アリスター・クラーク~競馬とバラの育種に情熱を燃やしたオーストラリア人【花の女王バラを紐解く】
花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で今回取り上げるのは、多彩な顔を持つオーストラリアの育種家アリスター・クラーク。オーストラリアの気候に適したバラの育種に取り組んだアリスター・クラークの生涯を辿りながら、彼の育種したバラをご紹介します。
目次
オーストラリアの育種家、アリスター・クラーク
毎年、数多くの新品種が発売されるバラ。その一方で、近頃はあまり見かけなくなってしまったバラもあります。
今回は、大輪、返り咲きするクライマーの育種に情熱を燃やしたオーストラリアの育種家、アリスター・クラーク(Alister Clark:1864-1949)をご紹介します。
アリスター・クラークの生涯
アリスター・クラークはオーストラリア、メルボルン近郊の裕福な家庭に生まれました。
アリスターの父ウォルター・クラーク(Walter Clark:1803-1873)は、1838年、34歳頃にスコットランドからオーストラリア、メルボルン近郊へ移住しました。ウォルターは、はじめ牧畜業を営む心づもりでしたが、ニューサウスウェールズ州を流れる大河、マランビジー川における河川水運に出資して大成功を収め、巨万の富を築き上げました。そして、メルボルンの北東郊外のブーラ(Bulla)に広大な土地を購入して大邸宅を建築し、グレナラ(Glenara)と命名しました。
1873年にウォルター死去、このとき財産を受け継いだ息子のアリスターは、わずか9歳でした。アリスターは親族などの後援のもと父の故郷スコットランドで教育を受け、長じてからはケンブリッジ大学へ進み学位を得ました。
1886年、アリスター帰国。帰国途次の船中でニュージーランドの資産家の娘エディス・メアリー(Edith Mary)と知り合い恋に落ちます(まるで傑作恋愛映画『めぐり逢い』そっくりですが、映画のほうが後です)。
1888年、2人は結婚し、父の居館グレナラを買い戻して居宅と定め、417ヘクタールという広大な敷地のなかでの優雅な田園生活を生涯続けました。
狩猟愛好家、ポロ・プレイヤー、競走馬のオーナー兼レース・プロデューサー、ゴルファー、写真家、そして水仙やバラの育種家としての人生を送りました。館グレナラは、現在も往時のまま保存されています。
アリスターは、はじめ水仙の育種に熱中しました。彼が育種した‘マーベル・テイラー(Mabel Taylor)’という、中央部のトランペットがサーモン・ピンク、白い花弁のシングル咲きの水仙は、現在でも入手可能です。
1900年、ヴィクトリア州のバラ会が創設され、その際にアリスターは創始者の一人として、初代の会長に就任しました。もっとも、アリスターのバラの育種は就任から10年以上経過した1912年頃から始められました。
彼の育種の目標は明確で、温暖なオーストラリアの気候に適した、よく返り咲きする大輪のクライマーを作出するというものでした。はじめはイギリスのポール農場から、さらにフランスのナボナンから数多くの品種を導入し、それらを交配して次々に新たな品種を生み出しました。最終的には、育種した品種は120を超えました。
今日、本国オーストラリアやニュージーランド以外では、アリスター・クラークが作出したバラを観賞することは難しくなりつつありますが、代表的な品種をいくつかご紹介しましょう。
ボーダラー(Borderer)-1918年
中輪、房咲きとなるオープン・カップ形の花。ポリアンサにクラス分けされています。花色はラベンダー・ピンク、花弁に濃淡が出るので、全体としてはグラデーションの効果があります。樹高約30cmのコンパクトな樹形。
アメリカのホバースが育種した白花のランブラー‘ジャージー・ビューティ(Jersey Beauty)’の実生から生じたと記録されています。
ブラック・ボーイ(Black Boy)- 1919年
大輪、セミ・ダブルに近いオープン・カップ形の花形。花色はカーマイン〜バーガンディ、幅広の明るい色合いの照り葉、非常に硬い枝ぶり、樹高350〜500cmのクライマーとなります。
交配親は次のように記録されています。
種親:クリムゾンのHT‘エトワール・ド・フランス(Étoile de France)’
花粉親:クリムゾンのブルボン‘バルドゥー・ジョブ(Bardou Job)’
同名の‘ブラック・ボーイ’というバラが、ドイツのコルデス社が1958年に育種・公表した品種にあります。花色もよく似ているので混同されることもあります。
グエン・ナッシュ(Gwen Nash)- 1920年
大輪、セミ・ダブル、明るいピンクの花弁、花心は白く色抜けします。
アリスター自身が育種した‘ロージー・モーン(Rosy Morn)’と無名の実生種との交配により育種され、公表されました。アリスターの自信作であり、「作り上げたいと思う、もっとも美しい華麗なピンク品種だ…」と自賛しています。
アリスターの親しい友、アルバート・ナッシュ(Albert Nash)の娘グエンに捧げられました。アルバート・ナッシュはメルボルン近郊のバララトにゴルフ場を所有しており、アリスターもよくプレーしたとのことです。
ノラ・カニンガム(Nora Cuningham)- 1920年
中輪または大輪、セミ・ダブル、平咲きの花形。明るく鮮やかな、わずかに粉をふったようにコーラル気味となるピンクの花色。花弁の基部が白く色抜けするため、花弁のピンクと白、雄しべのイエローとのコントラストが鮮やかです。樹高350〜450cmまで枝を伸ばすクライマーとなります。
ピンクのHT‘グスタフ・グリュナーヴァルト(Gustav Grünerwald)’の実生から生じたとされています。ノラ・カニンガムは、やはりアリスターの友人の娘です。
リングレット(Ringlet)- 1922年
大輪、淡いピンクのシングル咲き、花心が白く色抜けするところは‘グエン・ナッシュ’と同じですが、より淡い色合いとなります。
しかし、交配は全く異なる組み合わせです。赤花と赤花との交配によるとされているので、疑問は残りますが、記録では‘ジェネラル・ジャックミノ’の実生種、赤いHP‘エルネスト・モレル(Ernest Morel)’と、やはり赤花のティー‘ベティ・バークレー(Betty Berkeley)’の交配とされています。
花弁の縁が波打ったようにカールすることから、リングレット(巻髪)と命名されたと思われます。
スカッターズ・ドリーム(Squatter’s Dream)-1923年
ライト・イエローの大輪、シングル咲きのクライマーです。おおらかに枝を伸ばし、樹高2〜3mのクライマーとなります。返り咲きすることもあるようですが、全体的な印象からか、原種交配種であるハイブリッド・ギガンティアにクラス分けされています。
交配にはロサ・ギガンティアの二次交配種が使われたとのことです。
ロレーヌ・リー(Lorraine Lee)- 1924年
大輪、丸弁咲き。開花するとすぐに外側の花弁は大きく開くのに対し、花心は花弁が密集したままとなることが多く、優雅です。頻繁に返り咲きする性質と、明るいサーモン・ピンク、アプリコット、あるいはテラコッタの色合いも加わった、微妙な花色がこの品種の大きな魅力です。硬い枝ぶりで、直立性の強い、樹高250〜350cmのシュラブとなります。
種親:無名種(原種のロサ・ギガンティアと、シングル咲きのピンクのクライマー‘ジェシー・クラーク’との交配による)
花粉親:ミディアム・レッドのティー・ローズ‘カピテーヌ・ミレー’
ロレーヌ・リーは、英国に居住していたアリスターの従姉妹とのこと。ロサ・ギガンティアを交配親として、温暖で乾燥したオーストラリアの気候に適した、返り咲きするつるバラの育種を目指した、クラークの傑作の一つです。現在でも、オーストラリアではもっとも人気の高い品種の一つといわれています。
ちなみに、オーストラリアのムーニー・バレー競馬場では、3歳馬による「アリスター・クラークス・ステークス」が毎年行われています。これは生涯を通して競馬に傾注していたアリスター・クラークを記念したものですが、優勝馬にはこの‘ロレーヌ・リー’の花束が贈られることになっています。
コンテス・オブ・ストラッドブローク(Countess of Stradbroke)- 1928年
大輪、開花時には高芯咲き、熟成すると次第に丸弁咲きとなります。深く、鮮やかな赤、ドキリとするほど印象的な花色。樹高350〜450cmへ達するクライマーです。
深紅のHT、実父に捧げた‘ウォルター・C・クラーク(Walter C. Clark)’の実生から生じたとされています。
前代のヴィクトリア州総督、英国貴族であるジョージ・エドワード、ストラッドブローク伯爵夫人(George Edward John Mowbray Rous, 3rd Earl of Stradbroke)に捧げられました。
ナンシー・ヘイワード(Nancy Hayward)- 1937年
シングル、平咲きの花形。風にそよぐ花弁の姿がいかにも優雅です。ミディアム・レッドの花色。”鮮やかな”と表現するにふさわしい色合いです。春、一斉に開く花姿は忘れがたい印象を残すことでしょう。
淡いピンクのシングル咲きのクライマー‘ジェシー・クラーク(Jessie Clark)’と、無名の実生種との交配により育種されたといわれています。
「ただ一つ不幸なことは、捧げられた女性が、この品種を忌み嫌ったことだ…」と、バラ研究家、クエスト・リットソンは著作、”Climbing Roses of the World”の中で述べています。その女性は、多弁の花形か、違う花色を好んだためそのように伝えられているのでしょうか。現代であれば、育種後、70年を経過してもなお広く愛されるこの品種の魅力を見いだすことができたのかもしれません。
エディター・スチュアート(Editor Stewart)- 1939年
大輪、セミ・ダブル、小さなスープ皿のような平咲きの花形。寄り集うような、3輪から7輪の房咲きとなることが多い品種です。花色は、ピンクの度合いが濃いミディアム・レッド。熟成するにしたがい、パープルの色合いが出てきます。花弁の基部は白く色抜けし、花心の雄しべとのコントラストが鮮やかです。ワイン・カラーの新芽も、バラ園など多くの品種が植栽されているなかにあっても、目を引きつける特徴的なものです。大型のシュラブとなります。
交配親は不明です。オーストラリアバラ協会年報の編集者、スチュアートへ捧げられました。
強い耐病性で知られ、花色、樹形などが非常に個性的な、ユニークな品種です。クラークの傑作の一つとして知られています。
Credit
写真&文 / 田中敏夫 - ローズ・アドバイザー -
たなか・としお/2001年、バラ苗通販ショップ「
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