春から雨の季節にかけての森の変化・・・「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.13〜
高原は新緑の季節を迎えました。いつになく上田市街地(標高450m)と菅平高原(1500m)との季節差が大きいように感じています。日々の寒暖差と標高による寒暖差とで木々の芽生えや花の開花を長く楽しめるのですが、一方で植物にとっては酷な寒暖差。急な暖かさで一気に目覚めたものが、寒の戻りでダメージを受けています。素直には喜べない環境変動と自然の営み。季節が進むとさらに影響が出てくるでしょうか。
目次
季節の森 〜今日の森は今日限り〜
春に限ったことではないのですが森は1日として同じ姿を見せてはくれません。刻々と変化するさまを肌で実感するのがこの季節。もうそろそろかな・・と目星をつけていたものたちはタイミングを逃すとあっという間に姿を変え、次のステップへと生長して私を置き去りにします。森へ分け入り見つけた瞬間、出会えた瞬間が森の「The Day」。
また森にとって春の雨はとても大切な恵み。変化をゆっくり楽しみたいと思っている側にしてみればこの天からの恩恵により、森の生長はまたも早送りのように進んでしまい、雨上がりの散歩でがっかりすることもしばしば。通勤途中の車窓から遠目にも降雨後の森の変化は顕著です。樹木にとっては一気に葉を広げ、晩夏までに十分な蓄えをしなくてはならないのだから仕方ないのだけれど。
夏の終わりにはなんとすでに「冬芽」が枝の先端に準備されて、冬支度には早過ぎやしないか?? とあきれる程です。これも樹木が動けないからこその生存戦略なのでしょう。
冬芽のできる仕組みを少しお話ししましょう。昼の長さのことを日長といいます。樹木の生長現象のうち、花芽や冬芽の形成、節間生長(※1)など極めて重要な生理現象は、この日長によって制御されています。また日長の長さに反応する生理現象を光周性反応といい、短い日長に反応する植物を短日植物、長い日長に反応する植物を長日植物といいます。
人間も外を眺めて「日が長くなった」とか「日が暮れるのが早くなった」と敏感に感じ取りながら生活をしていますが、植物たちは生存戦略の重要な営みとして太陽光を取り込んでいるのです。変化は植物たちの生きる術であり季節により彼らは急ぎ足で変身を遂げますが、私は森のなかで彼らの変化をのんびり楽しみたいと思うのです。
※1 節間生長:節間とは二つの隣り合った葉によって区切られた幹の一部を指し、葉の数が多いほど節間数も多くなる。その部分の生長のこと。
森がもっと面白くなる ~生態系サービス⑤最終~
森の働きを指す「生態系サービス」の4つの分類のうち、今回は「生息・生育地サービス」についてご紹介しましょう。
「生息・生育地サービス」は
(1)生息・生育環境の提供
(2)遺伝的多様性の維持
という2つの機能を指します。
生態系に組み込まれる移動性の生物に生息・生育環境を与え、そのライフサイクルを維持するサービスが、(1)の生息・生育環境の提供です。生物は生きるために空気、水、食料などさまざまな生産物を取り込み、繁殖に適する環境に支えられています。それは単純なつながりではなく生態系間の相互作用により複雑に影響し合っています。
(2)は例えば、小笠原諸島などは固有種が集中し生物多様性が高い生態系(生物多様性ホットスポット)に進化が起こりうる可能性も秘めている場所と考えられ、「遺伝的多様性」を保全していくことが重要となります。遺伝的多様性が消失すると、野生種・野生化種・栽培種間の継続的な進化が妨げられるといわれています。
5回にわたり「生態系サービス」についてお伝えしてきました。馴染みがなく難しい内容だったかもしれません。ヒトという生物が生きていくためにかけがいのない「地球の環境」と「生物多様性」。危機に瀕した今こそ、このことを拡散する必要性を感じています。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~ 調査研究の手伝い
やまぼうし自然学校が事務所を構えている菅平高原は上信越国立公園の中にあります。近隣には筑波大学山岳科学センターがあり、当校ではセンターの継続調査協力や国立公園内の根子岳保全活動も行なっています。2017年から携っている「ワラビ」の継続調査についてご紹介しましょう。
この調査の目的は33haにも及ぶ広大なフィールド内にある半自然草原(※2)の維持であり、この草原区域に特徴的な「ワラビ」の収穫を通し、半自然草原の持続可能な利用手法を探ることです。
5月初旬、その年の気候を予想してワラビ調査計画を立案、7月1週目まで2カ月にわたり週1回の調査日が設定されます。
調査には当校の会員さんにも協力を募っています。報酬は「ワラビ」。委託調査員として厳密な調査にかかわるわけですが、「上物ワラビ」に遭遇すると思わず手が伸びて・・・採取禁止エリアでは私は毎回口うるさい監視オバさんと化します。
154×7mの調査エリア内には7m四方の調査区が22設置され、さらに1調査区内に4つの小調査区が置かれます。小調査区はワラビ<採集区><対照区>に仕切られ、さらに
①採らない
②踏み込んで全部採る
③踏み込まないで全部採る
④半分採る
の調査ルールで採集されます。そして、どのやり方が持続可能な利用手法なのか、長年かけて調査しているので、監視オバさんは重要な役割なのです。
調査ルールに従って採集が完了したら、各調査員の採集量をそれぞれ計測し、販売可能なワラビは選別し出荷用に整えます。これで一連の調査は終了です。要する時間はワラビの生育具合にもよりますがおよそ1時間半から2時間。
出荷用からはじかれたものや、調査エリア外で許可の降りている場所で採集したワラビが調査協力の報酬となります。会員の皆さんはワラビのお土産を楽しみに、毎回快く協力してくださいます。
筑波大学との調査や環境保全活動は今後も続きます。地道な調査活動を支えているのは会員の皆さんなのです。
※2 半自然草原:もとは森だった場所を人が樹木のみを駆除し、草刈り・野焼き・放牧等で遷移を意図的に止めた草原。調査区域では刈り取りによる草原の維持を試みている。
今月の気になる樹:イヌエンジュ
樹木の名前には「イヌ」と付くものがあります。イヌには【接頭語として名詞につく。むだで役に立たない意を表す。よく似てはいるが実は違っているという意を表す】(※3)という意味があり、対比して命名されているものがあるのです。イヌエンジュの場合、対比されているのはエンジュです。他にもイヌブナ/ブナ、イヌザンショウ/サンショウ、イヌツゲ/ツゲなどが挙げられます。
イヌエンジュの芽吹きは遠くからも認識できます。ほかの樹木に比べて遅い芽吹きと、葉の裏面に密生する毛がこの時期は白銀色のビロードのように輝いて見えるからです。樹皮も十文字の裂け目が徐々に菱形にめくれて特有の模様を形成し特徴的です。また幹や枝に傷がつくと臭気を放ちます。
芽吹きが目立つのは、林道沿いや伐採跡などの明るい場所で生育することも要因でしょう。菅平高原への通勤途中でも道沿いに点在しているのを確認することができます。7月頃からはクリーム色のマメ科特有の小さな花を房状に付け、果実は10月頃さや豆状に熟し垂れ下がります。
エンジュに接頭語の「イヌ」を冠しているイヌエンジュですが、エンジュと比較して材に遜色はなく特に心材の材価は高く評価されています。心材の濃い褐色と辺材の淡い色の対比や、光沢のある木目を活かして床柱、家具、お盆や菓子器などの工芸品に比較的高級な材として用いられます。また音響特性が良いため三味線や太鼓の胴にも利用され、強度や粘りがあることから手斧や農具の柄にも適しています。アイヌ民族では病魔除けとして古くからこの材が利用され、今でも民芸品「ニポポ」の材料として使われています。
※3 出典:デジタル大辞泉(小学館)
[イヌエンジュ]
マメ科イヌエンジュ属/落葉高木
北海道・本州(東北・関東・中部)に分布
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