ガーデンストーリーでもお馴染みの山崎亮子さんのエッセイが1冊になりました。北海道の植物を生かした「森の庭」の様子と日々のガーデニング、庭の恵みを楽しむ季節の手仕事などが紹介されています。絵本のような美しく穏やかな暮らしの一方で、原因不明の病という困難を抱える亮子さんの思いも綴られます。苦悩の中にも希望を見いだし、自然とともに力強く生きる一人の女性のガーデニングエッセイです。
亮子さんと家族が大切に育ててきた「森の庭」

北海道馬追(まおい)丘陵の森の中、そこだけポッカリ開けた、陽だまりのような庭があります。ここは山崎亮子さんと家族がつくる「森の庭」。
4月、雪解けを待ってクロッカスが花開くと、スイセン、シャクヤク、バラ、キキョウ、フロックス、アスターと、季節を花が咲き継いでいきます。庭を囲むシラカバやヤナギ、ハンノキの森は花々を輝かせる緑のキャンバスとして活躍してくれますが、秋には黄金や紅色に色づき、庭シーズンの華やかなフィナーレを飾る主役となります。

11月、雪が降り始めると、草花は銀世界の中で眠りにつきます。そこから半年近くは雪に白く縁取られた森の木々が窓辺の景色。時折、梢に積もった雪を落としながらエゾリスが走っていきます。この森も、庭も、亮子さんと家族が時間をかけて大切に育ててきました。

花を植え、咲いた花を摘んで窓辺に飾り、庭で実るスモモやブラックベリーを味わい、森の梢を薪に使ってお茶を入れ、焚き火を囲んで家族で夜空をあおぎ、また花を植える。かたわらでは子どもたちや犬が走り回り、リスも遊びにやってくる、まるで絵本のような暮らし。しかし、この穏やかな暮らしは、穏やかなだけの日々で手にしたものではありません。

病気と向き合い、自分らしく生きるために

亮子さんの生活には今、電動車椅子と人工呼吸器が欠かせません。四肢体幹の麻痺と慢性呼吸不全という症状があるためです。この症状が始まったのは2010年のこと。よく転ぶようになるという異変を発端に、歩けなくなり、次第に座っているのも辛くなり、数年のうちに呼吸もままならない状態に陥りました。保育士として働き、両親の暮らしをサポートしながら子育てをしていたハツラツとした自分が失われ、一つずつできなくなっていくことが増える焦りと不安、恐怖、そして身体の痛みに苛まれる日々。息さえも思うように吸えない苦しさとともに、亮子さんをさらに苦しめたのは、病名不明という状態です。いくつもの病院に足を運び診断を仰ぎましたが、原因が分からず、治療法も定まりません。「難病」と呼ばれる疾患は、このような原因不明の病気に当てはまることが多くありますが、亮子さんの場合、病気かどうかすら分からない混乱状態におかれることになりました。

原因不明の「難病」というカテゴリーからもこぼれ落ちてしまう状態は、現在医療社会学の分野で研究がなされており、代表的な疾患として「筋痛性脳脊髄炎」「慢性疲労症候群」「線維筋痛症」「過敏性腸症候群」「化学物質過敏症」などがあげられます。当事者には明らかな症状があり、日常生活が送れないにもかかわらず、既存の医学的な検査では異常が確認されないために、長期にわたり未診断状態におかれ、精神疾患と誤診されることがままあります。亮子さんもまた、同じ経過を辿ることになりました。また、症状によって数えきれないほど生活に支障があるにもかかわらず、病名のつかない亮子さんは、社会保証制度や社会福祉制度の利用においても数々の困難を体験しました。日本では、病院に行けばどうにかなると誰もが思って暮らしていますが、現在の医療でも未だに解明できないことは多々あります。いざというときは助けてもらえると当たり前のように信じていた医療や福祉も、熟練の名医ですら戸惑う状況下では、満足に機能しにくい現実を前に、途方に暮れる日々。生きるための息をつなぐのがやっとで、唯一寄り添ってくれる家族の会話にも加われない寂しさと悲しみが、亮子さんを覆っていきました。

闇の底に沈むような孤独に光を灯したのは「森の庭」です。厳寒の冬を経て力強く芽吹く森の木々、雨に打たれても再び光に向かって顔を上げる花々、動けぬ身ながら風や他の生き物にタネを託して自由に移動する植物たち。巡る季節に立ち止まることのない「森の庭」の命の営みは、ベッドの中で一日を過ごす亮子さんに、楽しみと勇気、そして希望を与えてくれました。長い長い紆余曲折の末に、診断が困難で治療方針を立てにくい難しい状況下でありながら、真摯に向き合い、救いの手を差しのべてくれる医師にも恵まれ、亮子さんの患う症状は心因性ではなく、何らかの神経筋疾患であることが分かりました。そして電動車椅子や人工呼吸器を用いることで、再び庭に出ることも叶いました。今も病名は分からず、車椅子や命をつなぐための医療機器は欠かせませんが、亮子さんは「自分らしく生きている」と胸を張ります。
明るく日の差すほうへ人生を進める亮子さんとガーデンライフ

本書では、美しい「森の庭」の四季と、車椅子を使いながら庭づくりをする亮子さんのガーデニング、季節ごとの手仕事の楽しみなどがまとめられています。香りを振りまくバラの花のモビール、ホオズキのランタン、グラス(草)のしめ縄など、庭の収穫物を使った暮らしの美しいアイデアもいっぱい。身体が不自由でも庭づくりを続ける工夫や楽しみ方は、誰にとっても参考になります。何より、困難の縁にあっても光をたぐり寄せ、明るく日の差すほうへ人生を進める姿に勇気づけられます。ガーデニングの楽しみを教えてくれながら、生きるヒントを見つけられる1冊です。

『いのちのガーデン 北の森で暮らす車椅子のガーデナー』目次

森の庭というガーデンスタイル
<Essay 私の転機> 車椅子のガーデナーになるまで
庭が真ん中のナチュラルライフ
森の庭の四季/5月
黄金のスイセン
幸せの花畑
<Column> ビンに花を生ける
森の庭の四季/6月
ルピナスの季節
シャクヤクの女王様
<Column> ハーブでティータイム
森の庭の四季/7月
私たちのバラ
わんこと過ごす庭
私の庭仕事
森の庭の四季/8月
焚き火にくつろぐ
青い野原でキキョウに思う
<Column> 森の果樹を楽しむ
森の庭の四季/9月
秋の庭仕事
まさ土の道を作る
森の庭の四季/10月
森のハロウィン
庭じまいの季節
森の庭の四季/11月
遊び心ある空間づくり
森の庭の四季/12~2月
雪のなかの暮らしぶり
小さなガーデン、窓辺で楽しむ春 他多数

著者:山崎亮子
定価:1,760円(本体1,600円+税)
発売:2023年6月16日
判型:A5判 ページ数:128ページ
発行:家の光協会
ISBN:978-4259567651
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参考文献
ゆるふプロジェクトHP・「認められない病」と共に生きること(酒井七海執筆)
Credit
文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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