バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』から命名されたデビッド・オースチン社作出のバラ‘スウィート・ジュリエット’をご紹介します。
目次
ジュリエットとの出会い

バラ‘スウィート・ジュリエット’がわが家にやってきたのは、25年ほど前のこと。当時デビッド・オースチン社の代理店をしていた会社のカタログ写真から、花の色に惹かれて苗を取り寄せたのが始まりだ。ミステリアスなアプリコット色から、優しいピンク色に変化するその花姿は、初期のイングリッシュ・ローズの中でも、群を抜いて気品あふれるものだ。

スウィート・ジュリエットという名前から、ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare ,1564-1616)の戯曲『ロミオとジュリエット』を連想したが、当時はバラの名前の由来について語られることもなく、真相は藪の中だった。近年になって、オースチン社から名前の由来について案内されることが増え、やはりシェイクスピア劇からの命名だと分かった。
戯曲『ロミオとジュリエット』

シェイクスピアには『ハムレット』など、四大悲劇とされる戯曲があるが、『ロミオとジュリエット』は、重々しい悲劇というよりは、軽妙なセリフを交えた恋愛悲劇として位置づけられている。ロミオとジュリエットの恋の純粋さと衝撃的な結末から、映画やバレエにも多く登場し、最もなじみのあるシェイクスピア作品の一つといえるだろう。
イギリスでの初演は1595年前後で、イタリアのヴェローナが舞台の全5幕。モンタギュー家の一人息子ロミオと、敵対するキャピュレット家の娘ジュリエットが出会い、瞬時に恋に落ちる。両家の対立が激化し、翻弄されながらも愛をつらぬこうとするが、行き違いから2人とも死への道を辿ることになる。儚い結末の物語だ。
オフィーリアの語る「バラという名前」

シェイクスピア劇には、多彩な植物が登場する。中でもバラは登場回数が多く、全戯曲の中で、70から100を数えるとされる。よく知られているのが、『ロミオとジュリエット』第2幕第2場のジュリエットのセリフ。
「私の敵はあなたの名前だけ。(中略)
名前に何の意味があるの。
私たちがバラと呼んでいる花の名前を変えても、
その花の甘い香りには何の変わりもないわ」
イギリス人の多くが、英語の‘a rose by any other name’(「花の名前を変えても」)を聞くと、ジュリエットが窓辺で嘆くシーンを思い浮かべるという。

シェイクスピアの時代以前、バラは観賞用というより、薬効を得るために栽培されていた。特に香りは気つけ薬などに用いられ、花の色や形ではなく香りこそが重んじられた。
「名前は人間の身体の一部でもなければ、血肉でもない」と、語り続けるジュリエット。バラの香りが象徴するのは、事の本質。名前や表象にとらわれて、事の本質を見誤るな、という教訓ともとれる言葉だ。
舞台「ロミオとジュリエット」
舞台の「ロミオとジュリエット」は、蜷川幸雄演出で見たことがある。蜷川の演出、松岡和子翻訳のセリフ、若い2人の主役、藤原竜也と鈴木杏の瑞々しい演技など、どれも印象に残っている。
シェイクスピアの生まれ故郷ストラトフォード・アポン・エイボンにある、ロイヤル・シェイクスピア劇場で、ジェレミー・アイアンズが演じる『冬物語』『リチャード二世』を見たことも忘れ難い。この劇場で『ロミオとジュリエット』を上演する機会はあるのだろうか。いつか本場の舞台で、ジュリエットの語る「バラの名前」のセリフを聞いてみたい。
映画「ロミオとジュリエット」

舞台と同様に、映画も数多く作られている。私にとって忘れられないのは、1968年製作の「ロミオとジュリエット」。無名の俳優をキャスティングしたことから冒険といわれたが、世界的な大ヒットで、この物語が広く知れわたるきっかけとなった。繰り返し上映されているので、オリビア・ハッセイの演じるジュリエットに魅せられた人も多いだろう。

1990年代に製作された「ロミオ+ジュリエット」は、シェイクスピア作品を現代劇として大胆に翻案したもの。俳優レオナルド・ディカプリオの事実上のデビュー作で、スタイリッシュなロミオの登場により、悲劇性がより強調されている。
現代劇といえば、ブロードウェイ・ミュージカルのヒット作で、映画にもなった「ウエスト・サイド・ストーリー」も、「ロミオとジュリエット」から着想を得て、ニューヨークを舞台にした物語として展開されている。
バレエと音楽

バレエ・ダンサーの肖像を撮り続けていたので、バレエの舞台はよく見ている。だがビデオ録画でしか見ていない英国ロイヤルバレエの舞台が特に印象的だった。1965年に初演された、ケネス・マクミラン振付の「ロミオとジュリエット」。ルドルフ・ヌレエフとマーゴ・フォンテインという2人の伝説の踊り手による、歴史に残る演目だ。
その舞台はロシアの作曲家、セルゲイ・プレコフィエフ作曲の、同名のバレエ音楽を使用したことでも知られている。プレコフィエフは1935年に「ロミオとジュリエット」の52曲からなる全曲を完成させた。登場人物の内面まで描き出すバレエ音楽の誕生は画期的なことで、多くの振付師たちによって舞台上で使用されている。
ヌレエフはその後、プレコフィエフの音楽で「ロミオとジュリエット」の振付を手掛け、パリのオペラ座バレエは、80年代からヌレエフ版の振付で上演している。
バラ‘スウィート・ジュリエット’ Sweet Juliet

イギリス、デビッド・オースチンによって、1989年に作出されたイングリッシュ・ローズ。シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』のヒロイン、ジュリエットの名前が冠されたバラ。四季咲きで、よく返り咲く。
アプリコット色のカップ咲きから、開花するにつれ淡いピンク色のロゼット咲きに変わる。低温時などにオレンジ色が加わることもある。
花径:7~8cmの中輪
樹高:150~180㎝
樹形:半直立性
*「ロミオ」の表記は、イタリア語の「ロメオ」より、現在多く使われる英語読みとしました。
*文中のセリフは松本路子訳
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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