花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で今回解説するのは、前回に引き続き、清純な魅力をたたえた白バラの名花たち。今回は、エレガントな大輪の白花を咲かせ、庭に美しい景色を作るクライマー(つるバラ)の品種をご紹介します。
目次
白花のクライマー
清楚な美しさを持つ白花のクライマー(つるバラ)。この記事では、大輪花を咲かせ、硬い枝ぶりとなり、枝がよく伸びて3mを超える高さへ達する品種群をクライマーとカテゴライズします。小輪花を咲かせる品種は、次回以降のランブラー編で解説します。
クライマー系の白バラは、バラのクラスとしては、フロリバンダ系やHT(ハイブリッド・ティー)系などが主となっています。また、さまざまなクラスに属する品種を複雑に交配したことなどによりクラス分けが難しくなってしまったものは、ラージフラワード・クライマーに一括されています。そのため、クライマー系の白花はモダンローズに属するものがほとんどです。
ここでは、そんな白花クライマーの中でも定評のある品種をいくつか、市場へ提供・公表された年次に従ってご紹介しましょう。
つる フラウ・カール・ドルシュキ(Frau Karl Druschki CL)- CL HP、返り咲き、1906年
大輪、35弁ほどのダブル、高芯咲きの花となります。初期のHTに似ていることからクライミングHTとされることもありますが、HP(ハイブリッド・パーペチュアル)からの枝変わり種ですので、クライミングHPとするのが適切のように思います。
幅広で大きな、深い色合いのつや消し葉。太く硬めの枝が250~350cmほど伸びる、小さめのクライマー。ぜひ植えたい品種の一つですが、硬い枝ぶりのためアーチやパーゴラには不向きで、壁面などに誘引してオーナメントのような使い方をするのに向いた樹形となります。
1901年、ドイツのペーター・ランベルト(Peter Lambert)は、高さ2mほどのブッシュ樹形のものを育種・公表しました。
1906年、イギリスのローレンソン(Lawrenson)が枝変わりにより生じたクライマーを公表。現在流通しているものの多くは、このクライマーのタイプです。
個人的には、小輪で豪華な房咲きとなるランブラーが好みなのですが、大輪で硬い枝ぶりのクライマーの中にあって、この‘つる フラウ・カール・ドルシュキ’は魅力たっぷりだと、常々感じています。
魅力の秘密はどこにあるのだろう、開花すると花弁が少し乱れがちなことか、それとも武骨なほど太くなる幹なのか、あるいは時代を代表する育種家でありながら、フランスのペルネ=ドウシェやルクセンブルグのスペール・エ・ノッタンらが次々に公表する華やかな花色の品種群に感銘し、それに倣おうとしながらも満足できる品種を育種できなかったランベルトへの、ちょっと哀しい同情があるためなのか…複雑な思いにとらわれることが多いです。
公表後、100年以上経過した現代においても、広く栽培されている白バラの名品種です。
つる ミセス・ハーバート・スティーブンス(Mrs. Herbert Stevens CL)- CL HT、弱い返り咲き、1922年
尖り気味の優雅な形のつぼみは開花すると、大輪、セミ・ダブルに近い、20弁ほどの高芯咲きの花形となります。花には、ティーローズ系の強い香り。
樹高500cmを優に超える大型のクライマーですが、若い枝は細めのことが多く、そのため大輪の花はうつむき気味に開花します。ラージフラワード・クライマーにクラス分けされていますが、ランブラーの樹形にHTのような大輪花が咲くと考えるといいのではないでしょうか。
花形、そして優雅な樹形から、多くの愛好家に支持され、今日でも最高の白つるバラと評されることのある品種です。
『ザ・チャーム・オブ・オールド・ローゼズ(The Charm of Old Roses)』(1987)の著作で名高いニュージーランドのバラ研究家ナンシー・スティーン女史(Nancy Steen)が、丹精こめて作り上げたバラ庭園の一画にホワイト・ガーデンがありました。
南アフリカのバラ研究家である、グエン・ファーガン(Gwen Fagan)はこの庭園を訪れた際、この‘つる ミセス・ハーバート・スティーブンス’が植えられているのを見て、故スティーン女史を偲び、「…このシンプルな白いベンチにすわり、彼女(ナンシー)と、庭園のこと、南アフリカでのバラの話などができたら、どんなにうれしいだろう…」(”Roses at the Cape of Good Hope”, Gwen Fagan,1995)と述懐しています。
ホワイト・ガーデンにおけるフォーカル・ポイントとして、この品種を選んだことに、強く同感する思いがあったのでしょう。
ネバダ(Nevada)- ハイブリッド・モエシー、弱い返り咲き、1927年
大輪、シングル、平咲きの花形となります。
花色はクリーミー・ホワイト。わずかに淡いピンクが入ることもあります。
楕円形の、くすんだ、明るい緑葉。茶褐色の特徴ある硬い枝ぶりで、樹高180〜250cmの横張り性の強いシュラブまたはクライマーとなります。
返り咲きすることもあるようですが、春一季のみ開花すると考えるのがいいと思います。株全体を覆い尽くさんばかりに咲き競う春の開花の様子は、忘れがたい印象を残します。ピラー(柱)あるいは壁面に仕立てると、絢爛豪華な開花をよりいっそう楽しむことができるのではないでしょうか。
1927年、スペインのペドロ・ドット(Pedro Dot)により育種・公表されました。ペドロ・ドット自身はミディアム・ピンクのHT‘ラ・ギラーダ(La Giralda)’と、中国原産で赤いシングル花を咲かせる原種ロサ・モエシー(R. moyesii)との交配により育種したと解説していますが、その交配では返り咲きする性質が得られないこと、また、染色体の倍数が論理的に整合しないことから、ペドロ・ドット自身も間違えたと考えられています。非常に個性的で、ミステリアスな品種です。 おそらく、スペイン南部の山岳地帯、シエラ・ネバダにちなんで命名されたものと思われます。
つる サマースノー(Summer Snow CL)- CL フロリバンダ、弱い返り咲き、1936年
大輪、セミ・ダブル、オープン・カップ形の花が数輪寄り添ったような”連れ”咲きとなります。
花色はアイボリー・ホワイト。花心にわずかにグリーンの色合いが出ることが多く、時に淡いピンクの斑が花弁に出ることもあります。
深い色合いの幅狭の照り葉。トゲの少ない、若緑の若枝はゆるやかにアーチングします。クライミング・フロリバンダにクラス分けされている、返り咲きが期待できる中型のクライマーです。柔らかな枝ぶりですので、実際は中型のランブラーのように扱うことも可能です。
1936年、フランスのクートー(Couteau)により育種・公表されました。育種者のクートーはこの品種以外のものは知られていません。
サーモン・ピンクの大型のランブラー‘タウゼントショーン’の実生から生じたといわれています。‘タウゼントショーン’はトゲなしバラとして知られていますが、その性質を受け継いだのか、この‘つる サマースノー’もトゲが少なく、誘引作業が楽な品種です。
‘アイスバーグ’の枝変わりのクライマー‘つる アイスバーグ’が出現する以前は、丈夫な白花のクライマーとして定番とされていた品種です。健常さもさることながら、柔らかな枝ぶり、あまり大型とはならない点など、現在でも有用な性質を持っています。見直されていい品種だと思います。
シティ・オブ・ヨーク(City of York)- ラージフラワード・クライマー、春一季咲き、1945年
中輪、セミ・ダブル、丸弁咲きまたは平咲きの花が、見事な房咲きとなります。
花色はアイボリーあるいはクリーミー・ホワイト。
幅広の非常に深い色合いの照り葉、比較的柔らかな枝ぶり、植え付け後、充実するまでに時間を要することが多いようですが、数年経過すると500cmを超える大型のクライマーとなります。
多少の日陰でも花をつける強い耐陰性で知られた品種です。アーチ、フェンスなどのほか、北に面した壁面を覆っても花が期待できる強健種です。
1945年、ドイツの名門タンタウ農場により育種されました。
種親:白花のHT‘プロフェッサー・グナウ(Professor Gnau)’
花粉:ピンク、小輪咲きのランブラー‘ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)’
ドイツでの公表当初は「ディレクトール・ベンショップ(Direktor Benschop)」と命名されましたが、米国で販売される際、販売を開始したコナード=パイル社は、圃場が所在していたペンシルバニア州ヨークにちなんで改名し、市場へ提供しました。品種名としては、今日、”シティ・オブ・ヨーク”と呼ばれることがほとんどです。
ソンブレイユ(Sombreuil)- ラージフラワード・クライマー、弱い返り咲き、1959年
大輪、100弁を超えるのではと思われる、ロゼット咲きとなる花形。クリーミー・ホワイトの花色、時に淡いピンクを帯びることがあります。花には軽く、ティーローズ系のフルーティーな香り。
カッパー気味の色合いを含む、丸みを帯びた大きな半照り葉、細めながら比較的硬めの枝ぶり、樹高250〜350cmとなるクライマーです。
1959年にオハイオ州の苗業者M.E. ウィヤント(Melvin E. Wyant)が「コロニアル・ホワイト(Colonial White)」という名前で公表しました。ウィヤントは流通業者であり、育成者ではありません。育成者は不明のままです。
この品種は、1850年にフランスのF.A. ロベール(Français-André Robert)が育種・公表した品種である‘マドマーゼル・ド・ソンブレイユ’と著しく類似していたことから、流通の過程で混同され、「ソンブレイユ」という品種名で販売されるようになってしまいました。そのため、流通している本品種と本物の‘マドマーゼル・ド・ソンブレイユ’との区別がつかなくなって、長い間、問題視されていました。
2006年の秋、アメリカバラ協会(ARS, American Rose Society)は、詳細な検討と協議を経て、現在おもにアメリカで流通している‘ソンブレイユ’は、1850年にフランスで作出された‘マドマーゼル・ド・ソンブレイユ’とは異なる品種であると宣言しました。そして、現在「ソンブレイユ」と呼ばれているこの品種は、今後引き続き‘ソンブレイユ’(Sombreuil;ラージフラワード・クライマー、1959年)という品種名を踏襲することとし、ロベールが育種した旧来の品種は、‘マドマーゼル・ド・ソンブレイユ’(Melle. de Sombreuil;クライミング・ティー、1850年、Robert)という別品種として区別すると公示しました。
「ソンブレイユ」という品種名は、フランス革命勃発時のエピソードにちなんでいます。1789年7月、パリ市民がバスチーユ牢獄を襲撃したことがフランス革命の発端となったことは、みなさまご存じかと思います。その襲撃に先立って、市民はまずパリ廃兵院の武器庫を襲い、小銃などの武器を手にしました。この武器庫の管理責任者であったのが、ソンブレイユ侯爵です。
このとき侯爵は市民の要求を入れ、無血で武器庫を開放しました。しかし、それでも後日、革命派によって捕らえられ、死刑に架せられることになってしまいました。いよいよ刑執行というその直前、令嬢であったマリー=モリーユ(Marie Maurille Virot de Sombreuil:1768-1823)は、父侯爵が王党派に与していない人であることを主張して、刑の執行停止を懇願しました。
革命派は刑死した王党派の血を飲み干せば、その言を信じようと刑の執行中止の条件を出したところ、マリーは見事にそれを果たして、父の窮地を救いました。命名は、このマリー =モリーユにちなんだものです。
つる アイスバーグ(Iceberg CL)- CLフロリバンダ、返り咲き、1968年
大輪、オープン・カップ形の花が房咲きとなります。
花色は純白。熟成するとピンクのスポットが混じることがあります。
ブッシュ樹形のものほどの返り咲きは期待できませんが、クライマーとしてはよく返り咲きしてくれる品種です。
トゲの少ない、しなやかな枝が350〜500cmほど伸びる大型のクライマーとなります。樹形はクライマーとランブラーの中間で、アーチ、フェンス、壁面仕立てなど、汎用的に使用できる優れた性質を示します。
1958年、ドイツ、コルデス社はブッシュ樹形となるフロリバンダ、「シュネーヴィッチェン(Schneewittchen;白雪姫)」を育種・公表しました。ドイツ名のため販売が思わしくないと感じたのか、英語圏では「アイスバーグ(氷山)」という別名になりました。
1968年、英国のカント社(B. R. Cant)は枝変わりとして生じたクライマーを公表しました。
ブッシュ樹形のものも、クライマー樹形のものも、ともに広く流通しています。
Credit
文&写真(クレジット記載以外) / 田中敏夫 - ローズ・アドバイザー -
たなか・としお/2001年、バラ苗通販ショップ「
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