分として、移設される予定です。 ハリスとバグによるデザイン画。©Harris Bugg Studio 〈ホレイショーズ・ガーデン〉の活動は、医師になることを志していた17歳の聡明な少年、ホレイショー・チャプルの発案がきっかけで始まりました。2011年、ソールズベリーにある脊髄損傷を治療する専門病院でボランティアをしていたホレイショーは、長期間の入院を余儀なくされ、ベッドに寝たまま、もしくは、車いすに乗ったまま、ずっと室内で過ごす患者たちが、もっと戸外に出て過ごせるようになるといいのではないかと考えます。 そして、ガーデンをつくることを発案。医師である両親に背中を押され、患者にアンケートを取るなどして、どんな庭がよいかという調査を始めました。しかし、そこに悲劇が起こります。ホレイショ―はスヴァールバル諸島での冒険旅の野営中にシロクマに襲われ、その若い命を突然絶たれてしまうのです。 ホレイショ―の死を悼んだ家族や友人、地元の人々は、患者のためのガーデンをつくるという彼の願いを実現しようとチャリティを設立し、資金集めを始めます。活動は広がりを見せ、その翌年、有名ガーデンデザイナー、クリーヴ・ウェストが設計した美しい庭が、見事に完成したのでした。その後、団体は英国内にある脊髄損傷治療を専門とする11の病院すべてに庭をつくることを目標に、活動を続けています。 美しい庭の持つ癒やしの力 落ち着けるガーデンルーム(奥)も設置。Photo: RHS / Neil Hepworth これまでにつくられた庭は、いずれもチェルシーでの金賞受賞経験のあるような有名デザイナーにより設計されたもので、どれも美しく、よく考えられた庭となっています。ホレイショーズ・ガーデンで求められるデザインの基本は「1年中美しい場所であること」。ホレイショーの母で、団体の理事長を務めるオリビア・チャプル博士は、そう言います。脊髄損傷の患者の中には、事故などによって突然の体の変化に直面した後、そのまま半年や1年にわたる長期入院を余儀なくされる人も多いとのこと。心を癒やす美しいガーデン環境は、患者が困難な時期を乗り越える支えとなり、また、ガーデンセラピーやアート活動など、回復のためのアクティビティを行う場にも使われます。庭の美しさに誘われて、それまでガーデニングやアートに縁のなかった人も、アクティビティに参加するようになるそうです。 石積みのケルンがアクセントに。Photo: RHS / Neil Hepworth チェルシーで展示されたこの庭は、ベッドに寝たままの患者や、車いすに乗った患者が使うことを基本に、例えば、小道から植栽に車輪が入り込まないよう、花壇に沿って低い仕切りを立ち上げるなど、デザインに細かい配慮がされています。優しい色合いの植栽は、風にゆらゆらと揺れるような軽さの感じられるもので、視線は低めに設定。ベッドに寝た状態でも、美しい花景色を楽しめるよう計算されています。3つある石積みのケルンには、特に花の少ない冬場に、庭にリズムと構造をもたらす役割があります。庭の奥には、ひとり静かな時を持てるガーデンルームもあって、ベッドのまま入って、屋根の丸い天窓から木々の緑を眺めることもできます。 静かに水が流れ落ちる水盤。Photo: RHS / Neil Hepworth 製鋼業の町、シェフィールドは、特にナイフやフォークなどのカトラリーを作る産業で知られていますが、水盤はそれにちなみ、カトラリーの型押しがされたユニークなタイルが並ぶデザインです。水盤の水は、車いすやベッドの上からも触れることができ、水音とともに、五感を刺激する仕組みの一つとなっています。 チェルシーの展示ガーデンで、車いすのアクセスに配慮したデザインは初めてとのこと。このようなユニバーサルデザインは、公共性の高い庭での新たな基準となりそうです。 金賞〈ナーチャー・ランドスケープス・ガーデン〉 デザイン:サラ・プライス資金提供:ナーチャー・ランドスケープス 美しい色合いのベアデッドアイリスが咲く。Photo: RHS / Sarah Cuttle 今回、同業のデザイナーたちやメディアの大きな注目を集めたのは、独特な美的センスを持つサラ・プライスが手掛けたこの庭です。柔らかな色合いのベアデッドアイリス(ジャーマンアイリス)を中心とした、抑えた色調のカラーパレットと、スペースに余白のある植栽。水彩画のように美しく、リラックスした雰囲気の庭は、インパクトのある「濃いめ」の展示ガーデンを見慣れた専門家たちの目に、新鮮に映りました。 セドリック・モリスとアイリス サラ・プライスによるデザイン画。©Sarah Price 庭のモチーフとなっているのは、画家セドリック・モリス(1889-1982)の絵画と、彼が作出したベアデッドアイリスです。モリスは20世紀半ばに活躍した画家で、同様に、ベアデッドアイリスの優れた育種家、そして、海外に植物採集にも出向く熱心な園芸家としても知られました。1940年、モリスはパートナーのレット=ヘインズとともにサフォーク州にある16世紀の田舎家ベントン・エンドに私設の美術学校を開き、そこにガーデンを作って、育てた草花をよく描きました。1940年代から50年代にかけて、彼は毎年1,000株ほどのベアデッドアイリスを育てて品種開発に励み、そして、最終的に〈ベントン〉の名が入ったアイリスの品種を90も生み出したといわれます。 モリスの生み出したアイリスの詳細は、時の流れの中で長らく失われていましたが、2015年のチェルシーで、綿密な調査の結果特定された20種ほどが紹介されました。失われたアイリスの発掘調査を行ったのは、名園シシングハースト・カースルで2004年までヘッドガーデナーを務めたサラ・クック。シシングハーストの主、ヴィタ・サックヴィル=ウェストはモリスの友人で、シシングハーストの庭にはモリスの手で生み出された数々のアイリスが残されていました。サラ・クックはそれらに魅了され、各所の園芸資料に当たって品種の特定に尽くしたのです。 画家の審美眼から生み出されたこれらのアイリスは、非常に美しい色と姿を持っています。デザイナーのサラ・プライスも、2015年のチェルシーでモリスのアイリスに魅了された一人で、今回のガーデンデザインのアイデアを長年温めていたそうです。現在、〈ベントン〉の名を持つアイリスは、栽培や普及に協力したノーフォーク州のハワード・ナーセリーのほか、モリスの薫陶を受けた故ベス・チャトーのナーセリーでも入手することができます。 独特で魅力あふれる色づかい デザイン画が忠実に再現されている庭。Photo: RHS / Sarah Cuttle サラ・プライスは、2012年、ロンドン・オリンピック・パーク内のガーデンデザインに共同で携わったほか、ウェールズのホレイショーズ・ガーデンなど、公共の庭のデザイン経験も豊富なデザイナー。チェルシーでは、2012年、2018年にショーガーデン部門の金賞を受賞し、ガーデン・コラムニストとしても活躍しています。幼い頃から園芸に親しんでいましたが、大学では美術を学び、その後にガーデナー、そして、ガーデンデザイナーへの道に進みました。 美術の素養があるためか、彼女の植栽プランは、よく、絵画のようといわれます。プライスは今回、この庭のカラーパレットに、モリスの絵画に描かれていた、くすんだピンクやイエロー、ブルーを取り入れました。花や葉の色、壁や鉢の色に、プラムやモーヴ、オリーブイエロー、クリーミーブラウンというニュアンスカラーを使って、全体の色調を統一しています。庭のカラーパレットとして、全体的にくすんだ色合いというのはあまり目にしないもの。抑えた色調ながら、リッチでミステリアスでもあり、今までにないその色づかいは多くの人を惹きつけました。 植木鉢もリサイクル素材で作られたもの。Photo: RHS / Sarah Cuttle プライスは植栽に関しても独特なアプローチを見せており、植物の形を楽しむために、スペースに余白を残すことを意識しています。チェルシーの展示ガーデンは、一般に植物がみっしり植わっている印象を受けますが、この庭では、一つひとつの植物がよく見え、その姿を楽しめるようになっています。 資金提供を行ったナーチャー・ランドスケープス社は、景観メンテナンスを手掛ける、サステナビリティ(持続可能な庭づくり)への意識が高い会社です。この庭では、壁やテーブルの建材など、すべてリサイクルの素材を利用。園芸におけるサステナビリティは、ますます求められる基準となっているようです。 金賞〈ア・レター・フロム・ア・ミリオン・イヤーズ・パスト〉 デザイン:ファン・ジヘ資金提供:ホバン・カルチュラル・ファンデーション/MUUM Ltd. いくつもの巨岩を組んで作られた山の景色。Photo: RHS / Neil Hepworth もう一つ、多くの注目を集めたのが、韓国人のガーデンデザイナー、ファン・ジヘの手掛けた庭です。韓国で最大の山岳型国立公園、智異山(ちりさん)は、約5,000種の野生の動植物が生息する、韓国の母なる山として知られています。この庭は、智異山の東側に太古からある、薬草の自生地を表現しています。智異山は過去の台風により大きな被害を受け、多くの植物が絶滅しそうになったり、消えてしまったりしましたが、しかし、10年にわたる復興プロジェクトによって、すべてがよみがえったとのこと。智異山自体に植物の種がしっかりと蓄えられていたために、リワイルディング(再野生化)が成功したと考えられています。 ファンによるデザイン画。©Jihae Hwang ファン・ジヘは、ガーデンデザイナーであると同時に、環境芸術家(エンバイロンメンタル・アーティスト)でもあり、美術を学んだ後に、彫刻、インスタレーション、環境アートの分野で活動してきました。ガーデン製作もコンセプチュアル・アートの視点から取り組むのを好むそうで、彼女のガーデン作品には芸術性やメッセージ性が感じられます。2011年にチェルシーのアルチザン部門(小さい庭部門)初出場で金賞と部門の大賞を、2012年も金賞と会長賞を受賞しており、今回は11年ぶりのチェルシー挑戦でした。 小さな岩も使って山の景色を表現。Photo: RHS / Neil Hepworth 今回、ファンは、総量200トンを超えるという巨岩の数々を配置して山を形作り、岩の間に幾筋もの小川の流れを作りました。もともと何もない平らな場所にたった3週間で作り上げられた、自然豊かな韓国の「山」の出現に、多くの人が驚きました。 大きな岩は小さな植物を守り、複雑な生態系の土台となるもので、小川は生き物たちの命を支えるものです。ファンは、巨岩で悠久の時の流れを表現し、巨岩とその割れ目に花咲く小さな植物を、人間に送られた「1億年前の過去からの手紙」と捉えて、庭のタイトルにしました。そのデザインの根底には、自然と人間の健やかな共生への願いがあります。 薬草を乾燥させるための塔。RHS / Neil Hepworth 植栽には、韓国に自生する、薬用、食用となる植物が選ばれています。昔からさまざまな薬として使われてきた植物ばかりで、中には環境の変化に敏感な、希少な高山植物もあります。山のふもとにあるのは、目を引く高さ5mの塔。山で採れる薬草を乾燥させるために伝統的に使われる吹き抜けの塔で、石や藁を混ぜた土を使って壁を作るという、昔ながらの手法で建てられています。 ファンは、古くから続く智異山の自然と人間の営みを表現しながら、心に響く美しい世界を作り上げました。
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アロマセラピー
めざせ、二の腕やせ! ジュニパーベリーのスリミングオイル【おうちでアロマテラピー】
魔除けの樹 ジュニパー(Juniper) ジュニパーベリーは、ジュニパー(Juniperus communis、ユニペルス・コンムニス、和名セイヨウネズ)の実のことをいいます。ジュニパーはヒノキ科、ビャクシン属の常緑針葉樹で、北ヨーロッパ、北アメリカ、アジア、北アフリカと広範囲にわたって自生し、変種や亜種の多い植物です。ジュニパーの類はコニファーの一種として庭づくりにも多用され、西洋では多くの園芸品種が生み出されています。 ジュニパーは、ヨーロッパの歴史の中で、悪い物から守る魔除けの樹、とされてきました。 新約聖書『マタイによる福音書』では、イエス・キリストの生誕後、養父ヨセフは天使のお告げを受けて、幼子の殺害を企むヘロデ王の手から逃れるため、聖母マリアと幼子イエスを連れてエジプトに向かいます。このエジプトへの逃避は、キリスト教美術でよく取り上げられるモチーフで、さまざまな画家がさまざまな解釈で絵に表していますが、こんな逸話も残されています。追手の兵士が差し迫った際、聖母マリアはジュニパーの若木を見つけ、その枝の下にとっさに幼子イエスを隠したことで難を逃れた、というものです。 もっとも、この植物はじつはエニシダの仲間だったという説もあるのですが、中世ヨーロッパの人々は、針葉樹らしい清らかな香りもあってか、ジュニパーには人々を守る魔除けの力があると考えていました。魔女除けに戸口に枝を飾ったり、魔除けや疫病除けとして、ハーブを床にまき散らすストローイングに使ったり、また、枝を燃やして、場の空気を清めたりもしました。 日本では西日本に、近縁種のネズ(Juniperus rigida、ユニペルス・リギダ)が自生しています。ジュニパー同様に固く鋭い葉が、ネズミ除けに役立ったことから「ネズミサシ(鼠刺)」と名付けられ、そこから省略して「ネズ」と呼ばれるようになりました。庭木や生け垣に使われるほか、盆栽の世界では「杜松(としょう)」の名で仕立てられ、人気があります。また、漢方では、ネズの実は「杜松子(としょうし)」として、利尿薬に使われています。 ジンを風味づけるジュニパーベリー ジュニパーはイチョウのような雌雄異株で、雄花と雌花が別々の個体に咲き、風の働きによって受粉します。その実は、ジュニパーベリー(juniper berry)と呼ばれていますが、針葉樹のジュニパーは裸子植物なので、実際は、松かさと同様の球果(cone、コーン)となります(松かさは果皮が乾燥して木質化した「乾果」で、ジュニパーベリーは果皮が多肉で汁液に富む「液果」)。ベリーと呼ばれていても、ラズベリーやブルーベリーのような、ベリー(berry)類とは根本的に異なります。 ジュニパーベリーの白い粉がかかったような緑色の実は、ゆっくりと、2年ほどかけて黒く熟していきます。 ジュニパーベリーは中世のオランダを発祥とするお酒、ジンを風味づけるスパイスとして使われてきました。いま世界的に、さまざまなハーブや果皮、スパイスなどで風味をつけた、クラフトジンの人気が高まっていますが、ジュニパーベリーはジンをジンたらしめる、必須のスパイスとして欠かせないものです。 ジュニパーベリーは伝統的な薬草療法として、つぶしてお茶にして飲まれますが、利尿を促し、尿路感染症の緩和や、腎臓の働きを高めるとされています(但し、腎臓疾患のある方、妊娠中の方のご使用はお避けください)。また、健胃作用がありますが、ジンも同様に、胃腸によいお酒とされています。 スパイスとして料理にも 日本ではあまり馴染みがありませんが、ジュニパーベリーはスパイスとして、ローズマリーやローリエのように肉料理の臭み消しに利用され、特に、臭いの強いラムや、シカ肉、ウサギ肉などのジビエ料理で用いられます。また、ドイツでは郷土料理のザワークラウトの風味づけに使われます。日本でも手に入るスパイスなので、牛の煮込みなどに使ってみてはいかがでしょうか。 浄化を促す精油 ジュニパーベリーの精油のキーワードは「浄化」。身体を温め、循環を促して、余分な水分や老廃物を排出するデトックス作用があり、身体がすっきりするイメージです。むくみ解消や、夏の冷房から来る冷えの緩和に適した精油です。 精神的にも、心を刺激して、後ろ向きの感情や気のよどみを取り除き、気持ちを切り替えるのに役立ち、自律神経を整えます。 ジュニパーベリーの精油は、果実(球果)から水蒸気蒸留法により抽出したものです。「ジュニパー」の名で販売されている場合もあり、中には、材料に葉や小枝が含まれているものもあります。材料を確認し、分かりづらい場合は信頼できるお店で相談してから購入しましょう。 どちらの精油も、腎臓疾患のある方と妊娠中の方はご使用にならないでください。また、長期間のご使用はお避けください。 ジュニパーベリーのスリミングオイル 作り方 【材料】 ホホバオイル(クリア・精製したもの) 50ml 精油: グレープフルーツ(フロクマリンフリー)4滴 ジュニパーベリー 2滴 ゼラニウム 2滴 真正ラベンダー 2滴 【道具】 ビーカー、ガラス棒、遮光びん(50ml用) 【作り方】 ホホバオイルをビーカーに注ぎ、そこにそれぞれの精油を足していきます。精油によって粘り気が異なるので、1滴ずつ落とすようにしましょう。 精油を入れたら、ガラス棒でくるくるとよく混ぜます。混ざったら、遮光びんに移して完成です。 びんのフタをオイル用のポンプにつけ替えると使い勝手がよくなります。内容とつくった日付を書いたラベルを貼り、日の当たらない場所に保管します。長期の使用を避け、早めに使い切りましょう。 夏らしい華やかさの中に、爽やかなジュニパーベリーがほのかに香る、フローラル系の香りです。ジュニパーベリーやグレープフルーツが代謝を促し、オイルで優しくなで上げるだけでも、身体が温まるのを感じると思います。 【オイルマッサージの方法】 最初に、手のひらにオイルを少量とって温め、両首筋から鎖骨の溝に向かって、2~3回優しくなでおろします。この後、腕、脚、お腹と、単独で、もしくは、慣れたら組み合わせてマッサージをしてみましょう。 〈腕〉 オイルを足して温めながら腕全体になじませ、手の先から二の腕に向かって、てのひら全体を密着させるようにして、なで上げます。気になる部分は、老廃物を出し、脂肪を燃焼させることをイメージして、少し圧をかけながらもみほぐしてみましょう。最後は、脇の下に流すように。 〈足〉 オイルを足して温めながら足全体になじませ、両方のてのひら全体を使って、足を両側から包み込み、足先からなで上げます。気になるところは、てのひら全体でもんでみましょう。この時、膝の裏や、足の付け根に流し込むようにマッサージすると、むくみや疲れが取れやすくなります。 〈お腹〉 お腹周りも、 手のひら全体を意識して、「の」の字を書くようにオイルをよくなじませてから、気になるところをもんでみましょう。 終わったら、余分なオイルは優しく拭き取ります。オイルマッサージは、どの部分も、心地よいと感じる程度の圧で行います。強い力は必要ありません。特に、お腹周りや内ももは皮膚もデリケートなので、様子を見ながら少しずつならします。マッサージの前後には、白湯など、水分を十分に取りましょう。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油は信頼できるアロマテラピー専門店で、実際に手に取り、購入しましょう。肌に合わない、気分が優れない、などと感じた時は使用を止め、医師にご相談ください。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・ 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。 ・飲用しない。目に入れない。 ・火気に注意する。 ・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 ・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 ・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。 ・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。 ・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。 ・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。 Photo/1)Melica/ 2)Martin Fowler /3)Dionisvera /4) Bernd Schmidt /5)Michelle Lee Photography /6)Marina Onokhina /7)Antimon /8)Michelle Lee Photography /9)Melica /10)Madeleine Steinbach/Shutterstock.com
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アロマセラピー
プチグレンの爽やかフレグランス&デオドラントスプレー【おうちでアロマテラピー】
「小さな青い粒」プチグレン プチグレンは、ミカン科の常緑樹、ビターオレンジ(Citrus aurantium、別名ダイダイ)の葉と小枝から、水蒸気蒸留法で抽出された精油のことをいいます。 「プチグレン(Petitgrain)」には、フランス語で、「小さい(petit)」「果実の粒(grain)」という意味があります。その昔、もともとは、熟す前の小さな青い実を材料としていたため、この名がついたとされますが、現在のプチグレンの精油は、一般的に葉と小枝を材料とします。その名の通り、未熟な青い実を思わせる、フレッシュで、少し青臭い香りが特徴。他の柑橘系の葉や小枝を材料とする精油もプチグレンと呼ばれることがありますが、ビターオレンジのものが主流です。精油の主な産地には、フランス、チュニジア、パラグアイなどがあります。 3種の精油が採れるビターオレンジの木 ビターオレンジとは、お正月のお飾りに使われる「橙(だいだい)」のこと。橙という和名は、冬に熟した実をそのままにしておいても、数年は木から落ちないことから、「代々(だいだい=橙)続く」という、おめでたい意味合いで名付けられたといわれ、それ故、正月の縁起物に使われます。橙色の実は、木につけたままにしておくと、春から夏に再び緑色に戻るという性質があります。一度熟した果実がまた青い実に戻るとは、ちょっと不思議な感じがしますね。果実は酸味と苦味が強いため、生食には好まれませんが、マーマレードの材料に使われたり、香りのよい果汁がポン酢に利用されたりします。 アロマテラピーの観点からすると、ビターオレンジはじつに有用な果樹で、花、果皮、葉から抽出される3種類の精油は、どれも重宝されています。真っ白な花から水蒸気蒸留法で抽出される精油、ネロリは、甘さの中に苦さのある繊細な花の香りがします。傷ついた心を癒してくれる香りで、ネロリの精油は香水の原料としてもよく用いられます。 ・おうちでアロマテラピー ちょっとぜいたく、ネロリのしあわせボディオイル 一方、熟した果実の皮から圧搾法で抽出される精油は、オレンジ・ビター(ビターオレンジ)と呼ばれます。オレンジの精油には主に2種類あり、食用とされるオレンジ・スイート(Citrus sinensis)の香りには、果実そのままの爽やかな甘さがありますが、オレンジ・ビターの香りには、甘夏や八朔のように、少し苦味が感じられます。いずれのオレンジも、気持ちを明るくしてくれる香りで、ビターのほうが芳香成分の種類が多く、より複雑な香りとなっています。 ・おうちでアロマテラピー オレンジ・スイートのリラックス・ブレンド そして、緑の葉や小枝から採れるのが、プチグレンの精油です。プチグレンは、初めは青臭い香りが目立ちますが、時間が経つにつれ、ネロリの花の香りや、オレンジ・ビターの柑橘の香り、それから、樹木系のウッディな香りも感じられます。初めの青臭い香りが苦手という方もいるかもしれませんが、ブレンドの調和を図ってくれるプチグレンは、香水やオーデコロン作りには欠かせない存在。柑橘系などの軽い香りから、樹木系の重い香りまで、さまざまな香りをつなげ、全体を引き締めるという、素晴らしい役割を果たしてくれます。男性にも好まれる、ユニセックスな香りです。 花の精油ネロリは大変高価なものですが、プチグレンは比較的安価に求められます。プチグレンは、数種の柑橘精油とブレンドすることで、ネロリの代用として使うことができます。 メンタルにも肌にもよいプチグレン プチグレンの芳香成分には、ラベンダーに代表される、鎮静、抗不安、抗菌、抗炎症などの作用のある成分が多く含まれています。知名度は低いかもしれませんが、さまざまな有用な作用の期待できる精油なので、ラベンダーのように常備しておくとよいでしょう。 抗不安作用や抗うつ作用など、精神面によいとされる香りで、ラベンダーと同じように、落ち着きたい時や気分を明るくしたい時に使うのもオススメです。また、副交感神経を優位にするので、ストレスからくる耳鳴りや不整脈を緩和します。ネロリ同様にスキンケアにも向きます。 プチグレンの爽やかデオドラントスプレー 作り方 【材料】 無水エタノール 10ml 精製水 40ml 精油 プチグレン 4滴 レモン(ベルガプテンフリー、もしくは、FCF、フロクマリンフリーのもの)5滴 ゼラニウム 3滴 真正ラベンダー 3滴 【道具】 ビーカー(50ml用)、ガラス棒、スプレー瓶(50ml用)、ラベルシール *アロマテラピーで使用する瓶は、青、茶、緑色などのガラス製のものがオススメです。遮光性があり、アルコール耐性のあるものを選びましょう。アロマテラピー専門店での購入が安心です。 【作り方】 ビーカーに無水エタノール10mlを注ぐ。 ビーカーに精油を分量通りにそれぞれ垂らし(精油のしずくが自然と落ちるのを待つ)、ガラス棒でよく混ぜる。 精製水40mlを加え、ガラス棒でよく混ぜる。 スプレー瓶に移し、フタをする。ラベルシールにレシピ名、日付、総量(ml)、精油名などを書いて貼る(ビーカーに精油が残る場合は、ごく少量の無水エタノールを入れて溶かしてもよい)。 スプレーする前にはボトルをよく振って、1カ月を目安に使い切ります。足や脇などの局所はしっかりと、ボディには軽くまとわせるイメージで使ってみてください。最初は柑橘を感じさせる爽やかさがあり、少し時間が経つとフレグランスソープのような香りがしてきます。つける人によって印象の変わる香りかもしれません。爽やかで自然な香りなので、女性だけでなく男性や、体臭が気になってくる思春期のティーンズにもお使いいただけるでしょう。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他の記事はこちらからどうぞ。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・ 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。 ・飲用しない。目に入れない。 ・火気に注意する。 ・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 ・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 ・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。 ・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。 ・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。 ・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。
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アロマセラピー
草原で眠る気分 カモミールとラベンダーの安眠ピロースプレー【おうちでアロマテラピー】
「大地のりんご」ローマンカモミール ローマンカモミール(Chamaemelum nobile、別名Anthemis nobilis、和名ローマカミツレ) は、西ヨーロッパや北アフリカを原産とする、草丈15~30cmのキク科の宿根草で、初夏から夏にかけて花を咲かせます。花だけでなく葉も甘いりんごのような香りを持ち、よく香ることから、古代ギリシャ人は「大地のりんご(カマイメロン)」と呼びました。 花のない時期は地面に低く這い、踏まれても強いので、イギリスのガーデンではグラウンドカバーとして小径に植えられたり、香りを楽しむために、石製や木製のベンチの座面にクッションのように植え付けられたりします。芝草の代わりとしても使われ、その目的にふさわしい‘トレニーグ’という花のつかない品種もあります。カモミールの花言葉には「逆境における力」などがありますが、踏みつけられても耐えられる力強さから生まれた言葉なのでしょう。 ローマンカモミールは「植物の医者」とも呼ばれてきました。香りに虫よけの効果があるためか、果樹や野菜の近くに植えておくと植物を元気に保ってくれ、コンパニオンプランツとして有用です。 お茶で有名 ジャーマンカモミール 一方のジャーマンカモミール(Matricaria recutita、別名Matricaria chamomilla)は、ヨーロッパやアジアを原産とする、草丈30~60cmの一年草です。春から初夏に開花し、こぼれダネでまた生えてきます。 ローマン種とジャーマン種は同じキク科で、似たような姿をしていますが、異なる属に属する異なる植物です。ローマン種が低く這い広がる宿根草で、花も葉も香るのに対して、ジャーマン種は縦に伸びる一年草で、香るのは花だけ。また、ローマン種の花が500円玉サイズで中央の黄色い部分が比較的平たいのに対し、ジャーマン種の花は1円玉サイズと小さく、黄色い部分が山型に盛り上がって空洞になり、白い花びらは次第に反り返ります。長い歴史の中で、どちらも薬草として同じような使われ方をしてきたため、よく混同され、どちらが「本物の」カモミールかというのは議論があるようですが、イギリスでは、ローマンカモミールが「本物の」カモミールと考えられています。 しかし、ローマン種は苦みがあるため、カモミールティーとして一般的に広く飲まれているのはジャーマンカモミールです(イギリスではローマン種のお茶も飲まれているとか)。どちらのお茶もリラックス効果のある鎮静作用や、消化促進作用に優れ、民間薬として家庭でよく飲まれてきました。 英国の絵本作家、ビアトリクス・ポターの児童書『ピーターラビットのおはなし』でも、マグレガーさんの畑に忍び込んでたくさんの野菜を盗み食いし、それが見つかって命からがら逃げ帰ったピーターに、お母さんがカモミールのお茶を飲ませる場面があります。緊張や不安の気持ちを落ち着かせ、消化不良を改善するのに、カモミールはまさにぴったりのハーブティーです。 *注意:キク科やブタクサのアレルギーのある方、また、妊娠中の方は、飲用を避けてください。 ローマンカモミールの精油でリラックス 花から抽出されるローマンカモミールの精油は、鎮静作用のあるエステル類が多いのが特徴です。精神的なショックやストレスを感じている気持ちを静めるほか、不眠や不安を和らげ、自律神経のバランスを整えて、落ち着いて眠るのを助けてくれます。 また、花粉症やアレルギー性鼻炎の緩和や、スキンケアではアトピー性皮膚炎の緩和を促し、肩こりや筋肉痛を鎮めるのにも役立ちます。 精油の主な産地はイギリス、イタリア、フランス、ハンガリー。1滴で驚くほどよく香るので、ブレンドの際には注意が必要です。1~5mlの少量での購入がよいでしょう。 *注意:ローマンカモミールは子どもから高齢者まで安心して使える精油ですが、キク科やブタクサのアレルギーのある方、また、妊娠中の方は、使用を避けてください。 真っ青なジャーマンカモミールの精油 一方、ジャーマンカモミールの精油には、抗炎症作用、抗ヒスタミン作用に優れるカマズレンという成分が多く含まれます。この成分が水蒸気蒸留法によって抽出される際に青くなるため、精油は青いインクのように真っ青になります。胃腸の不調や消化不良、月経痛など、お腹の不調を整えるのに役立ち、また、皮膚炎やアレルギーなど、肌のかゆみや炎症を緩和する働きもあります。 精油の主な産地は、イギリス、エジプト、ドイツ、ハンガリー。こちらも1滴でよく香ります。ただ、個性的な特徴のある香りは、他の精油とのブレンドがなかなか難しいかもしれません。上級者向けの精油といえるでしょう。 *注意:ローマンカモミール同様、キク科やブタクサのアレルギーのある方、また、妊娠中の方は、使用を避けてください。 草原で眠りにつく ピロースプレー ローマンカモミールを中心に、ピロースプレーを作ってみましょう。晴れた日のお花畑を軽やかに歩いていくようなイメージの香りです。 【材料】 無水エタノール 10ml 精製水 40ml 精油 ローマンカモミール 1滴 ラベンダー 5滴 ベルガモット(ベルガプテンフリーのもの)2滴 ゼラニウム 2滴 *注意: ベルガプテンフリー(もしくはFCF、フロクマリンフリー)とは、光毒性のあるベルガプテンという成分を除去してあることをいいます。 このレシピはピロースプレー用です。寝具に使って安心な配合ですが、肌には直接つけないでください。 キク科、ブタクサのアレルギーをお持ちの方、妊娠中の方は使用を避けてください。 【道具】 ビーカー、ガラス棒、スプレー瓶(50ml用)、ラベルシール *アロマテラピーで使用する瓶は、青、茶、緑色などのガラス製の瓶がオススメです。遮光性があり、アルコール耐性のあるものを選びましょう。アロマテラピー専門店での購入が安心です。 【作り方】 ビーカーに無水エタノール10mlを注ぐ。 ビーカーに精油を分量通りにそれぞれ垂らし(精油のしずくが自然と落ちるのを待つ)、ガラス棒でよく混ぜる。 精製水40mlを加え、ガラス棒でよく混ぜる。 スプレー瓶に移し、フタをする。ラベルシールにレシピ名、日付、総量(ml)、精油名などを書いて貼る(ビーカーに精油が残る場合は、ごく少量の無水エタノールを入れて溶かしてもよい)。 * スプレーする前にはボトルをよく振り、1カ月を目安に使い切る。 お休み前に、寝具やベッドルームの空間にスプレーしてみてください。草原のような、軽やかな花の香りに包まれて、ほっとした気持ちで眠りにつけますように。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・ 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。 ・飲用しない。目に入れない。 ・火気に注意する。 ・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 ・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 ・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。 ・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。 ・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。 ・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。
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ガーデン
【オランダの庭】 モダンガーデンデザインの先駆け「ミーン・ルイス庭園」<前編>
20世紀のオランダ庭園史を体感する庭 1924年、ミーン・ルイスが初めてつくった庭〈ウィルダネス・ガーデン〉。 オランダの首都、アムステルダムから東に車で2時間ほど行ったデデムスファールトの町に〈テイネン・ミーン・ルイス(ミーン・ルイス庭園)〉はあります。20世紀を生きたミーン・ルイス (Mien Ruys, 1904-1999) は、オランダを代表する庭園建築家(ガーデンアーキテクト)、また、景観建築士(ランドスケープアーキテクト)として、70年にわたりこの地で実験を続け、オランダ各地の庭園設計に携わりました。 20世紀オランダを代表する庭園建築家ミーン・ルイス。Photo: Fred Zandvoort ミーンは今から約100年前に、当時まだ珍しかった宿根草を使った花壇づくりにいち早く取り組みました。この流れはやがて、現代オランダの世界的ガーデンデザイナー、ピート・アウドルフが牽引する〈ニュー・ペレニアル・ムーブメント(新しい宿根草の動き)〉につながります。また、ミーンは、直線や斜線、円から成る、シンプルだけれど効果的な幾何学模様をデザインに取り込んだり、鉄道の古い枕木を利用してステップや間仕切りにしたりと、次々と新しい要素にチャレンジしました。そういった彼女のアイデアは、多くの人々に取り入れられて広まり、今のガーデンデザインにも残されています。 ミーン・ルイス庭園はかつて、ミーンの両親が暮らし、ナーセリーを営んだ場所でした。1976年からは非営利団体のミーン・ルイス庭園財団によって管理され、一般公開されています。ミーンが植栽やガーデン建築の実験を行い、試行錯誤を続けたこの庭園は、20世紀のオランダ庭園史を生きた形で目にし、体感できる場所。彼女がデザインした庭の多くは国や自治体の記念物として認定を受け、当時からほぼ変わらない姿で残されています。また、庭園では、ミーンの志を継ぐガーデナーたちによって、今もさまざまな実験が続けられています。 左上/公道に掲示された庭を示す看板。右上/庭のエントランスに向かう道は森の中のよう。左下/奥へ進むと小川にかかる小さな橋と入り口を示す小さな看板(右下)が。 さて、朝一番で向かうミーン・ルイスの歴史的な庭。どのような景色が広がっているのか、期待に胸を躍らせながら庭園に続く小道を進みますが、辺りは木々が生い茂って、森の中を歩いているようです。入り口はどこ? と思いながら行くと、小川に小さな橋がかかっていました。手前には控えめな「入り口」の表示が。日本から同行するガーデナーから「なんて控えめで可愛い入り口! もうここからワクワクしちゃうね」という声が上がり、期待が高まります。 ミーンの父、〈モーハイム・ナーセリー〉を営むボンヌ・ルイスは、時代に先駆けてガーデン用の宿根草の交配に取り組み、カンパニュラなどの新しい優良品種を生み出して、20世紀初頭のヨーロッパ園芸界で注目を集める存在でした。一方、娘のミーンは、植物の育種より、庭の中で植物をどう使うかに興味を持ち、19歳から父の会社のデザイン部門で働き始めます。しかし、1920年代当時、ガーデンデザインを学べる学校などはなく、彼女は英国に行って、父の友人であった伝説的ガーデンデザイナー、ガートルード・ジーキルに手ほどきを受けたり、ドイツのベルリンでガーデン建築を学んだりしました。 1924年、ミーンは両親の家の裏手にあった果樹園に初めての庭をつくり、それから70年にわたって、この地でデザインのアイデアを形にしたり、新しい宿根草を試したり、新しい建材を使ってみたりと、実験を続けます。この庭園には、彼女の飽くなき探求心が刻まれています。 右/ミルストーン・ガーデン。木漏れ日に水面が輝いています。奥の生け垣にはカシワバアジサイの紅葉が見られました。 右手奥の方向に庭が広がっていることを感じながら、小道をさらに進むと、ガラス温室の建物が見えてきました。その手前に、人々を出迎える庭があります。〈ミルストーン・ガーデン〉(1976年製作、2008年改修)です。 丈高く茂る竹が背景となるスペースに、大小の石材が正方形に敷かれ、その中央に、水を湛えた丸い石臼が置かれています。和の庭の手水鉢のような佇まい。この石臼は、中心から静かに水が湧く水盤に細工されていて、縁から溢れた水は小石の間に吸い込まれていきます。そして、その向かいには、黒いフェンスを背にギボウシの植わるスリムなコンテナが5つ並んでいます。この庭のオリジナルのデザインは、ミーンが設立した設計事務所に属していたデザイナー、アレンド・ヤン・ファン・デル・ホルストによるものだそうですが、和モダンの雰囲気が感じられるデザインです。 左/ワイン瓶がツリーのように配置されたアート作品のようなフラワースタンドには、先が尖った楕円形のルナリアのタネがたっぷりと。ローズヒップも彩りになっています。 建物に入ると、ガーデンツールなどの販売コーナーやストーブを備えたカフェがあり、あちこちに、庭からの恵みかしらと思われる草花や種子がディスプレイされています。この建物を出ると、いよいよ庭めぐりが始まります。敷地のマップには、全部で30もの番号が! 約2.5ヘクタールのこの広い敷地につくられている庭の番号だそうです。迷子にならないよう、庭を巡っていきましょう。 ガーデン敷地図の左下から右へ行き、上へと進みます。 〈オールド・イクスペリメンタル・ガーデン(旧実験庭園)〉(1927年製作、国定記念物) 右側が日向に咲く宿根草の花壇。 カフェのテラスから木柵の向こうへ回ると、ミーン・ルイスがごく初期に手掛けた、この庭園で2番目に古い庭となる〈オールド・イクスペリメンタル・ガーデン(旧実験庭園)〉があります。この場所はもともと、ミーンの暮らした実家のキッチンガーデンでした。ミーンはイギリスの伝統的なボーダーガーデンに倣い、この庭の片側に奥行4m、幅30mの細長い花壇(ボーダー)をつくり、父の会社で交配された、日向に咲く宿根草を試す場としました。 若い頃のミーン・ルイス。Photo: Mien Ruys Garden Foundation 花壇の後ろには敷地を区切る縦格子の木製フェンスがあり、花壇の手前には、2列に並べられた敷石で小道が作られています。フェンス・植物・敷石の対比がくっきりと浮き立つデザインです。 敷石に使われているのは使い古されたコンクリート平板で、表面が削れて中の砂利が見え、いい風合いとなっています。ナーセリーで使われていたものを流用したといわれており、ミーンはのちに、これをまねて〈グリオンタイル〉と呼ばれる洗い出し平板の敷石を作ることになります。 ベンチはいつまでも座って景色を眺めていたくなる特等席。庭が美しく見える場所に置かれています。 ミーンにとって、庭のデザインは植栽同様に大切なもので、コントラストを意識していました。この庭では、片側に明るい花色の直線的な花壇を置き、中央には広い芝生のオープンスペースを設けて、反対側には波打つような生け垣を形作る灌木の植え込みを配しています。光と影、直線と曲線の、2つの対比が存在するデザインで、光の中にある花壇は明るく色鮮やかですが、日陰に植わる灌木は深い緑の陰を作ります。太陽の動きとともに、光と影は刻々と変わり、庭の景色が変化します。また、敷石の小道を歩くか、真ん中の芝生を歩くかによっても、目に映る景色に変化が生まれます。 左/花壇越しに、芝生エリアとその奥の灌木を望みます。灌木の茂みは、春になれば花色の彩りが。右/芝生エリアの中に、小島のように植えられたグラスの茂みは2つ。 庭の片側に伸びる花壇はかなり大きく、大邸宅でガーデナーを雇って管理するようなサイズのものです。ミーンが英国で教えを受けたガートルード・ジーキルは、色彩を重視した花壇の植栽を発展させた人物ですが、ミーン自身も何年にもわたって、色彩の実験を繰り返したといいます。アスチルベ、ユーフォルビア、カンパニュラ、ヘメロカリス、アスター、サルビア、ソリダゴ、デルフィニウム……。約80種の宿根草が植わるこのボーダーの植栽デザインは、制作当初からほとんど変わらないそうで、色鮮やかな、黄、オレンジ、赤、青、紫の花々が、5月半ばから9月まで咲き継ぎます。ピークは6月から8月の夏の時期で、訪れた10月上旬は色が少ない印象でした。植物は姿にもコントラストを持たせて面白みを出していますが、花がたくさん咲くピーク時の花壇もぜひ見てみたいものです。 庭の外から〈オールド・イクスペリメンタル・ガーデン〉の花壇奥側を見たところ。光と影が感じられる景色。 〈ウィルダネス・ガーデン(原生自然の庭)〉(1924年製作、国定記念物) この庭は、1924年、ミーン・ルイスが初めて手掛けた記念すべき庭で、ミーンの暮らした実家の裏手にあった果樹園の中に設計されました。目に飛び込んでくるのは、自然のままに生い茂る豊かな植栽です。この庭を訪れた10月上旬は、ルナリアの小判形をした半透明のタネが宙に浮かんで、濃い緑と美しい対比を見せていました。 ミーンは果樹園に生えていた数本のリンゴと洋ナシ以外のすべてを取り除くと、初めての「ガーデン建築」に取り組みました。まず思い描いたのは、思うままに植物が茂る豊かな植栽。そこにコントラストをつけるため、真四角の池と直線の小道というシンプルな構造物を加えました。小道はかつて、家とナーセリーをつないでいたもので、そこにもう1本の、ベンチへと続く行き止まりの小道がT字に配されています。そして、2本の道が交差する地点に、センターポイントとなる真四角の池があります。 緑の生い茂る植栽と、池や小道の直線が美しいコントラストを見せています。豊かな植栽と、構造物の描く幾何学模様。この対比はミーンのデザインにおける出発点であり、やがて、彼女のトレードマークとなっていきます。 ミーンは当初、この庭に、日陰を好むプリムラやオダマキ、カンパニュラ、ケマンソウなどを植えました。しかし、周囲の高い木々に日が遮られたこの場所は、これらの植物にとって光の量が足りず、また、このデデムスファールトの酸性土壌にも合いませんでした。これらはアルカリ性の白亜質土壌でよく育つものだったのです。植えた草花はすべて1年もたたないうちに消えてしまい、その現象は、ミーンに一つの教えをもたらします。「これからどうしたらよいのか? 選んだ植物に適した土壌に変えるのか、それとも、その土地の土壌に合わせて植物を選ぶのか。当然、後者だ!」。 古いセメント石板を用いてつくられた池と小道。 こうしてミーンは、この地の酸性土壌に合うような、ホスタやキレンゲショウマ、ヤグルマソウなどを選び直して植え、あとは茂るに任せました。これらはうまく育って、ミーンが思い描いた通りに自然に生い茂り、庭を埋め尽くします。そこに雑草が生える余地はなく、結果、雑草取りの必要がないローメンテナンスな庭となりました。また、樹木の落ち葉によって腐葉土ができるため、肥料をやる必要もありませんでした。ミーンはこれを「抑制された原生自然」と呼びました。 この庭の長い歴史に感動しながら、緑を映す水面を眺めました。 このガーデンデザインは一度も変えられたことはありません。1960年代に、嵐でリンゴとオークの木が倒れて新しいものに植え替えられた時は、光の量や湿度条件が変化してバランスが崩れてしまい、雑草が生えることもありましたが、しばらくするうちに戻ったそうです。 最初につくった庭がこんなに完成度の高いものだなんて、ミーンはきっと、生まれついてのガーデナーであり、ガーデンデザイナーだったのですね。 同行のガーデナーの一人、新谷みどりさんが、この庭を訪れた瞬間の感動をこう語ってくれました。 「ウィルダネス・ガーデンは、20代の頃に白黒の恐ろしくピンボケの写真を初めて見て、何か強く心惹かれた庭だったので、あの場を訪れることができたときは、なんとも言えない気持ちで胸がいっぱいになり、涙が出そうでした。初めて来たのに、ずっと昔から知っている庭のように感じて不思議でした」 20世紀、モダニズム建築の流れ 右/家具デザイナーとしてのリートフェルトの代表作「赤と青の椅子」。左/PGMart 右/Picture Partners/Shutterstock.com ミーンが仕事を始めた1920年代は、建築の世界に大きな転換期が訪れた時代でした。19世紀以前の伝統的な様式建築から離れ、機能的・合理的な造形理念に基づいたモダニズム建築(近代建築)の考えが成立していったのです。ル・コルビジェやミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトといった建築家や、ドイツの芸術学校バウハウスが推進役となり、世界各地で、鉄やガラス、コンクリートなどの工業製品を使った、合理的でシンプルなデザインの建築が生まれました。 1924年にリートフェルトが設計した世界遺産の〈シュレーダー邸〉。オランダ、ユトレヒト市内。左/Wirestock Creators/右/Rini Kools/shutterstock.com 1930年代の数年間、ミーンはデルフトで建築を学びますが、その後、アムステルダムの〈8(アフト)〉とロッテルダムの〈Opbouw(オップバウ)〉という建築家グループの作品に共鳴し、協力するようになります。彼らの設計する、光と風通しのよい、大きな空間のあるシンプルな建物を、美しいと感じたのです。このときミーンは、20世紀オランダを代表する建築家で家具デザイナーのヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld, 1888-1964)にも出会います。彼は画家のピート・モンドリアン(Piet Mondrian, 1872-1944)らと芸術運動〈デ・ステイル〉(オランダ語でスタイルの意味。新造形主義)に参加した人物です。デ・ステイルの「垂直線と水平線、白、黒、グレーと3原色で構成される」という特徴は、のちに多くの芸術分野に影響を与えています。 こうして、モダニズムの流れをくむ、シンプルで明快な建築を設計するオランダの建築家たちと組んで、ミーンはその後、個人邸だけでなく、共同住宅の共有ガーデンなども設計することになります。 〈ウォーター・ガーデン〉(1954年製作、2002年改修、国定記念物) 庭の中央に流れる小川を跨ぐ石の橋は、高さがなくフラットな造り。小川の水は、レイズドベッド(高さのある花壇)の途中に設けられた水場に注がれます。 この庭は、第二次世界大戦後につくられました。戦後、オランダではさまざまな変化が起き、庭はというと小さくなって、ガーデナーが雇われることもなくなりました。手入れを必要とする大きな花壇は時代に合わなくなったのです。重要なのは手間がかからないこと。求められるガーデンデザインが変わったのです。 写真左側が一直線に作られた2段式のレイズドベッド。中央付近の窪んだ場所に水場があります。 ミーンはこの比較的小さなエリアに「手間のかかる芝生を使わない庭」を実験的につくりました。敷石のテラスに花の咲く花壇の小島が浮かぶようなデザインで、敷石の隙間はコケが生えるようにわざと広く取られています。時間の経過とともに緑が育って、石の硬さが和らぎ、緑と石がバランスよく共存しています。また、生け垣や2段式のレイズドベッド(高さのある花壇)で高さに変化がつけられ、日向と日陰のコントラストも考えられたデザインとなっています。 天然石を積んだレイズドベッド。その角を隠すように葉を茂らせるのは、ベルゲニアやゲラニウム。右奥は赤花のフクシア。ヨーロッパイチイの生け垣が濃い緑の背景に。 この庭がつくられた頃は戦後の物資不足で、敷石として使えるレンガや自然石がほぼ流通していませんでした。代わりにコンクリートが建築では多く使われるようになりましたが、庭づくりでは魅力的な建材とは考えられていませんでした。しかしミーンは、以前の庭で敷石として使った、古びて表面が削れ、中の砂利が見えるようになったコンクリート平板を、なかなかいい風合いだと思いました。そこで、セメント工場に頼んで、表面に砂利を散らしたコンクリート平板(日本でいうところの「洗い出し平板」)を作ってもらい、敷石としてこの庭に使いました。1970年代以降、この平板に似た商品が〈グリオンタイル〉と名付けられ、世の中に多く出回るようになりました。 この庭の実験的要素は建材だけでなく、植栽にも見られます。2段式のレイズドベッドには、乾いた場所に適した植物を植える一方で、水場周辺の湿った場所には、水辺や沼地に育つ、ミズバショウに似たオロンティウム・アクアティクムのような植物を植えてあり、対照的な植栽が隣り合っています。また、管理の楽な、支柱のいらない背丈の低い植物を選んだり、冬場の景色が寂しくならないように常緑の灌木を庭の骨格として植えたりと、よく考えられた植栽となっています。晩秋のレイズドベッドでは、シュウメイギクやセダムのくすんだピンクの花が優しい彩りを添えていました。 中編に続きます。 参考資料:https://www.tuinenmienruys.nl/en/ Many thanks to Mien Ruys Garden Foundation.
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アロマセラピー
秋の夜をしっとり過ごす フランキンセンス&ラベンダーの芳香浴【おうちでアロマテラピー】
砂漠に生える生命の木 フランキンセンス フランキンセンスは、アフリカ北東部から中東のアラビア半島南部、インド北部にかけての乾燥した山岳地帯に分布する、ムクロジ目カンラン科ボスウェリア属(Boswellia)の低木で、オリバナム、乳香、とも呼ばれます。木の表面を傷つけると染み出てくる乳白色の樹脂は、空気に触れるとしずく状に固まりますが、樹木同様に乳香と呼ばれるこの樹脂は、古くから香として焚かれ、また、薬剤や香水の原料として使われてきました。 最高級の乳香を産出するといわれる、オマーン南部のドファール地域は、紀元前から乳香貿易で栄えた土地として知られます。当時の都市や港、交易路の遺跡や、フランキンセンスの群生地は、「乳香の土地」として、ユネスコの世界文化遺産に登録されており、歴史的価値のある場所となっています。 古くから珍重された乳香 日本ではあまりなじみのない乳香ですが、アフリカや中東、欧州では、古代エジプトをはじめ、古い時代からさまざまな宗教の儀式で焚かれた記録が残されています。聖書では、イエス・キリストの聖誕に際し駆けつけた東方の三博士が、乳香(フランキンセンス)、没薬(ミルラ)、黄金を捧げたとされており、乳香が当時、黄金と並ぶほどに貴重で、神聖なものであったことが分かります。キリスト教では、現在でも儀式の際に使われることがあります。神に捧げる祈りの香りとして、乳香は人々の生活の中でずっと親しまれてきました。 オマーンのフランキンセンスの産地では、今も乳香を焚いて来客を迎えるそうです。空気を清浄にし、平穏を促し、虫よけにもなるという香り。日本のお香にも通じるものがありますね。 心身を落ち着かせる香り アロマテラピーでは、フランキンセンスの樹脂から水蒸気蒸留法で抽出された精油を使います。現在の精油の主な産地には、ソマリア、エチオピア、オマーンがありますが、その土地によって生える品種が異なるため、同じ「フランキンセンス」の名でも、香り成分や効能が微妙に異なってきます。日本で一般的に流通している精油は、ソマリア産の品種(Boswellia carterii)が多いようです。 フランキンセンスの精油には鎮静作用があり、不安を感じる時やパニック気味の時に用いると、心を落ち着かせてくれます。 また、抗菌、抗ウイルス作用があり、気管支炎や風邪の予防や緩和に役立ちます。深い呼吸を促して、咳のひどい時など、呼吸器の働きを整えてくれます。肌に用いれば、傷の回復を早め、皮膚の乾燥やアンチエイジングに役立ちます。 芳香浴レシピ:フランキンセンス3滴+真正ラベンダー2滴+ゼラニウム1滴 6~8畳のディフューザー用のレシピです。(真正ラベンダーについてはこちら、ゼラニウムについてはこちらをご覧ください)。 秋の夜の美しい月明かりを浴びながら、心の内を静かに見つめてみる。そんなあなただけの大切なひとときに寄り添ってくれる香りです。透明感のある落ち着いた香りに包まれて、ゆったりリラックス。思い思いに、素敵な秋をお楽しみください。 *『おうちでアロマテラピー』シリーズ、その他のブレンドはこちらからどうぞ。 *精油はアロマテラピー専門店での購入が安心です。下記に取り扱い時の注意をまとめましたので、ぜひご一読ください。 〈精油を使用する際の注意〉 ・ 原液を皮膚につけない。ついたらすぐ石鹸で洗い流す。 ・飲用しない。目に入れない。 ・火気に注意する。 ・医師による治療や投薬を受けている場合は、必ず当該医療機関に相談する。 ・3歳未満の乳幼児には芳香浴以外は行わない。また3歳以上であっても使用量を半分以下にし、十分注意を払う。 ・高齢者、既往症のある方は半分以下の量を目安に。妊娠中は体調を考慮し、芳香浴以外のアロマテラピーを楽しむ場合は十分注意する。 〈精油の保管・保存について〉 ・直射日光と湿気を避け、火気のない冷暗所に保管する。 ・子どもやペットの手の届かないところへ保管し、誤飲に注意する。 ・開封後1年以内を保存期間とし、柑橘系の精油は半年以下を目安にする。 ・香りに異変を感じたら使わない。 〈精油の品質について〉 ・次の内容を箱やラベル、使用説明書で確認できるものを選ぶ。ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(地)または原産国(地)、内容量、発売元または輸入元。 Photo/1) jakkapan / 2) Maros Markovic / 3) vvoe /4) JurateBuiviene / 5) Madeleine Steinbach / 6) jakkapan / Shutterstock.com
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ストーリー
【2022年 英国チェルシーフラワーショー】モリスデザインの庭も登場! 本場ガーデニングの粋を集めたショーガーデン部門解説②
金賞〈ザ・モリス&Co. ガーデン〉 資金提供:モリス&Co. デザイン:ルース・ウィルモット 19世紀イギリスのアーツ&クラフツ運動を率いた、思想家で詩人のウィリアム・モリス。彼はまた「モダンデザインの父」とも呼ばれ、草花や動物をモチーフとした壁紙やファブリックの優れたデザインを数多く残しました。それらのデザインは100年以上経った現代においても人気で、今もインテリア商品の販売が続けられています。この庭は、それらの商品を扱う会社「モリス&Co.」がスポンサーとなり、ナチュラルで心地のよいガーデンを得意とするデザイナー、ルース・ウィルモットが設計したもの。ルースは同社の資料室係と共に歴史的資料を調べ上げ、モリスの代表的なデザイン2種をはじめ、彼のデザインエッセンスを庭に盛り込みました。 庭でまず目を引くのは、赤茶色の金属パネルを用いた現代的なパビリオン(東屋のような建物)。よく見ると、このパネルには風にそよぐヤナギ葉の模様が浮かんでいます。これは、モリスの最も知られたデザインである〈ウィロー・バウ〉のパターンで、職人によりレーザー加工で切り出されたもの。赤茶色はモリスが好んだという色で、モリスのヤナギ柄は、緑の中で影絵のように浮かび上がり、庭の一部となっています。 パビリオンの中には、軽やかな白木のソファとテーブルのセットが置かれています。その座面やクッション、ラグなどのファブリックは、もちろんモリスデザイン。〈ウィロー・バウ〉柄のクッションもあって、リンクコーディネイトしているのがおしゃれです。このパビリオンは、庭でひと休みするための東屋というよりも、大変美しく設えられた「屋外リビング」という印象です。 庭のモチーフに使われているもう一つのデザインは、1862年にモリスが初めて描いた壁紙〈トレリス(格子垣)〉です。1859年、モリスは自宅兼工房として建てたレッド・ハウスに引っ越した際、好みの壁紙が見つからず、自らデザインしました。 〈トレリス〉の図柄は、格子状に直角に交わるトレリスに半八重のつるバラが伝い、小鳥が止まる、というものですが、このイメージが、庭では直角に交わる小径に反映されています。デザイン画を見ると、ヨークストーンの敷石を使った小径が、格子状に伸びているのがよく分かります。また、ガーデンの中央の木には半八重のつるバラが伝い、〈トレリス〉の世界がさりげなく再現されています。 庭の植栽もモリスにちなんだ内容となっていて、草花は、彼のデザインに描かれているものや、彼の時代のコテージガーデンにあったものをチョイス。花々の色合いも、モリスの好んだ赤茶色やアプリコット色を中心に、ブルーや白をアクセントに効かせています。木々はデザインモチーフとなったヤナギやセイヨウサンザシが、灌木は、野鳥の餌や棲み処となるものが選ばれています。モリスのデザインでは、植物とともによく小鳥が描かれているからです。 庭の中央には、ヤナギ柄のパネルで装飾された美しい水路があって、水の流れを楽しめるようになっています。モリスは水を好んだといわれ、彼の暮らした家は、常にテムズ川沿いにありました。水路は手作業で焼かれたタイルで組まれており、小径はヨークストーンの敷石が伝統的な手法で敷かれています。この庭は、モリス好みの草花と、彼の愛した手仕事の美が詰まった、完璧なモリススタイルの庭といえるでしょう。 金賞〈ザ・マインド・ガーデン〉 資金提供:マインド、プロジェクト・ギビング・バック デザイン:アンディ・スタージョン 庭に散らばるように立つ弓なりの白い塀が、庭全体をアート作品のように見せている、ザ・マインド・ガーデン。スポンサーの〈マインド〉は、メンタルヘルス(心の健康)の問題に直面する人々を支える慈善団体です。国民の1/4が心の健康に問題を抱えているというイギリス。この庭は、人と人が繋がって困難な状況を変えていくための場所として、また、訪れた人が自分らしくいられて心を開ける場所として、デザインされました。 デザイナーは、チェルシーの金賞受賞が今回で9回目となるアンディ・スタージョン。世界的に活躍する実力派です。アンディは、自然の持つ癒やしの力を感じられる、気持ちの明るくなるような庭を思い描きました。 庭は盛り土のように中央が高くなった形状で、その中央部にシラカバの森があり、周辺部に下るにつれ、草花の咲くメドウ(野原)へと変化します。この庭の大きな特徴である弓なりの白い塀は、手のひらに載せた花びらを放って地面に散らし、その花びらの渦が広がるイメージで、斜度のある庭に配置されています。白い塀は、空間や小径の仕切りの役割を果たすほか、植栽を引き立てる背景やフレームとなり、また、ちらちらと揺れるシラカバの葉影を映すスクリーンにもなります。 白い塀に導かれて歩く小径は、上るにつれて次第に狭まっていき、突然、ベンチの置かれたオープンスペースに通じます。これは、小さな驚きで心を刺激する仕掛けです。白い塀自体にも触覚を刺激する役割が与えられていて、砂と石灰と貝殻を合わせたものを塗った、わざとザラザラにした仕上げになっています。そして、ベンチの置かれた2つのオープンスペースでは、水の落ちる仕掛けも。静かな水音を聞きながら、思いを巡らしたり、会話を楽しんだりできるようになっています。 中央部のシラカバの森は、デザイナーのアンディが幼い頃に幸せな時間を過ごした森をイメージしています。背の低いシダや、白や青の花々の中に、背の高いセリ科のヨロイグサの白花が顔を出し、デスカンプシアの軽やかな草穂が躍る、静かな癒やしの空間です。周辺部のより開けた空間となるメドウでは、花々はもっとカラフル。楽しく、リラックスした印象の植栽です。この庭は英国内の〈マインド〉の施設に移され、セラピーの場として使われる予定ですが、きっと多くの人に愛される場所となることでしょう。 銀賞&BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード大賞 〈ザ・ペレニアル・ガーデン “ウィズ・ラブ”〉 資金提供:ペレニアル―ヘルピング・ピープル・イン・ホーティカルチャー デザイン:リチャード・マイアーズ 普遍的な美しさが感じられるこの庭は、クラシカルで洗練されたデザインを得意とするガーデンデザイナー、リチャード・マイアーズの手によるものです。経験豊富なデザイナーですが、チェルシーのショーガーデン部門は初挑戦。RHS(英国王立園芸協会)による審査は惜しくも銀賞でしたが、会場とインターネットの一般による人気投票〈BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード〉でショーガーデン部門の大賞を受賞しました。 スポンサーは〈ペレニアル〉という慈善団体。植物の栽培者、ガーデナー、デザイナーといった、園芸に関わるすべての人々に対して、さまざまな支援を行う団体です。この庭には、デザイナーと〈ペレニアル〉による「庭は愛の贈り物である」という想いが込められています。庭は、庭をつくり慈しむ人々に、また、庭を訪ねる人々に喜びを与える愛にあふれた贈り物である、というメッセージです。 緑中心の穏やかな色調の庭には、落ち着いた、エレガントな雰囲気が漂います。中央に伸びる水路を中心とした線対称のデザインで、左右にはパラソルのように仕立てられたセイヨウサンザシが4本ずつ並び、その足元には、ドーム形のトピアリーが繰り返し置かれて、水路の両脇を飾っています。セイヨウシデの生け垣が庭をシェルターのように囲い、安心感を与えます。 植栽は生け垣やトピアリーの緑が中心ですが、足元では、柔らかな白と落ち着いたプラム色の、ルピナスやアリウム、ジギタリス、バラ、アイリスといった花々が咲いて、優しさが加味されています。生け垣やトピアリーなど、ガーデナーたちの円熟した技が随所に発揮されたこの美しい庭で、人々はそぞろ歩いたり、腰かけておしゃべりしたりしてみたいと感じて、一票を投じたのかもしれません。 この庭で目を引くのは、高さを与える役割を持つ、セイヨウサンザシ(Crataegus monogyna)の木々です(実際の庭ではパラソルのような形に仕立てられていますが、デザイン画を見ると、本来はパーゴラや藤棚のようなイメージで、より広い日陰を作ろうとしていたのかもしれません)。 今回のチェルシーでは、イギリスに自生するこのセイヨウサンザシを用いた庭が複数あり、注目されました。仕立てやすいうえに渇水に強く、大抵の土壌でよく育つという、近年ますます厳しくなる気象条件に耐えうる丈夫な低木で、また、春の花はミツバチに好まれ、秋の実は野鳥に好まれるという、野生生物を助ける役割も果たしてくれます。時代のニーズにぴったりの樹木として、今後活用されることでしょう。 以上、それぞれに特徴のある3つの展示ガーデンをご紹介しました。どのような庭にするかを明確にイメージし、そのイメージを形にするデザインは、構造(建造物)と植栽のいずれもが重要。建築的なアプローチをする英国のガーデンづくりは奥が深いですね。