ガーデン先進国イギリスが誇る花の祭典、チェルシーフラワーショーが、2021年9月、2年4カ月ぶりにロンドンで開催されました。新型コロナウイルス感染症の大流行によるロックダウンを経て、ガーデンや緑の空間の大切さが再認識され、ガーデナー人口も飛躍的に増えたというイギリス。今回のショーでは、時代が求める庭の在り方が示されました。
目次
百年続く花の祭典

英国王立園芸協会(RHS, The Royal Horticultural Society)が主催するチェルシーフラワーショーは、世界的な園芸の祭典として、ロンドンのチェルシー王立病院を会場に、毎年5月下旬に開かれます。新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)により、2020年はオンライン開催となり、2021年も5月の会期は延期されましたが、108年のその歴史で初めての、そして、一度きりの9月開催が実施され、再開を待ち望んでいた園芸ファンを喜ばせました。
例年の5月の会場は、初夏の到来を告げる華やかな色彩の植栽にあふれますが、今回は落ち着いた秋色のパレットに。秋咲きのアスターやダリア、サルビアといった花々や、オーナメンタルグラス、赤や黄の実を付ける木々、また、ハロウィンのかぼちゃも飾られ、チェルシーが初めて見せる秋の景色は、新鮮さを感じさせるものでした。
チェルシーフラワーショーは英国園芸界の動向が見られる一大イベントで、ファッションの世界でいえば、ファッションショーと見本市を兼ねたようなもの。時代の先端を行くガーデンデザインだけでなく、流行のフラワーアレンジメント、新しい園芸品種や園芸商品などの発表の場となっています。
ショーのハイライトは、会場に作られる展示ガーデンの数々。中でも、世界屈指のガーデンデザイナーたちが10×20mの大きな庭を設計し、たった3週間の工事期間でガーデナーたちと作り上げる〈ショーガーデン部門〉の作品には、毎年、注目が集まります。植物の選び方や組み合わせなど、取り入れたくなる新しいアイデアを見せてくれる展示ガーデンですが、今年は新しく、〈バルコニーガーデン部門〉と、鉢植えを駆使した〈コンテナガーデン部門〉という、都会の小さなスペースをデザインする2つの部門も設けられました。
新時代のガーデンに求められるもの
今、世界は、気候変動や地球温暖化、ミツバチなどの花粉媒介者を含む、種の減少や絶滅の危機といった、難しい問題に直面していますが、これらに対し、園芸界からもさまざまな働きかけが始まっています。また、「サステナビリティ(持続可能性)」の概念も浸透し、できるだけ環境に負荷をかけない資材を使うことや、栽培の方法が模索されています。
今年の特別展示ガーデン〈RHSクイーンズ・グリーン・キャノピー・ガーデン〉は、2022年のエリザベス女王在位70年を祝って、全国に緑の天蓋を広げようという植樹プロジェクト〈クイーンズ・グリーン・キャノピー〉の一環として作られました。さまざまな種類の21本の樹木が植わり、ワイルドフラワーが咲き広がる庭は、森林の環境を守る大切さを訴えます。また、同じく特別展示ガーデンの〈RHS COP26ガーデン〉は、2021年11月にスコットランド、グラスゴーで開かれた、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)を記念して、気候変動とガーデンの関わりをテーマに作られました。
時代の変化に伴い、求められるガーデンデザインも変わります。それでは、今回注目された〈ショーガーデン部門〉の受賞作品を見ていきましょう。
金賞&ベストショーガーデン
〈グアンジョウ・ガーデン〉
資金提供:中国、広州市
デザイン:ピーター・シュミエル、チン=ヤン・チェン

金賞、及び、ショーガーデン部門の大賞となるベストショーガーデンを受賞したのは、中国第3の大都市である広州市がスポンサーとなった〈グアンジョウ・ガーデン(広州市の庭)〉。この庭は、人と自然をつなぐ都市計画の大切さを訴えかけるものとなっています。デザイナーのピーター・シュミエルとチン=ヤン・チェンは、シンガポールの〈ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ〉をはじめ、都市部の景観設計で定評のあるグラント・アソシエイツに属する景観建築士。近年の世界的な気候変動や、種の絶滅の危機といった、現代社会が抱える問題に対応すべく、都市部の緑の景観づくりに取り組むエキスパートです。
北側に山、南側に珠江の水辺を持つ広州市では、山と水辺の緑を守りつつ、その間に位置する都市部にも緑の空間を設けるという、環境に配慮した緑化政策がとられています。この庭は、その広州市の在り方に着想を得てデザインされたもので、清浄な空気を生み出す森の谷間(山)、森の中の空き地(都市部に相当)、水辺という、3つのゾーンで構成されています。森の谷間から湧き出る水は、人と野生生物の集う森の空き地を通って、低地の水辺へと注ぎ込み、庭全体が清らかな心地よさに包まれています。

清浄な空気をもたらす森の谷間をイメージしたゾーンには、メタセコイアやヨーロッパカラマツなどの大木が立ち、シダなどの下草がふんだんに生えています。奥の塀は、スゲなどの植物で一面緑化されており、きれいな空気を生み出す仕掛けのある塀になっています。
高さ8.5mの構造物が目を引く、中央の開けたゾーンは、人々が集い、また、野生生物の棲み処となる場所。大小の構造物は、都市部のビルを連想させるものですが、編み籠のように透けていて軽いため、圧迫感はありません。構造物に使われている資材は、モウソウチクをラミネート加工で強化した竹材です。デザイナーたちは、生育が早く、環境への負荷の低いサステナブルな材料であるモウソウチクに注目し、取り入れました。
森の谷間から流れ出る水は、大きな池へと注ぎ込みます。池は庭全体の約1/3を占め、その水量はチェルシー史上最大とのこと。池には生い茂る植物で覆われた小さな島がいくつかあって、水面には淡い黄色のスイレンが浮かびます。
庭に生えるすべての植物は、空気や土、水の浄化を助けるものが選ばれています。緑の景色と生態系を守る都市づくりをすることは、人々の暮らしをよくすることにつながり、人は大きな益を受けることができる。これからの都市づくりの在り方を、このガーデンは象徴的に伝えています。
金賞
〈M&Gガーデン〉
資金提供:M&G
デザイン:ハリス・バグ・スタジオ(シャーロット・ハリス&ヒューゴ・バグ)

この庭は、都会の喧騒の中にある、人と野生生物が分かち合う緑の楽園として設計されました。緑の公共スペースというデザインコンセプトは、パンデミック以前に考えられたものですが、パンデミックによるロックダウンを経て、都会に緑の空間を設ける重要性に、より多くの人が共感することとなりました。
小さな公園には四方に入り口が設けてあり、そこから大小の敷石と砂利を組み合わせた小道によって、小さな池や、岩や植栽で仕切られたスポットへと導かれます。1人きりで静かに過ごすための空間があれば、数人で集うための空間もあって、そこには木の塊のような素朴な風合いのベンチが置かれています。

見る者の目を引くのは、上下しながら庭に巡らされている黒い配管です。これは、長さ100mのアート作品。町で見られる工業用の配管から着想を得たもので、実際に使われていた金属管が再利用されています。管の継ぎ目から、金色の液体が流れ落ちて池に注ぎ込んでいたり(液体のように見えるが実際は固体)、管の穴に鳥の巣が作られていたり。町の産業遺物も、何か特別な、美しいものに変えることができるという、デザイナーからのメッセージです。配管以外の資材も、可能な限り再利用品が使われています。
植栽は、心休まる、柔らかな雰囲気。日向のエリアでは、オーナメンタルグラスの軽やかな草穂に、黄花のソリダスターやセリ科の白花が明るさを添えています。半日陰のエリアは、白花のホワイトウッドアスター、紫のアスター、黄色く紅葉するアムソニアなどの多年草に、オーナメンタルグラスの取り合わせ。周囲を囲む木々は、都会の厳しい気候にも耐えられる、ヌマミズキやアキグミなどが選ばれています。この庭は実際に移設されて、地域の小さな公園として使われる予定です。
金賞&BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード大賞
〈ヨー・バレー・オーガニック・ガーデン〉
資金提供:ヨー・バレー・オーガニック
デザイン:トム・マッシー(協力:サラ・ミード)

金賞に加え、一般による人気投票〈BBC/RHSピープルズ・チョイス・アワード〉のショーガーデン部門大賞を受賞したのは、〈ヨー・バレー・オーガニック・ガーデン〉です。この庭は、オーガニック認証を行う英国最大の団体、ソイル・アソシエーションによって認証を受けた、チェルシー史上初のオーガニックガーデンとして、歴史に名を残すこととなりました。ナチュラル、オーガニック、サステナブルという、時代のキーワードのすべてが当てはまる庭です。
スポンサーであるヨー・バレー・オーガニック社は、英国最大のオーガニックブランドとして、有機農法で牛乳やヨーグルト、バターなどの乳製品を生産、販売する会社です。サマセット州、ブラッグドンには、同社の農場に併設してオーガニックガーデンがあり、ヘッドガーデナーのサラ・ミードは、土壌の健康と生物多様性(バイオダイバーシティ)を促し、野生生物の生態を支える場所として、長年かけてこの庭を作り上げました。今回、デザイナーのトム・マッシーは、チェルシーでのデザインに、そのサマセット州の庭のエッセンスを詰め込んでいます。シラカバの林や宿根草のメドウ、メンディップストーンという特産の石材など、サマセットのオーガニックガーデンを象徴する要素が、美しく組み合わされています。

心地のよい、明るい森の景色を作るのは、シラカバやサンザシ、それから、セイヨウカリンなどの実を付ける木々です。その前には、ルドベキア、ヘレニウム、トリトマといった、秋咲きの黄色い花々が、オーナメンタルグラスの軽やかな草穂に混じって咲く、宿根草のメドウが広がります。そして、奥の錆びた鉄のタンクからあふれる水は、小川となって、庭の中央を流れていきます。
目を引くのは、庭の中ほどに吊されている、卵形のブランコのようなもの。これは、庭でくつろぐための場所であり、野生生物を観察するための場所でもあります。このオーク材で作られた「卵」は床がガラス張りになっていて、下を流れる小川を観察できる仕掛けがあり、手動で上下させることもできます。水は生き物にとって不可欠なものですが、水に呼ばれたのか、会期中に早速、トカゲが姿を現したそう。
また、庭のアクセントとなっているのは、真っ黒な木炭で作られた低い柵。これらの木炭は、会期後にサマセット州に持ち帰られ、土壌改良のためのバイオ炭として使われます。農薬も殺虫剤も使わないオーガニック栽培によって、安心安全な上に、こんなにも美しく心地のよい空間を作り上げたからこそ、人々の大きな支持が得られたのでしょう。
銀賞
〈フロレンス・ナイチンゲール・ガーデン〉
資金提供:バーデッド・トラスト・フォー・ナーシング
デザイン:ロバート・マイヤーズ

〈フロレンス・ナイチンゲール・ガーデン〉は、架空の新しい病院の中庭として設計されました。この庭のスポンサーは、看護に関わる人々やプロジェクトを支援する、英国の慈善団体。2020年に迎えたナイチンゲール生誕200周年を記念し、現代の看護の基礎を作り上げたナイチンゲールと、現代医療において重要な役割を果たす看護職の人々を称える庭をつくろうと、チェルシーに初参加しました。この庭はパンデミック以前にデザインされたものでしたが、パンデミックを経て、英国では医療従事者に感謝する動きが高まり、図らずもタイムリーな意味合いを持つこととなりました。
庭のテーマは「自然を通じて育む」。ナイチンゲールは、療養において緑の空間が大切なことを知っていたといわれ、庭の緑が早期回復を促すという考えが、このデザインには込められています。ガーデンは病棟から眺められるように設計されており、同時に、患者が戸外で過ごすための場にもなっています。中庭を囲む3辺には、適度な日陰を作る木製のパーゴラが回廊のように建てられ、また、患者の移動を考慮して、床は平坦に、通路は幅広くなっています。木製の壁を飾るのは、ナイチンゲールが書いた手紙の文字で、庭を訪れる人に癒やしの力や看護の力を訴えかけます。

植栽は、落ち着いた色合いのナチュラルなもので、ブルーのアスターやエキナセア、サンジャクバーベナが、高さを印象づけるミスカンサス属のオーナメンタルグラスと風にそよぎます。常緑のセイヨウイチイの丸い刈り込みは、四季を通じて緑を保つ役割を果たしています。
この庭は一度解体された後、2022年に、ナイチンゲールにゆかりのある、ロンドンの聖トーマス病院に移される予定です。彼女が1860年に設立した世界初の看護学校は、この病院に付属していました(現在はロンドン大学キングス・カレッジに付属)。移設予定の場所は、現在、新型コロナウイルス感染症の対策に使われているそうで、パンデミックが収束して移設が行われれば、まさに記念碑的なガーデンとして親しまれることでしょう。
今回のショーガーデン部門の作品では、人々が自然と触れ合い、また、野生生物の棲み処にもなる「共有する庭」というコンセプトが注目されました。また、人々の「ウェルビーイング(身体的だけでなく、精神的な、社会的な健康)」を支える場所として、庭の果たす役割は今まで以上に期待されています。そして、庭は、よりサステナブルで、オーガニックなものへ。パンデミックを経たチェルシーフラワーショーからは、時代の変化が感じられました。
●同時期に開催されたイベントのレポート記事『ロンドンの街が花々で飾られる〈チェルシー・イン・ブルーム〉』も併せてお読みください。
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