バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、作出について諸説あり、30以上もの名前を持つというオールドローズ‘メイデンズ・ブラッシュ’。ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌも愛したこのバラについて、繊細な花びらが重なる美しい写真とともにご紹介します。
目次
「乙女のはじらい」

花の写真を見て、‘メイデンズ・ブラッシュ’というバラのことが気になっていた。バラ苗業者のカタログには見当たらず、長い間、私にとって幻のバラだった。そのバラに出会えたのは、十数年前、友人と訪ねた山梨県にあるコマツガーデンだった。想像以上に艶やかな花姿に惹かれ、早速苗木を買い求め、以来、わが家のバルコニーで、毎年咲く姿を楽しんでいる。

‘メイデンズ・ブラッシュ’という英語名を勝手に「頬を染める少女」と訳していたが、わが家を訪れたやや露悪趣味の友人は、バラの名前を聞いたとたん「処女の赤面顔」と言い放った。それはあまりに直訳すぎるので、調べると、わが国では「乙女のはじらい」として紹介されていた。

オールドローズの‘メイデンズ・ブラッシュ’の作出については諸説あり、定かではない。だが欧米の文献によると、1400年以前から存在していたのは確かなようだ。当初は‘ロサ・アルバ・インカーネイタ’と呼ばれていた。イギリスで‘メイデンズ・ブラッシュ’と名づけられたのは、1770年のこと。キューガーデンで発見されたという説もある。
「妖精の太もも」

花の雰囲気がさまざまなイメージを喚起するのだろう、このバラには30以上もの名前がある。フランスでは、‘ラ・バージナル’、‘ラ・ロワイヤル’とも呼ばれるが、よく知られているのは、1802年に付けられた‘キュイジュ・ド・ニンフ’で、「妖精の太もも」という何とも艶めかしい名前だ。もともとの‘インカーネイタ’も「人肌のピンク色」を表す言葉だという。
マルメゾン城のバラ

世界各地のバラを集め、育種にも熱心だった、ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌ( Empress Josephine 1763-1814)。これは彼女のお気に入りで、マルメゾン城のバラ園にも咲いていた。

ジョゼフィーヌの依頼で、館のバラをはじめ当時のバラのほとんどを描いた植物画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ( Pierre-Joseph Redoute 1759-1840) の『バラ図譜』にも収められている。「妖精の太もも」という名前は、ジョゼフィーヌによって命名された、ともいわれている。
●こちらも併せてお読みください。
「エンプレス・ジョゼフィーヌ」【松本路子のバラの名前、出会いの物語】
花の魅力
やや遅咲きで、オールドローズ特有のクラシカルな花弁と、白と淡いピンクの花色のグラデーションが際立っている。近代バラに比べて、気難しいところもあり、我が家のバルコニーでは、あまり多くの花を付けてくれない。だが、華麗で優しげな花と甘い香りで、開花すると幸せな気分にしてくれる。その名前の通り、何とも悩ましいバラだ。
バラ‘メイデンズ・ブラッシュ’’Maiden’s Blush’

作出年、作出者は不明だが、1400年以前から存在するアルバ系のオールドローズ。一季咲き。艶やかで柔らかい花色の印象から、さまざまな名前を持つ。花径は約8cmで、クォーター・ロゼット咲き。甘くフルーティな香りを放つ。
樹高は約1.5mで、樹形は直立性が強いが、つるバラとして設えることもできる。耐寒性が強く、半日陰でも生育できる。性質が同じで、花がやや大きめの‘グレート・メイデンズ・ブラッシュ’もある。
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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