写真家・松本路子の『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』出版記

都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って、長年、自らの手でバラや果樹で埋め尽くされる場所へと変えてきた写真家の松本路子さん。これまで、ガーデンストーリーでも四季の楽しみを数々伝えてくれた松本さんが『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』を出版しました。おうち時間の過ごし方の一つとして関心が高まるバルコニーガーデンの12カ月の魅力が綴られた松本さんの新刊本、出版記をご紹介します。
目次
ガーデン物語誕生

広いバルコニーのある住まいに移り住んで、もうすぐ30年になる。何もない空間にプランターを持ち込み、10本のバラ苗を植えたのが、事の始まりだった。このあたりは「Garden Story」でも書いているが、今やバラは60鉢を数えるまでになっている。
北側のバルコニーは25㎡ほどの広さで、ほとんどのスペースをバラ鉢で埋め尽くしている。東側にも狭いバルコニーがあって、そこには最近、熱帯の花や果樹が増えてきた。2つのバルコニーからの季節の便りを、折にふれFacebookや「Garden Story」で綴ってきたが、このたびそうした文や写真を整理し、新たな発想と記述を加えて、『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA)という本にまとめた。

「秘密の……」と名乗るのにはいささかためらいもあったが、ごくプライベートな庭であることは事実だ。バラの最盛期には古くからの友人たちが花見に訪れるが、そのほかの季節は自分一人の空間。都心のマンションのバルコニーでの庭仕事は、植物とともに暮らすという意味合いが強い。それが珍しくもあり、またコロナ禍の現在では、より共感が得られるのだろう。プレゼント用にと何冊か求める人もいて、今までの著書にはなかった反響に驚いている。
植物との出会いの物語や、愛でる愉しみと同時に、育て方のページを加えたのは、ちょっとしたポイントを知るだけで、植物を育てることが容易になるからだ。30年の経験から、植物の自ら育つ力を引き出す手助けをする、という発想をしてみたいと思っている。12カ月は、花の咲く頃、果実の収穫時期などに分けているので、1月のレモンから始まる。
1月のバルコニー 「レモンの収獲」

友人が黄色く色づいたレモンの実を、夏まで木に実らせていたことが記憶に残っていた。1月頃には収穫しないと、次の花の時期、木に十分な栄養が行き渡らないのだ。花の香り、青いレモン、そして葉に産みつけられた卵から生まれた蝶。そうした物語を経て、収穫されたレモンの輪切りは、皮ごと蜂蜜に漬ける。その瓶やグラスに入れたレモネードの写真を見た友人が「美味しそう~」とため息をついたのは、嬉しいことだった。無農薬の自家栽培ならではのご褒美だ。
2月のバルコニー 「早咲きの桜」

わが家には、河津桜、陽光、染井吉野と、3種類の桜の木がある。中でも早咲きなのが河津桜で、1月末から開花した年もあった。鉢植えの桜は2mほどの樹高にとどめているが、毎年よく咲いてくれる。花の蜜を求めてメジロが集まってくるのをリビングルームから眺めるのも愉しみの一つ。
3月のバルコニー 「クリスマスローズとハーブ」

まだ寒さが残る頃、庭を華やかにしてくれるのが「冬の貴婦人」と称されるクリスマスローズ。一つとして同じ花が無いといわれるくらい多彩な色や花姿に魅了される人も多い。名前の由来や秘められた性格もミステリアスな存在だ。
ハーブは、料理の際に一つまみあると足りるので、鉢で育てていると重宝する。
イタリアのバジルやルッコラに加えて、シソ、ミツバ、ネギ、パクチーなども日本やアジアのハーブ。
4月のバルコニー 「ライラックと早咲きのバラ」

パリの知人宅のバルコニーでライラックが育っているのを見て、さっそく苗を求めたのが20年ほど前。紫の星のような花がこぼれんばかりに咲くのを見るのは心躍る。
4月下旬に開花するバラは、ほとんどが原種である。日本の高山にしか咲かないとされるタカネバラや、中国原産のナニワイバラなど、素朴さと華やかさを兼ね備えた風情は味わい深い。
5月のバルコニー 「バラ」

5月はまさにバラの最盛期。本の中で最もページを割いて、写真も多いのが、この月だ。バルコニーでの「鉢植えバラの設え方」「さまざまなバラ遊び」「バラに合う草花」など、バラの愉しみ方満載。「Garden Story」に連載している「バラの名前の物語」についても少し触れている。
6月のバルコニー 「初夏を彩るユリとアジサイ」

数年前の秋に植え付けたユリの球根が5種類あって、次々と開花リレーする。鉄砲ユリ、カサブランカ、山ユリなど、1鉢ずつだが、開花するとそれなりに華やいで見える。
アジサイは友人宅や旅先で手に入れた枝を挿し木した苗の成長記。開花すると、同行した友人の顔や旅の記憶が重なって見える。
7月のバルコニー 「パッションフルーツとゴーヤ」

収穫できるグリーンカーテンとして、2種類のつる植物を紹介している。本を読んだ友人から、自宅の庭にあるのがパッションフルーツだと知ったという手紙をもらった。実を生らせる方法が分かった、と感激してくれたのだ。来年は彼女の庭でも収穫できるに違いない。ゴーヤもわが家の定番。どちらも旺盛な生命力で、茂った葉が夏の日差しを遮ってくれる。
8月のバルコニー 「朝顔と熱帯の花々」

朝顔は千利休ゆかりとされる種を手に入れ、毎年咲かせている。その由来の真偽は確かめようもないが、日本古来の楚々とした姿に見惚れている。変化朝顔との出会いが、江戸の園芸文化に思いを馳せるきっかけとなったことにも触れている。
熱帯の花は、ハイビスカス、ブーゲンビレア、デュランタ、ベニゴウカンなどで、伊豆の熱帯植物園で育った私にとって、これらが茂った温室は、子どもの頃の原風景ともいえるものだ。
9月のバルコニー 「観葉植物」

ポトス、ヒロハオリヅルラン、パキラ、アスパラガスなどが、何十年にもわたりわが家で育っていて、その生命力には驚かされる。こうした室内の観葉植物とともに、バルコニーで育てているバナナやアボカドの木も、風に揺れるその葉を眺めて時を過ごしているので、観葉植物に加えている。
10月のバルコニー 「ストロベリーグアバの収穫」

パッションフルーツもストロベリーグアバも、子どもの頃、植物園で味わった果実の記憶が忘れられず育て始めたものだ。ストロベリーグアバは、今年も9月から10月にかけて、2本の木から100個ほどの収穫があった。5月に咲く、白い幻想的な花も美しい。
11月のバルコニー 「寄せ植えと秋バラ」

寄せ植えの苗は、おもにパンジーとビオラ、ハボタン、オルレアなど、秋からバラの季節まで咲き続けるものを中心に選んでいる。陶芸家の作る植木鉢や、さまざまなものを応用した鉢カバーも紹介している。
12月のバルコニー 「クリスマスリースとバラの冬仕事」

冬は花の少ない季節で、思案していたところ、ブリコラージュという設えのクリスマスリースに出会った。その作り方を伝授され、生きた植物のリースが春までにどのように変化を遂げるかを追っている。
鉢植えバラの冬仕事は、土替えなど厳しい作業だが、それもまた愉しめる範囲で行う。本の最後は、雪のバルコニーの写真で締めくくっている。一面の銀世界と、5月のバラいっぱいの景色とのコントラストが際立っている。
写真と文で綴る、植物との12カ月

バルコニーでの植物との付き合いは、仕事の傍らひとりで手入れできる範囲の、ささやかな営みだ。だが部屋の中にいて、小鳥たちのさえずりや季節の移り変わりを感じることができる。窓から手を伸ばして果実を収穫することも。植物との12カ月は、暮らしにたくさんの恵みをもたらしてくれる、と今あらためて感じている。
本の中の写真は、花や果実の最高の瞬間を選んで撮影したつもりだ。写真家が自ら育てたものなので、愛着ぶりも見てほしい。花や果樹との出会いの物語と併せて、しばし遊んでいただけたら、とても嬉しい。
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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