バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、強い日差しが降り注ぐ夏のバルコニーでも元気に花咲く‘カカヤンバラ’とその出会い、交配種の‘マーメイド’などをご紹介します。

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夏のバラ

カカヤンバラ

強い日差しが続く夏には、四季咲きのバラも少しずつしか開花しない。その中にあって、わが家のバルコニーで元気なのが、主に東南アジアや東アジアに分布する原種のバラ、カカヤンバラだ。

白い5弁の花の中央に鮮やかな黄色の雄シベと赤い雌シベがあり、いかにも南国のバラといった風情を醸し出している。

カカヤンバラとの出会い

コマツガーデン
私が訪れた当時のコマツガーデン。現在は別の場所で、コマツガーデン直営店ロザヴェールを運営している。

カカヤンバラを初めて見たのは、10数年前に友人と訪れた、山梨県にあるコマツガーデンでのことだった。当時はガーデンの創設者・小松孝一郎氏がご存命で、訪れる客たちの対応をしていた。すでに長女の後藤みどりさんが、2代目としてガーデンを引き継いでいたので、小松氏はいかにも楽しげに客たちとバラ談議を弾ませていた。

私が『日本のバラ』という本を書いていると告げると、見せてくれたのがカカヤンバラだった。当時その花は珍しく、なかなか出会うことがなかったので、しばらく立ち止まり見とれていた。するとバラ園を去る時、彼が鉢苗をひとつ私に手渡してくれた。それが今バルコニーで咲いている花の出所である。

名前の由来

カカヤンバラ
江戸時代の植物図鑑『本草図譜』(岩崎灌園著)に掲載されているカカヤンバラの図。

カカヤンバラの名前は、フィリピンのルソン島にあるカガヤンという地名に由来するという。江戸末期、旗本で本草家、植物画家でもあった馬場大助(1785-1868)がその著書の中で明らかにしている。

八丈島の漁船が遭難し、ルソン島に漂着。運よく帰還できた船長が、カガヤン川の河岸からバラの種を持ち帰った。天保元年(1830年)、馬場大助は船長と会い、その種を譲り受けた。自邸で蒔いた種が活着し、やがてその苗が開花したのだという。

カカヤンバラ
今年の夏に、わが家のバルコニーで開花したカカヤンバラ。

このバラには、「ヤエヤマイバラ」というもう一つの和名がある。石垣島などの八重山群島に自生していることから、その名前で呼ばれる。こちらはカカヤンバラと名づけられる前から存在していたようだ。台湾に古くから自生しているので、実を食べた鳥が飛来し、糞とともに種をもたらしたのだろうか。いずれにしても、海を渡ってきた種が、この国に根付き花開いたのは、ロマンを感じさせる出来事だ。

いくつもの名前

カカヤンバラの学名はロサ・ブラクテアタ(Rosa Bracteata)。ドイツの植物学者ヨハン・クリストフ・エンドランドによって名づけられた。花の下の苞が幅広で、大きいことから、苞を意味するブラクト(Bract)に由来する。

世界的には‘マッカートニー・ローズ’(Macartney Rose)という英名で知られている。これは英国の初代中国大使が、中国からロンドンに持ち帰ったことから、彼の名前ロード・マッカートニーから付けられた。

‘ザ・マッカートニー・ローズ’
ビートルズのポール・マッカートニーに捧げられたバラ、‘ザ・マッカートニー・ローズ’。

紛らわしいのは、似た名前のピンクのバラ、‘ザ・マッカートニー・ローズ’(The MaCartney Rose)があること。こちらは1991年にビートルズのポール・マッカートニーの50歳の誕生日に、メイアン社から彼に捧げられたものだ。当初ポール・マッカートニーという名前を考えていたメイアン社だが、ポールが「マッカートニー家のバラ」を意味する命名を希望したという。

アメリカに自生するバラ

カカヤンバラはアメリカに渡り、南部を中心に野生化している。英名の‘マッカートニー・ローズ’が一般的だが、俗に‘フライド・エッグ・ローズ’(目玉焼きのバラ)とも呼ばれている。白い花弁の中央に鮮やかな黄色が見られる花姿から、目玉焼きを連想したのだろう。

つるバラで鋭いトゲがあるので、農場の柵として植えられることもある。その実が熟すと、家畜たちが喜んで食べるのだそうだ。

マーメイド

バラ‘マーメイド’
今年の夏、我が家のバルコニーで開花した大輪の‘マーメイド’。

カカヤンバラの交配種のバラに‘マーメイド’(Mermaid/人魚)がある。クリームがかった白の一重咲きで、花径8〜10cmの大輪花だ。印象派の画家クロード・モネが愛したバラとして知られる。モネは一重のバラを好み、‘マーメイド’が1917年に紹介されると、すぐさま苗を取り寄せている。

モネの家
フランス、パリ北西部のジヴェルニーに残る印象派の画家クロード・モネの家。モネが愛したバラ、‘マーメイド’が彼の寝室から見下ろせる場所に咲いていた。

私がフランスのジヴェルニーにあるモネの家を9月に訪れた時、家の外壁の1階と2階の間に、横につるを伸ばした‘マーメイド’が開花していた。2階のモネの寝室の窓から見下ろすと、花が上を向いて花弁を広げているのが見えた。

‘マーメイド’がイギリスのウィリアム・ポール&サン社からお披露目されたのは、1917年といわれる。だがこのバラを好んだ育種家、デヴィッド・オースチンによると、1878年頃にウィリアム・ポール(William Paul)によってすでに作出されていたという。

バラ‘マーメイド’
イギリスのコテージの庭に咲く‘マーメイド’。

イギリス国内の庭で‘マーメイド’を見ることも多く、コッツウォルズを旅していた時、壁一面にこのバラが咲く家を見かけた。庭にいた住人はその家を「マーメイド・コテージ」と名付けていると語ってくれた。

バラ カカヤンバラ

カカヤンバラ

常緑のつるバラで、小さな葉をたくさん繁らせる。花径7〜8cmで、ハート形の白色の5弁の花を付ける。中央の雌シベには黄色のものと赤色のものがある。

球形の実を付け、黄赤色に熟する。初夏から秋にかけて咲く、夏に強いバラで、耐寒性もある。

カカヤンバラのローズヒップ

その根には薬効があり、中国では生薬名『苞薔薇根』(ホウショウビコン)で、ヘルニア、脚気、リュウマチの治療薬として用いられる。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

新刊『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)2021年9月1日発売。https://note.com/mmatsumoto0128

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