庭はいつから人々に親しまれてきたのでしょうか。そして、どんな植物が愛されていたのでしょうか。そのヒントを現代に伝えているのが、イタリア、ローマ国立博物館マッシモ宮に展示されている「庭園を描いた古代ローマのフレスコ壁画」です。23の植物と69種の鳥が描かれた壁画に囲まれる展示室は、「独特の庭園空間を堪能できる場所」と話すフランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんに、古代ローマ時代に描かれたリウィア荘の庭園画の見どころについて解説していただきます。
目次
古代ローマ、リウィア荘の庭園画
旅先で立ち寄ったローマ国立博物館マッシモ宮で、庭園を描いた古代ローマのフレスコ壁画に出会いました。このリウィア荘の庭園画が描かれたのは紀元前40~20年、今から2,000年ほど前のこと。ところが、この庭園画の前に立った途端、2,000年の歳月を忘れてしまうほどにその風景は瑞々しく、時空を超えてローマ時代の庭園に迷いこんだかのようでした。
リウィアは初代ローマ皇帝アウグストゥスの妻で、この庭園画はローマ郊外、フラミニア街道北のティベリス川を見下ろす高台プリマ・ポルタにあった彼女の別荘から出土したものです。壁画は、夏の季節の暑さを避けて、食事や宴に用いられたのであろうと推測される、半地下状の窓のない部屋の四方を囲む形で庭の風景が描かれたものです。描かれた庭とはいえ、この壁画に囲まれた空間に入ると、まるで本当に庭園の中にいるような心持ちがしたことでしょう。というのも、20世紀間を隔てた現代でも、本物の庭にいるときのような、ふうっと落ち着く心地よさに包まれるのです。さらにはその静謐な空気感の中に、不思議なワクワクする感覚が湧いてきます。
写実と幻想のワルツ
描かれた庭にさらに近づいてみます。よく見ると、私たちも知っているような、モミやマツ、イトスギなどの針葉樹やオークなどの大きな樹木、またツゲやギンバイカ、ゲッケイジュがあり、ザクロやカリンやサクランボなど、さまざまな果樹の姿が浮かび上がってきます。それぞれがはっきりと識別できるほど写実的に描かれています。
木々の樹冠にはさまざまな種類の鳥が集まり、小枝にとまって果実を啄(ついば)んでいます。描き込まれた植物は23種、鳥は69種もいるそうです。季節の異なる果実が一度に実り、同様に花々が一斉に咲いている様子は、架空の絵画ならではの、時なしの桃源郷の庭のよう。バラやマーガレットなどの花や果実の色合いで、瑞々しい空の青色と木々の緑色に鮮やかな色彩のタッチが加わります。
そして木々の足元、下方前景には、丁寧に編み込まれたトレリスの柵が庭を囲み、ツタやアカンサスの葉っぱが茂り、さらにその奥にも、凝った文様の仕切りの壁が回してあるのに気付きます。現代の庭にもそのまま使えそうなフォルムの柵は、不思議な遠近感とともに、架空の庭の空間をより庭らしくしています。木々の姿はどちらかといえばナチュラルな自然樹形ながらも、メインの木々や植物の配置はシンメトリーなフォーマル・ガーデン風。ヨーロッパのフォーマル・ガーデンへの嗜好は、もともとの伝統的な感覚に根差しているのかと納得したりもします。
全体として実に写実的に描かれている、にもかかわらず、夢の中のような雰囲気が醸し出されるのは、不思議な遠近表現から来るのか、絶妙なリアルと幻想のミックス感からか、またはところどころが剥げ落ちているような絵画のテクスチャーの経年変化のゆえなのか。
古代ローマのバラとゲッケイジュ
ところで、壁画に描かれた樹木と花々は、それぞれにギリシア・ローマ神話や伝説などで親しみ深いものばかり。例えばギンバイカは愛と不死、純潔を象徴し、愛と美の女神ウェヌスに捧げられ、結婚式の飾りなどにも使われた花。一番目を引くのはバラですが、アウグストゥスの子孫にあたる古代ローマ皇帝ネロは大のバラ好きで知られます。晩餐会を催す部屋にはバラを降らせて埋め尽くし、バラ水を土砂降りのように注ぎ、その重みで窒息死する来客まで出たのだとか。かなり怖い。
また、オリンピックの勝者の冠として使われていたゲッケイジュには、リウィア荘とも関わる伝承があります。アウグストゥスとの結婚を控えたリウィアが別荘にいた時に、不思議な出来事が起こりました。どこからともなく飛んできた鷹が彼女の膝元に落としていった獲物が、ゲッケイジュの枝を咥(くわ)えた白い鶏だったのだそうです。宣託にしたがって植えたその枝からは、別荘を取り囲むゲッケイジュの森が育ちます。その森のゲッケイジュで凱旋する歴代のローマ皇帝の冠が編まれ、使った枝から再び挿し木をして育ち、別荘は白鶏荘と呼ばれるようになりました。ゲッケイジュの木は皇帝の死期が近づくと立ち枯れ、王朝最後の皇帝ネロの死期には、森全体が枯死したのだそうです。
描かれた庭の魅力
この夢のような庭園風景の中に佇むと、時が止まったような空気に包まれ、ずっとそのまま座っていたいような気がしてきます。この感じはどこかに似ている……そう、パリのオランジュリー美術館のクロード・モネの睡蓮の部屋に座った時の感じを思い出しました。
モネが自分の庭の睡蓮池の風景を描いた、楕円の展示室の壁を覆う絵画は、二次元のタブローという感覚を超えて、観る人を包み込んでしまうインスタレーションアートのように圧倒的。庭の描写というより、そのエッセンスから生まれた庭の風景のよう。
この古代ローマの庭園画は、昔日の庭園の様子を知るという意味でも興味深いですが、何よりも、時を超えた生命が宿る幻想の庭のごとき、描かれた庭ならではの独特の庭園空間を堪能できるのが素晴らしいです。
[作品]
リウィア荘の壁画
ローマ国立博物館(マッシモ宮)MUSEO NAZIONALE ROMANO所蔵
参考
第12回 皇帝の月桂樹:プリマ・ポルタの庭園壁画、桑木野幸司
https://www.hakusuisha.co.jp/news/n28611.html
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -
えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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