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おいしい水のための、本気の森づくり 「サントリー」【植物にまつわる素敵な仕事】

おいしい水のための、本気の森づくり 「サントリー」【植物にまつわる素敵な仕事】

奥大山本谷川の清流。良質な地下水を涵養する森。

植物にまつわる、仕事やものづくりの物語。日本には、植物の持つ可能性と真摯に向き合う企業が多くあります。今回は「森林再生」に着目しました。「おいしい水は森で育まれる」という理念に基づき、2000年に始まった「サントリー天然水の森」プロジェクト。発起人として、企画の立ち上げ以来22年間この活動に尽力している、同社サステナビリティ経営推進本部チーフスペシャリスト・山田健(やまだ たけし)さんに、森にまつわる楽しいお話を伺いました。

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「地下水は涸れないのか?」その疑問が森へ向かう出発点

「マツって、樹木界の先駆者なんですよ。ほかの木が生きていけない崖や荒れ地に一番に根づいて、ぐんぐん育つんです。そしてマツが落とした葉で土壌が豊かになると、コナラなどの広葉樹も育ち始めます。しかし、そうなるとマツは肥沃な土壌に合わず、後進に席を譲って枯れていくんです。けっこう健気ないいやつでしょ」

森にまつわるトリビアが、次々と飛び出す山田さん。ですが、彼が最初から「植物のプロ」だったわけではありません。サントリー入社時の職種は、コピーライター。広告の仕事から「天然水の森」活動が生まれたきっかけは、自社製品について学び「地下水の大切さ」に気づいたことだと言います。

「一般的に、工場は物流の便利なところに建設されます。しかし、サントリーはちょっと変わった会社で、昔から『良質な地下水が豊富にあるところ』に工場を建ててきました。ウイスキーやミネラルウォーターでおなじみの山崎や白州、阿蘇、奥大山、北アルプスなどです。山崎以外はどこも交通の便は悪い(笑)。しかし、ウイスキーもビールもミネラルウォーターも、原料は『水』。川の水や水道水だと、季節によって水質が変化してしまいますが、地中深くから汲み上げる地下水なら、その心配はありません。その観点から見れば、なるほど納得! な建設条件ですよね」

天然水の森、奥大山
天然水の森、奥大山。

地下水は、森や山に降った雨や雪が土に染み込み、幾重もの地層を経て濾過され、ミネラルが溶け込んだもの。汲み上げられるまでに、およそ20年もかかるのだそう。

「サントリーの屋台骨を支えているのが『地下水』だと知ったとき、次に『それは涸れないものなのか?』という疑問を持ちました。水質と水量は、本当に持続可能なのか? ここから、地下水の出発点である山や森への興味が湧いてきたんです」

「天然水の森プロジェクトは、工場の水源エリアの森林を保護して育て、水源を守っていくという活動です。重要なのは、これがボランティアではないということ。商品の原料である地下水の安定供給が目的ですから、れっきとしたビジネスの一環なんです。ですから、立ち上げ当初から目標値を掲げてやっています。まずは『全国の工場で汲み上げる地下水と同量の水を育める広さの森林保護』を目指し、それが達成できると次は『2倍の量』。その後、研究が進むにつれて、地下水の涵養力の高い森が、生物多様性の高い森とほぼイコールだということが明らかになってきたため、今は、『生物多様性の向上』も大きな目標のひとつになっています」

森の地面に光が届くと、眠っていたタネが一斉に芽吹き始める

多くの人の尽力により、順調に目標を達成してきた「天然水の森」プロジェクト。ですが、山田さんが活動を始めたとき、森は予想以上に荒廃していたそうです。日本の森林の多くは、戦後、木材にするために植えられたヒノキやスギなど針葉樹の人工林。しかし木材価格の下落によって、森林は長らく放置されていたのです。

「遠くから見る山は、青々と木が繁っています。しかし、実際に山中の森に入ってみると、木が密集して、地表にまったく太陽の光が届いていない場所がたくさんありました。日が当たらないから真っ暗で、木の下の地面には草一本生えていません。このような場所に雨が降ると、カチカチになった地面に水が染み込めないため、土を削り取りながら地表を流れて、洪水流出してしまいます。災害の危険もありました」

間伐前の真っ暗な森
間伐前の真っ暗な森。

「そこで、間伐して本数を減らし、下枝を伐って地面に日光が届くようにしました。すると、土の中で眠っていたタネが一斉に芽吹き始めます。これは『埋土種子』といって、風で飛ばされたり鳥の糞で運ばれたりして土中に埋まったものです。埋土種子は芽吹きのチャンスが訪れるまで何年も生き続け、数十年後に発芽するケースもあります。こうして明るく手入れされた森には、草や低木が育って地面を緑で覆うようになります」

間伐後の森。
間伐後、地面に光が届くようになった森。

「多くの草木が生えると、土中では、落ち葉や草の根を、土と一緒に食べるミミズなどの土壌動物や微生物が増えてきて、有機物を含むフカフカの良質な土壌に変わっていきます。また、さまざまな植物の太い根や細い根は複雑に絡み合って、土を雨による流出から守ってくれます。細い根は冬に枯れるので土壌は自然にスポンジ状になり、水が染み込みやすい構造にもなるのです。保水性と通気性のある土壌で、植物は健やかに育ちます。このように、人間が少しだけ自然の流れを後押しすると、森は己の力で再生し始めるのです」

森林保護というと、苗木を植える「植林」のイメージがありますが、それは一筋縄ではいかない問題だと、山田さんは言います。

「たとえば、同じブナの木でも、日本海側の雪国に生えているブナと、太平洋側の温暖な地域に育つブナでは、ドングリの皮の厚さが違います。雪国のドングリは寒さに耐えるために皮が厚く、温暖な地のドングリは早く芽吹くために皮が薄いのです。もし、温暖な地で育ったブナの苗木を寒冷地に植えたらどうなるか? 植えた苗木自体は、それなりに育つのですが、でもそうして育ってしまった木が花を咲かせ、周囲のブナと自然交配を始めると、次世代に悪影響が出てしまう。そんなことを一つひとつ調査し、学びながら、森の整備を続けてきました」

「苗木を植えることもありますが、手で植えることができるのはせいぜい3㎡に1本ずつ。しかし、前述の埋土種子なら1㎡に100本くらい芽が出ます。しかもそこで生きてきた種子ですから、環境にも適応しやすい。それを間引いて育てたほうが、圧倒的に効率がいいんです。森について知れば知るほど、自然のサイクルは理にかなっていると、感嘆します」

人間の都合で単一化された森に「多様性」を取り戻す

蒜山のナラ枯れ
蒜山のナラ枯れ。

そんな山田さんが目指す理想の森は、「植物も虫も鳥も、たくさんの生き物がいる森」だと言います。

「たとえば近年、全国でコナラやミズナラが枯れる『ナラ枯れ』という問題が起こっています。これはカシノナガキクイムシという虫の大発生が原因です。しかし、この虫は本来、森の中で大きくなりすぎたナラの巨木だけを食べて倒し、自然な世代交代を促していたもので、決して『害虫』ではないのです。ところが、人間が薪や炭にするために山にいっぱいナラの木を植えて、それを戦後に放置したために、ナラの巨木ばかりが増えてしまい、それが一斉に枯れ始めたということなんです。原因は、人間がバランスを崩したせいだったんです。たくさんの生き物がいれば、多くの命でリスクを分け合い、どれか1種が大発生することはありません。そして、どんな環境変化が起こっても、山全体が全滅するようなことはないはずです。だからこそ、世界にはたくさんの生き物が共存していることが大切なのです。人間の手で単調になってしまった自然に、生物の多様性を取り戻すことが必要だと感じています」

「今、森林保護から派生して、有機農法による稲作にもチャレンジしています。有機農法は、虫や鳥、土中のバクテリアなど、たくさんの生き物の力を借りて農作物を育てます。この水田の近くには、どこから聞きつけるのか、あっという間にたくさんの鳥が集まってきます。自然界の情報網は伝わるのが早い(笑)! 日本の自然は多くの問題を抱えていますが、『まだ間に合う』と私は感じています」

マツムシソウに止まるアサギマダラ
マツムシソウにとまるアサギマダラ。

「皆さんが有機野菜や有機米を選ぶのは『体にいいから』かもしれませんが、じつは『地球環境にもよい』ことなんです。森林保護というと、遠い目標のように感じますが、毎日の食べ物に『有機栽培』の作物を選ぶことも、大切な一歩だと思います。庭に鳥がくる樹木を植えたり、蝶を呼ぶ草花を植えたり、一人ひとりが暮らしのなかでできることも、たくさんあります。そんな小さな積み重ねで、未来はよりよい方向へ変わっていくのだと思います」

キスミレ
山に咲くキスミレ。

森の仕事を始めてから、日常生活でも道端の小さな草や花が気になるようになったという山田さん。私たちが、散歩の途中で季節の花を愛でたり、ガーデニングで植物を育てたりすることも、どこかで森を育てることにつながるのかもしれないと、山田さんの言葉に励まされました。

Information

Profile/山田 健(やまだ・たけし)

1955年神奈川県生まれ。東大文学部卒業後、サントリー宣伝部に入社。ワイン、ウイスキー、音楽、環境などの広告制作を手掛ける。2000年から「天然水の森」プロジェクトを企画し、活動を続けている。著書に『水を守りに、森へ』(筑摩選書)、『オオカミがいないとなぜウサギが滅びるのか』(集英社インターナショナル)などがある。

●サントリー「天然水の森」
https://www.suntory.co.jp/eco/forest/

写真協力/サントリー

Credit

取材・文/新 明子
出版社勤務を経て、編集&ライターとして独立。女性誌編集部に5年在籍した経験を生かして、ライフスタイル一般、美容、人物インタビュー記事などを担当。その後、縁あって園芸専門誌の編集部に3年在籍。園芸にまつわる喜怒哀楽を味わい、植物の魅力に目覚める。自宅のベランダでは、レモン、ユーカリ、ジューンベリー、ハーブなどを栽培。新苗から育てたバラ‘ノヴァーリス’を溺愛中。

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