オールドローズからモダンローズへ~ダーク・レッド編~<後編>【花の女王バラを紐解く】

花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載では、3回にわたり、艶やかで魅惑的なダーク・レッドのバラを取り上げています。赤バラシリーズ最終回となる今回は、赤バラの名花‘クリムゾン・グローリー’から流れるバラの系譜をご紹介します。
目次
数々の赤バラを生んだ‘クリムゾン・グローリー’
前編、中編では、‘ジェネラル・ジャックミノ’をもとに生み出された、ダーク・レッドに花開く品種の数々をご紹介しました。じつは、ほかにも多くの赤バラのもととなった別の品種があります。それが、1935年、ドイツのコルデス社が育種・公表した‘クリムゾン・グローリー(Crimson Glory)’です。
後編では、この‘クリムゾン・グローリー’がもととなった赤バラをご紹介しましょう。

花色はクリムゾンと表現するにふさわしい深い紅(くれない)。濃厚なダマスク系の香りがします。
種親は‘カトリーヌ・コルデス(Cathrine Kordes)’、花粉親は‘W.E.チャプリン(W.E. Chaplin)’という、ともに深い赤のハイブリッド・ティー(HT)でした。
‘クリムゾン・グローリー’が世に出る経緯について、自身も育種家であったジャック・ハークネスは著書の中で次のように紹介しています。
「ウィリアム・コルデス2世は、赤い“マダム・カロリーヌ・テストゥー”を生み出すため、ようやく“カトリーヌ・コルデス”までたどり着いたのだが、その赤は彼にとってもまだ満足のいくものではなかった。そこで、彼は英国のチャプリンが育種した赤花、W.E.チャプリンを交配に使用した。
その成果がクリムゾン・グローリーだった。1935年にこの品種が公表されると、香り高い、深い赤色はすぐに最良の赤バラとして世界中で栽培されるようになった」(“The Makers of Heavenly Roses”, Jack L. Harkness, 1985)
コルデス2世が言及していた‘マダム・カロリーヌ・テストゥー’は1890年に“リヨンの魔術師”、ペルネ=ドウシェが公表したピンクのHTです。花弁がびっしりと詰まった香り高い大輪花は、当時、もっとも評価されたバラの一つでした。コルデス2世がもくろんでいたのは、‘マダム・カロリーヌ・テストゥー’の花形で、深紅に咲くHTの育種だったのです。

‘カトリーヌ・コルデス’は複雑な交配により生み出されたようですが、わずかに‘マダム・カロリーヌ・テストゥー’の血も入っています。しかし、もう一方の親、深い赤花を咲かせる‘W.E.チャプリン’がどんな交配により生み出されたのかは公表されておらず、不明のままです。
こうして世に出た‘クリムゾン・グローリー’は、花色の深い色合い、鮮烈な香り、また全体にバランスのとれた樹形から、多くのバラ愛好家の称賛を浴び、今日でもその評価は変わりません。
‘クリムゾン・グローリー’の血を引く赤バラたち
‘クリムゾン・グローリー’が交配親として多くの育種家たちに使われたことにはすでに触れました。数多い子どもたちの中から、変わらぬ人気を保っている品種をいくつか挙げてみます。
‘イーナ・ハークネス’
1946年、‘イーナ・ハークネス(Ena Harkness)’がイギリスの名門ナーサリー、ハークネス社から公表されました。ハークネス社により育種されたのではなく、アマチュア育種家であるアーノルド・ノーマン(Arnold Norman)により育種されたものでした。

大輪、開花当初は高芯咲き、次第に丸弁咲きへと変化してゆく花形。花色はダーク・レッド、花弁が均一に染まり上がる様子は気品を感じさせます。
種親は‘クリムゾン・グローリー’、花粉親は赤花のHT‘サウスポート(Southport)’でした。
1954年、枝変わりにより生じたクライマーが市場に出回るようになりました。今日では、このクライマーのほうが多く出回っています。
ハークネス一家のビルの妻、イーナへ捧げられました。花茎が大輪花の重さを支えきれずに下垂して咲くことが多く、これが欠点だとも、逆に優雅だと評されることもあるようです。
育種したアーノルド・ノーマンはフロリバンダ‘フレンシャム(Frensham)’、ランブラー‘クリムゾン・シャワー(Crimson Shawer)’など、すぐれた赤バラの育種で知られています。
1953年には、『成功するバラ栽培(Successful Rose Growing)』という著作も残していますし、英国バラ協会(RNRS :”Royal National Rose Society” )の会長も務めましたので、単に“アマチュア”と呼ぶにはためらいがあります。
‘聖火’
1966年、京成バラ園芸の“ミスター・ローズ” 、鈴木省三氏は赤白咲きのHT、‘聖火(Olympic Torch)’を公表しました。

赤をベースに花弁の基部から外縁にかけて白い筋が入る、華やかな花色のHTです。
種親は‘ロズ・ゴジャール(Rose Gaujard)’、花粉親が‘クリムゾン・グローリー’とのこと。
赤白花として評価の高かった‘ロズ・ゴジャール’の花色の濃淡をより鮮烈にしたという印象を受けます。
1964年に開催された前回の東京オリンピックにちなんで命名されたものでしょう。
‘シャーロット・アームストロング’と、そこに連なるバラの系譜
少し時代はさかのぼりますが、1940年頃、アメリカのウォルター・E・ラマーツ博士(Dr. Walter E. Lammerts:1904-1996)は‘シャーロット・アームストロング(Charlotte Armstrong)’を公表しました。
種親はイエローのHT、‘スール・テレーズ(Soeur Thérèse)’、花粉親が‘クリムゾン・グローリー’でした。
ご覧の通り、‘シャーロット・アームストロング’は赤花ではなく、ミディアム・ピンクの大輪HTでしたが、その品のよい香り、優雅な花形が広く愛され、多くの名品種を生み出す親株となっていきます。赤花、イエロー、ピンクの名品種、またグランディ・フローラという新しいクラスの元親ともなりました。
赤バラから少し寄り道となりますが、ご紹介していきましょう。
‘ゴールデン・シャワーズ’
1950年、ラマーツ博士は‘ゴールデン・シャワーズ(Golden Showers)’を公表しました。

大輪、セミ・ダブルに近い12弁前後の花弁。花色はたんぽぽ色、あるいはカナリア色と表現したい鮮やかなイエローで、庭のフォーカルポイントとなります。細めでしなやかな枝がするすると伸び、樹高350〜500cm、柔らかな枝ぶりのクライマーとなります。
種親は‘シャーロット・アームストロング’、花粉親はイエローの花色でシングル咲きのクライミングHT、‘キャプテン・トーマス(Captain Thomas)’でした。
花形は‘シャーロット・アームストロング’と‘キャプテン・トーマス’を足して2で割ったような印象です。花色、樹形は‘キャプテン・トーマス’の強い影響を感じさせます。
‘ノワゼット’など、アプリコットのランブラーは比較的多く見られますが、鮮やかなイエローのクライマーはあまり多くありません。その中にあっては、耐病性がある強健種、返り咲きの性質の強いつるバラとして、人気の高い品種です。育種・公表後50年以上経過していますが、今日でもイエローのクライマーとしては最高レベルにある品種です。
‘ティファニー’
1953年、アメリカのロバート・リンドクエスト(Robert V. Lindquist)は‘ティファニー(Tiffany)’を公表しました。リンドクエストはカルフォルニアに本拠を置くバラ販売会社、チャールズ・W・ホワード(Charles W. Howard)の育種担当の幹部でした。
種親は‘シャーロット・アームストロング’、花粉親はスペインのペドロ・ドットが育種したHT、‘ジローナ(Girona)’でした。
交配親の花色はともにピンクですが、‘ジローナ’は花心にアプリコットが出ることが多く、その血をひいた‘ティファニー’もわずかにアプリコットが花の奥に出ることがあります。
命名はアメリカ・ニューヨーク発祥、世界の主要都市に支店を展開する高級宝飾店ティファニー&カンパニーにちなんだものです。
‘クィーン・エリザベス’
1954年、ラマーツ博士は‘クィーン・エリザベス(Queen Elizabeth)’を公表しました。

時に13cm径を超える極大輪。オープン・カップ型、サーモン・ピンクとなる花色。花弁は末端にゆくにつれシルバー・シェイド気味となります。立ち性で高さ200cmを超えるほどの大型のシュラブとなります。
種親は‘シャーロット・アームストロング’、花粉親はオレンジ・レッドのフロリバンダ、‘フローラドーラ(Floradora)’でした。
現在のイギリスの女王、エリザベス2世の即位(1952年)を記念して命名されたものです。
極大輪、がっちりとした枝ぶりの大株となる樹形が特徴的で、アメリカでは、この‘クィーン・エリザベス’は従来のハイブリッド・ティーと一線を画すものとされ、新しいクラス、グランディ・フローラを設定し、その第1号としました。しかし、 皮肉なことに、自国の女王の名を冠した品種に対し、イギリスのバラ協会は新クラスを認めていません。同国では、この品種はフロリバンダにクラス分けされています。
赤花HTへ話を戻しましょう。
‘クライスラー・インペリアル’の誕生
ラマーツ博士は‘シャーロット・アームストロング’を交配して、赤いHTを生み出していました。
1952年に公表された‘クライスラー・インペリアル(Chrysler Imperial)’です。

大輪、ダーク・レッド、高芯咲き、典型的なHTの花形です。美しい花色、花形、強い香り、コンパクトで鉢植えに適した樹形が愛されましたが、病害が出やすいという弱点があり、今日ではあまり栽培されなくなってしまいました。
種親は‘シャーロット・アームストロング’、花粉親はスカーレットの花色のHT、‘ミランディ(Mirandy)’でした。‘ミランディ’も1944年にラマーツ博士により育種されたもの。‘ナイト(Night)’という極赤のHTと‘シャーロット・アームストロング’との交配により生み出されたので、この‘クライスラー・インペリアル’の3/4は、‘シャーロット・アームストロング’の血が流れているということになります。
アメリカ、クライスラー社のトップ・ブランド・カーであったクライスラー・インペリアル(6代目)にちなんで命名されたものと思われます。

赤バラの名花‘パパ・メイアン’
1963年、フランスのアラン・メイアン(Alain Meilland)は、‘パパ・メイアン(Papa Meilland)’を公表しました。

おそらく、ダーク・レッド/クリムゾンの大輪HTとしては、最も人気のある品種です。
鮮烈に香ります。病気になりやすい、樹形がなかなか整わないなど、今日の基準では多くの弱点を抱えていますが、その芳香ゆえに公表後50年を超えてもなお多くの方に愛され、数多くの賞を与えられています。
種親は‘クリスタル・インペリアル’、花粉親はダーク・レッドのHT ‘シャルル・マルラン(Charles Mallerin)’が使われました。
“Papa”という愛称で呼ばれた、メイヤン社の設立者、アントワーヌ・メイアン(Antoine Meilland)に捧げられました。
‘パパ・メイアン’の兄弟花‘ミスター・リンカーン’
アメリカのナーサリー、スイム・アンド・ウィークス(Swim and Weeks)は‘ミスター・リンカーン(Mister Lincoln)’を育種し、1964年、コナード・パイル社を通じて市場へ提供しました。

クリムゾンのバラとして、よく‘パパ・メイアン’と並び称されています。‘パパ・メイアン’と比べるとややパープリッシュな色合いになることが多いようです。‘パパ・メイアン’と同じような、ダマスク系の鮮烈な芳香。
それもそのはず、種親は‘クライスラー・インペリアル’、花粉親は‘シャルル・マルラン’。この組み合わせは‘パパ・メイアン’とまったく同じです。
命名はアメリカ合衆国16代大統領、エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln:1809-1865)にちなんだものです。
反奴隷制論者として知られ、大統領に当選した1860年、南部11州はこれに反発、ジェファーソンを大統領に指名し、連邦離脱を宣言しました。1861年から1865年までは内戦(南北戦争)を経験することとなりました。
リンカーンは、南北戦争に勝利しましたが、1865年、ワシントンDCのフォード劇場で観劇中、俳優のジョン・ウィルクス・ブースに至近距離から狙撃され死亡しました。享年56歳でした。
Credit

文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
写真/田中敏夫、今井秀治
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