ガーデンダイアリーVol.7の巻頭企画『百年目のツクシイバラ』は、千葉県立中央博物館の御巫由紀さんのひと言から始まりました。「来年2017年は、ツクシイバラ発見からちょうど百年目。熊本県の人吉に小川香さんという方がいらっしゃるから、その方に連絡してみて。連絡先はね……」。その時、ツクシイバラの素敵な物語を紡ぐ糸車が、コトリと音を立てて回り始めました。
バラとガーデンをテーマにした書籍「ガーデンダイアリー」の編集長である安藤明さんが語る、『百年目のツクシイバラ』取材時のエピソードをお届けします。

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これはもう、日本が世界に自慢できる新しい
「バラ文化」の誕生といってもいいですね

夜になるとホタルが群れ飛ぶ小川沿いに、満開のツクシイバラ。熊本県人吉の5月の町は、酒造元の駐車場にも、カフェの庭にも、ギャラリーにも、いたるところにツクシイバラが咲いていて、甘ーい香りが風にのってふんわりと漂ってきます。「ツクシイバラのホゼンカツドー」というと、なんだかカタイ感じですが、日本に自生する十数種類の野生のバラの一つ、ツクシイバラを絶滅の危機から救ったのは、この地域の人たちのツクシイバラへの温かな「思い」なのです。

地域に自生する野生種のバラがこんなふうに町ぐるみで愛されているのを見ると、いいなーと心から思います。きっとこれは、日本が世界に自慢できる新しい「バラ文化」の誕生ですね。

ツクシイバラと「ひとよし森のギャラリー」の小川香さん

白いツクシイバラと小川香さん。ツクシイバラは色のバリエーションが豊富です。1999年、千葉県松戸市に住んでいた香さんは、故郷、熊本県人吉市の実家に通って、ギャラリー「ひとよし森のホール」のオープンの準備を重ねていました。そのオープン初日に、たまたまぶらりとホールを訪れたのが、画家の流郷由紀子さん。流郷さんは、日本の野生種のバラが自生している場所を訪ねて、そこでそのバラの絵を描くということをテーマにしていたのです。

「人吉あたりに自生するツクシイバラ」の話を流郷さんから聞いた香さんは、周辺の人たちに聞いてまわりますが、当時は誰もその存在を知りませんでした。

しばらくしてようやく、「ウチの母は知っているみたいよ」とお友達から連絡をもらいます。戦前、その方のお母様が人吉の女学生だった頃、生物の先生からツクシイバラについて教わったそうです。「球磨川(くまがわ)のこのあたり一帯がピンク色に染まり、その花は、この土地に咲く貴重なバラなのだということを先生から教わって、私たち女学生は、みんなすっかりロマンチストになったわね」。

川の畔がツクシイバラで
ピンク色に染まるイメージを心に抱いて

お友達のお母様の女学校時代の話を聞いて、「ツクシイバラでピンク色に染まる球磨川の光景」が、小川香さんの心にすっかり根をおろしてしまったのだそうです。以来、香さんをはじめとするみなさんの見事な保全活動が展開され、十数年を経た今、球磨川のツクシイバラの自生地は甦り、よい状態で維持されています。

香さん、保全活動は大成功ですね?

「私自身、流郷先生から教えていただかなかったら、ここに暮らしていてもツクシイバラの存在に気づかずにいたと思うのです。保全活動も『球磨川ツクシイバラの会』や御巫先生をはじめ、たくさんの方々からご支援をいただいています。ホントにいろんな方とのご縁が繋がって、ツクシイバラでピンク色に染まる球磨川を復活させることができました」。

ツクシイバラがあふれ咲く河原で
朝ご飯のビュッフェパーティー

「2012年の『国際へリテージローズ会議』で来日された世界各国のバラの研究家や愛好家の方々にもツクシイバラの自生地をご覧いただき、ピンク色に染まった河原で朝ご飯のビュッフェを楽しんでいただいたのです。海外からのお客様たちがとても喜んでくださって、そのとき、そうだ、ツクシイバラは日本人全体のものなのだと改めて思いました。日本中、世界中の人たちにぜひ見にいらしていただきたい光景です」。

「自生地に咲くバラの美しさを見届けたい」
と旅する画家、流郷由紀子さん

秋になって、河原のツクシイバラがたくさんの赤い実をつけた頃、保全活動のきっかけをつくった画家の流郷由紀子さんにお会いしました。

「小川さんたちの保全活動が実を結んで、いま、このあたりの球磨川沿いの河原では、5月下旬頃になるとツクシイバラの花の海のような光景が見られるようになったわね。ツクシイバラの群生地の美しさは、人間にはつくれない神様の作品よね」。

この土地に自生するツクシイバラの情報は、遡れば100年前にこのバラの標本を作った人吉の女学校の生物の先生、前原勘次郎さんから始まって、その教え子で人吉在住の植物学者・乙益正隆さんへ。乙益さんからバラの育種家・鈴木省三さんへ。鈴木さんからバラの研究者・御巫由紀さんへ。御巫さんから『オールドローズとつるばらのクラブ』へ、そしてクラブのメンバーである流郷由紀子さんへと伝えられていきました。そして、ツクシイバラを守らなくてはという「思い」は、絶滅が危ぶまれる大ピンチに直面して、見事、流郷さんから小川さんへと繋がりました。

これは奇跡でしょうか? または偶然? いえいえ、ひとの熱い「思い」というものは、そんなふうにして必ず、誰かの心に伝わっていくものなのでしょう。

パラソルを空に向かってパーンと開くと、流郷さんが描いたツクシイバラの絵が球磨川の河原に美しく映えます。

球磨郡相良村「やまめ庵」の店先にもツクシイバラ

ツクシイバラの保全活動に、地元のたくさんの人たちが関わり参加することによって、楽しい友だちの輪も広がっていくようです。釣りの名人、やまめ庵の鮒田一美さんの店先にも、ツクシイバラが可愛い花をたくさん咲かせています。

「ツクシイバラの存在を知ってからというもの、釣りに行くたびに、この花が目に入るようになりました」。

なるほど! それまで見えていなかったものが、知ったとたんに見えてくるということがありますね。

鮒田さんが焼くヤマメの香ばしくておいしいこと!

球磨郡錦町の「茶房はち」を飾るツクシイバラ
素敵なセンスに「参りました!」

白から濃いピンクまで、ツクシイバラの花の色は変化に富んでいて、ここ「茶房はち」の花の色は、少しアプリコットがかった、おしゃれなピンク色です。茶房の洗練された内装もエクステリアも、とてもいい感じ。今や「暮らしの文化」は、都会ではなく地方にこそある、のですね。

100年前にツクシイバラの標本が
作られた(と伝えられる)場所を踏査

人吉の女学校の生物の先生、前原勘次郎さんは、1917年、球磨川の上流、免田川でツクシイバラを採取し、新種として発表するための「タイプ標本」をつくりました。採取した場所は、「このあたりかな?」と考えられています。100年後の2017年、一時は絶滅が危ぶまれたツクシイバラが甦り、川面にピンク色の花影を映しています。

ツクシイバラの甘いリキュールに陶然

人吉市の大和一酒造元では、保全活動の呼びかけに応えて、オリジナルのツクシイバラのリキュールを開発しました。

ラベルと箱には流郷由紀子さんのツクシイバラの絵。ほのかなピンク色が美しいリキュールです。

その朝、咲いたばかりのツクシイバラの5枚の花びらを摘んで、その甘ーい香りを焼酎に封じ込めてつくります。

5月下旬、ツクシイバラの自生地を見に行かなくちゃ!

球磨盆地の田園地帯を走るローカル線くま川鉄道を、「田園シンフォニー」という可愛い名前の観光列車が走っています。

5月下旬、木上(きのえ)駅で下車、球磨川めざして200mほど歩けば、ツクシイバラの自生地に到着。土手に出ると、ツクシイバラの海です。

「人吉の町は、とてもいいところですよー。温泉もあるし、おいしい焼酎もある。そこにツクシイバラが加わるんだから、もう完璧(笑)」と、流郷由紀子さん。

ホントにその通り! 人吉の温泉はとても気持ちよくて、球磨焼酎のロックと辛子レンコン、おいしいですよー。

というわけで、みなさま、今年の5月はぜひ、自生地にツクシイバラを見に行きませんか?

クラブツーリズム <こだわりの花めぐりの旅>『熊本・球磨川沿いに咲く原種のバラ・ツクシイバラの群生地と薔薇に包まれる春のハウステンボス3日間』【羽田出発】2018/5/23発

Credit

文/安藤 明
八月社代表。「ガーデンダイアリー」編集長。2002年〜2013年まで「季刊雑誌マイガーデン」(マルモ出版)編集長。「大成功のバラ栽培」「北鎌倉のお庭の台所」「育てて楽しむオリーブの本」など、書籍制作も多数。

写真/福岡将之
写真家。「ガーデンダイアリー」では写真撮影だけでなく、ブックデザインも担当。世界中を飛び回って、風景や植物を撮影。全国のアマチュア写真家に撮影指導も行っている。

製作/八月社(ガーデンダイアリー編集部) http://hachigatsusha.net/

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