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蜂を愛するミツバチ大臣も! 蜜源植物を探して森へ。武蔵野の森の愉しい小径15

蜂を愛するミツバチ大臣も! 蜜源植物を探して森へ。武蔵野の森の愉しい小径15

埼玉県川越市は、今や国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万㎡の広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さん。今回は森の中で見つけたハチミツ屋さんをきっかけに、蜜源植物を探して歩きます。

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蜜源植物とは

ハチミツ

ハチミツはどこから来るのでしょう? ミツバチが花から花へと巡って蜜と花粉を集め、私達に届けてくれるのです。おいしいハチミツのモトは花。その花たちを蜜源植物といいます。

蜜源植物は、世界に約4,000種あります。日本では600種以上の植物にミツバチが訪れることが確認されています。

ちなみに、ハチミツが大好きな熊は、じつはミツバチの天敵なんですって! 私がハチに刺されてしまい腕がはれた時、次に庭に出る時は白っぽい帽子をかぶり、白っぽい服を着るように注意されたことがあります。あれは、ハチが私を熊と間違えないようにするためだったんですね。

絵本『クマのプーさん』(A・A・ミルン著)の主人公はハチミツが大好きで、薄黄色・ハチミツ色の服を着ています。ハチくんと仲良くして、ハチミツをたっぷり分けてもらうためかしら?

さて、日本養蜂協会(一般社団法人)の資料によれば、特に優良な主要蜜源植物として次の16種をあげています。

  • ウンシュウミカン
  • エゴノキ
  • キハダ
  • クロガネモチ
  • コシアブラ
  • シナノキ
  • ソバ
  • ソヨゴ
  • タチアワユキセンダングサ
  • トチノキ
  • ナタネ
  • ニセアカシア
  • ハゼノキ
  • クローバー
  • リンゴ
  • レンゲ

16種のうち11種が樹木、草花は4種のみ。子ども時代からレンゲ印のハチミツになじみがあった私としては、草花が少ないのが驚きでした。

確かに、1本の樹木の花が満開になれば、何千、何万、いや何十万の花が咲くでしょう。ハチが蜜を集めるのに非常に効率がいいわけです。

というわけで、武蔵野の森の樹木に注目して蜜源植物を調べることにしました。

咲き継ぐ森の花

 森では、4月になればまずヤマザクラが咲き、次いで白いブラシのような花のウワミゾザクラが開花します。いずれも、ミツバチが訪花している姿は見たことがありません。というより、高木なので、見ることができないといったほうが正確です。

しかし、調べてみると、この2本の樹木は、特に重要な主要蜜源植物16種に次ぐものであることが判明。たくさん訪花していれば、そして運がよければ、こずえに「ブーン、ブーン」というハチの羽音が聞けるかもしれません。

ガマズミの花
ガマズミの花。

5月は、ガマズミ、ニワトコの白い小さな花が集まって房状に咲きます。ガマズミは、秋になると透き通った赤い宝石のような実をつけ、果実酒の材料になります。ニワトコの花は、シロップと共に煮てエルダージュースに利用できます。

これらの花にもミツバチは訪れます。ガマズミの美しい赤い実は、ミツバチの受粉活動のおかげなんですね。

エゴノキ

エゴノキ
shepherdsatellite/Shutterstock.com

白い花を優雅なシャンデリアのように吊り下げて咲くエゴノキ。風に揺れる様は、森の妖精たちがパーティーをしているようです。エゴノキは武蔵野の森にあって、特に優良主要蜜源植物とされる16種に唯一仲間入りした植物です。

エゴノキの美しい花は、一花の蜜の量が多いという特徴があります。エゴノキの蜜量は0.95mg、サクランボは0.4mg、ウワミゾザクラは0.38mgなので、かなり量が多いことが分かります。そして、一花×花数でその樹木の蜜量が決まるので、びっしり花がつくエゴノキの蜜量はすごい! なるほど、優良主要蜜源植物であると深くうなずけるところです。

その美しさで人の目を楽しませるだけでなく、優れた蜜源として有用性も併せ持つエゴノキ。私は改めてエゴノキの素晴らしさを認識しました。

そして、実の味が「エグい、エゴい」ことから、安直に「エゴノキ」と名付けたことをエゴノキに謝りたいと思います。これからは英名の「スノーベル」か、せめて「ハニーエゴ」と呼びたいと思います。

ドングリの木にミツバチは来る?

ドングリ

江戸時代に炭の原料として、成長の早いコナラやクヌギなどがこの武蔵野の森には多く植えられました。秋になると細い形や、丸っこい形、モジャモジャの帽子をかぶっているような形など、さまざまな、いわゆるドングリが落ちています。散歩の折に、童心に帰ってドングリを数粒拾って持ち帰るのが楽しみでした。

ドングリはコナラやクヌギの果実を総称した言葉です。

「ドングリが実るということは、花が咲くはずだ。ドングリの花って、どんな花だろうか? 蜜もあるのか? あったらすごい蜜源になる!」

期待に胸をふくらませて、調べてみました。

コナラ、クヌギは5月頃に、緑色の小さな花を細長い房状に垂らすように咲かせます。

しかし、蜜は出しません。コナラもクヌギも風に受粉を頼る風媒花なんです。その花にミツバチは訪れません。

う〜ん。残念、無念!!

丸子農園主は、夏の間ミツバチたちは森の木の樹液をもらうと言われていたから、その点でコナラやクヌギは貢献しているかもしれません。何しろ、これらの木には甘い樹液目当てに、カブトムシやカミキリムシやコガネムシなどたくさんの昆虫が集合するんですから。

11月のハチミツの味と香りを楽しみに待つことにします。

キヅタとヤツデ

キヅタ

初冬の頃、森はすっかり落葉して明るく見通しが利くようになります。コバルトブルーの青空を眩しく見上げていると、不思議な木に気付きます。幹が下から上まで緑色の葉で覆われている、なんとも奇妙な形。

もちろん、以前から存在しており、ツタが木に巻き付いているなあと思って見てはいたんですが。夏の間は周りの緑に同化して、それほど目立っていませんでした。冬になって、その異様な形が突然むき出しになったという感じ。

近くに寄ってよくよく見ると、森の下草のキヅタが這い上っている姿でした。キヅタは、つるから気根と呼ばれる細根を出して、木の表面に取り付き、ひたすら樹上を目指して上っていきます。キヅタの根元はかなり太いつる枝になっていますが、グルグル巻き付いてはいないので、取り付いた木を絞め殺してしまう恐れはないようです。なんだかホッとします。

キヅタはウコギ科キヅタ属の常緑つる植物。落葉性のツタ(ブドウ科)に対して、冬でも葉が見られるので「フユヅタ」といわれています。そして、10月の終わりから12月にかけて、ヤツデの花によく似た花を咲かせます。キヅタに花が咲くなんて、びっくりです。もちろん、まだ見たことがありません。

たぶん、よく陽が当たる高いところで、たっぷり日光を取り込み、炭酸同化作用で栄養を蓄えて花を咲かせるからでしょう。

今年の冬は、野鳥を観察するオペラグラスを購入してキヅタの花を見ることにしましょう。もしかして、キヅタの花に訪れるミツバチの姿が見られるかもしれません。

キヅタの花は、花が少なくなる秋から冬にかけての貴重な蜜源植物だそうです。

ヤツデ

ヤツデといえば、かつては玄関脇に生えている植物の定番でした。名前の通り、大きな掌状の葉に深い8つの切れ込みがあって、9枚に裂けているのが特徴です。常緑の低木なので、玄関周りのゴチャゴチャしたもの、例えば子どもの三輪車や自転車などを隠すのにもってこいでした。

園芸種だとばかり思っていたけれど、日陰に強く、この森の中にもよく見られます。キヅタ同様、10月から12月に花を咲かせて、ミツバチがよく訪花するそうです。

ヤツデの花はボール状で、シベが突き出している変わった形だ、という認識しかありません。図鑑によると、白い花弁が5枚、雌シべと雄シベが各5本あります。今度ゆっくり観察しようと思います。

キヅタといい、ヤツデといい、観察することが多すぎて、森へ行ったらなかなか帰ってこられそうにありません……。

ビワ

ゆりかごのうえに びわのみがゆれるよ

ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

北原白秋作詞の「ゆりかごのうた」の2番の歌詞に、ビワの実が登場します。子守歌の優しいメロディーと甘酸っぱいビワの味は、郷愁を誘い、ひととき子供時代の幸せを思い出させてくれます。

さて、ビワの花をご存じでしょうか?

12月、1月、2月の冬の真っ盛りに、濃い常緑の大きな葉に隠れるように咲きます。茶色の柔らかいガクに包まれた小さな白い花。散歩の時、森の近くの農家の生け垣近くにあって、初めて見ました。とても地味な花ですが、じつは蜜がたっぷりあるので、越冬中のミツバチにとって大変貴重な蜜源になります。

ビワの木は、柿の木(柿の花も蜜源)と同様に庭先に植えてあるのを時々見ます。

もっと増えればいいなあ!

蜂飼の大臣

蜂飼の大臣
菊池容斎『前賢故実』より。

ビワとミツバチについての興味深いエピソードが、平安~鎌倉時代の書物『今鏡』『十訓抄』『古今著聞集』などに載っています。

昔話風にご紹介すると、

「むかしむかし、藤原宗輔(ふじわらのむねすけ)という名の大臣がおったそうじゃ。宗輔は蜂を飼っておって、たいそう可愛がっていたそうじゃ。蜂に『○○丸』とかいう名前をつけるほどであった。

ある初夏の頃、内裏で蜂の巣が落ち大騒ぎになった。人々は蜂に刺されまいと逃げ惑い、右往左往するばかり! それを見るや、宗輔は御前に置いてあったビワの枝を手に取り、琴の爪でビワの実の皮をサッとむき、蜂の群れの中に高々とかざしたそうじゃ。

すると、蜂たちはみなビワの実に取り付いた。宗輔はそのまま枝を家来に処理させて、その修羅場を治めたそうじゃ。

上皇様もいたく感心され『宗輔がこの場にいてよかった』と仰せられたとか。

めでたし。めでたし」

藤原宗輔(1077〜1162)は、笛や琵琶に秀で、菊や牡丹を育て、ハチを飼い慣らすという趣味人でした。温厚な人柄から80歳をすぎて太政大臣へ昇進し、難しい時代を失脚することなく生き延び、84歳で引退。

宗輔が健康で長命だったのは、可愛がっていたハチたちがもたらすハチミツのおかげだったのでしょうか!?

Credit

写真&文/二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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