「クイーン・エリザベス」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、2022年に在位70年のプラチナ・ジュビリーを迎えたイギリスの女王エリザベス2世にちなみ、その名を冠したバラ‘クイーン・エリザベス’と女王のストーリーをご紹介します。
女王に捧げられたバラ

バラ園めぐりをしていると、よく出会うバラがある。英国のエリザベス女王の名前を冠した‘クイーン・エリザベス’だ。ピンク色の艶やかな花は、戴冠を祝して女王に捧げられたもので、ちょっと遠い世界のことのような気がしていた。だが今年、在位70周年を迎えて、女王の若き日のエピソードが語られることが多くなると、そこには映画『ローマの休日』の主人公を彷彿させる、ウィットに富んだ一人の女性の姿があった。
長編ドキュメンタリー映画『Elizabeth』

今年、エリザベス女王 ( Queen ElizabethⅡ 1926-) の在位70周年を記念して、イギリスではさまざまな記念行事が執り行われている。そんななか公開されたのが、ドキュメンタリー映画『エリザベス 女王陛下の微笑み』(原題Elizabeth)。1930年代から2020年代までのアーカイブ映像によって、その人となりを浮かび上がらせている。

映画のチラシには「私のすべてをご覧に入れましょう」「誰も見たことのない、エリザベス女王の姿がここにある」などの文字が躍る。25歳の若さで即位し、70年にわたり女王であり続けたその人の、いわば人生のドキュメンタリーだ。
英国女王のほか、英連邦王国や海外領土の君主として君臨する濃密な時間には、想像を超えるものがある。そしてゲームに興じたり、競馬場で自分の持ち馬の勝利にはしゃぐ姿など、じつに愛らしい面も描かれている。
エリザベスの恋

エリザベス女王は、1947年に後のエディンバラ公爵フィリップ(Prince Philip 1921-2021)と結婚している。彼女がフィリップと出会ったのは13歳の時。当時彼は18歳の英海軍の青年将校で、エリザベスは彼を見て「一目惚れ」(後に公式な伝記にも記載)したという。だが2人の恋は順調に実を結んだとはいえない。ともにヴィクトリア女王の玄孫という血筋だが、フィリップはギリシャ王室のメンバーで、革命政府に追われて亡命中の身だった。
将来の英国君主の相手にはふさわしくないと周囲から反対されたが、エリザベスの意志は変わらず、両親もついに折れて、婚約に至っている。結婚式はウェストミンスター寺院で盛大に執り行われ、2人の仲睦まじい姿は、世界中に知られることとなった。
エディンバラ公爵フィリップ王配
フィリップは君主の夫(王配)という難しい立場にありながら、女王の即位後は公務に同伴するほか、相談役として彼女を支え続けてきた。公務とは別にいくつかの団体の総裁としての活動も行っている。
野生動物や環境保護の活動団体WWF(世界自然保護基金)もその一つで、団体の初代総裁として、6回ほど来日している。私は彼が1982年秋に来日した際、写真記録係の随行員として、5日にわたり行動を共にしたことがある。印象的だったのは、北海道を訪ねる小型チャーター機の中でのこと。いつも英国式のジョークで周囲の人をなごませていたが、その日はことのほか上機嫌で、自分のポートレイトにサインして、随行員に手渡していた。私には「写真を撮られるのは嫌いだけどね」との一言を添えて。
プラチナ・ジュビリー

1952年にエリザベス女王が即位して、翌年ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われてから、今年で70年。25周年のシルバー・ジュビリー、50周年のゴールデン・ジュビリー、60年のダイヤモンド・ジュビリーに続き、2022年はプラチナ・ジュビリーとして、在位70周年を祝う記念行事が執り行われている。

6月初旬の祝賀行事に、女王は96歳という高齢ながら元気な姿を見せ、国民からの祝福を受けている。6月4日にバッキンガム宮殿前広場で行われた祝賀コンサートには欠席したが、冒頭に女王出演の動画が放映された。それは絵本や映画でおなじみのクマのパディントンとバッキンガム宮殿でテーブルに向かい合ってお茶をしている光景で、ちょっとした驚きの内容だった。

パディントンが、かぶっていた帽子の中から「もしもの時のために持っている」とマーマレード・サンドイッチを取り出すと、女王も茶目っ気たっぷりな表情で「私もよ」と、愛用の黒バッグからサンドイッチを出して見せる。絶妙な掛け合い。
また、クイーンの「ウィ―・ウィル・ロック・ユー」の歌が流れると、曲に合わせてティーカップにスプーンを当ててリズムを刻む。一瞬信じられない光景で、そのユーモアの精神には脱帽してしまった。
女王としての生涯

25歳の若さで即位し、70年の間には、幾多の困難にも見舞われたであろうが、女王は持ち前の精神力とユーモアで乗り切ってきた。女王としての顔、妻としての顔、11人のひ孫を持つ家族の長としての顔。ドキュメンタリーの映像では、一人の女性の辿った類まれなる人生の軌跡が鮮明に描き出されている。そうした映像を世に出す、英国王室の懐の深さにも、感慨深いものがある。
バラ‘クイーン・エリザベス’‘Queen Elizabeth’

エリザベス女王の戴冠を記念して、1954年に女王に捧げられたバラ。アメリカ、ジャーメインズ社のウォルター・ラマーツ作出。花は四季咲きの鮮やかなピンク色の大輪で、花径は10~12cmほどになる。樹高は約2mで、樹形は直立性。花つきもよい、強健種。枝変わりした‘つるクイーン・エリザベス’のほか、白色、黄色、アプリコット色、赤色などの‘クイーン・エリザベス’もある。
女王の即位50周年を記念したバラ‘ジュビリー・セレブレーション’、在位60周年を記念したバラ‘ロイヤル・ジュビリー’が、イギリスのデビッド・オースチン・ロージズ社から作出されている。

女王の母、エリザベス王太后に捧げられたバラ‘クイーン・マザー’、妹のマーガレット王女の名前を冠した‘プリンセス・マーガレット’、娘のアン王女の名前を冠した‘プリンセス・アン’、孫のウィリアム王子の‘ロイヤル・ウィリアム’、ウィリアム王子とキャサリン妃のウェディングを記念した‘ウィリアム&キャサリン’など、英国ロイヤルファミリーにゆかりのバラも数多い。

Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。www.matsumotomichiko.com/news.html
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