急ぎ足の春の訪れ。「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.16〜

芽吹き始めたミズナラ
立春から数えて八十八日目の夜。一般に霜は「八十八夜」までといわれます。春がゆっくりと訪れる高原では随所にその余韻が残っているはずなのですが、今年は急ぎ足で春がやってきました。これでもかというほど雪掻きした大量の積雪もまたたく間に沢の流れとなり、めぐみの水を樹々がぐんぐん吸い上げています。モノトーンだった景色が、鮮やかな緑に様変わりするのも間近です。
目次
季節の森 ~芽吹きの色を楽しむ〜
森がひときわ色鮮やかなのは、初春から初夏にかけてではないでしょうか。菅平高原のある長野県上田市は、日本のほぼ中央に位置しています。植生を水平で区分すると、冷温帯の「夏緑樹林※1」に分類されます。さらに上田市内と菅平高原の標高差が1,000mあるので、垂直方向で区分すると「低地帯」「山地帯」「亜高山帯」「高山帯」となり、市内から真田を経由した菅平までの道筋でさまざまな樹木を観察することができます。

人間の顔がみな違うのと同じように、樹木もみな違った色で芽吹きます。また同じ樹種でも生育場所など環境により個体差が生じます。開葉のタイミングにも微妙な時間差があり、それが初春から初夏の森の色合いに反映されるのです。

1本ずつに着目してみると「葉は緑色」という概念を覆すほどバラエティーに富んでいます。新芽は桃色やオレンジ色のほか、蛍光色の鮮やかなものもあります。葉に含まれる葉緑素(クロロフィル)の量と光の波長によって、人間の目には緑とは異なった色調として認識されるためです。

それらの色は、ひと雨ごとに違った様相を見せてくれます。森全体がほぼ同じ緑色になる夏前に、その存在を知らなかった樹木を芽吹きによって発見できるのも、この時期ならではの楽しみです。

やま笑う季節、スケッチブックやカメラを片手に森へ色探しに出かけてみませんか。
※1 夏緑樹林:寒く乾燥する冬の間は落葉・休眠している広葉樹からなる森林。熱帯などで乾期に落葉する雨緑樹林と区別するために夏緑樹林と呼ばれる。ブナ・ミズナラ・シナノキ・ウダイカンバ・カエデ類などが主な構成種。
森がもっと面白くなる~草原に注目~筑波大学研究情報ポータルより
筑波大学山岳科学センターと神戸大学大学院人間発達環境学研究科のグループは、数千年続く「古い草原」と、スキー場造成のためにできた「新しい草原」との間で植物の多様性や種の組成が異なることを発見しました。
菅平高原には概ね「草原を主とする景観」が広がっています。「草原」は250万年前の氷河時代から日本に存在してきた代表的な生態系の一つですが、過去100年間で生活様式の変化などに伴い急速に消失しました。同時に草原性の動植物も過去に例を見ない速さで消滅しています。そして草原に棲息するわずかな動植物が、ことごとく絶滅危惧種としてランクインしているというわけです。「秋の七草」も風前の灯のような状況です。


調査した菅平高原スキー場と峰の原高原スキー場は、黒ボク土の堆積により、縄文時代から草原だったことが解明されました。縄文人の火入れによって草原が維持されていた可能性があるといわれます。奈良時代には放牧が始まり、人の手によって広大な草原が維持されてきた歴史がありますが、明治時代後期以降は草原が利用されなくなったため森林化したり、意図的な植林により草原の大部分が失われました。


菅平高原スキー場と峰の原高原のスキー場はかつて草原(=古い草原)だった区画にリフトが架けられました。森林化した場所(=新しい草原)を伐採してリフトを架けた区画もあります。どちらの区画にも在来の草原性植物が見られますが、ワレモコウとツリガネニンジンは古い草原にのみ存在していることが明らかになりました。


「歴史が古い植生ほど希少種が多い」という知見は、そこに棲息する生物や、調査区画以外の草原の生態系にも適用できる可能性が見いだされ、興味深い報告です。自然学校のフィールドである貴重な草原に、引き続き注目していきたいと考えています。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~
人気のイベント「味噌づくり」。毎春恒例の催しですが、その準備作業は、遡ること前年夏の大豆作りから始まります。安曇野の畑で、企業会員さんが無農薬で育てています。

大豆の収穫は、秋の恒例行事。人海戦術での刈り取り作業です。完熟のため、刈り取って積んだ大豆がパチッパチッと莢から自然と弾き出されます。大豆も種子なのだと実感する瞬間です。

収穫した大豆の選別は、これまた会員さんの真冬の恒例行事となっています。
その様子はVol.11でご紹介しています。お喋りしながらの作業が何日か続きます。時には「ボケ防止作業」などという軽口も飛び出します。笑

3月に開催した「味噌づくり」イベントの様子をご紹介します。大豆を前々日から水に浸し、ふっくら戻したものを大釜で柔らかくなるまで半日がかりで炊きます。この時、大豆サポニンの泡でふきこぼれないよう細心の注意を払います。豆を小指と親指で挟んで簡単に潰れる柔らかさになれば、よい頃合いです。大豆の甘い香りに包まれながらの作業です。


こうして迎えるイベント当日。今年は常連のお客さまに初参加の方も加わり、総勢20名が参加しました。まずは麹の量に合わせて塩の計量。次にミンサーという器具で茹でた大豆を潰してペースト状にします。これはみんなの連携作業で、ミンサーからニョロニョロとペースト状の大豆が押し出されます。


ペースト状の大豆に塩と麹を混ぜ込み、最後に空気を抜きながら持参した容器に詰めていきます。あとは麹の力と寝かせ時間が「美味しい手前味噌」に仕上げてくれます。

イベントの締めは、手作りの「甘酒プリン」。発酵食品のおやつです。
参加された方からの感想です。
●初めて味噌を作る経験を期待して参加しましたが、大変良かった
●子どもも楽しく一緒にできたのが良かったです。ありがとう
●大豆を潰すのが楽しかった

来年も3月に実施します。
今月の気になる樹:チャノキ
八十八夜は、農の吉日。農作業の目安とされ、種籾をまいたり茶摘みをしたりする時期です。日常の飲みものとして、古くから日本人に親しまれてきた緑茶。
その原料となるのがチャノキです。お茶の生産量トップ5は、1位=静岡県、2位=鹿児島県、3位=三重県、4位=宮崎県、5位=京都府です。温暖な産地からも想像できますが、原産は中国南西部の四川省、雲南省、貴州の温暖多雨地帯です。日本では丘陵帯に栽培されていますが、九州では野生化が見られています。長野県でも南端の天龍村中井侍地区で「中井侍銘茶」としてお茶の栽培が行われています。

引用 http://www.vill-tenryu.jp/tourism/souvenir/nakaisamuraitea/
茶畑は効率的な作業のために樹形を低く仕立てていますが、本来は高さ2mほどの低木です。条件が良ければ10m以上にもなるといわれています。公園や街路樹にもチャノキが植栽されていますが、管理上の都合で整えられている姿が多く見受けられます。一面に広がる壮大な茶畑は見事ですが、伸び伸び育つとチャノキはどんな姿になるのでしょう。

チャノキの葉はいわゆる茶葉になるのですが、長楕円形で光沢があり、サザンカによく似ています。縁には鋸歯があります。
花は白色で丸い5枚の花弁をつけた清楚な姿で、多数の雄蘂(おしべ)を持っています。10~11月にかけて開花します。


引用 https://www.pref.saitama.lg.jp/b0914/cyanohana.html
開花後は昆虫により受粉し、なんと1年後の秋に種子が熟します。1つの実の中に1〜5粒の種子が入っていて、かつては種子から食用油を取ったり、洗髪に利用していた地域があったといわれています。
また長寿などの薬効にあやかり「茶の実紋」の意匠も多く見受けられ、それだけ生活に密接な繋がりのあった樹木だったことがうかがえます。


引用 https://www.pref.saitama.lg.jp/b0914/chanomi.html
チャノキの葉から作られる代表的な飲みもの=緑茶の効能は、さまざまな研究で明らかにされています。3つの薬効成分カテキン、テアニン、カフェインを含み、生活習慣病予防やメンタルヘルスにも効果があることも分かってきています。薫風を感じながら、和菓子と新茶で一服しましょうか。
[チャノキ]
ツバキ科ツバキ属/常緑低木
中国原産、丘陵帯で栽培、九州で野生化
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