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「オールド・ブラッシュ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

「オールド・ブラッシュ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、四季咲きのバラの誕生に貢献した‘オールド・ブラッシュ’のルーツをたどりながら、各地に咲く花姿とともにご紹介します。

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歴史上のバラ

バラ オールドブラッシュ
濃淡のピンクが混ざった半八重で、5~7cmほどの花をつける‘オールド・ブラッシュ’。繰り返し咲くことで知られる。

中国原産で、わが国には室町時代以前に渡来し、コウシンバラの一種として知られる‘オールド・ブラッシュ’。18世紀にイギリスにもたらされ、それまでにヨーロッパにはなかった四季咲きのバラの誕生に貢献した品種の一つだ。私が初めて‘オールド・ブラッシュ’に出会ったのは、皇居東御苑にあるバラ園。一見すると近代バラのようにも見えるが、そのルーツをたどると、壮大なバラの歴史に触れることができる。

皇居東御苑バラ園での出会い

皇居東御苑のバラ園
皇居東御苑の一画にある小さなバラ園。日本の野生バラのほか、江戸時代までに日本に渡来した中国のバラが植栽されている。

バラ好きの友人に所在を教えられて、皇居東御苑に向かったのは十数年前のこと。江戸城本丸・二の丸跡にある東御苑は21万㎡の広大な庭園で、その一画に日本の野生バラを中心とするバラが植栽されている。

白ハマナス、ハマナス、サンショウバラ
皇居東御苑に咲く日本の野生バラ。左から、白ハマナス、ハマナス、サンショウバラ。

バラはヨーロッパの花のイメージが強いが、ノイバラやハマナス、サンショウバラを見て、改めて日本がバラの宝庫であることに気付かされた。ここでの出会いが後に『日本のバラ』(淡交社刊)を出版するきっかけとなっている。

バラ‘オールド・ブラッシュ’
皇居東御苑バラ園に咲く、‘オールド・ブラッシュ’。

日本の野生バラと同時に、早い時期に中国から渡来したモッコウバラ、ナニワイバラ、イザヨイバラなどもあり、そこで見かけたのが、‘オールド・ブラッシュ’だった。

ザ・フォー・スタッド・ローズ・オブ・チャイナ

バラ
(左)‘スレイターズ・クリムゾン・チャイナ’。(右)ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センテッド・ローズ(‘ロサ・オドラータ’)。

18世紀、最初に中国からヨーロッパにもたらされたバラは4品種で、英語で「the Four Stud Chinas(中国からの4種)」と呼ばれている。‘スレイターズ・クリムゾン・チャイナ’ ‘パーソンズ・ピンク・チャイナ’(‘オールド・ブラッシュ’) ‘ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センテッド・ローズ’(‘ロサ・オドラータ’) ‘パークス・イエロー・ティー・センテッド・チャイナ’がそれで、前2品種はロサ・キネンシス系統、後2品種はティー・ローズ系統とされる。

ルドゥーテの描いた‘オールド・ブラッシュ’
ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの描いた‘オールド・ブラッシュ’。『バラ図譜』復刻版より。

これら4品種を筆頭に、東インド会社などを経由して中国からヨーロッパにわたったバラは、バラの歴史に一大改革をもたらした。ヨーロッパのバラと交配させることにより、今までになかった四季咲き性のバラ、かつて見られなかった深紅色のバラが誕生したのだ。こうして生まれたバラが、近代バラ(モダン・ローズ)以前の、黎明期の園芸品種となっている。当時のバラの姿は、植物画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの描いた『バラ図譜』の中に見ることができる。

オールド・ブラッシュ(パーソンズ・ピンク・チャイナ)

バラ オールドブラッシュ

‘オールド・ブラッシュ’は、植物学者でプラントハンターのジョセフ・バンクス卿によってイギリスにもたらされた。苗を入手したジョン・パーソンズが、ロンドンの北西、リックマンズワースの自園で開花させたことから、‘パーソンズ・ピンク・チャイナ’とも呼ばれる。

このバラの噂を聞きつけたナポレオン皇妃ジョゼフィーヌは、マルメゾン城のバラ園に苗を迎え入れた。さらにフランスを経由してインド洋の仏領ブルボン島(現・レユニオン島)に渡った‘オールド・ブラッシュ’が、他のバラと自然交配した結果、最初のブルボンローズが誕生している。

樹齢200年の‘オールド・ブラッシュ’

ベルギー東南部にあるヘックス城
ベルギー東南部にあるヘックス城。18世紀に建てられた古城には、現城主の母、ナンダ・デゥルセル伯爵夫人によって、野生のバラとオールド・ローズが約500品種集められた庭園がある。

ベルギーのバラ園を訪ねた旅の途中、東南部のリエージュ近郊にあるヘックス城に立ち寄った。野生のバラやオールド・ローズが咲き乱れる城の庭園の一角に、樹齢200年の‘オールド・ブラッシュ’があると聞いていたので、出会うのを楽しみにしていた。東インド会社を通して、当時のリエージュ司教に届けられたものだという。

200年という樹齢から巨大な木を想像していたが、バラは1mほどに切り詰められ、小さなピンクの花がいくつか咲いているだけだった。いささか拍子抜けしたが、200年にわたりそこに在り続けたことを思えば、改めてバラの生命力に驚嘆させられた。

コウシンバラと呼ばれて

バラ オールドブラッシュ

‘オールド・ブラッシュ’がいつ頃わが国に渡来したかは定かではないが、室町時代以前ではないかと推測されている。春から庚申月(旧暦の9月くらい)まで咲き続けることから、コウシンバラと呼ばれた。一説には60日に1度めぐってくる庚申の日のように、繰り返し咲くからともいわれる。

『バラの誕生』の著者・大場秀章氏によると、『古今和歌集』や『源氏物語』に登場する薔薇(そうび)が、記述された内容からコウシンバラと解釈されている。図版で花の姿が現れるのは、1309年完成の『春日権現験記絵巻』(かすがごんげんげんきえまき)の巻五からだという。

江戸時代になると「長春花」「月季花」「かうしんばな」として、園芸書にも登場している。いずれも繰り返し咲くことから付けられた名前だ。

佐倉草ぶえの丘バラ園

バラ‘オールド・ブラッシュ’
佐倉草ぶえの丘バラ園の「中国のバラコーナー」に咲く‘オールド・ブラッシュ’。

今年5月に訪れた佐倉草ぶえの丘バラ園では、満開の‘オールド・ブラッシュ’に出会うことができた。園内は15のエリアに分けられ、‘オールド・ブラッシュ’は、「ルドゥーテに描かれたバラコーナー」と「中国のバラコーナー」の2カ所で盛大に花開いていた。

バラ‘オールド・ブラッシュ’ Rosa Chinensis ‘Old Blush’

バラ‘オールド・ブラッシュ’

‘オールド・ブラッシュ’は登録名で、前述の‘パーソンズ・ピンク・チャイナ’のほか、‘マンスリー・ローズ’ ‘オールド・チャイナ・マンスリー’とも呼ばれる。

作出年は、10世紀頃の中国と推測されているが、イギリスで確認された「1793年以前」と表記されることが多い。作出者は不明。

四季咲き。やや早咲きで、4月末から12月くらいまで繰り返し咲く。

濃淡のピンク色のグラデーションが優美な、半八重のカップ咲き。

花径5~7cm。

樹高100~120cmで、樹形は半直立。

枝変わりに‘つるオールド・ブラッシュ’がある。

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