「ナニワイバラ」【松本路子のバラの名前、出会いの物語】

バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、早咲きのつるバラ‘ナニワイバラ’。この純白のバラをベランダに咲かせることになった思い出や名の由来など、ナニワイバラの物語をご紹介します。
葉山のバラ

我が家のバルコニーのバラの中で、今年の開花一番乗りは、ナニワイバラ。早咲きのバラだが、例年より2~3週間早く咲き始めている。ナニワイバラは花径6~8cmほどの大輪花で、純白の5弁が楚々とした風情を醸し出す。バラの季節の到来を告げるのにふさわしい花姿だ。

この花は、私と友人たちの間ではひそかに「葉山のバラ」と呼ばれている。二十数年前に、何人かの女友だちと葉山に住む友人宅に遊びに出かけた折に、このバラと出会った。海岸に向かう道を散策している途中に、一軒の家の垣根一面に白いつるバラが咲いていた。垣根の長さは15mほどもあっただろうか。
あまりの見事さに、一枝の花盗人をするつもりが、葉山の友人に止められた。
「ご近所での狼藉はいかん」という。それではと、思い切って見知らぬお宅のドアチャイムを鳴らした。顔を出したのは白髪の上品な婦人で、「挿し木にしたいので、一枝いただけますか」とお願いすると、にっこりと微笑み、玄関に置いてあった剪定バサミを渡してくれた。

50cmほどの枝を、2本大切に持ち帰り、いくつかに分けて挿し木を試みた。その苗木が成長して、今もバルコニーの一画を彩っている。葉山に同行した友人たちの家にも苗が行き渡り、互いに成長や開花を報告し合っている。その後も苗を増やし続け、何人もの友人宅で開花している。庭に地植えした友人からは、3年後に2階に届く勢いだという知らせが届き、その成長の速さに驚かされた。
葉山のバラの主とは後日談がある。枝を頂いたお礼にバラのカードを送ったら、短歌が返ってきた。不躾な来訪者にたおやかに対応し、歌を詠む。その方の暮らしぶりが偲ばれた。
名前の由来

「葉山のバラ」は当時ほとんど知られていなくて、名前が不明だった。父の本棚の古いバラ事典の写真から「ナニワノイバラ」という名前を見つけたのは、出会って4、5年経ってからだ。中国中南部や台湾に分布する原種のつるバラで、江戸時代に日本に渡来し、一説には浪花商人が苗木を扱ったので、この名前がついたとされる。現在では至る所で見られ、四国や九州では野生化しているという。
チェロキー・ローズ

ナニワイバラは、ブータン、ラオス、ベトナムなどでも見られる。またアジアだけでなく、18世紀に北米に渡り、米国南東部を中心に野生化して、現地ではチェロキー・ローズと呼ばれている。ネイティブアメリカンのチェロキー族の居住地に多く生息していることから、名づけられた。

彼らの地に金鉱が発見され、当時のアメリカ政府は、チェロキー族をジョージア州からオクラホマまで強制移住させた。そうした歴史の物語に登場するバラでもある。
チェロキーの人々が辿った道は1,000マイル(1,609km)に及び、「涙の道」と呼ばれるほど過酷なものだった。多くの人が行進の途中に亡くなり、一族の古老は、女性たちを励ますために「流した涙が道筋のバラを育てる」と伝えたという。またその涙が白い花になったと、伝説化もされている。
哀しい物語にまつわるバラだが、彼らにとってチェロキー・ローズは、いつか戻ることを熱望する、故郷を象徴する花でもあった。1916年、ジョージア州は、チェロキー・ローズを州花に定めている。
ナニワイバラ

おもに中国中南部や台湾に自生するつるバラ。学名はロサ・レヴィガータ。花径6〜8cmの大輪で、5弁の一重の白花を咲かせる。光沢のある葉は常緑で、冬でも落葉しない。強健種で、つるは10mにも成長する。育てやすいバラだが、鋭いトゲが多いので、植える場所や鉢を置く場所に注意が必要だ。挿し木で増やすことが容易で、5〜6月が適期。秋に赤橙色に熟すバラの実は生薬で「金桜子」と呼ばれ、下痢止め、縮尿などに薬効がある。

一回り花が大きく、花びらが波打つブータンナニワイバラの苗も市販されていて、ナニワイバラより10日ほど遅くに開花する。ナニワイバラの枝変わりにピンクの花を咲かせるハトヤバラがある。学名はロサ・レヴィガータ・ロゼア。開花はナニワイバラとほぼ同時期で、埼玉県鳩ケ谷で生産されているので、この名前がついたという。
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
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