オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編〜<番外編 黒花>【花の女王バラを紐解く】
花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんがバラの魅力を深掘りするこの連載で、3回にわたり取り上げてきたダーク・レッドのバラの番外編として、さらに深い色彩を持つ黒バラの系譜をご紹介します。
目次
黒バラの系譜
“黒”バラと呼ばれる濃色のハイブリッド・ティー(HT)があります。バラはダーク・レッドからさらに濃色になると、カーマイン(赤みをおびたパープル)になることが多いのですが、多くの育種家がそんな濃色のバラ(黒バラ)を作り出そうと努力してきました。
彼らの試みを、少しだけ追ってみましょう。
トリオンフ・デ・ボザール
今回も、話は前々回『オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編〜<中編>』で解説した‘ジェネラル・ジャックミノ’から始まります。
‘ジェネラル・ジャックミノ’が公表されたのが1853年。それから4年後の1857年、フランス、パリ郊外、オー=ド=セーヌ県に圃場をかまえていたF. フォンテーヌ_父(François Fontaine-père)は、‘ジェネラル・ジャックミノ’の実生から、黒バラ、‘トリオンフ・デ・ボザール(Triomphe des Beaux-Arts)’を育種し公表しました。ハイブリッド・パーペチュアル(HP)にクラス分けされています。パリにある高等美術学校(エコール・デ・ボザール:École des Beaux-Arts)にちなんで命名されたものと思われます。
この品種については、カーマインに彩色された植物画は残されているものの、今日、実株を見ることは難しいようです。
エンプレス・オブ・インディア
1875年(1864年説もあり)、イギリスのT. ラクストン(Thomas Laxton)は、この‘トリオンフ・デ・ボザール’の実生から、HPの黒バラ、‘エンプレス・オブ・インディア(Empress of India)’を公表しました。
イギリスのビクトリア女王がインド皇帝として戴冠したのは1876年です。インドを統治した“女帝(Empress)”はビクトリア女王だけですので、この品種は大英帝国女王にしてインド皇帝であるビクトリア女王にちなんで命名されたものと思われます。公表年は1875年としましたが、イラストが掲載された年誌が1861年版ですし、1864年に公表されたという記事もあり、別名で公表されていたものが女王のインド皇帝就位を記念して改名されたのかもしれません。
残念ながら、この品種も実株を観賞することは難しいようです。
プランス・カミーユ・ド・ロアン
一方、フランスでも“黒バラ”が公表されています。
1861年、フランス、パリ近郊に圃場をもっていたウジェンヌ・ヴェルディエ(Louis-Eugène-Jules Verdier)は、‘プランス・カミーユ・ド・ロアン(Prince Camille de Rohan)’を公表しました。
公表されてから長い間、最も深い色の”黒バラ”という評を受けていました。花に似つかわしい、強い香りがします。
うどんこ病、黒星病には注意が必要ですが、返り咲き性が強く、広く愛された品種です。
異説もありますが、種親は‘ジェネラル・ジャックミノ’、花粉親は‘ジェアン・デ・バタイユ(Géant des Batailles)’が使われたという説が有力です。この組み合わせは、前々回の『オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編~(中編)』で解説した‘バロン・ド・ボンスタットン’(Baron de Bonstetten:フランス、リヨンのジャン・ピエール・リアブーが育種)と同じです。“黒バラ”の育種を目指す、当時活躍していた育種家たちが交配に選んだ品種が同じだったというのは、とても興味深い話です。
当時のフランス最北部の地域名であるロアンは現在ベルギー領ですが、この品種の公表当時はフランス領であり、ロアン男爵であったカミーユ・フィリップ・ジョゼフ・イデスバル(Camille Philippe Joseph Idesbald:1800-1892)に捧げられたのではないかといわれています。
ルイ・ヴァン・ホウテ
‘ジェネラル・ジャックミノ’の実生から生じた別の黒バラがあります。
1869年、フランス・リヨンのフランソワ・ラシャルム(François Lacharme)は、‘ルイ・ヴァン・ホウテ(Louis van Houtte)’を公表しました。
ベルギーの園芸家ルイ・ヴァン・ホウテ(1810-1876)は、南米でランの蒐集を行うなど探索活動ののち、1845年から園芸誌『ヨーロッパの温室および庭の花々:”Flore des Serres et des Jardins de l’Europe”』を刊行しました。雑誌は1883年まで23巻刊行されました。彩色が施された美しい図版が数多く掲載され、今日でも広く愛されています。上のイラストも年誌の1873年版に掲載されていたものです。
‘ルイ・ヴァン・ホウテ’はハイブリッド・パーペチュアル(HP)ですので、オールドローズです。続いて登場するのが、モダンローズ、ハイブリッド・ティー(HT)の“黒バラ”です。
ナイト
1921年、北アイルランドのマクレディII世(Samuel McGredy II: 1859-1926)は‘ナイト(Night)’を公表しました。
「茶色を含むダーク・レッド、濃色で、栗色気味の黒みを帯びたクリムゾン…」と表現された黒バラです。公表当時、もっとも濃色だと評判をとったHTでした。
交配親の詳細は明らかになっていません。
マクレディII世はこの品種を育種した当時(1921年)、イギリスのシシングハーストの庭園をつくり上げたことで名高い詩人サックヴィル=ウェスト(ヴィタ・サックヴィル=ウェスト)にちなみ、「レディ・サックヴィル(Lady Sackville)」と命名しました。しかし、なぜかすぐには販売せず、長く秘蔵していましたが、ようやく1930年になって市場へ提供し、その際、‘ナイト(Night)’と改名しました。
ニグレット
1934年、ドイツのマックス・クラウス(Max Krause)が公表したのが、‘ニグレット(Nigrette)’です。
種親はフランスのペルネ=ドウシェ作出の‘シャトー・ド・クロ・ヴジェ(Château de Clos Vougeot)’、花粉親にはイギリス、アレキサンダー・ディクソンII世が作出した‘ロード・キャッスルレー(Lord Castlereagh)’。ともに濃色、クリムゾンまたはカーマインに花開くHTです。
‘シャトー・ド・クロ・ヴジェ’が、イングリッシュ・ローズのクリムゾンなど濃色品種の育種プログラムの中で用いられたことは、前々回の『オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編<中編>』でも触れました。
シャルル・マルラン
1947年頃、フランスのフランシス・メイアンが育種したのが、‘シャルル・マルラン(Charles Mallerin)’です。
種親は交配用に用意されたもので無名種ですが、由来は分かっています。深いピンクのHT‘ローマ・グローリー(Rome Glory)’とダーク・レッドのHT、‘コンゴ (Congo)’との交配により生じたものとのことです。深い赤を生み出すもくろみのもと、使用されたのでしょう。花粉親もやはりダーク・レッドのHT‘タッサン(Tassin)’でした。
‘クライスラー・インペリアル’というダーク・レッドのHTとこの品種の交配により、‘パパ・メイアン’と‘ミスター・リンカーン’が育種されたことは、前回の『オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編~<後編>』で解説しました。
ブラック・バカラ
2002年、フランスのメイアンが公表したのが‘ブラック・バカラ(Black Baccara)’です。
種親にはサーモン・ピンクのHT‘セリカ(Celica)’が、花粉親にはHTの黒バラ、‘フエゴ・ネグロ(Fuego Négro:スペイン語で“黒い火”という意味)’が使用されました。
メイアンの現代表であるマティアス・メイアン(Matthias Meilland)は、SNS上に公表している記事『最も黒いバラ(The Blackest Roses)』で次のように解説しています。
「…エキゾチックで、ミステリアスで、そして劇的だ。ベルベットのような深い赤い花弁のゆえに、この品種はほとんど真っ黒に見える。この劇的な美しさは世界でもっとも深い色のバラであり、ドラマチックに人目を引くアレンジメントとして完璧なものだ」
Credit
写真・文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
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