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「メイデンズ・ブラッシュ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

「メイデンズ・ブラッシュ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、作出について諸説あり、30以上もの名前を持つというオールドローズ‘メイデンズ・ブラッシュ’。ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌも愛したこのバラについて、繊細な花びらが重なる美しい写真とともにご紹介します。

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「乙女のはじらい」

バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’
今年5月にわが家のバルコニーで咲いた、‘メイデンズ・ブラッシュ’。

花の写真を見て、‘メイデンズ・ブラッシュ’というバラのことが気になっていた。バラ苗業者のカタログには見当たらず、長い間、私にとって幻のバラだった。そのバラに出会えたのは、十数年前、友人と訪ねた山梨県にあるコマツガーデンだった。想像以上に艶やかな花姿に惹かれ、早速苗木を買い求め、以来、わが家のバルコニーで、毎年咲く姿を楽しんでいる。

バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’
淡いピンクが次第に白に変化していく、花色のグラデーションが華やかだ。鉢植えの一株に比較的たくさんの花を付けた3年前の写真。

‘メイデンズ・ブラッシュ’という英語名を勝手に「頬を染める少女」と訳していたが、わが家を訪れたやや露悪趣味の友人は、バラの名前を聞いたとたん「処女の赤面顔」と言い放った。それはあまりに直訳すぎるので、調べると、わが国では「乙女のはじらい」として紹介されていた。

バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’
オールドローズ特有のクラシカルに波打つ花弁は、見惚れるほど優美だ。少女の頬のかすかに染まる色を表す名前が付けられたのも分かるような気がする。

オールドローズの‘メイデンズ・ブラッシュ’の作出については諸説あり、定かではない。だが欧米の文献によると、1400年以前から存在していたのは確かなようだ。当初は‘ロサ・アルバ・インカーネイタ’と呼ばれていた。イギリスで‘メイデンズ・ブラッシュ’と名づけられたのは、1770年のこと。キューガーデンで発見されたという説もある。

「妖精の太もも」

バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’
淡いピンク色の花をより優しげに見せているのが、光沢のないグレイッシュ・グリーンの葉だ。

花の雰囲気がさまざまなイメージを喚起するのだろう、このバラには30以上もの名前がある。フランスでは、‘ラ・バージナル’、‘ラ・ロワイヤル’とも呼ばれるが、よく知られているのは、1802年に付けられた‘キュイジュ・ド・ニンフ’で、「妖精の太もも」という何とも艶めかしい名前だ。もともとの‘インカーネイタ’も「人肌のピンク色」を表す言葉だという。

マルメゾン城のバラ

マルメゾン城
パリ郊外のリュエイユに建つナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの居城、マルメゾン。当時は広大な敷地内に世界各地の植物を集めた庭園や温室、バラ園があったが、今は城の周辺の庭しか残っていない。

世界各地のバラを集め、育種にも熱心だった、ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌ( Empress Josephine 1763-1814)。これは彼女のお気に入りで、マルメゾン城のバラ園にも咲いていた。

ルドゥーテのバラ
植物画家ルドゥーテの描いた『バラ図譜』(1817年)に収められている、‘メイデンズ・ブラッシュ’。写真は復刻版の『バラ図譜』から。

ジョゼフィーヌの依頼で、館のバラをはじめ当時のバラのほとんどを描いた植物画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ( Pierre-Joseph Redoute 1759-1840) の『バラ図譜』にも収められている。「妖精の太もも」という名前は、ジョゼフィーヌによって命名された、ともいわれている。

●こちらも併せてお読みください。
「エンプレス・ジョゼフィーヌ」【松本路子のバラの名前、出会いの物語】

花の魅力

やや遅咲きで、オールドローズ特有のクラシカルな花弁と、白と淡いピンクの花色のグラデーションが際立っている。近代バラに比べて、気難しいところもあり、我が家のバルコニーでは、あまり多くの花を付けてくれない。だが、華麗で優しげな花と甘い香りで、開花すると幸せな気分にしてくれる。その名前の通り、何とも悩ましいバラだ。

バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’’Maiden’s Blush’

バラ’メイデンズ・ブラッシュ’

作出年、作出者は不明だが、1400年以前から存在するアルバ系のオールドローズ。一季咲き。艶やかで柔らかい花色の印象から、さまざまな名前を持つ。花径は約8cmで、クォーター・ロゼット咲き。甘くフルーティな香りを放つ。

樹高は約1.5mで、樹形は直立性が強いが、つるバラとして設えることもできる。耐寒性が強く、半日陰でも生育できる。性質が同じで、花がやや大きめの‘グレート・メイデンズ・ブラッシュ’もある。

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