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ハイブリッド・ティーに始まるモダンローズの歴史【花の女王バラを紐解く】

ハイブリッド・ティーに始まるモダンローズの歴史【花の女王バラを紐解く】

花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載の今回のテーマは、モダンローズ。モダンローズの誕生とその歩み、そしてモダンローズの中でも中心となる3つのクラスに属するバラたちをご紹介します。

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モダンローズの発展を辿る

バラはおおまかに、原種、オールドローズ、そしてモダンローズという3つのカテゴリーに分けられます。

今回は、モダンローズがどのように始まり、そしてどのように発展してきたのか、経緯をざっくりと辿ってみることにしましょう。

今日、モダンローズに分類されているクラスは20ほどありますが、その中でも中心となるクラス、ハイブリッド・ティー(以下“HT”)、ポリアンサ、そしてフロリバンダを取り上げていきます。

モダンローズの始まりを告げる‘ラ・フランス’

モダンローズの始まりは、HTが世に出た時でした。

1867年、明治維新の年、フランス、リヨンのバラ育種家、J. B. ギヨ・フィス(Jean Baptiste Guillot fils、J. B. ギヨJr.)は‘ラ・フランス(La France)’を公表しました。

‘ラ・フランス’
‘ラ・フランス’ Photo/今井秀治

‘ラ・フランス’が登場した19世紀後半、多くの育種家から公表されていたバラはすでに、返り咲きする、香り高い大輪花が主流となっていました。

ジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)フランソワ・ラシャルム(François Lacharme)など、すぐれた育種家たちは競い合って美しい品種を市場へ提供していましたが、これらの品種はパーペチュアル(perpetual)あるいはルモンタン(remontant)など“返り咲きするバラ”と呼ばれ、後にハイブリッド・パーペチュアル(Hybrid Perpetual、以下“HP”)というクラスにカテゴライズされることになりました。HPはのちに“最後の”オールドローズと呼ばれることになります。

‘ラ・フランス’は市場へ出回っていた一般的なHPに比べ、より耐病性にすぐれ、シーズンを通してよく返り咲きすることから、後に、HPとは一線を画す新しいクラス、HTとして認められることになりました。これが、モダンローズの始まりです。

しかし、‘ラ・フランス’は特定の品種を意図的に交配親と定めて育種したものではなく、圃場で結実した種子から生じた実生種でした。そのため、交配親の詳細は分かっていません。

育種したギヨ・フィス自身は、‘マダム・ファルコ(Mme. Falcot)’の実生から生じたと解説していますが、‘マダム・ファルコ’自体は淡いイエローやピンクになるティーローズであり、‘ラ・フランス’との違いが大きいため、育種者自身の言ではありますが、かならずしも賛同を得られていません。

‘マダム・ファルコ’
‘マダム・ファルコ’ Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio]
イギリスのピーター・ハークネスなど少なくない数の研究家は、ギヨ・フィスの解説を尊重しつつも、ミディアム・サーモン・ピンクのHP、‘ヴィクトール・ヴェルディエ(Victor Verdier)’とクリーム色のティーローズ、‘マダム・ブラヴィ(Mme. Bravy)’との交配によるのかもしれないと、別の説も併せて紹介しています(Peter Harkness, “The Illustrated Encyclopedia of Roses”, 1992など)。

‘マダム・ブラヴィ’
‘マダム・ブラヴィ’ Photo/今井秀治

モダンローズの先駆け ‘ヴィクトール・ヴェルディエ’

‘ヴィクトール・ヴェルディエ’
‘ヴィクトール・ヴェルディエ’ Illustration/ Nestel’s Rosengarten、1867[Internet Archive via. Archive.org])
(註:‘ヴィクトール・ヴェルディエ’にはダーク・ピンクのもの、サーモン・ピンクのものが流通し、品種の特定に混乱がありますが、ここではサーモン・ピンクのものを“正”としています)
‘ヴィクトール・ヴェルディエ’は、1859年にフランス、リヨンの育種家ラシャルムが育種・公表した品種です。一般的にはHPへクラス分けされています。

種親はHPの‘ジュール・マルゴッタン(Jules Margottin)’、花粉親はティーローズの‘サフラノ(Safrano)’という組み合わせでした。

‘ラ・フランス’がHPとティーローズの交配により生み出されたのだろうと言われていることにはすでに触れましたが、じつはこの組み合わせは、後に盛んに行われたHTの育種と同じものでした。

‘ラ・フランス’の公表は1867年。この‘ヴィクトール・ヴェルディエ’は8年ほど先んじています。そのことから、この‘ヴィクトール・ヴェルディエ’こそ“最初のHT”、すなわち最初のモダンローズだと主張する研究家も少なくありません。

もともと”オールド”と”モダン”という区別に言及していなかった(嫌いだった?)園芸家のグラハム・S・トーマスは‘ラ・フランス’について、

「ティーローズの影響が強いハイブリッド・パーペチュアルだ…」と評していて、‘ラ・フランス’を最初のHTとすることには賛成していません。

また、‘ラ・フランス’が、ほとんど不稔といってよいほど種子ができにくかったことから、HTの交配親としてもっぱら使用されたのは、1880年にイギリスのヘンリー・ベネットが育種・公表した‘レディ・メアリー・フィッツウィリアム(Lady Mary Fitzwilliam)’であったことも記憶しておくべきだと思っています。

‘レディ・メアリー・フィッツウィリアム’
‘レディ・メアリー・フィッツウィリアム’ Photo/今井秀治
(註:この品種にも取り違え説がありますが、ここでは触れません)

次のように整理するとよいのではないかと思っています。

  • 1859年 ラシャルムは‘ヴィクトール・ヴェルディエ’を公表した。これがHTの先駆け、あるいは最初のHTといわれることもある。
  • 1867年 ギヨ・フィスにより‘ラ・フランス’というHTが公表され、新しいクラスの登場として認められることになった。
  • 1880年 イギリスのヘンリー・ベネットはHT、‘レディ・メアリー・フィッツウィリアム’を公表。以後、交配親として広く利用され、今日のHTの繁栄を築くきっかけとなった。

いずれにせよ、‘ラ・フランス’が公表された1867年を境に、この年以降に新たに生じたクラスに属する品種をモダンローズ、すでに存在していた既存のクラスに属する品種をオールドローズとするのが一般的な分類方法となりました。

ポリアンサの始まり

次はポリアンサというクラスの始まりの話です。‘ラ・フランス’を育種したギヨ・フィスが再び登場します。

1862年頃、ノイバラ由来の矮性種、ロサ・ポリアンサ(R. polyantha)が日本からフランスへもたらされました。

ロサ・ポリアンサ
ロサ・ポリアンサ(R. Polyantha, Hort) Illustration/unknown [Public Domain via Revue Horticole 1868]
(註:イラストの品種名は“Rosa intermedia Carr.”となっていますが、ロサ・ポリアンサの別名です)
ロサ・ポリアンサは原種ではなく、ノイバラ(R. multiflora Thunb.)の交配種と見られています。花色にピンクの色合いが出たり、ティーローズに似た香りがすることなどから、純粋なノイバラではなく、チャイナローズの血が入っているのではないかというのがその理由です。

ギヨ・フィルスはこのロサ・ポリアンサとチャイナローズの一種を交配し、小さな葉、小型のブッシュ、小輪・房咲きの花が繰り返し咲く品種の育種に成功し、

1873年、‘パクレット(Pâquerette:“ひなぎく”)’

1875年、‘ミニョネット(Mignonette:“おチビちゃん”)’

を公表しました。

これが、今日でも広く愛されているモダンローズ、ポリアンサの誕生です。

‘パクレット’
‘パクレット’ Photo/田中敏夫

‘ミニョネット’
‘ミニョネット’ Photo/ Stéphane Barth, Roseraie Du Val-de-Marne [CC BY-SA 3.0 via Rose-Biblio]
どちらの品種も、3cm径ほどのよく返り咲きする小輪の花が房咲きとなります。小さなつや消し葉、細い枝が繁茂する樹高100cmほどの小さなブッシュとなります。

ドイツのバラ研究家G・クルスマン(Gerd Krüssmann)は、ポリアンサの誕生について次のように記述しています。

「1865年、ロバート・フォーチュン(著名なプラント・ハンター)は矮性、返り咲き性のないノイバラを故郷イングランドへ送った…花はピンク、セミ・ダブルで房咲きとなるものだった…ジャン・シスレイ(フランスの園芸家)はこの品種のいくつかの種を入手した。彼が、友人であるリヨンのギヨにこの種のいずれかを送ったということはいかにもありそうなことだ…」(”The Complete Book of Roses”, 1981)

HTよりもずっと小さな小葉、樹高100cm前後の樹形、よく返り咲きし、房咲きとなる小輪または中輪の花というのがポリアンサの一般的な特徴です。

フロリバンダの誕生

ポリアンサは多くのバラ愛好家に愛されましたが、やがてより大輪花を咲かせる品種を求める声が高まってきました。

1912年、デンマークのダィナス・ポールセン(Dines Poulsen)は、中輪、半八重、オレンジ・レッドに花開く‘ロドヘッテ(Rødhætte: Red Riding Hood:“赤ずきん”)’を公表しました。

‘ロドヘッテ’
‘ロドヘッテ’ Photo/Walter Bräuner [CC BY-SA 3.0 via Rose-Biblio]
種親にパープリッシュ・クリムゾンのポリアンサ、‘マダム・ノーブル・ルヴァヴァスール(Mme. Norbert Levavasseur)’、花粉親はクリムゾンのHT、‘リバティー(Liberty)’でした。

ポールセンが意図したのは、ポリアンサの小型の樹形いっぱいに、HTの大輪が開く品種を育種することでした。

このポリアンサとHTの交配という手法は、ポールセンのみならず、当時の多くの育種家たちがこぞって試みていたものでした。その結果、続けざまに美しい品種が世に出ることとなりました。

これらの品種は後に、フロリバンダという新しいクラスとしてカテゴライズされることとなり、ダィナス・ポールセンはフロリバンダの生みの親という栄誉を与えられることとなりました。

いずれの育種家にクラス創設の名誉を与えるかということには、いろいろ異論が出ることはありがちです。HTのときと同じように、ポールセンによる‘ロドヘッテ’の公表以前に世に出された品種があり、こちらこそ最初のフロリバンダという解説も多く見かけます。

1903年、ドイツのペーター・ランベルトが公表した‘シュニーコッフ(Schneekopf:“雪だるま”)’こそ、最初のフロリバンダだという主張はその一つです。

種親は最初のポリアンサ、‘ミニョネット’、花粉親はライト・ピンクのHT、‘スヴェニール・ド・マダム・サブレイロル(Souvenir de Madame Sablayrolles)’でした。

この‘シュニーコッフ’も、ポールセンが育種した‘ロドヘッテ’に9年先立っていますので、フロリバンダの先駆けとして記憶しておく必要があるようです。

品種名から想像できることですが、中輪の白花が咲く、小型のブッシュだったようです。しかし今日、実株を見ることはできなくなってしまいました。

註:よく似た名前のハマナス交配種に‘シュニーコッフェ:Schneekoppe’があり、この‘シュニーコッフ’よりも多く流通していて混同しがちですが、別品種です。

“パパ・フロリバンダ”のバラ

もう一つ、付け加えたいことがあります。“フロリバンダ”というクラス名の由来です。ポールセンの‘ロドヘッテ’やランベルトの‘シュニーコッフ’は公表当時、ポリアンサ改良種(ハイブリッド・ポリアンサ)と呼ばれていました。

アメリカの大手バラ販売企業であるジャクソン&パーキンス(Jackson & Perkins:J&P)は1920年頃から数多くの大輪咲き、ハイブリッド・ポリアンサを市場へ提供するようになり、やがてそれらの品種群をフロリバンダ(Floribunda:“多花性”、ラテン語由来)と総称するようになりました。

J&Pの専属育種家として名をはせ、60種を超える“フロリバンダ”を公表したのが、ユジェン・S・“ジーン”・バーナー(Eugene S. “Gene” Boerner)です。

その功績とおだやかな人柄が多くの人に愛され、バーナーは“パパ・フロリバンダ”という愛称で呼ばれるようになりました。

最後に、バーナーが作出した美しいフロリバンダ、‘ファッション(Fashion)’と‘ラベンダー・ピノキオ(Lavender Pinocchio)’、そして、フロリバンダではありませんが、今日でも広く愛されているクライマー、‘パレード(Parade)’をご紹介しましょう。

‘ファッション’
‘ファッション’ Photo/田中敏夫
‘ラベンダー・ピノキオ’
‘ラベンダー・ピノキオ’ Photo/田中敏夫
‘パレード’
‘パレード’ Photo/田中敏夫

Credit

田中敏夫

写真・文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。

写真/今井秀治

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