バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、早咲きのイングリッシュローズ‘ウィンチェスター・キャシードラル’。名の由来となっている大聖堂から、親である‘メアリーローズ’、時折咲くピンク混じりの先祖返りした花の開花などをご紹介します。

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早咲きのイングリッシュローズ

‘ウィンチェスター・キャシードラル’

クラシカルな花姿の白バラが欲しくて探していた十数年前に出合ったのが、‘ウィンチェスター・キャシードラル’。デビッド・オースチン・ロージズ社がまだ日本に設立されていない時代、苗の輸入代理店のカタログを見て、裸苗を取り寄せた。わが家のバルコニーの中では、原種のバラに次いでの早咲きで、例年4月から咲き始める。

ロゼット咲きの白い花弁が枝一面に付くと、イングリッシュローズの開花シーズンの到来に胸躍る。

ウィンチェスター大聖堂

ウィンチェスター大聖堂
イギリス、ハンプシャー州にある、ウィンチェスター・キャシードラルの 外観。Ion Mes/Shutterstock.com

バラはイギリス、ハンプシャー州、ウィンチェスターにある大聖堂の名前が冠されている。大聖堂はヨーロッパ一の長さを誇り、ゴシック様式の建物とその内部の美しさには定評がある。近年では映画『ダヴィンチ・コード』のロケ地になったことでも知られている。

ウィンチェスターは中世の面影が色濃い、落ち着いた佇まいの街だ。その歴史は古く、紀元前、古代ローマ帝国の時代に栄えた地だという。9世紀のアングロ・サクソン七王国の時代は、ウェセックス王国の首都でもあった。

ウィンチェスター大聖堂
大聖堂では毎日朝8時に礼拝、午後5時半には合唱が行われ、見学することができる。 Christopher Hotton/Shutterstock.com

ウィンチェスター大聖堂の前身ともいえる礼拝堂の建物は、7世紀に建てられている。大聖堂が築かれたのは1093年。以来、増築や改修作業を経て、現在の姿となっている。建物だけでなく、12世紀の壁画、13世紀の彫刻、大聖堂図書館に残る12世紀のウィンチェスター聖書など、多くの国宝級の遺産を見ることができる。

ジェイン・オースティンの墓

ジェイン・オースティンの『エマ』
1815年に発表された、ジェイン・オースティンの代表作の一つ『エマ』。主人公の若き女性エマとその周辺人物の恋愛模様、人生の機微を描いた小説。Akhmad Dody Firmansyah/Shutterstock.com

大聖堂にはさまざまな著名人が埋葬されている。なかでも訪れる人が多いのは、イギリスの作家、ジェイン・オースティン(Jane Austen 1775-1817)の墓だ。19世紀前半に活躍したオースティンは『高慢と偏見』『エマ』などの著作で知られ、それらはイギリス長編小説の頂点と評されている。

ジェイン・オースティンの墓
オースティンは北廊の床下に埋葬されている。真鍮のメモリアル・プレートは、没後50年を経て、1870年に彼女の甥によって作られた。irisphoto1/Shutterstock.com

生涯のほとんどをハンプシャー州の田舎で過ごした彼女は、亡くなった1817年当時、ウィンチェスター近くのチョウトンという村に住んでいた。41歳で病を得て、ウィンチェスター病院で治療を受けていたが亡くなり、彼女が称賛していた大聖堂の建物の中、北通路に埋葬された。作家としての名声が高まると、「ジェイン・オースティン、多くの著作で知られる」というプレートが近くの壁に掲げられた。

枝変わりの不思議

バラ‘ウィンチェスター・キャシードラル’
4月末、わが家のバルコニーに咲く‘ウィンチェスター・キャシードラル’。

バラ‘ウィンチェスター・キャシードラル’は、十数年たった今もたくさんの花を付ける。不思議なのは、白い花弁にピンク色が混じることだった。バラの栽培を続けるうちに、「枝変わり」という言葉を知り、その理由が明らかになった。

ウィンチェスター・キャシードラル
花弁の一部がピンク色になった花。毎年異なった花模様が登場する。

「枝変わり」とは、植物の成長の途中に突然変異によって、違う性質の枝が出現することを意味する。そうした本来と異なる花色や、枝、葉、また木立性バラからつるバラへと変化した枝などを、接ぎ木や挿し木で増やして、新しい品種を生みだす。

ウィンチェスター・キャシードラル
同じ株から白花とピンクの花が同時に咲いた瞬間。

‘ウィンチェスター・キャシードラル’は、同じイングリッシローズの‘メアリー・ローズ’の枝変わり。ピンク色の‘メアリー・ローズ’から純白の花が出現したのは不思議なことに思える。時折白色にピンクが混じるのは先祖がえりしたもので、一つの株で白色とピンク色の花が同時に咲いたこともある。

メアリー・ローズ
6月の「軽井沢レイクガーデン」。イングリッシュローズガーデンでは、湖の縁に添って一面に‘メアリー・ローズ’が花開いている。

‘メアリー・ローズ’の花は、以前友人と訪れた「軽井沢レイクガーデン」での印象が強く残っている。湖の一画を縁取るように植えられていて、水面に写る花姿が優美だった。

メアリー・ローズ
イギリス、デビッド・オースチンによって1983年に作出された‘メアリー・ローズ’。ヘンリー8世の旗艦の名前を冠し、400年ぶりに海中から引き揚げられたことを記念して名付けられた。

‘メアリー・ローズ’の枝変わりには、バラを描いた植物画家の名を冠した‘ルドゥ―テ’もあり、こちらは淡いピンク色。わが家では‘ウィンチェスター・キャシードラル’からほんの少し遅れて開花する。3種とも花色以外の性質はほぼ共通していて、イングリッシュローズの中でも早咲きで知られている。

ルドゥーテ
わが家のバルコニーに咲く‘ルドゥーテ’。

「ルドゥーテ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

バラ‘ウィンチェスター・キャシードラル’

ウィンチェスター・キャシードラル

イギリス、デビッド・オースチンが1988年に作出した、イングリッシュローズ、白バラの名花。多弁のロゼット咲きで、花径は7〜8cmほど。房咲きで、よく返り咲く。

樹形はシュラブで、半直立性。樹高は1.2mほどになる。イギリス、ハンプシャー州、ウィンチェスターにある大聖堂の名前が付けられている。

Information

ウィンチェスター大聖堂 Winchester Cathedral

住所:9,The Close, Winchester, Hampshire SO239LS  England
電話:+44(0)1962-857200
Email:cathedral.office@winchester-cathedral.org.uk
Website:http://www.winchester-cathedral.org.uk

時間:月~土曜 9:00~17:00、日曜 12:00~15:00
入場料:大人£9.95.学生£6.50、大人同伴の16歳以下無料
アクセス:ロンドンのウォータールー駅から、南西部鉄道網にて、ウィンチェスター駅まで直通あり。所用約1時間。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
noteでWebマガジン始めました。https://note.com/mmatsumoto0128

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