花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズ・アドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で、今回取り上げるのは、アーサー王伝説をはじめ、ヨーロッパに古くから息づく騎士物語や武勲詩にちなむバラたち。物語の主人公やヒロインに由来する名を持つ美しいバラをご紹介します。

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物語にちなむバラ

ヨーロッパには騎士と魔物などとの闘いを描いた武勲詩、また、貴婦人との恋を語る騎士物語が数多く伝えられています。画家や詩人、音楽家などは、こうしたヒロインやヒーローをモチーフにして、美しい絵、詩や物語、楽曲を作り上げてきました。日本でもアーサー王の物語やニーベルンゲンの歌などはよく知られていますが、あまり知られていない物語もあります。

ドイツの作曲家ジャコモ・マイアベーア(Giacomo Meyerbeer:1791 – 1864)はドミニコ派の修道僧が伝える説話をもとにして、オペラ『ロベール・ル・ディアーブル(悪魔のロベール)』を作曲しました。このオペラは1831年、パリ・オペラ座で初演を迎えました。

まずはその物語についてご紹介しましょう。

『ロベール・ル・ディアーブル(悪魔のロベール)』

悪魔のロベール
‘悪魔のロベール’ Engraving by Maleuvre 1833 [Public domain, via Wikimedia Commons]
フランス、ノルマンディー公国を統治する公爵は男子の嫡子が得られず、そのため娘を嫁がせた王子との間に生まれた孫、ロベールに爵位をつがせました。しかし、ロベールは成長するにしたがい、次第に残虐な性格をあらわすようになり、庶民を殺害するなど非道な行いを繰り返しました。

ちまたでは嫡子に恵まれなかった母親が悪魔ベルトランと交わって授かった男児だと噂し、彼を悪魔の息子、悪魔のロベールと呼ぶようになりました。

その噂はやがてロベール自身の耳に届くことになりました。自分が悪魔の子だとの話に衝撃を受けたロベールは国を捨ててローマへ向かい、法皇に自分が悪魔の息子であるという業を告白し、贖罪の苦行を行いました。しかし、苦行を終えた後も公国へはもどらず、狂人を装ってローマに留まりました。

その後、異教徒サラセン人の襲撃からローマを防衛するなど活躍しましたが、修道僧のまま生涯を閉じということです。

時代が下ると物語には脚色が加えられ、父である悪魔ベルトランは地獄へ帰り、ロベールは愛する姫と結婚するというハッピー・エンドに書き換えられました。マイヤベーアのオペラはこのハッピー・エンド版を踏襲しています。

主人公ロベールにちなんだバラがあります。

ロベール・ル・ディアーブル(Robert le Diable)

バラ‘ロベール・ル・ディアーブル’
‘ロベール・ル・ディアーブル’ Photo/田中敏夫

中輪、はじめロゼッタ咲き開いた花はすぐに乱れ、不定形な丸弁咲きとなります。

パープル・シェイド気味のカーマインあるいはバーガンディーとなる花色。葡萄酒を薄めたような印象を受ける花色です。熟成するにしたがい次第に淡色へと変化し班模様がでたり、外輪部だけ色褪せたりと変化していきます。

くすんだ深い色のつや消し葉が大きな特徴です。樹高120cmほどの小さなブッシュとなります。

じつは、この品種の由来には謎があります。

現代中国史の研究家であるフランスのフランソワ・ジョワイオ教授(Prof. Francois Joyaux)はオールドローズの研究家としても著名な方ですが、その著作『ラ・ロズ・ド・フランス(La Rose de France)』(1998)の中で、「1837年までフランスでは見られなかった品種だ…おそらく、オランダあるいはベルギーからもたらされたものだろう」と解説し、さらに托葉、萼片などからケンティフォリアの性質が濃いとも記述しています。

また、ジョワイオ教授よりも前の時代のバラ研究家であるトーマス・リヴァース氏(Thomas Rivers)は、その著『バラ初心者向けガイド(The Rose Amateur’s Guide)』(1837)の中で、「明るく、コンパクトサイズのダブル咲き…」と解説しています。この記述はジョワイオ教授が解説するカーマインの花色のものといちじるしく違います。

このことから、現在では、本来は明るいピンク、ダブル咲きのガリカであった“悪魔のロベール”は、1850年頃、深い色合いのケンティフォリアにすり替わったのではないかと言われています。このバラは上のサンプル画像よりもさらに深く色づくこともあり、名前にふさわしく“悪魔的”に変化したりすることもあります。

騎士物語のヒロイン

‘ブランシェフルール(Blanchefleur)’という美しいケンティフォリアがあります。

ブランシェフルール(Blanchefleur)

‘ブランシェフルール(Blanchefleur)’
‘ブランシェフルール’ Photo/ Pascale Hiemann [CC BY- SA 3.0 via Rose-Biblio]
1835年、フランスのヴィベール(Jean Pierre Viber)により育種・公表されました。

「ブランシェフルール」とは”白い花”という意味のフランス語。名前の通り、白い花が咲くのですが、じつに単純な名前なので長い間不思議に思っていました。

美しい品種です。ピンクに色づいていたつぼみは開くと白いロゼット咲きとなります。花心に緑芽ができることが多く、オールドローズの美しさを満喫することができます。

最近になってようやく、“ブランシェフルール”はフランスの騎士物語に登場するヒロインだということを知りました。古い伝説譚ですのでいくつか違う筋書きのものがありますが、一番ポピュラーなのは次のような物語でしょう。

フロリスとブランシェフルールの物語

スペインにイスラム教国がいくつもあった時代、そのうちの一国、アルアンダスの王であるフェリックスはキリスト教の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼団を襲撃しました。

この巡礼団にはフランスの騎士と娘が加わっていました。

父親の騎士は闘いのなかで死に、娘は捕らえられてフェリックス王妃の侍女となりました。娘は未亡人でしたが、そのとき亡き夫の子を身籠っていました。

偶然は重なるものです。その時、フェリックス王妃も妊娠しており、王妃と、王妃の侍女となっていた騎士の娘は時をおかず、ともに出産しました。王妃には息子フロリス、侍女には娘ブランシェフルールが。2人は王宮で育ちます。

フェリックス王は仲睦まじい2人を見て、王子フロリスが異教徒であるキリスト教の娘ブランシェフルールと結婚するのではないかと恐れます。それを避けるため、フロリスは国外の学校へやられ、ブランシェフルールはバビロンの商人へ身売りされてしまいました。

ブランシェフルールは死んだと告げられていたフロリスでしたが、息子のあまりの落胆ぶりに後悔した父は、迷った末に真実を告げました。愛しい恋人が生きていることを知ったフロリスは、ブランシェフルールを捜す旅に出ます。

物語には次々と生ずる苦難を乗り越え、ついには愛するブランシェフルールを救いだすフロリスの活躍が綴られていきます。詳しくは森本英夫訳『バビロニアの幽閉塔』で。

‘フロリスとブランシェフルール’
‘フロリスとブランシェフルール’ Painted by Edwin Austin Abbey [Public Domain via Wikimedia Commons]

アーサー王伝説にちなむバラ

次はアーサー王伝説にちなんで命名されたバラの話です。

英国民に限らず、世界的に愛されているアーサー王の伝説は物語、詩、楽曲、絵画などで繰り返し取り上げられていることはこの記事の初めに触れたとおりです。

アーサー王の伝説は石に刺さった剣を抜くことから始まります。

石に刺さった剣を抜くことができるのはブリテン島の大王となる者だけだという言い伝えがあり、多くの騎士が剣を抜こうと試みたものの果たせませんでした。しかし、まだ弱々しい少年であったアーサーは屈強な男たちの嘲笑を浴びながらも挑み、見事に剣を抜くことに成功しました。ブリテン島を統括するアーサー王の誕生です。

‘岩から剣を抜いたアーサー
‘岩から剣を抜いたアーサー’ Illustration from “An Island story; a child’s history of England”, 1906[Internet Archive Book Images, No restrictions, via Wikimedia Commons]
やがて、湖の乙女から聖剣エクスカリバーを授かり、ブリテン島の正統的な支配者と認められたアーサー王。美しい王妃グィネヴィア、アーサー王に仕える円卓の騎士のひとりで王妃に恋する英雄ランスロットなど、夢みるような楽しい物語が続いていきます。

1879年創業の英国の名門ナーセリーであるハークネス社(Harkness Roses)は、エレガントな品種を数多く生み出していることで知られています。そのなかに、レジェンド(伝説)・シリーズと銘打った品種があります。このアーサー王伝説にちなんだ品種のいくつかをご紹介しましょう。

アーサー王(King Arthur)

バラ‘アーサー王(King Arthur)’
‘アーサー王’ Photo/Dinkum [CC0/Public Domain via Wikimedia Commons]
1967年に育種・公表されたフロリバンダです。じつはややこしいことですが、ハークネス社は“アーサー王”という名称にこだわり続けているのでしょう、時をおいて別の“アーサー王”を市場へ提供しています。

1988年、新しい“アーサー王”を公表。こちらもアプリコットのフロリバンダです。
1998年、ハークネス社はまた”アーサー王“を公表しました。今度はクリムゾンのHTでした。

3つの“アーサー王”、いずれも美しい品種ですが、同じ名前が何度も使われるのはちょっと好ましくないですね。

アーサー王の美しい妃がグィネヴィア(Guinevere)です。

‘王妃グィヌヴィア’
‘王妃グィヌヴィア’ Paint/William Morris, 1858 [Public Domain via Wikimedia Commons]
アーサー王のもと、円卓に集った多くの騎士のなかで一番有名なのがランスロットですが、物語では王妃グィネヴィアとランスロットは密かに愛し合っていて、2人は、互いの思いを秘めたまま、すれ違う運命に苦しむという設定になっています。

上にあげた絵画は、はじめ画家になることを目指したウィリアム・モリスが、唯一完成までこぎつけた油彩画です。モデルは時代を彩ったミューズ(女神)である“妻”、ジェーン・モリス。

ウィリアム・モリスの友人であり、19世紀の英国の芸術活動である“プレ・ラファエロ派”の中心的な人物として活躍した画家ダンテ・G・ロセッティは、ジェーンをモデルに数々の名画を残しました。そして、ジェーンは次第にウィリアムからロセッティへと心を移してゆくことになりました。ウィリアム、ジェーン、そしてロセッティとの間の“三角関係”は、この絵画の主題である、アーサー王、王妃グィネヴィア、騎士ランスロットの物語の筋と重なっていて、不思議な印象を受けます。

グィネヴィア(Guinevere)

バラ‘グイヌヴィア’
‘グイヌヴィア’ Photo/T. Kiya [CC BY- SA2.0 via Wikimedia Commons]
ピンクのHTです。立性の中型のブッシュとなります。

1967年、ハークネス社により育種・公表されました。赤花のHT、‘レッド・ダンディー(Red Dandy)’とHTの名花、‘ピース(Peace)’の交配により作出されました。

ハークネス社はこりもせず、1997年、クリーム色または白花となるフロリバンダ、‘レディ・グィネヴィア(Lady Guinevere)’を育種・公表しています。今日では、このクリーム色のグィネヴィアが、もっとも市場に流通しています。

騎士ランスロット

アーサー王の居城に集った円卓の騎士のうち、最も知られているのはランスロットでしょう。

不義を責められ火刑に架けられる直前、ランスロットによって救出された王妃グィネヴィアは、ランスロットのもとへ走ることはなく、修道院へ入り、死ぬまでランスロットに会うことはありませんでした。彼女の死去を知った老いたランスロットは食を絶って餓死し、彼女の後を追いました。

‘王妃グィネヴィアを救出するランスロット’
‘王妃グィネヴィアを救出するランスロット’ Illustration from “Legends of King Arthur and His Knights”, 1912 [Speed Lancelot (1860-1931), Public domain, via Wikimedia Commons]
ハークネス社は1967年、アプリコット、外縁が淡く色抜けする美しいフロリバンダ、‘サー・ランスロット(Sir Lancelot)’を育種・公表していますが、2000年、今度は明るいピンクのフロリバンダ、‘サー・ランスロット’を公表しています。

ドイツの名門ナーセリー、タンタウ社(Rosen-Tantau)も、1999年にイエローのクライマー、‘ランスロット’を、本年2021年にはピンクのシュラブとなる同名の‘ランスロット’を公表しています。

やっかいな話ですので整理しましょう。今日“ランスロット”という品種のバラは、

1967年 アプリコットのフロリバンダ by ハークネス社
1999年 イエローのクライマー by タンタウ社
2000年 ピンクのフロリバンダ by ハークネス社
2021年 ピンクのシュラブ by タンタウ社

という4種が流通しています。

次の画像は1967年に公表された、最初の“ランスロット”です。

バラ‘サー・ランスロット(Sir Lancelot)’
‘サー・ランスロット(Sir Lancelot)’ Photo/ Stan Shebs [CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons]
恋と冒険の物語は多くの人に愛されてやみません。これからも、アーサー王、王妃グィネヴィア、騎士ランスロットについて繰り返し、物語や映画などが作られることになると思います。

いつの日か、またアーサー、グィネヴィア、ランスロットという名の最新のバラに出会えるのかもしれません。

Credit

田中敏夫

写真&文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。

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