バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、没後20年を経てもなお、人々に鮮やかな印象を残すイギリスの元皇太子妃、プリンセス・ダイアナに捧げられた2つのバラ、‘プリンセス・オブ・ウェールズ’と‘ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ’(現‘エレガント・レディ’)をご紹介します。
目次
ダイアナ元妃に捧げられたバラ
英国王室の元皇太子妃ダイアナは、2021年に生誕60周年を迎えた。没後25年を経た2022年にわが国でも映画が2本同時に公開されるなど、いまだ世界中で愛され続けている。ダイアナ元妃に捧げられたバラには‘プリンセス・オブ・ウェールズ’と‘ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ’(現‘エレガント・レディ’)がある。いずれも気品に満ちた優美な花姿のバラだ。
私がバラ‘プリンセス・オブ・ウェールズ’に出会ったのは、ロンドンのフランシス家の庭だった。ロンドンを訪れると立ち寄り、また数カ月滞在させてもらったこともあるフランシス家のバックヤードで、1株のバラが楚々とした白花を見せていた。フランシス夫人が、やや誇らしげに「ダイアナ元妃に捧げられたバラだ」と教えてくれた。
スペンサー家の肖像画
それより数年前に、フランシス家のダイニングルームで、1枚の女性の肖像画を見せられたことがある。夫人が「誰かに似ていない?」といたずらっ子のような顔をしてみせた。その絵の人物に心当たりはなかったが、「スペンサー伯爵家の先祖の肖像画だ」という。当時は存命中だったダイアナ元妃に似ているかどうかはやや疑問だったが、肖像を前にして、英国の歴史に立ち会っているような気がしたのを憶えている。
プリンセス誕生
ウェールズ公妃ダイアナ(Diana, Princess of Wales, 1961-1997)は、16世紀から続く英国の貴族スペンサー伯爵家の令嬢として、英国北部サンドリンガムに生まれた。1981年、チャールズ皇太子(現英国国王チャールズ三世)と20歳で結婚。セント・ポール大聖堂での挙式や、バッキンガム宮殿のバルコニーでのウエディングドレス姿のキスは、全世界にテレビ中継され、人々を熱狂の渦に巻き込んだ。
宮殿での日々
宮殿での生活が始まると、それまで自由に過ごしてきたダイアナは、そのしきたりに馴染めず、またマスコミに過度に追いかけられる生活や、チャールズ皇太子が公務に追われ、共に過ごす時間の少ないことなどから、次第に孤独の中に閉じこもるようになっていった。
離婚への道のり
そんな中でもダイアナは1982年に最初の王子ウィリアム(現ウィリアム皇太子)を、1984年にはヘンリー王子を出産。一時期は家族水入らずの日々を過ごしていた。だが皇太子が以前の恋人、カミラ夫人(現チャールズ国王妃)との仲を復活させたことなどにより、1992年に別居。この間、暴露本が出版されたり、電話での会話が盗聴・公開されたりと、2人の仲は泥沼化の様相を呈し、やがて離婚への道のりを辿った。1996年に離婚が正式に成立した後、ダイアナは以前から熱心だった慈善活動に励み、エイズ問題、ハンセン病問題、地雷撤去などに力を尽くした。
パリに死す
離婚後、ダイアナはロンドンの老舗デパート「ハロッズ」のオーナーを父に持つエジプト人のドディ・アルファイドと休暇を過ごす姿が報道されるなど、新たな恋の噂の渦中にあった。1997年、2人が乗った車がパリで事故に会い、ダイアナは病院に運ばれたが死亡。このニュースは世界を駆けめぐり、多くの人々に衝撃を与えた。2人の写真を撮ろうと追いかけていたパパラッチの追跡を逃れんがための交通事故とみられたが、陰謀説も根強く残る出来事だった。
36年という短い生涯を閉じたダイアナ元妃。その葬儀は「王室国民葬」としてロンドンで執り行われた。バッキンガム宮殿から、礼拝会場となるウェストミンスター寺院への長い道のりを、母親の棺とともに歩くウィリアム王子とヘンリー王子の姿がテレビ中継され、彼女の死の悲劇性を一層強めた。
礼拝ではダイアナ元妃の弟であるスペンサー卿が弔辞を述べ、王室とマスコミの姉に対する扱いに皮肉を込めて語った。「古代の狩りの女神の名前を授けられた少女が、最後にもっとも狩猟された」と。
ダイアナ元妃の棺は、葬儀の後スペンサー家の地所オルソープに移され、庭園内の湖に浮かぶ小島に葬られた。湖に続く小道にはダイアナ元妃の年齢にちなんで36本のオークの木が植えられ、湖には睡蓮が咲くという。
ドキュメンタリー映画「プリンセス・ダイアナ」
ダイアナ元皇太子妃の没後25周年を迎えた2022年、「彼女を本当に‘殺した’のは誰?」という衝撃的な言葉とともに上映されたのが、エド・パーキンズ監督のドキュメンタリー映画「プリンセス・ダイアナ」(原題The Princess)。監督は「ダイアナ元皇太子妃の半生には、愛、悲劇、裏切り、復讐―そのすべてが詰まっている。まさに、現代を象徴する物語だ」と語る。
16年間の在りし日のアーカイブ映像から構成された本編は、一人の女性を鮮やかに描き出し、見る者はその人生を追体験する。「歴史上もっとも愛されたプリンセス」は、人々の愛に包まれながら、その「愛」ゆえに数奇な運命へと傾斜していく。映像は美しく、また冷酷で、見る者の心に深い陰影を投げかけた。
映画「スペンサー ダイアナの決意」
パブロ・ラライン監督の「スペンサー ダイアナの決意」は「私の道は、私が決める」という力強い言葉が添えられた劇映画。未来の英国王妃の座を拒否し、一人の女性として自分の道を進もうという決意に至ったダイアナを、実話に基づいて描き出している。
ロイヤルファミリーがクリスマスを過ごす、エリザベス女王の私邸があるサンドリアンが舞台。チャールズ皇太子との仲が冷え切り、葛藤の中にあったダイアナが、一歩を踏み出すきっかけとなった地での、決断の時間。彼女の孤独や魂の叫びを演じきった女優クリスチャン・スチュアートは、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
『プリンセス・ダイアナという生き方』
『プリンセス・ダイアナとしての生き方』(泉順子著、2019年、丸善プラネット刊)は、サブタイトルに『「自尊」と「自信」への旅』とある。「自尊」と「自信」はダイアナ元妃が手帳に書きとめていた言葉だという。彼女の自ら選択できなかった人生と、自ら選択した人生を描き分けていて興味深い。
『だから自分を変えたのです』(山口路子著、2022年、ブルーモーメント刊)は、サブタイトルに『ダイアナという生き方』とあり、ひとりの女性が「自分は価値がないから愛されない」ともがき続けた末に、強い女として自立する様を追っている。
プリンセス・オブ・ウェールズの称号
プリンセス・オブ・ウェールズの称号は、英国の王位継承者の妻に与えられるものだ。ダイアナ元妃は離婚後もその称号を保持していた。彼女亡き後、チャールズ皇太子(当時)と結婚したカミラ夫人は、それを受け継いだが、名乗ることはなかった。称号にはダイアナ元妃のイメージが色濃く残っているのを慮ってのことだ。
エリザベス女王の逝去に伴い、ダイアナ元妃の長男ウィリアム王子が皇太子となった今、プリンセス・オブ・ウェールズの称号は、キャサリン皇太子妃に与えられた。やがてスペンサー家の血をひくダイアナ元妃の息子が、英国国王となるのだろう。
バラ‘プリンセス・オブ・ウェールズ’‘Princess of Wales’
‘プリンセス・オブ・ウェールズ’は「英国のバラ」と呼ばれた、ダイアナ元妃に捧げられたバラ。1997年、イギリス、ハークネス・ローズ社作出。苗木の売り上げの一部は、ダイアナ元妃が長年サポートしてきたチャリティ団体「英国肺病基金」に寄付される。
四季咲き性
花姿:白、中輪でカップ咲き
花径:7~9cm
樹高:70~90cm
樹形:直立性
*同名のバラに、1871年にイギリス、トーマス・ラクトン作出の淡いピンク色のオールド・ローズがある。当時のプリンセス・オブ・ウェールズ、アルバート・エドワード皇太子(後のエドワード七世)の妃アレクサンドラに捧げられたバラだ。
バラ‘ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ’(現‘エレガント・レディ’)
苗木の売上金の一部を「ダイアナ記念基金」に寄付することを条件に‘ダイアナ・プリンセス・オブ・ウェールズ’の名称をエリザベス女王から許可されたが、基金との契約が切れたので、バラの名前は‘エレガント・レディ’に変更された。1998年、アメリカ、ジャクソン&パーキンス社、ケイス・W・ザリー作出。
四季咲き性
花姿:クリーム地にピンクの縁取りが入る大輪、剣弁高芯咲き
花径:10~12 cm
樹高:120~150cm
樹形:直立性
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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