冬の貴婦人と謳われるクリスマスローズ。花の少ないこの季節に、華やかに庭を彩るクリスマスローズは、今から20年以上前に、あるナーセリーによって一大ブームとなり、冬の庭に革命を起こしました。クリスマスローズのパイオニア「花郷園」の父から娘へ受け継がれる情熱のストーリー。
野口一也氏が持ち帰った多彩な個性のクリスマスローズ
東京都府中市にある花郷園(かごうえん)は、創業100年近くになる老舗ナーセリーです。園芸愛好家なら、花郷園といえばすぐにクリスマスローズが思い浮かぶかもしれません。二代目、故野口一也氏は、まさに日本のクリスマスローズの草分け的存在で、英国から多彩な個性を持つクリスマスローズを持ち帰り、90年代後半から一大クリスマスローズブームを生み出しました。

クリスマスローズはキンポウゲ科の宿根草で、冬から早春にかけてうつむいて咲く控えめな姿は日本人の美意識にも合い、明治の頃より「寒芍薬(かんしゃくやく)」の名で茶席に飾られ、茶花として親しまれてきました。
「けれども、父が英国で出会ったクリスマスローズは、いわゆる‘わびさび’の世界観の花ではなく、色も形も華やかで、何よりもその多彩な個性に父は魅せられたようでした」と話すのは、花郷園三代目の野口貴子さん。父からナーセリーを引き継ぎ、クリスマスローズをはじめとする植物の生産や育種を手がけています。

クリスマスローズは原種の幅が広く、そこから生まれる交配種は膨大なバラエティーを展開し、この花だけで魅力的なブーケが作れるほどです。素朴な愛らしさを持つ一重咲き、豪華なダブル(八重咲き)やセミダブル(半八重咲き)、ドレスの裾のようにひるがえるフリル咲き、純白、漆黒、複雑なバイカラー(2色咲き)、夜明けの空のようなグラデーション、糸のように細い縁取りのピコティーなど、色も姿も千変万化の魅力を有します。
「父はそれまでにも海外からたくさんの個性的な植物を輸入しており、当時の花郷園は、いわゆる珍品植物を扱うナーセリーとして知られていました。そのなかでとりわけ父がクリスマスローズに夢中になったのは、豊かな個性に加え、花の少ない冬から早春にかけて華やかに咲くことと、その丈夫さでした」。
キャビンアテンダントからナーセリー園主への転身
一也さんは仲間とともに日本クリスマスローズ協会を立ち上げ、東京・池袋のサンシャインシティや各公園でクリスマスローズ展を開催し、普及に努めました。冷たい空気の中で華やかな彩りをもたらしてくれるクリスマスローズは、冬の庭に革命的な変化を起こしました。人々は次々に生み出される新品種に夢中になり、クリスマスローズ展は年を追うごとに盛況となっていきました。しかしその最中、2010年11月、一也さんは病に倒れ、他界。突然のことでした。

「3カ月後には恒例のクリスマスローズ展が控えていて、ナーセリーでは何千鉢というクリスマスローズがすくすく育っている最中でした」。
そして急遽、貴子さんがナーセリーの仕事を引き継ぐことになったのです。とはいえ、貴子さんはそれまで国際線の客室乗務員として忙しく海外を飛び回っており、花の生産についての知識は皆無だったと言います。
「ナーセリーを継ぐとは思ってもみませんでした。むしろ、小さい頃は農家という自分の家の肩書きを隠したかったくらいで、小学校の作文で、父の職業を偽って書いたのを今でも覚えています。父がナーセリーで働いている時は、いつも泥や水で汚れているじゃないですか。それに対し、友だちのお父さんたちはみんな、シャキッとしたスーツを着て、ピカピカの靴を履いて、髪もピシッとして仕事にいくわけです。それがすごくカッコよく見えて、うらやましくて…」。

その一方で、海外から帰るたびに聞かせてくれる、原生地への冒険の旅や海外のナーセリーの話、ユニークな植物や美しい花の話にはワクワクしたと言います。「そういう話をするときの父は、本当にキラキラしていました。植物への尽きない情熱と旺盛な好奇心の持ち主で、海外から多くのユニークな植物を輸入しただけでなく、オリジナル品種の育種も手がけて、花郷園の名を広めていきました。そんな父をそばで見ているうちに、私もナーセリーの仕事に興味を持ち始めた矢先、父は逝ってしまったんです」。
暗中模索のナーセリー経営、支えてくれたライバルたち

一也さんの急逝により、貴子さんは栽培のことも経営のことも何一つ教わることなく、ナーセリーを引き継ぐことになりました。
「まさに暗中模索。文字通り、身も心も泥だらけで格闘するんですが、それでも花はうまく育たないし、そのうち病気になってしまう株も出たりして。あるとき、お客さんが来てパーッとハウスの中を一巡りし、『何にもないな』って言って10分もしないで帰られたんです。何千株という鉢が並んでいるのに、お客さんが欲しいと思う花は一つも作れない。そんな自分が情けなくて悔しくて…。かつての同僚が心配してランチに誘ってくれたんですが、当時の私は顔も上げられない心境で、誰にも会えない時期がずっと続きました」
そんな貴子さんを支えてくれたのは、家族はもちろん、父の仲間たちでした。「最初は父の残した栽培書だけを頼りにやっていましたが、どうしても対処しきれない事態が発生するんです。虫とか病気とかで本当にお手上げ状態になって、同業者さんを頼ったんです。父の仲間といっても、同業者は本来ライバルですから私に教える義理なんかないわけです。だけど、若泉ファームさんや野田園芸さん、横山園芸さんなど、本当にいろいろな方々がことあるごとに教えてくれました。『貴子さんがジタバタしているのを見るのは、俺はどんなドラマ見てるより面白いな!』なんて言いながらも、丁寧に教えてくれて(笑)。本当に皆さんに感謝しています」。
希望の光となった新品種 ‘パピエ’

そうしてクリスマスローズを必死に育てると同時に、貴子さんはオリジナル品種の育種にもチャレンジ。一也さんの他界から6年目、ようやく新品種の作出に成功しました。「父が大事にしていた株に、ヒドコートダブル レッドサンという品種があったんです。クリスマスローズでは珍しい上向きに咲く花で、メラメラと波打つ花弁(ガク片)と上向きに咲く姿、そして赤系の色合いが、まるで太陽のようだと父が命名したものでした。そのユニークな花姿に惹かれて親株にし、何年も試行錯誤して、あるときこのシリーズにはなかった明るいピンクの花が咲いたんです。その明るい柔らかい色に感動しましたし、ようやくオリジナル品種といえる花が生まれた安堵感で胸がいっぱいになりました」。 “パピエ”と名付けられたその花は、貴子さんにとって希望の花でした。現在、白や黒、セミダブルなどさまざまに展開され、花郷園の代名詞的存在となっています。

「この花が生まれたことで、やっと私は自分がナーセリーとしてやっていけるという自信が持てました。そして、父がキラキラ語っていた植物の世界の魅力が、本当に分かった気がします。ユニークな植物を発見したり、今までにはない花を作ったりするのって、好奇心や感性がすごく大事だと思うんです。そしてその感性が多くの人に受け入れられることは、簡単ではありません。それを身をもって体験し、改めて父を偉大に思います」

貴子さんは現在、クリスマスローズのほか、かつて一也さんが集めた珍品奇品コレクションを復活させ、ベゴニアやディッキアなどの生産にも情熱を注いでいます。さらに、定期的にハウスを一般解放するマルシェを行ったり、オリジナルの鉢やガーデン雑貨のプロデュースを行うなど、積極的に新たな試みにチャレンジし、ファンを獲得しています。
「私、今毎日が楽しくて仕方ないんです! 何も知らずにナーセリーに飛び込むなんて、今考えても無謀でしかなくて、自信を喪失してしまった時期もありましたが、今はこの仕事を誇りに思っています。基本的に私も父譲りで好奇心旺盛で、知れば知るほど奥深い植物の世界には興味が尽きません。最近、私『Flower atttendant』と名乗っているんです。たくさんの方を、植物の深淵なる世界にご案内するのが生きがいですね」
会員限定! 野口貴子さんのオンラインサロン&販売会を開催します ※終了しました

ガーデンストーリークラブでは、2021年2月6日(土)15:00~、野口貴子さんによるオンラインサロン&販売会を開催予定です。会員の方は無料にてご参加いただけます。ご興味のある方は、ぜひ会員サイトよりお申し込みください。
ガーデンストーリークラブのご案内は、『特典いっぱい! 花&庭ファンが集う「ガーデンストーリークラブ」会員募集中!』をご覧ください。
また、オンラインサロン&販売会の様子は、YouTubeにてライブ配信を行う予定です(販売会へはご参加いただけません)。YouTubeからのご視聴は以下のリンクからどうぞ!
Credit

写真&文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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