バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの名前を冠したバラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’と、ジョゼフィーヌにゆかりのある城とバラ園への旅までご紹介します。

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バラとの出合い

バラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’
薄い紙細工のような繊細な花びらを持つバラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’。

ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの名前を冠したバラがあるとは知っていたが、なかなか出合うことができなかった。10数年前のある日、友人と山梨県にある「コマツガーデン」を訪れバラ苗を見ていた時、多くの中でもひときわ艶やかな花に眼が留まった。それが‘エンプレス・ジョゼフィーヌ(Empress Josephine)’だった。すぐさま苗を手に入れ、我が家のバルコニーにジョゼフィーヌ様をお迎えしたのはもちろんのことだ。

ボア・プレオ―城のジョゼフィーヌ像
マルメゾンに隣接するボア・プレオ―城に立つジョゼフィーヌの大理石の像。手にバラ一輪を持ちマルメゾン城の方向を望んでいる。

バラを愛したことで知られる皇妃ジョゼフィーヌだが、バラの歴史を語る上でも重要な人物である。居城マルメゾンの庭に世界各地の原種バラを集め、さらに育種家たちに命じて人工交配を行ない、新種のバラを生み出すという当時としては画期的な試みを行っている。

今私たちが目にする多くのモダンローズ(近代バラ)誕生への扉を大きく開いた女性なのだ。

マルメゾン城への旅

マルメゾン城
パリ郊外、リュエイユにあるマルメゾン城の正面。ジョゼフィーヌは皇妃になってからもほとんどの時間をこの城で過ごした。

皇妃ジョゼフィーヌ(Empress Josephine 1763-1814)が暮らしたマルメゾン城がパリ郊外のリュエイユに在り、一般公開されていると知った私は、2008年のバラの季節にフランスに旅立った。

パリ中心部から地下鉄で約30分。駅から石畳の並木道を5分ほど歩くと、瀟洒な館にたどり着く。ジョゼフィーヌがこの城を買い求めたのは1799年。ナポレオン・ボナパルトの妻になり3年目のことだ。ナポレオンは高額な買い物の支払いを余儀なくされたが、彼自身もこの城を気に入り、離宮として頻繁に滞在している。

マルメゾン城内のジョゼフィーヌの寝室
マルメゾン城内のジョゼフィーヌの寝室。ベッドの丈が短いのは、当時背もたれに半身を預けて眠ったからだという。

城は彼女の没後、人手に渡り家具も散逸したが、孫にあたるナポレオン3世がジョゼフィーヌの暮らしていた当時の姿に復元し、ベッドなども元の場所に戻された。

マルメゾン城
ナポレオンが169回におよぶ会議を開いたカウンシルルームと皇妃の肖像画。

ナポレオンがしばしば帝政下の国策会議を開いたというカウンシルルームの壁に、1枚の肖像画が掛っていた。画面右手に坐しているジョゼフィーヌの隣のソファーに小さなバラの花束が置かれている。彼女とバラがほぼ等分の空間を占め、あたかも2人の人物がいるかのように見える。私はその部屋で「バラこそ我が伴侶」という彼女のつぶやきを聞いたような気がした。絵が描かれて2年後、ナポレオンは彼との子どもができないことを理由に、ジョゼフィーヌに離縁を言い渡している。

マルメゾンの庭

マルメゾン城の中庭
マルメゾン城の中庭に咲くバラと城の側面。2階の角部屋がジョゼフィーヌの寝室。

マルメゾン城の2階のジョゼフィーヌの寝室からバラの咲く中庭が見渡せる。庭は現在城の周辺にしか残されていないが、当時は700ha(700万㎡)を越える広大なものだった。特に自慢だったのが、居間や広間を設けた50mの長さの温室で、世界各地の珍しい植物が収集されていた。彼女は庭を流れる川を小舟に乗って温室まで客たちを案内するのが常だった。

バラに関しては、あらゆる手立てを尽くし、フランス全土はもとよりオランダ、イギリスなどから苗を手に入れた。アンドレ・デュポンなどの育種家を城に招き、中国や日本のバラとヨーロッパのバラを掛け合わせるなどして、それまでヨーロッパになかった四季咲きの深紅のバラを誕生させている。マルメゾンの庭のバラは250種を数え、その多くが現在あるモダンローズのルーツとなっている。ジョゼフィーヌが「バラの母」と称される由縁だ。

ルドゥーテの『バラ図譜』
ルドゥーテの『バラ図譜』の中にも‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’が収められている。学名はロサ‘フランコフルターナ’とされる。

さらなる彼女の功績は、庭の花を植物画家たちに描かせたこと。その代表といえるのがピエール=ジョゼフ・ルドゥーテで、彼はマルメゾンのバラのほとんどを描き、さらに当時あったバラを加えて『バラ図譜』全三巻を出版している。ルドゥーテの『バラ図譜』の中のバラを、今私たちは復刻版の本で見ることができる。彼女を偲んで捧げられたバラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’もその中の一つで、我が家のバルコニーに咲く花はマルメゾンのバラの子孫ともいえるだろう。

「ルドゥーテ」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】

ライ・レ・ローズのバラ園

ライ・レ・ローズのバラ園
ライ・レ・ローズのバラ園。フランス、モダンローズのセクションに立つ「愛の神殿」とキューピット。

マルメゾンのバラは城の主の亡き後、散逸してしまった。だがおよそ100年後に彼女のバラへの情熱を受け継いだ人物がいる。その名はジュール・グラブローで、彼はライという町に世界最初のバラ園「ライ・レ・ローズ」をつくり、マルメゾン城にあったバラを集め始めた。

3年の歳月を掛けて資料を探したグラブローは、城にあったバラ250種のうち、198種にたどり着いたという。私はパリから10キロほど南に位置するライ・レ・ローズ(現ヴァル・ドゥ・マルヌ県バラ園)を訪ね、バラまたバラのアーチで花酔いをするという稀有な体験をしている。

ライ・レ・ローズ
ライ・レ・ローズバラ園のモダンローズが幾重にも連なるアーチ。6月の満開時には色彩と香りに満たされる。

バラ園の13に分けられたセクションのひとつが「マルメゾンのバラの小路」と名付けられていた。‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’、‘スヴニール・ド・マルメゾン’など、マルメゾンゆかりのバラの名前を一つひとつ確かめながら小道を歩くのは、至福の時間だった。

ライ・レ・ローズのマルメゾンのバラの小路
ライ・レ・ローズバラ園の「マルメゾンのバラの小路」の入り口に立つ標識。

バラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ(Empress Josephine)’

バラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’
薄い紙細工のような繊細な花びらを持つバラ‘エンプレス・ジョゼフィーヌ’。

ピンクの濃淡にやや紫がかった花色のロゼット咲きで、花弁は波打ち、薄い和紙のような質感がある。花径は約7cmで、一枝にいくつもの花を付ける。樹高は150cm、樹形は横張り性。

作出は1815年頃とされ、作出者不明のオールドローズ(ガリカ)。ジョゼフィーヌの死後に、マルメゾンにあったバラにその名前が付けられたという説が有力である。

バラ‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン(Souvenir de la Malmaison)’

バラ‘スヴニール・ド・ラ・マルメゾン’

淡いピンクのクウォーター・ロゼット咲きで、開花にしたがい白に近い花色となる。四季咲きで、花径約10cmの多くの花を付ける。樹高は100cm、樹形は横張り性。

1843年、フランスのBeluze作出のオールドローズ(ブルボン)。「マルメゾンの想い出」と名付けられた、ジョゼフィーヌへのオマージュともいえるバラである。

Information

マルメゾン国立博物館 Mmusée National des Château de Malmaison

住所:Avenue du Château de la Malmaison 92500 Rueil-Malmaison,France

電話:+33(0)1 41 29 05 55

Fax  :+33(0)1 41 29 05 56

Email:malmaison@culture.gouv.fr

http://www.chateau-malmaison.fr

開館:10~3月 10:00~12:30、13:30~17:15(週末~17:45)
4~9月 10:00~12:30、13:30~17:45(週末~18:15)

休館:火曜日

入場料:一般 €6.50

ヴァル・ドゥ・マルヌ県バラ園(ライ・レ・ローズバラ園) La Roseraie du Val-de-Marne(L’Haÿ-les-Roses)

住所:1Rue Albert Watel,94240 L’Haÿ-les-Roses,France

電話:+33(0)1 47 40 04 04

Fax  :+33(0)1 47 40 04 75

Email:roseraie@valdemarne.fr

www.roseraieduvaldemarne.com

開園:5月19日~9月20日(2020年) 10:00~19:00

開園期間中は無休

入場料:一般 €4、 5~15歳、学生、60歳以上、€2

*新型コロナウイルスのため、開園状況などは変わる可能性がありますので、HPなどでご確認ください。

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
noteでWebマガジン始めました。https://note.com/mmatsumoto0128

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