バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、イングリッシュローズの‘メアリー・マグダレン’。その名のもとになった女性メアリー・マグダレン、通称「マグダラのマリア」のエピソードを交えながら、芳香豊かなバラの魅力をご紹介します。
目次
バラとの出会い
バラ‘メアリー・マグダレン’に出会ったのは、友人のバルコニーだった。わが家のバルコニーに感化された友人が、バラ栽培を始めたのが十数年前。弁護士という忙しい仕事の傍ら苗を増やし続け、30鉢以上が花開くバラ庭を作り出している。
彼女に名前を教えられたバラの一つが、そこに咲く‘メアリー・マグダレン’だった。その名前が表す女性メアリー・マグダレンは、通称「マグダラのマリア」として知られている。新約聖書の福音書に、イスラエル北部のガリラヤ湖沿いの町、マグダラ出身のマリアとして登場する人物だ。
当時ダン・ブラウンの小説『ダ・ヴィンチ・コード』を読んでいて、物語の中にしばしば登場するのが、マグダラのマリアだった。小説のミステリアスな展開に惹かれていたので、その名前のバラと出会えて胸がときめいた。
マグダラのマリア
福音書によると、マグダラのマリアはイエス・キリストが十字架にかけられた時、立ち会った数人のうちの一人。またその復活の場にも居合わせ、キリストの弟子たちに復活を告げる役割を担っている。キリストが信頼した愛弟子の一人とされる女性だ。
だが「マグダラのマリア」という名前には、別のイメージが付きまとっている。娼婦を意味する「罪深い女」というレッテルが貼られているのだ。591年にローマ教皇グレゴリウスによって宣言されたその名称が広く知られ、長い間そうした印象で語られてきた。
20世紀になり新たな資料が発見されてから、男性原理を重視した教会が、女神崇拝を怖れて、イエスの弟子である女性のイメージを操作したというのが定説となっている。だが、まだそのイメージが完全に払拭されたとは言い難いようだ。
小説『ダ・ヴィンチ・コード』
小説では、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「最後の晩餐」でキリストの右隣にいるのが、マグダラのマリアであるとされる。さらにマグダラのマリアはキリストの妻で、その子どもたちがフランスに逃亡し、子孫がゲルマン人のメロヴィング朝フランク王国の王族と婚姻し、その血筋が今も続いているとしている。シオン修道会という秘密結社が、代々彼らを守り続けているという物語だ。殺人事件から始まり、秘められた謎を暗号とともに解き明かしてゆくスリリングな展開で、世界的なベストセラーとなっている。小説はフィクションだが、いくつかの研究書に基づいていて、また現存する団体や場所も登場し、読者の想像力を掻き立てる。
バラの紋様
『ダ・ヴィンチ・コード』でもう一つ私が興味を持ったのは、物語の全体を通して、バラの紋様がひとつのカギとなっていること。中にはシオン修道会の言い伝えとして次のような記述もある。
「薔薇の最古の品種であるロサ・ルゴサ(ハマナス)は花びらが5枚で、五角形の対称性を備えており、導きの星である金星と同じく図像学的に女性と強い結びつきがある。また薔薇は『正しい方向』や『人を導く』という概念とも深いつながりを持つ。コンパス・ローズ(羅針図)は旅人を導くものであり、ローズ・ライン(子午線)も助けになる。薔薇は秘められた真実へといざなう聖なる女神、導きの星というわけだ」(角川文庫、越前敏弥訳)
バラが象徴するものは多々あるが、これほど意味深いものに出会ったのは初めてだった。
バラの名前
バラ‘メアリー・マグダレン’は、イギリスのデビッド・オースチンによって1998年に作出された。デビッド・オースチン社のあるシュロップシャー州、アルブライトンのセント・メアリー・マグダレン教会にちなんで名づけられたという。
メアリー・マグダレンはフランス語ではマリー・マドレーヌとなり、パリのマドレーヌ寺院は彼女を祀っている。焼き菓子のマドレーヌもこの名前に由来する。
バラ‘メアリー・マグダレン(Mary Magdalene)’
1998年、イギリス、デビッド・オースチン作出のイングリッシュローズ。
濃いアプリコット色から淡い色に、さらに白に近い花色に変わる。ロゼット咲きで、花径は8~10cm。中央に白いボタン・アイ、また花心がほんのりと赤くなるなど、艶やかな花姿を見せる。四季咲き。
樹高は約90cmと比較的コンパクトなので、鉢植えにも向いている。樹形は木立ち性。ミルラ香(ムスクに似た香りで、ほんのりと木の香りが混じる)が強い。
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2023年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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