「ロサ・オドラータ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、バルコニーで次々と開き始めた早咲きのバラとともに、かぐわしい香りを放つバラ、ロサ・オドラータの魅力と、それにまつわる物語をご紹介します。
早咲きのバラ

わが家のバルコニーでは、早咲きのバラが次々と開花している。今年の一番乗りは、4月初旬に花開いたロサ・キネンシス・スポンタネア。チャイナ・ローズの原種で、開花してから花色がクリーム色、淡いピンク、紅色と変化する。ヨーロッパにわたり、真紅色のバラのもととなったバラだ。


その後、白花八重咲きモッコウバラ、一重咲きのキモッコウ、ナニワイバラと、中国原産の野生バラが続く。また20年来のわが家の古株、ムタビリスも咲きはじめた。野生バラに近い、チャイナのオールド・ローズだ。これらのバラについては、すでに「早咲きのバラを巡る物語 ① ②」として綴っている。

ロサ・オドラータ

今年お披露目のニューフェイスともいえるのが、ロサ・オドラータ。「ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センティッド・チャイナ」の英名でも知られるバラだ。3年前に友人宅から3本の細枝を持ち帰り、挿し木したものが、1mほどに成長して、いくつかの花をつけはじめた。

淡いピンクの八重咲きは、一重の花が多い早咲きのバラの中にあって、異色の存在だ。さらに特筆すべきは、その香り。部屋に1輪飾っただけで、あたり一面に甘い芳香を放っている。それもそのはず、学名ロサ・オドラータは、ラテン語で「香るバラ」を意味するのだという。
英名はイギリス人の資産家でバラの蒐集家であるアブラハム・ヒュームが中国から取り寄せ、普及させたことに由来する。直訳すると「刷毛でぼかしたような花色の、紅茶の香りの中国バラ」とでも言えようか。イギリス人はバラの香りを紅茶のそれに似ているとして、これがティー・ローズ系統の祖となった。ヨーロッパのバラと交配され、多くのハイブリッド・ティー・ローズ誕生に貢献している。
四季咲きバラ
ヒュームが、東インド会社を経由してロサ・オドラータを手に入れたのは、1808年から1809年にかけて。当時ヨーロッパには四季咲きバラは存在していなかった。このバラは中国からヨーロッパに渡った最初の4種の一つに数えられ、現在広く栽培されている四季咲きバラ誕生にも関わっている。
中国のバラ

バラは西洋の花のイメージが強いが、北半球のさまざまな地に自生している。中でも中国には多くの原種バラが存在し、その数は60種ともいわれる。ロサ・オドラータは、おもに四川・雲南地方に多く見られ、中国名は「香水月季」。これも「香り」と「繰り返し咲くこと」に由来する名前だ。原種バラではなく、ロサ・キネンシス(コウシンバラ)とロサ・ギガンティアの自然交配種とされる説が有力。作出年は不明で、イギリスにもたらされた年の「1808年以前」と記されることが多い。
皇妃ジョゼフィーヌが愛したバラ

ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌは、パリ郊外の居城マルメゾンの庭園に世界各地のバラを蒐集し、バラの改良・育種を行ったことで知られる。ジョゼフィーヌが愛したバラの一つが、ロサ・オドラータ。このバラの噂を聞きつけたジョゼフィーヌは、当時フランスとイギリスは戦闘中だったにも関わらず、海軍本部の間に協定を結ばせ、イギリスから苗木を取り寄せた。
彼女をとりこにしたのは、やはりその香りだろう。1809年という年は、ナポレオンとの間に子どもができないことを理由に、離婚を言い渡された年だ。その後、庭園での時間が増え、ロサ・オドラータの香りが、彼女の心痛を癒してくれたであろうことは想像に難くない。ジョゼフィーヌの死後30年を経て、彼女に捧げられたバラがある。そのバラ‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン’(マルメゾンの想い出) は、どこかロサ・オドラータに似ている。

ジョゼフィーヌは、マルメゾンに咲くバラのほとんどを植物画家に描かせている。ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの描いた『バラ図譜』の中にある「ロサ・インディカ・フレグランス」が、ロサ・オドラータだ。復刻版では、ロサ・オドラータとヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センティッド・チャイナの名前が添えられている。

小説『ヴェネツィアのチャイナローズ』

中国原産のバラについて考えていて、数年前に読んだ小説を思い出した。アンドレア・ディ・ロビラントの『ヴェネツィアのチャイナローズ』(堤けい子訳/原書房刊)だ。その書名に惹かれて求めた本だが、ヴェネツィアの田舎町に咲く謎のバラについての物語は、いま読み返すと新たな発見があった。
主人公が6世代前の祖先の地を訪ね、かつての領地の森に咲くバラのルーツをたどると、マルメゾン城から持ち帰ったものだと判明する。祖先の日記を発見し、彼女が皇妃ジョゼフィーヌと親しく交流していたさまが描かれる。バラの名前を探る過程と同時に、ヨーロッパにもたらされたチャイナ・ローズについても詳しく述べられている。イタリアの地で、マルメゾンのバラが咲いているという展開は、心躍るものだ。
ロサ・オドラータ(Rosa Odorata)
(ヒュームズ・ブラッシュ・ティー・センティッド・チャイナ)

昨年はまだ小さい苗だったが、4月から秋まで繰り返し開花した。花首が細いので、満開になるとややうなだれ気味だが、つぼみから開花まで徐々に変化する花姿には風情がある。
クリームがかった淡いピンクの八重咲きで、花径は5~8㎝ほど。樹高は100~150㎝。樹形は半横張り牲。オールド・チャイナ・ローズで、作出は1808年以前。香りが秀逸で、ティー・ローズの祖とされる。中国からヨーロッパにもたらされた最初の4種のうちの一つで、ハイブリッド・ティー・ローズ、四季咲きバラなど、多くの新種バラ、近代バラの誕生に貢献している。
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。www.matsumotomichiko.com/news.html
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