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バラの名前の物語‘アルベルティーヌ’

バラの名前の物語‘アルベルティーヌ’

 たくさんの系統と品種があるバラ。4万とも10万ともいわれる、その一つひとつの名前の中には、時に優雅で、時にはロマンチックな物語があります。バラの名に秘められた魅惑の物語の世界にご案内しましょう。

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アルベルティーヌ、愛の暮らしと、その悲しい結末

フランスの作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』では、アルベルティーヌという名の女性が物語の語り手である「私」の恋人として重要な役割を演じている。

「私」とアルベルティーヌは夏に海辺のリゾート地で知り合い、パリの「私」のアパルトマンで同棲生活を送っているのだが、2人の間には小さないざこざや気持ちの行き違いが絶えない。「私」は、自分はもうアルベルティーヌを愛していないとすら感じている。正式に結婚するつもりも全くない。それなのに「私」は、素敵なデザインのアクセサリー類を探し出してきては彼女にプレゼントし続けるのをやめることができない。

そんなある日、アルベルティーヌは置き手紙を残して、忽然と姿を消してしまう。「私」は、こんなふうに顔を合わせずに別れることができたらと密かに願っていたにもかかわらず、アルベルティーヌの失踪を知った瞬間から激しい後悔と悲しみに襲われ、彼女の行方を探そうと懸命の努力を始める。

プルーストは自分が恋人に突然去られた時の悲痛な体験をもとに、「私」がアルベルティーヌの面影を追い求めながら苦痛に喘ぎ、悶え苦しむ様子を、微に入り細に入り、執拗なまでに延々と記述してゆく。その長さは鈴木道彦訳の集英社文庫版で約400ページ。愛の喪失と、それに伴う苦悩を、これほどまでに徹底的に描写した長大な作品は、世界の文学の中でも他には例がない。

恋人を失った男の泣き言が、気が遠くなるほどの長さで繰り返されていくこの小説。恋に傷つき、苦しんだ経験のある人なら、きっと深い共感を覚えるはずだ。

一季咲きのバラ‘アルベルティーヌ’

バラ‘アルベルティーヌ’は一季咲きで、花は透き通るようなピンク色。ティー系の香りがあり、樹高と枝の長さは4〜6mに達する。フェンスやパーゴラに絡ませると美しさが一層引き立つ。

作出者はフランスの育種家一族バルビエ家のアルベール・バルビエで、彼の名前を女性名にしたのが‘アルベルティーヌ’。1921年に作出された。

プルーストの小説が刊行されたのは ‘アルベルティーヌ’作出から3年後の1924年だった。大の花好きだったプルーストは、もしかしたらこのバラの美しさに惹かれていたのかもしれない。

‘アルベルティーヌ’は現在はフランスのナーセリー、ギヨー社が販売し、国内でも複数のバラのナーセリーで入手できる。バラの咲いている時期に長崎の「ハウステンボス」を訪れると、可愛らしいガーデンシェッド(物置小屋)の屋根に這い昇って花を咲かせている美しい‘アルベルティーヌ’の姿が見られる。

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Credit

文/岡崎英生(文筆家・園芸家)
早稲田大学文学部フランス文学科卒業。編集者から漫画の原作者、文筆家へ。1996年より長野県松本市内四賀地区にあるクラインガルテン(滞在型市民農園)に通い、この地域に古くから伝わる有機栽培法を学びながら畑づくりを楽しむ。ラベンダーにも造詣が深く、著書に『芳香の大地 ラベンダーと北海道』(ラベンダークラブ刊)、訳書に『ラベンダーとラバンジン』(クリスティアーヌ・ムニエ著、フレグランスジャーナル社刊)など。

Photo/ 1)Nadiatalent/ 2)Spedona/ Shutterstock.com

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