花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズ・アドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で、今回取り上げるのは、原種ノイバラとノイバラ系不思議ランブラー。フロリバンダやハイブリッド・ムルティフローラという新しいグループの誕生に貢献したノイバラと、その血を継ぐ魅力的なバラたちをご紹介します。
目次
ノイバラを交配親にして生まれた品種群
国内でいちばんよく見ることができる野生バラは、ノイバラ(野茨)です。ただ、特有種ではなく朝鮮半島や中国東部にも自生しています。
トゲが嫌われたのか、国内では例外はあるものの、あまり顧みられることがありませんでした。しかし、18世紀にヨーロッパへ渡ったのち、1872年にポリアンサ、1907年に「フロリバンダ」という新しいクラス(品種群)の創出に大きな役割を担い、バラの魅力を一段と高めることに貢献しました。
また、ノイバラを交配親として、小輪花が群れ咲く、下垂する枝ぶりのランブラーが数多く生み出され、これらは「ハイブリッド・ムルティフローラ」という一つのクラスを成すこととなりました。
今回は、ノイバラとノイバラから生み出された“不思議”ランブラーについてお話ししたいと思います。
ノイバラ(野茨)/ロサ・ムルティフローラ(R. multiflora)
日本の北海道南部から九州まで広く自生し、朝鮮半島、中国東部、台湾などでも自生が確認されています。河川堤防など、日照のよい、水もちのよい土壌を好みます。
花は、径2cm前後。純白で、ときに淡いピンクとなる変化が見られます。
卵形のくすみのある明るい緑葉、櫛状となる托葉(葉柄の付け根の葉)が特徴的です。この特徴が詳細不明の品種をムルティフローラ(ノイバラ)・クラスに特定する目安の一つになっています。
樹高は、350cmからときに500cmほどにまでなるランブラーです。
海を渡ったノイバラ
J.A. ミュレイ(J.A. Murray)の編集により継続的に発行されていた植物誌、“Systema Vegetabilium”の1784年版で新品種として公表されました。標本を提供したのはカール・ツンベルグ(Carl Peter Thunberg:1743-1828)でした。ツンベルグは幕末に長崎、出島館付きの医者として来日しました。医業にいそしむかたわら、多くの植物を蒐集し、母国スウェーデンへ持ち帰りました。帰国後『日本植物誌(Floral Japonica)』を上梓した人物です。
こうした学術的な論評とは別に、1860年頃、フランスの植物学者ジャン・シスレー(Jean Sisley)のもとへ、日本に滞在していた息子からノイバラの種が送られてきました。シスレーはその種からの実生により実株を育てた結果、その利点を評価したことから、ノイバラが園芸に利用されるきっかけになったといわれています(”The Graham Stuart Thomas Rose Book”、2004)。
じつは、このシスレーによる原種ノイバラの再評価の前に、古い由来の園芸種(自然交雑からの選別種か?)が日本からヨーロッパに渡っています。
ロサ・ムルティフローラ・カタエンシス(R. m. var. cathayensis)もその一つです。
ロサ・ムルティフローラ・カタエンシス(R. m. var. cathayensis)
1907年、E.H. ウィルソンにより中国で発見されたと記録されていますが、中国各地でかなり見いだされる品種のようです。日本でも、特徴的なピンクの花色からサクラ・イバラの名前で知られていますし、小石川植物園庭園丁であった内山富次郎氏(1851-1951)にちなんで、ウチヤマ・イバラと呼ばれることもあります。
原種ノイバラよりもずっと大輪となります。チャイナ・ローズとノイバラの自然交配種ではないかといわれています。
この原種交雑種ムルティフローラ・カタエンシスが重要なのは、この品種からロサ・ムルティフローラ・カルネア(R. multiflora carnea)が生み出されたのだろうと考えられるからです。
この美しい品種カルネア(“肌色”)は中国で古くから知られていたようですが、ヨーロッパで知られるようになったのは、1805年です。子どものほうが先にヨーロッパへ渡り、親のほうは100年ほど遅れてヨーロッパに知られるようになったようです。
現在でもムルティフローラ・カルネアという品種名で出回っていますが、それらが1805年に記事に載ったカルネアと同じものかどうか、よく分かっていません。よく似てはいるけれど…と、疑問に思っている人のほうが多いようです。
また、ムルティフローラ・カタエンシスを交配親として生み出されたのではないかと思われている別品種があります。‘セブン・シスターズ(Seven Sisters:七姉妹)’です。
セブン・シスターズ(Seven Sisters)
小輪、ホワイト、淡いピンク、また、鮮やかなピンクと一房で色変わりが生じます。
樹高は、450〜600cmほどまで枝を旺盛に伸ばすランブラーです。先が尖った細身の葉はまぎれもなくノイバラの系統であることを示していますが、大きめの葉は原種とは異なるため、いずれかの品種との交配種であると見られています。
賀集久太郎『薔薇栽培新書』(明治35、1902年刊)によると、中国、明代の農政書『汝南圃史』(1580年頃刊行)に「十姉妹」という名前で記載されていると解説されています。非常に古い由来の品種です。
1815〜1817年頃、イギリスのグレヴィール卿(Sir Charles Greville)が日本より種子を手に入れたとされています(”Graham Stuart Thomas Rose Book”, 2004)。
この品種も親原種に先立ってヨーロッパへ渡りました。
まだまだあります、ノイバラ系不思議品種。次にご紹介するのは‘ド・ラ・グリフェレ(De la Grifferaie)’です。
ド・ラ・グリフェレ(De la Grifferaie)
開花時、深いクリムゾンであった花色は、熟成するにしたがい急速に退色し、ピンクへと変化します。中にはほとんど白に近いほどになるものもあります。新しいクリムゾンの花と、退色したピンクの花がグラデーション効果を生み、また、花自体にもストライプや斑模様が出るなど、めまぐるしく変化する色合いとなります。
深い緑のつや消し葉、トゲの少ない、細いけれど硬めの枝ぶり。シュートの発生の多い、樹高250〜350cmの高性のシュラブとなります。
樹形や花つきなどからノイバラ交配種にクラス分けされていますが、その一方で、くすんだような深い葉色、丸めの葉形、茶色の小さなトゲなど、ガリカに似通った形質が見られます。そのことから、ピンク咲きのムルティフローラ・カタエンシスと赤花のガリカの交配により生じたというのが、一般的な理解です。
なお、1845年、フランスの名育種家、ジャン・P・ヴィベール(Jean Pierre Vibert)により公表されたことから、彼が育種したという説もありますが、ヴィベールの研究で名高いディッカーソンは「それはなかろう」と否定的です。
‘ラッセルズ・コテージ・ローズ(Russell’s Cottage Rose)’もまた、古い由来のものだとみなされています。
モス(苔)のようなトゲが密生したつぼみは、開花すると、ヴァイオレットぎみの、深い色合いのピンクの中輪花となります。
樹高5mに達するなど大株となりますが、枝ぶりに勢いがあり、長く伸びてもあまり下垂しないこともあります。そのため、ランブラーではなくシュラブの一種とする研究家もいます。
1840年頃、あるいは少し前に、第6代ベッドフォード公爵であったジョン・ラッセル(John Russell:1766-1839)にちなんで命名されました。命名者は公爵の館であるウォーバーン・アビー(Woburn Abby)の庭園丁であったジョージ・シンクレア(George Sinclair)でした。
この品種はカタエンシスと‘ド・ラ・グリフェレ’の交配によるだろうとするのが一般的ですが、じつはかなりの数の異説があります。
「ノイバラ・クラスとされるのが一般的だが、(原種の)ロサ・セティゲラかハマナスに近いのではなかろうか。また、‘スカーレット・グレヴィレ(Scarret Greville)’等々と別名で呼ばれることもあるが、そのことから類推されるのは、この品種もまた、(‘セブン・シスターズ’と同様)グレヴィレア卿がアジアから手に入れたものなのかもしれないということだ…また、‘ド・ラ・グリフェレ’との関連もあるのかもしれない」(”Graham S. Thomas Rose Book”、2004)
「19世紀のロザリアンたち、ウィリアム・ポール、トーマス・リヴァースやロバート・ブイストたちはこの品種をノイバラ交配種としていた。しかし、ウィリアム・プリンスは、これはノイバラ交配種ではなく、フランスで育種された、チャイナ・ローズのパラージ・パナッシェ(Pallagi panache:“斑模様のパラージ”)ではないだろうか、かなり以前に入ってきたこの品種を英国内で流通させるため、ラッセルズ・コテージ・ローズと改名したのではないだろうかと解釈していたようだ」(“Climbing Roses” Scanniello & Bayard、1994)
当のプリンスは自著『プリンスのローズ・マニュアル(Prince’s Manual of Roses)、1846』の中で、
「スカーレット・グレヴィレ、ラッセリアーナ、またコテッジ・ローズと呼ばれるこのバラは、(ノイバラ)交配種なのかもしれない、けれども私自身はかなり疑わしいと思っている。ノイバラ交配種に見られる性質と多くの相違点があるからだ。そして、実際、これはチャイナ・ローズのパラージ・パナッシェなのではないだろうか。私はパラージ・パナッシェを英国内の市場に出回るかなり前にフランスから輸入したのだが、英国に輸入された時点で、冒頭に述べた3つの名前に改名されたのではないだろうか…」
と記述しています。
バラ園で出会ったら「フランス、中国、いったい君はどこから来たの?」と尋ねてみたらどうでしょう。きっと、野趣たっぷりで個性的だけれども、仲間や友達もなく、孤独で寂しそうにしていると思いますので。
しかし、この品種の濃い花色は育種家たちに愛でられ、パープル、クリムゾンなど濃い色合いの品種の先祖となりました。
実生(種)から生み出されたのが、‘ジプシー・ボーイ’(Gipsy Boy:別名、Zigeunerknabe)です。
ジプシー・ボーイ(Gipsy Boy)
花色はカーマイン/バーガンディーまたは深いクリムゾン、熟成するとパープルの色合いが濃く出ることもあります。
樹高120〜180cmの硬い枝ぶりの、横張りする性質の強いシュラブとなります。
1909年、オーストリア・ハンガリーのゲシュヴィント(Rudolf Geschwind)により育種されました。
「私の庭で、最も繁茂している品種の一つ…」とG・トーマスより賛辞を送られています。(“The Graham Stuart Thomas Rose Book”, 2004)
公表当時の品種名は、‘ツゴイネルクナーベ(Zigeunerknabe)’ですが、英訳の”ジプシー・ボーイ(Gipsy Boy)”という名のほうが広く知られています。
じつは‘ジプシー・ボーイ’はパープル系のイングリッシュ・ローズ(ER)の誕生に深く関わっています。
ERの最初のパープル系に花咲く品種は‘キアンテ(Chiante)’でした。‘キアンテ’は種親をクリムゾンのフロリバンダ(FL)‘ダスキー・メイドン(Dusky Maiden)’、花粉親をガリカの‘トスカニー(Tuscany)’としたものですが、この‘キアンテ’と‘ジプシー・ボーイ’とをさらに交配して生み出されたのが、ER、‘ザ・ナイト(The Knight)’でした。‘ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)’など現在でも広く出まわっているパープル系のERは、この‘ザ・ナイト’を先祖としています。
不思議のノイバラ交配種。最後にご紹介するのは、‘ターナーズ・クリムゾン・ランブラー(Turner’s Crimson Rambler)’です。
ターナーズ・クリムゾン・ランブラー(Turner’s Crimson Rambler)
小輪または中輪、花色は少し鈍色が入ったようなクリムゾン。この品種の花色が、多くの赤いランブラーに受け継がれることとなりました。
樹高は450cm〜、ときに900cmにまで達する大型のランブラーです。
スコットランド出身の機械工学教授であったロバート・スミス氏(Professor Robert Smith)は明治維新後、日本に滞在していました。熱心なバラ愛好家であったスミス氏は国内業者(?)から入手したこの品種を自国の園芸業者であるジェナー氏(Mr. Jenner)へ送りました。
1878年、この品種はスミス氏にちなんで‘ジ・エンジニア(The Engineer)’と名づけられました。
しかし、株はその後、幾人かの所有者を転々としたのち、1893年、イングランドのチャールズ・ターナー氏(Charles Turner)のもとから、‘クリムゾン・ランブラー’と改名されて公表されました。
公表当時は、多くのバラ愛好家にとって初めて目にする”赤い”ランブラーであったため、驚きと賞賛をもって迎えられたと伝えられています(”Climbing Roses”、Stephen Scanniello & Tania Bayard、1996)。
交配親などは不明ですが、ノイバラの自然交雑種または交配種であることは明らかです。
深い赤の花色が愛でられ、多くの赤花、あるいはパープル系のランブラーの交配親となりました。今日でも広く植栽されている濃い色系ランブラーをいくつかご紹介しましょう。
濃い色系ランブラー3種
ファルヘンブラウ(Veilchenblau)
‘ブルー・ランブラー’という別名で呼ばれることも多い、パープル系ランブラーの定番品種です。
タウゼントショーン(Tausendschön)
品種名は“千の美”という意味です。枝が見えなくなるほどの開花が楽しめます。
エクセルサ(Excelsa)
アメリカで育種されましたが、英国で爆発的に人気を得たランブラーです。多くのイングリッシュ・ガーデンの壁面などを飾っています。
しかし、ノイバラ系ランブラーは、20世紀の初め頃には、より大輪花を咲かせ、枝ぶりもより柔らかいウィックラーナ系ランブラーの登場により、潮流から外れてしまいました。
しかし、1896年、ドイツのペーター・ランベルトは、アルザス(現フランス、当時はプロイセン王国領)のシュミット(J. B. Schmitt)が育種した3つのノイバラ・ランブラーの販売権を取得し市場へ提供しました。
‘タリア(Thalia-白花、“花ざかり”)’
‘アグライア(Aglaïa-淡いイエロー、“輝き”)’
‘ユーフロシーヌ(Euphrosyne-明るいピンク、“喜び”)’
の3種です。
これらはギリシャ神話に登場する美と優雅を象徴する三美神です。ボッティチェリの名画『春(Primavera)』の中で描かれていることがよく知られています。
女神の名を冠するにふさわしい、この美しい3品種から、小輪、房咲き、優しげな花色の品種が生み出されてゆき、“ランベルティーナ”、ハイブリッド・ムスクと呼ばれる新しい潮流、クラスを生み出してゆくことになります。いわば、ムルティフローラの復権です。続きもまだまだありますが、機会があればまたいつか。
Credit
文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
写真/田中敏夫、今井秀治
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