バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、イギリス生まれの一季咲きのつるバラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。ベルギーの庭で出会って以来、自宅バルコニーで育てている株の様子や名の由来、日本の観光ガーデンでの咲き姿などをご紹介します。

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Hex城での出会い

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク
ベルギー、ヘックス城に咲く‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。私が訪ねた2007年の様子。

初めてバラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’に出会った時、その巨大な姿に驚かされた。10mほどの高さの木に絡み、そのすべてを花で覆い尽くしていた。10数年前、ベルギーのバラ園を訪ねる10日間の旅に出かけ、東部トングレン近くにあるヘックス城に立ち寄った時のことだ。

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’
ヘックス城に咲く‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。城主のギラン・デュルセル伯爵が撮影してくれた、2021年7月初旬の開花の様子。© Photo: Hex/GdU

ヘックス城はその地方を収めるリエージュの司教が、1770年に夏の別荘として建てた歴史ある城。現在は城主の母、故ナンダ・デュルセル伯爵夫人が作り上げたバラの庭園で知られている。

60ヘクタールに及ぶ広大な敷地の中の庭園には、原種バラやオールドローズを中心に、1,200種類のバラが植えられている。年2回オープンガーデンが催され、6月のローズフェスティバルには、ヨーロッパ各地からバラの愛好家が集まり賑わう。

‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’は、別名‘ポールズ・ツリー・クライマー’と呼ばれ、まさに木に登る勢いのあるバラ。ヘックス城のバラがそれを実証していた。

わが家の‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’
花径約3cmのピンク色と白色の花が、枝一面に咲くさまは見事だ。

花に近づくと、その優しげな風情に惹きつけられた。淡いピンク色と白色のグラデーションの花弁で、小さな花が房状に咲くさまが可憐だ。風が吹くと、はらはらと花びらを散らすさまもゆかしい。桜の花びらが舞う姿にどこか似ている。

ベルギーの旅から戻った私は、早速‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’の苗を手に入れた。10mにも伸びるつるバラを、都心のマンションのバルコニーで育てるのは無謀だとは思ったが、その花の魅力にはあらがえなかった。

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’
わが家のバルコニーに咲く、‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’(写真右上)。

大きめのプランターに植えたバラは、10数年経った今も毎年元気に開花する。枝を四方に伸ばすので、冬の休眠期に2mの高さのフェンスに合わせて剪定をしている。5月のバラの最盛期、ほかのバラがやや少なくなった頃に満開を迎えるのも、嬉しいことだ。何年か後に、もう1本苗を手に入れ、さらに挿し木した苗を加えて、今は3株のバラが育っている。

名前の由来

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’

わが家でこのバラが咲くようになって、その名前の由来が気になり始めた。英文の資料を調べると、作出者のポールのフルネームは、ジョージ・ポール・ジュニア(George Paul Jr. 1841-1921)。イギリス、ハートフォードシャー州のチェスハントの「ポール&サン」というナーセリーでバラの育種をしていた人物だ。

「ポール&サン」は祖父、アダム・ポールによって1806年に設立されたナーセリーで、彼が父親の後を継いでこの道に入ったのは、1867年のこと。その5年後にイギリスで最初のハイブリッド・ティー・ローズである‘チェスハント・ハイブリッド’を作出している。ちなみに人気の高いバラの‘マーメイド’を作出したのは、彼の叔父であるウィリアム・ポールだ。

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’
細い枝を四方に伸ばし、バラの曲線が優美なバルコニーの風景。

‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’は、花がジャコウ鹿の雄の分泌物であるムスクの香りを漂わせることから、その名前が付けられた。ジャコウ鹿の腹部にあるジャコウ腺から得られる香りは、そのままでは強烈だが、薄めると芳しい香りになる。香水の原料として知られ、また媚薬としても用いられた。

わが家の‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’の香りは薄く、これがムスクの香りなのかと、かすかに感じられる程度だ。

軽井沢レイクガーデン

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク
軽井沢レイクガーデンのガゼボに咲く‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。数年前の様子。

日本の庭園では、「軽井沢レイクガーデン」のガゼボに設えたこのバラが優美だった。私が訪れた数年前は、まだそれほど枝が伸びていなかったが、今や屋根を覆うほどに茂っている。

ガゼボに咲くポールズ・ヒマラヤン・ムスク
「軽井沢レイクガーデン」のガゼボを覆い咲く‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。2021年7月初旬の様子。 ©Photo:軽井沢レイクガーデン

軽井沢レイクガーデンでは、400種類のバラと300種類の宿根草が植栽されている。湖の水面に写るバラの姿が見られ、イングリッシュローズ、フレンチローズ、香りのバラなどのコーナーをめぐる散策路も充実している。春の花の最盛期が、わが家のバラが一段落した6月中旬から7月初旬にかけてなのも嬉しい。

‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’は一季咲きで、開花は春のみだが、秋には木々の紅葉とともに、秋バラ、野生バラのローズヒップなどが楽しめる。

軽井沢レイクガーデン
「軽井沢レイクガーデン」秋の紅葉シーズンのガーデン風景。左奥に見えるのがガゼボ。

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’

ポールズ・ヒマラヤン・ムスク

‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’はジョージ・ポール・ジュニアによって、1916年に作出された、一季咲きのつるバラ。花径3cmほどのランブラーローズで、ポンポン咲きの花が房になって咲く。

淡いピンクと白の混ざった花色で、咲く年によってその濃淡が異なる。5〜6日開花が続いた後、小さな花びらをはらはらと散らす。

樹形は半横張り性で、まっすぐに伸びたシュートの先から横に枝を伸ばしていくので、パーゴラやガゼボに設えると見事な景観を生み出す。

バラ‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’
わが家のバルコニーに咲く、‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’。

Information

Kasteel Hex

住所:BE-3870 Heers-Heks Belgium

電話:+32 (0)12 74 73 41

ホームページ:www.hex.be

毎年6月と9月にガーデンフェスティバルが開かれ、庭園が公開される。

次回は、2021年9月11日、12日10:00〜18:00

入場料:€11、前売り€9.5、17歳未満無料

アクセス:ブリュセルからトングレンまで快速電車で約90分、タクシーで約15分。

軽井沢レイクガーデン

住所:389-0113 長野県軽井沢町発地342-59

電話:0267-48-1608

ホームページ:https://www.karuizawa-lakegarden.jp

開園:4月23日〜11月7日 9:00〜17:00

入場料:5月1日〜6月11日大人1000円、小中学生500円、小学生未満無料

6月12日〜7月11日大人1500円、小中学生500円、小学生未満無料

11月1日〜7日大人800円、小中学生300円、小学生未満無料

アクセス:JR北陸新幹線軽井沢駅下車、バス、タクシーで約10分

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
noteでWebマガジン始めました。https://note.com/mmatsumoto0128

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