緑の丘を元気に駆け上ったり、静かに泥団子をつくったり、花を摘んだり昆虫を捕まえたり。かつて灰色の砂利敷きだった園庭は、女性造園家によって緑あふれる癒やしの庭へと生まれ変わりました。幼い子どもたちが自然に触れながら、伸び伸びさまざまな経験ができる子ども園の園庭をご紹介します。
目次
緑による癒やし効果を取り入れるガーデンセラピー
緑があるとホッとしたり、花の香りをかいで気分がリフレッシュしたりという経験は、誰しも覚えがあるものでしょう。これまで主観的な感覚として語られてきた緑による癒やしの経験は、ストレス軽減作用や認知機能改善など、人の心身への効果が科学的に裏付けされ始めています。
日本ガーデンセラピー協会は、こうしたエビデンスに基づく緑の効果について最新情報を発信したり、暮らしのさまざまなシーンで効果的に植物を取り入れるすべを講習会などを通じて広く普及しています。同協会では2021年ガーデンセラピーの実体験を募集した「第2回 みんなが笑顔で元気になる!花・緑・庭コンテスト」を開催。プロフェッショナル部門でグランプリを受賞したのが株式会社いずみガーデンが設計施工した子ども園の園庭です。設計を担当した和泉玲実さんに園庭とセラピーガーデンについてお話を伺いました。
灰色の砂利敷きの園庭から緑あふれる園庭へ

グランプリを受賞した「エンジェル・フィールド」は、北海道旭川市にある認定こども園「エールこども園」の庭です。もとは砂が敷かれた広大な園庭で、緑がなく大型遊具のみが設置され、職員たちは常に危険を回避することに気を張らなければならない環境でした。より子どもたちが自由に動くことができ、子どもにも職員にも、そして送迎をする家族や近隣の人にとっても癒やしの場にしたいという園の依頼を受け、いずみガーデンが新たに園庭を設計・施工。かつての灰色の園庭には緑があふれ、子どもたちが伸び伸びと過ごすことのできる環境へと生まれ変わりました。
子どもの多様性を受け止める空間の豊かさ

園庭は「つちのひろば」「キッズ・カフェ」「のっぱら」「とりのすひろば」「はなのこみち」「つきやま」というように、複数の小さな庭がつながっており、子どもたちは自由に回遊できるようになっています。

「この園には0歳から5歳の子どもたちがいますが、年齢によっても、一人ひとりの個性によっても遊び方は異なります。子どもだからといって、いつも元気いっぱいというわけではなくて、すごく走り回りたい子もいれば、泥団子をじっくりつくって静かに遊びたい子もいますし、その日の気分によっても違うでしょう。そういう子どもの多様性を受け止めることを大事にしたいと思って、それぞれの場所に『静』と『動』の特性を持たせ、それらの場所がつながるデザインにしました」(和泉さん)

自然の心地よさをデザインするバイオフィリックデザイン

それぞれのエリアは曲線でつながり、小道も花壇の縁も有機的なラインを描いています。このデザインは和泉さんが大事にしているバイオフィリックデザインの考えがもとになっています。
「バイオフィリックデザインというのは、自然の生み出す柔らかな曲線やバランスを大切にデザインに取り込んでいく考え方なのですが、私はそうした図面上に落とし込める線とか色合いというものだけでなく、“自然の息吹”を感じられるデザインをより大事にしています。例えば、木漏れ日の温かさとか葉擦れの音とか、草花の香りや感触というのは、デザイン画に落とし込めるものではないですよね。そういう目をつむっていても感じられる庭の心地よさをデザインすることが、私の考えるバイオフィリックデザインです」(和泉さん)
和泉さんがこうした考えを造園に取り入れることになったのは、アメリカでの経験が大きく影響しています。
「カナダで造園会社に勤めていたとき、『ヒーリングガーデンセミナー』を聴講し、ヒーリングガーデンにすごく興味を持ったんです。そして、ここでのご縁がつながり、2016年8月から3年間、アメリカのヒーリングガーデンをデザイン・施工する会社で働くことになりました。ここでは個人邸の庭はもちろん、病院や日本でいう児童養護施設などの庭を手がける会社で、本当にさまざまな経験をしました」(和泉さん)
アメリカでは大手の製薬会社などが主催し、全米から造園会社が参加してヒーリングガーデンに関するカンファレンスなどが定期的に開催されており、和泉さんは仕事に加え、そうしたカンファレンスを通じてヒーリングガーデンについて知識や技術を深めていきました。なかでも印象に残っているのは、ホスピスの庭で樹木の剪定をした時のこと。和泉さんが樹木の剪定をしていると、病室の窓から「ありがとう!」と、患者さんたちが嬉しそうに手を振ってくれたと話します。

「アメリカでは樹木の剪定というと、刈り込みという感覚が強いのですが、日本で基本的な造園技術を身に付けた私にとっては、透かし剪定のほうが馴染みがあります。透かし剪定は枝を透かして木漏れ日をつくったり、枝葉の間から青空をのぞかせたり、葉の重なりをコントロールして緑の濃淡をつくったりすることができるのですが、そういう自然がつくり出す景色を患者さんはとても喜んでくださったんですね」(和泉さん)
屋外に自由に行くこともままならないホスピスの患者さんにとって、和泉さんが剪定した木々が見せる日々の変化は、微風に揺れる葉一つとっても、自然の美しさに触れるかけがえのないひとときだったのです。和泉さんの透かし剪定の技術は、ホスピスのみならず、どこの庭に行っても喜ばれました。そうした経験を通して、じつは日本の造園技術やそれを生み出した自然観は、バイオフィリックデザインに通じるものが多いということに気が付いたと話します。
アメリカでの仕事を通して気づいた心に寄り添う日本の造園技術

「アメリカで学んだヒーリングガーデンのエッセンスの一つに、飛び石(Stepping Stones)がありますが、なぜそれがヒーリングになるかというと、足元に不安定な要素があることで、意識や注意が足元に向きますよね。そうすると、あれこれモヤモヤと考えていたことが、その間はちょっと棚上げになる。足元に注意の向く飛び石は、『昨日の嫌なことを忘れさせる』ための仕掛けであり、ヒーリングガーデンの技術の一つなんです。でもこれって、昔から日本にある庭の要素ですよね。日本を離れて知る、日本の庭職人の『心の技』に気づいた瞬間でもありました」(和泉さん)
人の心をくるむ庭をつくっていきたい

そうした「心の技」により、無意識に気持ちが晴れたり、ホッとできたりすることがセラピーガーデンでは大切だと和泉さんは話します。
「花の圧倒的な美しさも、感動を呼び起こして気持ちを晴れやかにしてくれる効果があると思いますが、毎日の暮らしのそばにある庭では、見るともなく目に入ったり、意識して感じるものだけでなく、むしろ無意識の中に感じるものが日々重なって、癒やしや心地よさにつながると思うんです。そういうものをデザインすることが造園家としての私のテーマです。だから、セラピーガーデンは押しつけたらダメなんですよ。『この庭、癒やし効果抜群ですよ!』なんて言われたら、まったく癒やされませんからね(笑)。施主さんがどう感じるかが大事ですから」

庭という空間を通して、どう人の心に働きかけるのか。セラピーガーデンには、植物の知識や造園技術だけでなく、人の心へのアプローチが求められます。和泉さんは最後に、「さりげなく人の心をくるむ庭をつくっていきたい」と話してくれました。
Information
和泉玲実(いずみれみ)
いずみガーデン設計部長/日本で土木、造園の仕事を経てカナダ、アメリカでランドスケープデザインの会社に勤めながらヒーリングガーデンについて学ぶ。現在は北海道旭川市の造園会社「いずみガーデン」に勤め、心と庭の関係を考えた庭をTalking Nature Gardenとブランディングし、個人邸から企業の庭を手掛けている。1級造園施工管理技士、一級造園技能士、測量士補、「過去に探す未来」で全日本ガーデン&フラワー選手権 最高賞金賞。「Angel Field」子ども達の園庭で日本ガーデンセラピー協会 「第2回ガーデンセラピーコンテスト・プロ部門」大賞受賞(2021)。「自然の生命に触れる、福祉の庭」で全国女性造園技術者技能競技大会銀賞受賞など受賞歴多数。ガーデンセラピーコーディネーター1級取得者。
いずみガーデン http://www.izumigarden.com
日本ガーデンセラピー協会 https://www.garden-therapy.org
Credit

取材・文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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