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「ロズレ・ド・ライ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

「ロズレ・ド・ライ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、松本さんにとって特別なバラ園であるパリ郊外の「ライ・レ・ローズ」の名を冠したバラ‘ロズレ・ド・ライ’と、バラだけを集めた世界初の庭園「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) をご案内します。

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‘ロズレ・ド・ライ’との出会い

バラ ‘ロズレ・ド・ライ’
深紅色のバラ ‘ロズレ・ド・ライ’。ルゴサ(ハマナス)を交配したハイブリッド種の一つで、世界初のバラ園の名前を冠している。

そのバラに最初に出会ったのは、長野県に住む作家の庭を訪ねた時だった。ルゴサ(ハマナス)系の深紅色のバラが1輪だけ咲いていて、それが‘ロズレ・ド・ライ’だった。バラ園の名前を冠したバラはいくつかあるが、パリ郊外の「ライ・レ・ローズ」は私にとって最も印象に残ったバラ園で、そのバラの名前を聞き、園内の光景が鮮やかに蘇ってきた。

バラ園の成り立ち

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園
「フォーマルローズガーデン」と「ティーローズの小道」を結ぶバラのパーゴラ。散策すると、額縁の中の絵のように、バラのある風景が展開してゆく。

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園は、パリの約10km南に位置する、世界で最初のバラだけを集めた庭園。1899年に開園と歴史は古く、成り立ちもユニークだ。そこはジュール・グラヴロー(Jules Gravereaux 1844-1916)という一人の男性のバラへの情熱で造られた。

グラヴローはパリ左岸にある高級百貨店、ボン・マルシェの重役だったが、48歳で引退。1894年に、農村だったライ村に1.5ヘクタールの土地を求め移り住んだ。そこで以前から興味があったバラの収集を始め、苗が1,600種類に達した時、バラ園を造ることを決意した。それまでバラは薬草、香料、切り花のために栽培されることが主で、庭の主役として観賞されることはほとんどなかったので、画期的な計画だった。

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園
「フランスのモダンローズ」のセクションにある「愛の神殿」。中央のキューピッド像がバラ園の守り神だ。

バラ園が評判を呼び人が集まるようになると、ライ村はその名前をライ・レ・ローズ(バラのライ村)に変えた。それほど人気が出たのだ。現在、バラ園はヴァル・ド・マルヌ県の所有となり名前も変わったが、ライ・レ・ローズの呼び名は今も愛称として親しまれている。

バラの設え方

バラのアーチ
バラのアーチが幾重にも連なり、色彩と香りに包まれながら歩くと、全身がバラ色に染まりそうに感じられる。

グラヴローは造園師のエドゥアール・アンドレに庭の設計を依頼し、バラの設え方を試行錯誤し習得していった。現在一般的なアーチ、スクリーン、オベリスクなど、バラを立体的に見せる仕立ては、ほとんどこのバラ園で考え出されたものだ。

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園
「フォーマルローズガーデン」のガゼボに咲く、‘アレクサンドル・ジロ’。1909年にフランスのバルビエによって作出されたバラだ。

私が訪れた6月の初旬はまさに花の盛りで、気温が高かったこともあるが、満開の花に囲まれ花酔いをするという、稀有な経験をした。全身が花に埋もれる感覚で、軽い眩暈を覚えたのだ。

庭園デザイン

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園
バラ園を空撮した写真。上部の建物が入り口とレストランで、中央が「フォーマルローズガーデン」。そこから左右に翼を広げるように、放射線状に庭がデザインされている(バラ園の写真集『A Treasury』より)。

バラ園は現在18ヘクタールの敷地に、約3,200種類、1万6千本の苗を数えるほどになっている。中央にフランス式の「フォーマルローズガーデン」があり、その背景となる巨大なガゼボとスクリーンにはピンクのバラ‘アレクサンドル・ジロ’が一面に花を付けていた。池のあるこの場所から、左右2方向に翼を広げるように庭が続いている。

「ライ・レ・ローズ」(現ヴァル・ド・マルヌ) バラ園
「フォーマルローズガーデン」全景。フランスの「ベル・エポック」時代のデザインの鉄製ガゼボと、それに連なる巨大なスクリーンに咲くバラは‘アレクサンドル・ジロ’。池を囲むバラは‘シルビー・バルタン’ ‘ベラ・ローズ’など。

正門から見て右手が歴史上のバラで、左手が近代バラ、さらに全体がテーマ別に13のセクションに分けられている。「フォーマルローズガーデン」「歴史上重要なバラ」「原種バラ」「ルゴサローズ」「木立バラ」「18世紀以前のガリカローズ」「マルメゾンのバラの小道」「オリエンタルローズ」「1850-1950年のオールドローズ」「海外のモダンローズ」「フランスのモダンローズ」「ティーローズの小道」「グラヴロー夫人のバラ庭」で、これらはグラヴローの研究の結果分類されたものだ。

マルメゾンのバラ

興味深いのは「マルメゾンのバラの小道」と名づけられた一画。グラヴローはバラの種類の分類や育種に熱心だったが、なかでもバラの発展に功績のあったナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの館、マルメゾンのバラの研究に力を尽くした。ジョゼフィーヌの時代から1世紀が過ぎていて、資料も散逸していたが、彼は3年の月日をかけてマルメゾンに250種類のバラがあったことを調べ上げた。さらにそのうちの198種類を集め、育てた。

バラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’
ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの没後に作出され、彼女に捧げられたバラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’。

私は‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’、‘マリー・ルイーズ’、‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン’など、一つひとつの花の名前を確かめながら小道を歩いた。200年前のジョゼフィーヌゆかりのバラに出会える喜び、そしてそれらを今に伝えた先人たちの想いをかみしめながら。

バラ‘マリー・ルイーズ’と‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン’
左/‘マリー・ルイーズ’。マリー・ルイーズはオーストリア皇帝の娘で、ジョゼフィーヌと離婚後、ナポレオンの皇妃となった女性。ジョゼフィーヌがバラにその名を授けたとされる。 右/‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン’。「マルメゾンの想い出」と名づけられたバラ。

バラ‘ロズレ・ド・ライ(Roseraie de l’Hay)’

バラ‘ロズレ・ド・ライ’

1901年、フランスのチャールズ・ピエール・マリー・コシェ作出。「ライ・レ・ローズ」バラ園を造ったグラヴロー氏によって命名されたといわれる。

シュラブローズで、ハイブリッド・ルゴサ(ハマナスの交配種)。花径約7cmで、紫がかった深紅色の多くの花弁を持つ。5月から11月までよく返り咲き、強い香りを放つ。樹高約2.5m、樹形は直立性で、半つるとしても設えられる。剛健種で育てやすい。

Information

 Roseraie du Val-de-Marne(L’Hay-les-Roses)

住所:Rue Albert Watel  94240 L’Hay-les-Roses France

電話:01 47 40 04 04

https://roseraie.valdemarne.fr

開園:5月中旬~9月 10:00~20:00

入場料:大人4€、子ども(5歳から15歳)・60歳以上・学生など2€、5歳以下無料

アクセス:パリから地下鉄7号線、Porte D’ltalie駅下車。バス184または186(祝日は286)、l’Hay-les Roses Sour-Prefecture Eglise 下車。

*開園状況は変わることがありますので、お出かけの際はご確認ください。

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