フランス語では「ノエル(Noël)」と呼ばれるクリスマス。キリスト生誕を祝う宗教行事であり、家族が集まって一緒に過ごす、一年の中でも大切な、特別な日です。クリスマスツリーのモミの木が象徴的な北方ヨーロッパとは、また違った気候と植生に恵まれた南仏プロヴァンス。この土地ならではの独自の伝統のクリスマス風景を、フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんと一緒に訪ねます。
目次
南仏プロヴァンスのクリスマス・カレンダー

南仏プロヴァンスのクリスマスは、真面目に取り組むと、なんと40日も続きます。12月4日、聖バルブの日に3つの盃状の小皿に小麦の種をまき、発芽させるところからシーズンが始まります。三位一体を象徴する3つの盃の中で、小麦の葉は青々と育ち、祝祭のテーブルを飾ることになります。この小麦の育ちがよいと、翌年の豊作が期待できるのだとか。

また、早ければ11月の終わり~12月の初めになると、教会や各家庭では「クレッシュ(Chrèche)」と呼ばれる、プロヴァンス特有の「サントン」人形を使ったキリスト生誕風景を飾ります。
さらに、クリスマスイヴの食卓にも独自の伝統があり、イベントのクライマックスであるキリスト生誕を祝う真夜中のミサに行く前には、グロ・スッぺと呼ばれる夜食と、13のデザートをいただくことになっています(ちなみに七面鳥の登場は、クリスマスイヴではなく、クリスマス当日の正餐を待たねばなりません)。
クリスマスの食卓、グロ・スッぺ

グロ・スッぺは「盛りだくさんな夜食」といったらいいのでしょうか。真夜中のミサに出かける前の腹拵えの夕食です。三位一体を象徴する白いテーブルクロスを3枚重ねた上に、過去・現在・未来を象徴する3本の蝋燭を立てた燭台を飾り、マリアの7つの御苦しみを象徴する7皿が用意されます。
メニューは、これも地域や家庭によってバリエーションがありますが、野菜や魚類を主体にした(肉抜きの)料理とされていて、例えば、キャベツのスープ、セロリとアンチョビ、エスカルゴ、ベジタブルスープ、鱈とほうれん草のグラタン、アーティチョーク、などなど。そしてこの後に、13のデザートが続きます。
13のデザート

伝統的なクリスマスの食卓では13のデザートが用意される、と聞いただけでお腹がいっぱいになりそうですが、いったいどんなデザートなのか、ちょっとワクワク、気になりますね。ちなみに13という数字は、最後の晩餐のキリストと12使徒を合わせた象徴の数です。
プロヴァンス地方でも、地域により家庭により、さまざまなアレンジがありますが、まず基本は、それぞれが4つの主要な修道会を意味するヘーゼルナッツまたはウォルナッツ、アーモンド、干しイチジクと干しブドウの4種のマンディアンです。さらに、キリストの生誕が中近東での出来事だったことを示す中近東のドライフルーツ、デーツが加わります。

そして、マルメロのパート・ド・フリュイやフルーツ・コンフィなどの加工されたフルーツ菓子。生の果物としては、リンゴや洋梨、また豊かさのシンボルとされるオレンジ、蜜柑、ブドウや冬メロンなど。また、欠かせないのが白と黒のヌガー、メルヴェイユまたはオレイエットと呼ばれる、オレンジフラワー風味の小さな揚げ菓子。それから、オリーブオイルベースのブリオッシュのような平たい丸い菓子ポンプ・ア・ユイルか、ジバジまたはジバジエという独特のサブレ生地の菓子。トリュフ・チョコレートや、エクスアンプロヴァンスの銘菓であるカリソンが加わることもあります。

もうここまでですでに13を超えてしまっていますが、最終的には、そうした中からそれぞれの家庭の伝統のチョイスで13のデザートがテーブルに用意されることになります。
伝統的には、これら13のデザートは、少しずつでも全種類を食べるのがよいとされていて、全部食べると新年を豊かに過ごせると言い伝えられています。
クレッシュとサントン人形、プロヴァンスの村の風景

クリスマスの時期に、クレッシュを飾る習慣はヨーロッパ各地に見られますが、南仏プロヴァンス地方のクレッシュでは、素朴な表情豊かなサントン人形たちと、ガリーグで見つかる苔やタイム、ローズマリー、オリーブの枝葉などの植物をふんだんに使って作られるプロヴァンスの村の風景そのものが見られるのが特徴です。

キリスト生誕のシーンを表すクレッシュを飾る伝統は、イタリアではすでに12世紀から見られますが、イタリアから伝来し、フランスで最初のクレッシュの記録があったのは、1775年のマルセイユだそうです。

サントン(santon)は、小さな聖人を表すプロヴァンス語santournから来たもので、はじめはテラコッタで型焼きした人形に彩色した、聖家族や東方の三博士など聖書の登場人物たちでした。さらには羊飼いや太鼓打ち、ピスタチオ売りなど村の生活風景を表現するさまざまな登場人物が作られるようになります。

サントン人形たちの織りなす日常のドラマと、近隣の自然の中から調達する植物や石ころなどの素材に加えて、アルミ箔などで川が造られ、風を示す風車、オリーヴ畑やブドウ畑などが加わり、村を囲むダイナミックなプロヴァンスの風景が余すところなく表現されていくのが最大の魅力です。
家々の居間や窓辺、教会など街中の至る所で飾られるクレッシュ。ちなみに厩のキリスト生誕の場面の飼葉桶は、当初は空のままで、クリスマスイヴの真夜中~クリスマス当日に、幼児キリストが置かれ、その後東方の三博士が加わることになります。

南仏プロヴァンスでは、クリスマスシーズンには、さまざまな場所でマルシェ・ド・ノエル(=クリスマス・マーケット)があるのに加えて、サントン市も開催されます。もし機会があれば、そうしたマルシェを訪れるのも、この時期ならではの楽しみになるでしょう。
身近なところで、13のデザートを用意して、ちょっとずつ全ていただいて、来年を豊かに過ごす、こんなところから伝統的なプロヴァンスのクリスマスを取り入れてみても楽しいですね。
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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