【2023年 英国チェルシーフラワーショー】今年の話題&ショーガーデン部門の注目作品を紹介!
ガーデン大国イギリスが誇る花の祭典、チェルシーフラワーショー。2023年はコロナ禍からの完全復活を印象づける、活気ある開催となりました。エリザベス女王を偲び、チャールズ国王の戴冠を祝う庭がつくられ、国王とカミラ王妃が会場を訪れるなど、今年ならではの話題をお伝えするとともに、ユニバーサルガーデンやサステナブルな庭など、注目を集めた展示ガーデンをご紹介します。
目次
国王の戴冠をお祝い
毎年5月末に、ロンドンのチェルシー王立病院を会場に開かれる、チェルシーフラワーショー(以下チェルシー)。英国王立園芸協会(以下RHS、The Royal Horticultural Society)が主催するこの花の祭典は、イギリスの園芸ファンが楽しみにしている園芸界の一大イベントであり、社交の場でもあります。全英、そして海外からも、ガーデンデザイナー、フローリスト、施工会社、種苗会社、園芸物資会社と、園芸に携わるトップランナーたちが集います。
昨年はエリザベス女王の即位70年のお祝いで盛り上がった会場でしたが、9月に女王が逝去し、今年のチェルシー開催は、チャールズ国王の戴冠式後というタイミングでした。RHSが時事を反映して製作する特別展示ガーデン(フィーチャーガーデン)では、国王の戴冠を祝うと同時に、長年RHSのパトロンを務め、ほぼ毎年欠かさずにチェルシーを訪れたエリザベス女王を偲ぶ庭がつくられました。
3方向が閉じられた静かな庭では、国王が好む青や紫の花や、エリザベス女王が好んだという白やピンクの花々が彩りを添えています。チャールズ国王とカミラ王妃も会場を訪れて、この庭をはじめ、数々の展示ガーデンを視察しました。
子どもたちがチェルシーに初参加
今年はチェルシー史上で初めて、子どもたちが会場に招かれました。RHSは〈RHSチェルシー・チルドレンズ・ピクニック〉と題し、ロンドン市内の10の小学校に通う学童、計100人を展示ガーデンでのピクニックに招待。次世代を担う子どもたちがガーデニングを通じて自然に親しむ、そのきっかけとなることを願っての企画です。サプライズでキャサリン妃も参加し、彼らとのお喋りや、その後の虫探しを楽しみました。
それでは、世界トップクラスのガーデンデザイナーが大きなサイズの展示ガーデンを設計、製作する〈ショーガーデン部門〉の注目作品を見ていきましょう。昨年から続く慈善プロジェクト〈プロジェクト・ギビング・バック〉のおかげで、今年も多くの慈善団体がチェルシーへの参加を果たしました。〈プロジェクト・ギビング・バック〉や展示ガーデンの審査方法についての詳細は、『【2022年 チェルシーフラワーショー】3年ぶりの5月開催! 今年の見どころ&ショーガーデン部門解説① 』をご覧ください。
金賞&ベストショーガーデン〈ホレイショーズ・ガーデン〉
デザイン:シャーロット・ハリス&ヒューゴ・バグ(ハリス・バグ・スタジオ)
資金提供:ホレイショーズ・ガーデン、プロジェクト・ギビング・バック
金賞(ゴールドメダル)及び大賞となるベストショーガーデンを受賞したのは、〈ホレイショーズ・ガーデン〉。デザイナーのシャーロット・ハリスとヒューゴ・バグの2人は、2021年に続いてショーガーデン部門の金賞を受賞。今回は大賞に選ばれました。
17歳の少年から始まった活動
〈ホレイショーズ・ガーデン〉とは、英国各地にある脊髄損傷を治療する専門病院に、入院患者が過ごすための庭を作ろうと活動する慈善団体です。2012年のソールズベリーを皮切りに、これまで英国各地にある6つの病院に、団体名と同じく〈ホレイショーズ・ガーデン〉と呼ばれる美しい庭の数々をつくってきました。チェルシーで発表されたこの庭は8番目となるもので、2024年にイングランド中部の町、シェフィールドにある病院、プリンセス・ロイヤル・スピナル・インジャリーズ・センターにつくられる庭の中心部分として、移設される予定です。
〈ホレイショーズ・ガーデン〉の活動は、医師になることを志していた17歳の聡明な少年、ホレイショー・チャプルの発案がきっかけで始まりました。2011年、ソールズベリーにある脊髄損傷を治療する専門病院でボランティアをしていたホレイショーは、長期間の入院を余儀なくされ、ベッドに寝たまま、もしくは、車いすに乗ったまま、ずっと室内で過ごす患者たちが、もっと戸外に出て過ごせるようになるといいのではないかと考えます。
そして、ガーデンをつくることを発案。医師である両親に背中を押され、患者にアンケートを取るなどして、どんな庭がよいかという調査を始めました。しかし、そこに悲劇が起こります。ホレイショ―はスヴァールバル諸島での冒険旅の野営中にシロクマに襲われ、その若い命を突然絶たれてしまうのです。
ホレイショ―の死を悼んだ家族や友人、地元の人々は、患者のためのガーデンをつくるという彼の願いを実現しようとチャリティを設立し、資金集めを始めます。活動は広がりを見せ、その翌年、有名ガーデンデザイナー、クリーヴ・ウェストが設計した美しい庭が、見事に完成したのでした。その後、団体は英国内にある脊髄損傷治療を専門とする11の病院すべてに庭をつくることを目標に、活動を続けています。
美しい庭の持つ癒やしの力
これまでにつくられた庭は、いずれもチェルシーでの金賞受賞経験のあるような有名デザイナーにより設計されたもので、どれも美しく、よく考えられた庭となっています。ホレイショーズ・ガーデンで求められるデザインの基本は「1年中美しい場所であること」。ホレイショーの母で、団体の理事長を務めるオリビア・チャプル博士は、そう言います。脊髄損傷の患者の中には、事故などによって突然の体の変化に直面した後、そのまま半年や1年にわたる長期入院を余儀なくされる人も多いとのこと。心を癒やす美しいガーデン環境は、患者が困難な時期を乗り越える支えとなり、また、ガーデンセラピーやアート活動など、回復のためのアクティビティを行う場にも使われます。庭の美しさに誘われて、それまでガーデニングやアートに縁のなかった人も、アクティビティに参加するようになるそうです。
チェルシーで展示されたこの庭は、ベッドに寝たままの患者や、車いすに乗った患者が使うことを基本に、例えば、小道から植栽に車輪が入り込まないよう、花壇に沿って低い仕切りを立ち上げるなど、デザインに細かい配慮がされています。優しい色合いの植栽は、風にゆらゆらと揺れるような軽さの感じられるもので、視線は低めに設定。ベッドに寝た状態でも、美しい花景色を楽しめるよう計算されています。3つある石積みのケルンには、特に花の少ない冬場に、庭にリズムと構造をもたらす役割があります。庭の奥には、ひとり静かな時を持てるガーデンルームもあって、ベッドのまま入って、屋根の丸い天窓から木々の緑を眺めることもできます。
製鋼業の町、シェフィールドは、特にナイフやフォークなどのカトラリーを作る産業で知られていますが、水盤はそれにちなみ、カトラリーの型押しがされたユニークなタイルが並ぶデザインです。水盤の水は、車いすやベッドの上からも触れることができ、水音とともに、五感を刺激する仕組みの一つとなっています。
チェルシーの展示ガーデンで、車いすのアクセスに配慮したデザインは初めてとのこと。このようなユニバーサルデザインは、公共性の高い庭での新たな基準となりそうです。
金賞〈ナーチャー・ランドスケープス・ガーデン〉
デザイン:サラ・プライス
資金提供:ナーチャー・ランドスケープス
今回、同業のデザイナーたちやメディアの大きな注目を集めたのは、独特な美的センスを持つサラ・プライスが手掛けたこの庭です。柔らかな色合いのベアデッドアイリス(ジャーマンアイリス)を中心とした、抑えた色調のカラーパレットと、スペースに余白のある植栽。水彩画のように美しく、リラックスした雰囲気の庭は、インパクトのある「濃いめ」の展示ガーデンを見慣れた専門家たちの目に、新鮮に映りました。
セドリック・モリスとアイリス
庭のモチーフとなっているのは、画家セドリック・モリス(1889-1982)の絵画と、彼が作出したベアデッドアイリスです。モリスは20世紀半ばに活躍した画家で、同様に、ベアデッドアイリスの優れた育種家、そして、海外に植物採集にも出向く熱心な園芸家としても知られました。1940年、モリスはパートナーのレット=ヘインズとともにサフォーク州にある16世紀の田舎家ベントン・エンドに私設の美術学校を開き、そこにガーデンを作って、育てた草花をよく描きました。1940年代から50年代にかけて、彼は毎年1,000株ほどのベアデッドアイリスを育てて品種開発に励み、そして、最終的に〈ベントン〉の名が入ったアイリスの品種を90も生み出したといわれます。
モリスの生み出したアイリスの詳細は、時の流れの中で長らく失われていましたが、2015年のチェルシーで、綿密な調査の結果特定された20種ほどが紹介されました。失われたアイリスの発掘調査を行ったのは、名園シシングハースト・カースルで2004年までヘッドガーデナーを務めたサラ・クック。シシングハーストの主、ヴィタ・サックヴィル=ウェストはモリスの友人で、シシングハーストの庭にはモリスの手で生み出された数々のアイリスが残されていました。サラ・クックはそれらに魅了され、各所の園芸資料に当たって品種の特定に尽くしたのです。
画家の審美眼から生み出されたこれらのアイリスは、非常に美しい色と姿を持っています。デザイナーのサラ・プライスも、2015年のチェルシーでモリスのアイリスに魅了された一人で、今回のガーデンデザインのアイデアを長年温めていたそうです。現在、〈ベントン〉の名を持つアイリスは、栽培や普及に協力したノーフォーク州のハワード・ナーセリーのほか、モリスの薫陶を受けた故ベス・チャトーのナーセリーでも入手することができます。
独特で魅力あふれる色づかい
サラ・プライスは、2012年、ロンドン・オリンピック・パーク内のガーデンデザインに共同で携わったほか、ウェールズのホレイショーズ・ガーデンなど、公共の庭のデザイン経験も豊富なデザイナー。チェルシーでは、2012年、2018年にショーガーデン部門の金賞を受賞し、ガーデン・コラムニストとしても活躍しています。幼い頃から園芸に親しんでいましたが、大学では美術を学び、その後にガーデナー、そして、ガーデンデザイナーへの道に進みました。
美術の素養があるためか、彼女の植栽プランは、よく、絵画のようといわれます。プライスは今回、この庭のカラーパレットに、モリスの絵画に描かれていた、くすんだピンクやイエロー、ブルーを取り入れました。花や葉の色、壁や鉢の色に、プラムやモーヴ、オリーブイエロー、クリーミーブラウンというニュアンスカラーを使って、全体の色調を統一しています。庭のカラーパレットとして、全体的にくすんだ色合いというのはあまり目にしないもの。抑えた色調ながら、リッチでミステリアスでもあり、今までにないその色づかいは多くの人を惹きつけました。
プライスは植栽に関しても独特なアプローチを見せており、植物の形を楽しむために、スペースに余白を残すことを意識しています。チェルシーの展示ガーデンは、一般に植物がみっしり植わっている印象を受けますが、この庭では、一つひとつの植物がよく見え、その姿を楽しめるようになっています。
資金提供を行ったナーチャー・ランドスケープス社は、景観メンテナンスを手掛ける、サステナビリティ(持続可能な庭づくり)への意識が高い会社です。この庭では、壁やテーブルの建材など、すべてリサイクルの素材を利用。園芸におけるサステナビリティは、ますます求められる基準となっているようです。
金賞〈ア・レター・フロム・ア・ミリオン・イヤーズ・パスト〉
デザイン:ファン・ジヘ
資金提供:ホバン・カルチュラル・ファンデーション/MUUM Ltd.
もう一つ、多くの注目を集めたのが、韓国人のガーデンデザイナー、ファン・ジヘの手掛けた庭です。韓国で最大の山岳型国立公園、智異山(ちりさん)は、約5,000種の野生の動植物が生息する、韓国の母なる山として知られています。この庭は、智異山の東側に太古からある、薬草の自生地を表現しています。智異山は過去の台風により大きな被害を受け、多くの植物が絶滅しそうになったり、消えてしまったりしましたが、しかし、10年にわたる復興プロジェクトによって、すべてがよみがえったとのこと。智異山自体に植物の種がしっかりと蓄えられていたために、リワイルディング(再野生化)が成功したと考えられています。
ファン・ジヘは、ガーデンデザイナーであると同時に、環境芸術家(エンバイロンメンタル・アーティスト)でもあり、美術を学んだ後に、彫刻、インスタレーション、環境アートの分野で活動してきました。ガーデン製作もコンセプチュアル・アートの視点から取り組むのを好むそうで、彼女のガーデン作品には芸術性やメッセージ性が感じられます。2011年にチェルシーのアルチザン部門(小さい庭部門)初出場で金賞と部門の大賞を、2012年も金賞と会長賞を受賞しており、今回は11年ぶりのチェルシー挑戦でした。
今回、ファンは、総量200トンを超えるという巨岩の数々を配置して山を形作り、岩の間に幾筋もの小川の流れを作りました。もともと何もない平らな場所にたった3週間で作り上げられた、自然豊かな韓国の「山」の出現に、多くの人が驚きました。
大きな岩は小さな植物を守り、複雑な生態系の土台となるもので、小川は生き物たちの命を支えるものです。ファンは、巨岩で悠久の時の流れを表現し、巨岩とその割れ目に花咲く小さな植物を、人間に送られた「1億年前の過去からの手紙」と捉えて、庭のタイトルにしました。そのデザインの根底には、自然と人間の健やかな共生への願いがあります。
植栽には、韓国に自生する、薬用、食用となる植物が選ばれています。昔からさまざまな薬として使われてきた植物ばかりで、中には環境の変化に敏感な、希少な高山植物もあります。山のふもとにあるのは、目を引く高さ5mの塔。山で採れる薬草を乾燥させるために伝統的に使われる吹き抜けの塔で、石や藁を混ぜた土を使って壁を作るという、昔ながらの手法で建てられています。
ファンは、古くから続く智異山の自然と人間の営みを表現しながら、心に響く美しい世界を作り上げました。
Credit
取材&文 / 萩尾昌美
はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
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