【バラのアート】わが家のバラが合田ノブヨの作品「ボタニカル・エッグ」に!

都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って30年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果実の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本さんのガーデン・ストーリー。今回は、自宅のバルコニーで咲いたバラが、思いがけずボタニカル・エッグのアート作品となった喜びと、植物をモチーフにした多くの作品がSNS上でも人気の合田ノブヨさんのボタニカル・ライフについてご紹介します。
目次
草花とコラボするアート

5月のある日、わが家に卵が届いた。瀟洒な箱に納められた1個の卵。そこにはバラ‘ルドゥーテ’の葉を染め写したというメッセージカードが添えられていた。
2023年4月末、恵比寿にあるギャラリーLIBRAIRIE6に、コラージュ作家の合田ノブヨさんの個展を見に出かけた。その折、わが家のバルコニーで咲き始めたバラを少しだけ持参した。‘Green Remembrance’と題されたギャラリーの展示は、「草花たちが見ていた景色とその記憶」として、草木染めした紙に写真や押し花をコラージュし、着彩した作品で、夢の中の草花の世界を描いている。ファンタジックでありながら、どこか凄味のようなものが潜んでいる魅力的な作品たち。作家の植物への造詣と愛の深さが感じられるものだった。

ギャラリーの中央に置かれた展示ケースには、花や葉を染め写したというボタニカル・エッグが並び、不思議な雰囲気を醸し出していた。
ボタニカル・エッグ

ギャラリーに持っていったバラは、やや早咲きの‘ルドゥーテ’や‘ウィンチェスター・キャシードラル’、‘ボレロ’などだった。合田さんによると、花は大きすぎたので、バラの葉を卵の殻に染め写したという。卵に絵を描くのは、イースター・エッグなどで知られているが、彼女のボタニカル・エッグは描くのではなく、植物の持つ色素やエッセンスを写し留めるのだという。
試行錯誤の末に得た手法は、ちょっとした秘密らしいが、調合した液体で夜な夜な卵を染めるという彼女の話から、魔女めいた仕事ぶりを想像し、ワクワクさせられた。
今年のわが家のバラ、ニューフェイス

5月に入り、バルコニーのバラたちは一斉に開花し、バラ協奏曲を奏で始めた。今年のニューフェイスは、‘ファンシー・ラッフル’ ‘デスデモーネ’ ‘ソフィー・ロシャス’ ‘ラ・レーヌ・ヴィクトリア’ ‘アントニ・ガウディ’。もう鉢を置くスペースがないと言いながら、昨秋も5種類の苗を植え付けてしまった。

贈られた卵の無事到着のお知らせに、‘ラ・レーヌ・ヴィクトリア’の花と個展の案内状を写真に撮って合田さんに送った。その写真を見た彼女から「‘ラ・レーヌ・ヴィクトリア’は、バラを育てていた頃に苗を探して、見つけられなかった憧れの品種です。コロンとした姿がポール・ポワレのドレスに縫い付けられたコサージュのようで…」というメッセージが届いた。何となく選んだわが家の新入りのバラが、彼女の琴線に触れていたのは、嬉しいことだった。
バラの花が永遠の卵に
ギャラリーに置かれていたボタニカル・エッグは、主にノースポールの花とヨモギの葉を写し留めたもの。卵の殻の大きさに合う花と草で、染め写して美しい結果が現れるものを選んでいるという。

そこでひらめいたのが、小輪のバラを染めることはできないかということ。合田さんに相談すると、試してもよいという返事だった。さっそく、バルコニーのバラの中で、卵の殻の大きさに合う、‘バレリーナ’ ‘ブルー・ランブラー’ ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’などの花を手渡した。

結果、バラを染めるのは難しいとのことだったが、黒地に花が浮かび上がった‘バレリーナ’が、ことのほか美しく仕上がった。黒地はブレンドした茶葉で染めるのだという。‘バレリーナ’の形とかすかに残るローズ色が、アール・ヌーボーの時代の絵のように見えるのは、欲目だろうか。わが家のバラが永遠の命を与えられたかのように感じた。
合田ノブヨのボタニカル・ライフ

合田さんは早い時期から植物に興味を持って、草花遊びをするような子どもだった。葉山に住んでいた高校生の頃、オールドローズを紹介する本を見て、庭でバラを育て始めた。一時期、バラは30種類を数えたという。

2年前の個展で、押し花をコラージュした作品を作り、残った押し花を卵に写し留めたのが、ボタニカル・エッグを始めるきっかけだった。以来実験を重ね、今年の個展でいくつかの卵を展示するまでになった。彼女のコラージュ作品は人気で、ほとんどが売約済みだったが、卵も同様で、あっという間に人手に渡っていた。卵たちがそれぞれの家でどんなにふうに飾られているか、その様子がSNS上に飛び交っている。
彼女の現在の庭は、海外から種子を取り寄せたニガヨモギやコストマリーなどのハーブ類がほとんどで、そこからコラージュ作品やボタニカル・エッグの素材が生まれている。
アゲハチョウの誕生

何年か前にレモンの木に産み付けられたアゲハチョウの幼虫を孵化させて、家の中で蝶を誕生させたことがあった。蛹(さなぎ)が蝶になる瞬間を目撃できたときの感動は、今でも忘れられない。

それは合田ノブヨさんが、数羽の蝶を手に止まらせている写真を見て、憧れたのがきっかけだった。彼女から飼育法を伝授され、10羽ほどの蝶を誕生させた。あらためて尋ねると、1年で300羽ほどの蝶を孵化させたという。まさに「虫めづる姫君」の世界だ。
バラの花のインク

草花からインクを作ることは、ジャーマンアイリスの花がら摘みをしていて思いついたのだという。指に染まった青色を見て、そこからインクを連想し、実際に作ってしまうのは、非凡な才能だ。中世のインクの作り方のレシピに沿って、さまざまな花や木の実で試作している。

私が魅了されたのは、バラの花びらから抽出したバラ色のインク。書き始めは澄んだピンク色で、乾くと紫がかった色になるという。彼女の手になるカリグラフィーも美しく、こんなインクで手紙をもらったら、胸がときめくに違いない。バラのインクは紙の上に永遠に残るものなのだろうか。ある日突然文字が消えていたら! それも素敵ではないか。
ボタニカル・エッグ、再び

わが家のやや遅咲きのバラに、ロサ・ムリガニーがある。純白の小輪のバラで、ボタニカル・エッグの素材になるのではと、再び合田さんにお渡しした。長い雄シベが優美なバラで、結果それが写し留められ、麗しい姿になった。

ちょっと珍しいバラなので、オレンジ色の‘ファイヤー・グロー’を花束に加えた。これは花弁が多く卵には無理だと思ったが、不思議な姿が現れた。作者がことのほか気に入っている様子で、それが何よりだった。
バラを育てる愉しみ
バラを育てていると、さまざまに愉しむことができる。30年間無農薬なので、バラ風呂やバラジャム、バラの花びらを発酵させた酵母で作ったパンなどが可能で、生活の彩りも豊かになる。バラは写真の絶好の被写体でもあって、早朝つぼみが開きかけた瞬間を日々撮影できるのは自家栽培ならでは、とも思える。

今年はそれに、ボタニカル・エッグが加わった。まだバラでは実験段階のようだが、今後、わが家の花が合田ノブヨさんの作品になって、ギャラリーに並ぶことを夢想している。
写真協力
合田ノブヨ(*)
Credit
文&写真(クレジット記載以外) / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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